小話 PMCバカ一代
――Kai――
「そういえばこう、企業が戦争やって、お金儲けて、みたいなのとかないんすか?」
帰りの車で出し抜けに、カイが聞いた。思えばT.A.S.は株式会社であり、いち企業が国内の特殊任務を国から請け負っているという状況だ。ならば他にも、私的軍事会社があるのではと思い至った。
「ないとも。実は明確な理由があるのだが、知りたいかね?」
「知りたいっす」
「じゃあ、あれ見てもらおうかな。映像があるんだよ」
「映像?」
「聞くより、見てもらった方が面白いよ。伝説のビデオがあるのさ」
彼女はスマホのような……というより、スマホとしか言い様のない機械を取り出してカイへ寄越す。
「面白いから保存してある」
「ほほう。パスワードは?」
「……えー」
彼女は急に車を路肩に寄せ、カイから携帯を奪い返した。
「まぁ、えー……っとだね」
不可解な行動だが、カイはすぐ察して、ニヤニヤと彼女を見た。
きっと、オークラーの名前か何かをパスワードにしていたのだろう。
「はい。これだけど、他の動画は見ないように」
「え」
他にも理由があったようだし、カイにもかなり心当たりがあった。ネットというものは、昨日あった画像が今日はない世界だ。なので人に見せない前提で、保存する。
「ヤバいのは右っすか左っすか」
「次と前は上下だよ。どっちも自撮りだ」
「自撮り? え、じゃあニコさんの盛ったり映たりしたやつ……」
「それはそうだけれど、ちょ~っと違うかな~?」
ニコはカイの耳に、唇を寄せた。
「ちゃあんと
「……い、いや、止めておきます……」
ニコのアプローチが、やけに積極的になってきていた。それだけ、心を許されているのだろうか。
心を許すほど反応に困ることをされる……。
画面中央をタップすると、動画が始まった。誰かが何かの施設を撮りながら歩いているシーンのようだ。
[――コーポレーションに潜入している。戦争を代理するという職の闇を、これから暴いてやる。今の時間は――]
横から手が伸びてきて、さっとスワイプで時間を飛ばした。
「ここはいいや」
「いいんすか……」
しっかり見るつもりで構えていたら急に飛ばされたので調子が狂っていた。動画の見方が違う友だちと面白いからと見せ合うときの違和感だった。
映像は飛んで、会議室に。カメラは隠し撮りのためにどこかに固定されているようで、画面中心の少し遠くには会議机。その最も奥には偉そうな中年がひとり。若いが、社長か何かだろう。それと画角の右隅に若い社員がひとり、同じく会議机に着いていた。
[○○国の次の戦争だが、わが社のプレゼンテーションは進んでいるか]
[はい。好感触ですよ。我々のソリューションに同意していただいて、あとは人数が揃えばすぐにでもレンタルを始められます]
[ククク。これからの時代、ペンではなく銃で戦える企業が笑うのよ……]
[もちろんです、社長]
[武器の調達は進んでいるか]
[ええ、中古が安く、メンテナンス教育が簡単であるという点から、旧式の火薬銃にしました。ただ、もう生産の少ない弾丸の費用がかさみますが……]
[構わん構わん。戦争はいっくらでも金になるからなぁ……]
[さすがは社長。太っ腹ですなぁ……フフフフ……]
カイは思わず画面を止め、ニコを見た。彼女も動画を見ようと頭を寄せてきていたので、想像よりずっと近くに顔があり、変にドキリとさせられた。
「い、いや、めっちゃ悪そうじゃないっすか」
「まぁまぁここからだよ」
彼女が指で画面を叩き、動画を再開した。
[さて、それで……肝心の兵士だが、求人はもう出しているな?]
[……も、もちろんですとも。ええ、出しております]
[ん? 歯切れが悪いな……。まさか、出し忘れたか? ククク。よいよい。どうせ出せばすぐに殺到する。なにせ、普通の初任給の五倍だからなぁ]
[だ、出しましたとも。出したのですが……問題は別にあるんです]
[別の問題?]
[応募人数が……ですね]
[人数?]
[二人……なんです]
カイが吹き出し、ニコが笑う。
「二人って。二人って……」
「何回見ても傑作だねぇこれ。アハハハっ」
二人と聞いて沈黙していた社長が、急に顔を上げた。
[ふ、二人? 二人ってなんだ。おいどうなってる? 原因は?]
[色々とありますね……まず、『役職定職』にしか掲載許可されなかったのが痛かった。ネットにすら繋げられない貧困層にしか届かないんですよ、それだと]
[な、なんだと? えぇい。それならそれで応募すればいいではないか金払いがいいんだから]
[貧乏人に戦争に行く精神力なんてありませんよ]
[くそう。ならその二人と、元の兵士をかき集めて向こうの正規軍の手伝いという形にせねば……]
[それもちょっと……]
[何が問題だ――まさか! おい、何人出せるんだ。兵士はっ]
[新入社員とあわせて……五人……ですかねぇ……]
[なんだとっ!?]
また映像が止まって二人が笑う。
「五人って。じゃあ三人しかいないんすか元々」
「うちの一部隊より少ないよ」
今まで座っていた社長が、ガタガタと立ち上がる。しかしもう一人は微動にしていなかった。
[もっといただろう! どこにいった!?]
[半年やって転職しました……。給料がいいから金だけ稼いで、新生活の資金にされたのだと……]
[ウチは踏み台じゃない! じゃあ、転職失敗したのが三人なのか?]
