ガジェット・ストアにて

――Lila――

 カイに背負われながらビルとビルの間を飛んだり、ブレードのアンカー機能で発射後にロープを伸ばせることを教えたりしながら、安全そうな地上まで降りてきた。


 リィラは目的の店に向かう途中、服屋に寄ってカイの服を新たに購入する。いわゆるチェスターコートだったが、リィラの言葉の伝わらないなりの熱い推しによって、フード付きのものになった。


 高い買い物だが、リィラは彼のPpが少なくなっていることを心配して身銭を切った。


 ひどく、暑かった。出会ってからずっと寒そうにしている彼を、信じられないという目で見て、少しふらついた。平衡感覚がやや狂っていた。


 その隣でカイは満更まんざらでもない表情で、彼女とのお揃いだな何て思っていた。


 そしてまた歩いて、一つの店に入った。行きつけのガジェットストアだ。


「おっさーん」


「お、来たなガキンチョ」


 いかつい顔をした筋肉が出迎える。彼はリィラのオタク仲間だった。


 初めて店に来たときに一悶着あり、そのときの呼び方で互いを呼ぶようになっていた。


「……って、ずいぶん顔色が悪いじゃねえか。大丈夫か?」


「知ってんだろぉ、ビンボーなのぉ。それより翻訳機くんない?」


「翻訳機? 珍しいな」


「いや、使う方で必要になっちゃってさ……」


 カイを一瞥した。彼は、商品棚をじっと見ては、自分の腕についた寄生ガジェットと見比べたり、リィラと目が合ったら笑顔で手を振ってきたりしていた。


 ただの値札なんかをしげしげと見ているが、もしかしたら文字も読めないのかもしれない。


「あー、あいつだな? あれは……」


「拾ったんだよ。何かがあったんだろうけど、言葉が分かんないっぽくてさ」


「へぇ、ひょっとしたら不法移民かもしれねえな。ディユの方からか?」


「ま、聞けば分かるよ」


 マッチョは「そうだな」と言いながら商品棚から翻訳機を持ってきて、カウンターに置いた。


「で……だが……」


 言葉に詰まっているが、なにを言いたいかは分かる。支払いは無理だ。いつもなら「舐める」なと無理をしていたところだが、それが無理だと自覚できるほどPpプロトプラズムが無かった。


 カイとまた目が合う。彼はやはり、にっこりとして手を振って来た。


 ……まあいいや。元気そうだし。


「支払いはアイツね」


「おう分かった」


 リィラがぼうっとしていたカイの服を引いた。


 驚いてこっちを向いた彼に、リィラはカウンターを指差す。そこには、にこやかマッチョと頭一つ分はある巨大なボトル。


 彼女はさりげなく、カイの手に支払い機の末端を当てていた。


「お、支払い足りるみたいだぜ」

「っつうことでお支払いよろしく! 自分のなんだからさっ」


 カイは全てを理解し、リィラの両肩を掴んで必死に首を振ったが、その手をパンと弾かれ、更にマッチョにも加勢され無理矢理に連行された。


「縺。繧?■繧っ、繧、繝、縺?縺~~~~……!」

(ちょちょっ、イヤだぁ~~~~……!)


 抵抗も空しく、たっぷり吸引された。


 カイは何かすら分からない高額なものを買うための財布代わりにされ、げんなりとしていた。マッチョは苦笑いをしている。


「まぁ、あとで説明してやりゃあいいだろ」


「……まあ、そう……だね」


「ん? どうした」


「いや、さ。さっき……実はアーミーに襲われてさ」


「え、大丈夫だったのか? まさか、回復でPp使っちまったから……」


「ち、ちげえよ。怪我とかはしなかったよアイツが守ってくれたから。そうじゃなくて、なんか、あんなシールドの使い方して、ずっとマッスルも起動してたし、普通だったらもう立ってられないくらいだと思うんだけどさ」


「アーミーとドンパチしたってことか? Pp足りる足りないっつうか、よく生き残ったもんだよ」


 マッチョが言うと、リィラも頷く。


「ホントね。どっからそんなに湧いてんだか……」


「ま、意外とデブだったんだろうな。わっはっは」


 彼は笑うが、リィラはずっと引っ掛かっている。


 このカイは、何かが違う。思えば、この年齢になってもまだ翻訳機を付けていないということからして不自然だ。今どき、ちゃんとお勉強して言葉を学ぶやつなんか学者サマくらいなのだ。


 そして彼女が何よりも気になるのは、アーミーに狙われているということだった。


「……しっかし、アーミーがねえ。人さらいだけじゃ満足できなくなりやがったか」


「そーいう問題じゃないって。いきなりブッぱなしてきたんだよ? いよいよ頭おかしくなったんだアイツら。……か、コイツが何かをやらかしたか」


 アーミーは民間人からの評判がとにかく悪く、何かあれば大抵、アーミーのせいだろうなと噂が立つ。


 そのせいか、リィラは今回の発砲も大した意外さを感じなかった。


 人さらいをしているという噂も、そうした偏見から一気に広まったものだったが、これはどうやら事実だったらしい。マッチョの住むマンションからも一人が消えたのだという。


「まあ。そんなこたぁ、置いといてだな」


 マッチョが肩をぐるりと回した。


「そろそろ埋め込みマージすっか!」


「あー……そ、それなんだけどさ。アタシがやりたいんだよね……」


 オタク仲間にカイが高級ガジェットまみれだと知られたら不味いと、リィラは誤魔化す。


 マッチョの「練習台にすんのかよ」という苦笑いに、リィラは皮肉な笑みを浮かべた。


「ま、まーね。どうせ死んでたみたいなもんだし」


 カイは嫌な予感がしたが、どう危険かすら分からないのでただただ見守っていた。


「だからまあ、台だけ貸してよ」


「あん? 教えてやるぞ? 今度は実践でだ」


「アタシだけでやりたい」


 男はリィラの顔をじっと見て、頷いた。


 手術をするには難解な試験を突破して免許を取らねばならない。マッチョがマッチョとなったのは、そのストレスを筋トレで昇華した故だ。


 そして彼は、若くして必死に勉強しているリィラがその合格ラインに達しており、ことガジェット知識に関して言えばPURPLE・GADGET本社のエンジニアとして通用するレベルだと知っていた。


 免許はなくとも、自信をもってすれば彼女にはできる。そう確信していた。


「立派になりやがって。もうガキンチョとは呼べないな」


「アンタもね。じいさんって呼んでやるよ」


 男は笑って、手術室に向かう彼女の背を叩いた。



――Kai――

 カイは手を引かれながら、何が起こるのかとひやひやしている。


 スライド式ドアを抜けると、タイル貼りの明るく狭い部屋に出た。中心に人を一人寝かせられるだけの平坦な台と、隣にプラスチックのような一抱えの箱を置いた台と、僅かに移動できる程度のスペースがあった。


 壁の上の方にはなにか、証明書か許可証らしいものが、洗える防水フレームに入れて飾ってある。


 カイにはその文字が読めなかったが、部屋にあるものとリィラが持っているガジェットから何が起こるのか理解し、恐怖の表情で後ろを振り返る。


「縺翫l縺後♀縺?⊂繧後※縺励〓縺セ縺医↓縺ァ縺ヲ縺薙>繧」

(俺が老いぼれて死ぬ前に出てこいよ)


 男は言い、扉を閉めてしまう。


 脱走は無理だ。出ればすぐにマッチョがいる。戦うのも無理だ。どんな理由があってもカイに少女を傷付けることなど決してできない。