[いえ、本当はもっと残っていたんですけど、じきに出兵だとウワサが広がって、転職とかお構い無しに一気に辞めていきました]
[面接のときはあんなに御社がいいとか言っていたクセに……]
[そこはお互い、適当なウソ並べてるだけですので……]
カイがピクリとだけ反応した。自分も就活中にそう思っていて、それをこんなにハッキリと言い切る企業側の存在がいて、なんだか気持ちがよかった。
まぁ、相手はポンコツ中のポンコツ企業であるのだが。
[じゃあ君が行けばいいだろう]
[それですが、社長、足りないのはあと二人なんです。もし私が行ったとして、あと一人足りないので……]
妙な間があって、社長と人事が目を合わせた。そして、社長は大人しく座った。
[……募集しよっか]
[そうですね]
社長は指とピンと立て、指揮でもするように手を振る。
[うーむ。しかし金がダメでも、戦争が好きな奴がいればなぁ。今の若い奴は闘争に飢えて無さすぎるからダメだ……いや。そうかそういう奴を雇えばいいのか!]
[いえ、それはそれで……]
[何か問題があるのか]
[もう来ないかと思います]
[来ない? そんなバカな]
[社長、面接では犯罪者を弾くんでしたよね]
[無論だ。そのために応募要項に犯罪歴の無いヤツって付け加えたんじゃないか]
[闘争に飢えているのは、だいたい犯罪者です。恐らく、もう全国の犯罪者を落としています]
社長が椅子にもたれ、顎を限界まで上にあげて天を仰いだ。
[おぉ……]
[無敵の人に『一回落としたけどやっぱり雇わせて』とか一番危ない気がしますよ]
[おぉ……おぉ……]
[逆に言えば国中から、犯罪歴のない闘争に飢えている者を集めた結果が五人なのかもしれません]
[よせ。追い討ちしてくるな。というかキミ、ずけずけと言い過ぎじゃないか]
[気のせいではないですか?]
社長の「うーん」という唸り声だけが響く沈黙の時間があり、また口を開いた。
[どうしようか。というか選考中の者はいないのかね?]
[えー……一件あります。ジェイクという者が]
「ちょちょちょちょっ」
カイが慌てて動画を止めると、ニコが大笑いした。
「え!? いやジェイクって……。もしかして、この」
自分を――この身体を指差すと、ニコがうんうんと頷いた。
「そうなのだよ。わたしもビックリしたのだが、そのジェイクだ。どうやら面接を残したままウチに来たらしい」
「はぇー……。世間って狭いっすねぇ……」
動画が再開する。ちょうど社長が、またガタガタと立ち上がったところだった。
[おぉ! ならば即採用だ! 内定を出せ!]
[喜ぶのは早いですよ。このジェイクって人ですけど、面接バックレてます]
[じゃあノーカンだよ……]
立ち上がった時の勢いくらい、ドッカリと椅子に座った。
[っていうかなんでクリーンな人材求めちゃったんですか。なんならウチは闇サイドでしょう]
[だってエラいところに目をつけられたら悪いことできないし……]
[悪の組織が何をビビってるんですか。再犯率を下げるためとかでも言っておけばいいんですよ。もう遅いですけど]
[遅いなら言わないでくれる? うーむ、どうにかして用立てなければ。まず、どうすれば貧困者以外の就職希望を増やせるかだな]
[普通の人はまず来ないでしょうからねぇ。戦争に行きたい人なんていませんよ]
[キミなんでウチにいるの?]
[戦争に行かなくていいポストで給料がいいんで……]
[身も蓋もないな。というか、ならT.A.S.と正規軍はどうなのだ。あれも戦争屋みたいなもんじゃないか]
[あれは国を守るって使命があるじゃないですか。でなくても、正規軍の頃の仲間意識とか。それに対してウチにはなんのやりがいもないですよ。金と殺しくらいで]
[うん。だから、ちょっとは隠そうか]
[自分とは関係の無い戦争に行きたがるのなんてイキってる子どもくらいですし、その辺の小学校近くに張り紙出しておくのはどうですか? 銃が撃ち放題とか書いて。バカほど釣れると思いますよ]
[キミ本当に人間か?]
[それ社長が言うんですか?]
カイが映像を止める。
「ってか、だったら正規軍辞めた人とか集めればいいんじゃないんすか? T.A.S.か警察くらいしか就職先がないんでしたよね」
「お。よく知ってるね。誰に聞いたのかね?」
「ロックさんっす」
「あー、隊長のとこの。これが広まった後で分かるんだけど、彼らは試合の方の部隊を見下していて眼中になかったのだ。逆に殺し合いの部隊はだいたい愛国心があるため、この会社に見向きもしなかった」
「でもロックさん、黒い商売に行くヤツもいる的な……あぁ」
「そ。犯罪者として弾かれたんだねぇ」
社長はウンウンと唸り、首を右へ左へと傾けるのを往復させ続けていた。
[なんか……ないかね。いいアイデアが]
[いっそ国が解体すればいいんですけどね。働き手に困った奴らが大勢出れば、嫌でもウチに来るでしょうし]
[杯が傾きゃ
社長がおちょこでも傾けるような仕草をすると、人事が「あ」と声を上げた。
[……それでは?]
[うん?]
[プロトは溢れなくても、溢れ者はいますよ、正規軍には。内部に人を送って、そこでスカウトしていけば……]
[おぉ……。それならば戦闘のノウハウも持った人材がわんさかいるではないか! ならば裏工作を進めよう!]
[はい。さすがは社長。抜け目ないですね。フフフフ……]
[そう持ち上げるでない。ククククク……]
[これで残った問題はひとつ]
[よいよい。残りの資金にものをいわせて解決しようではないか。金は金のためにはたかねばのぉ……。で、問題というのは?]
人事がその、些細な問題をニコニコと答えた。
[裏工作のための人員がいません]
社長はついに、机を叩いた。
[ワザとやってるだろ!]
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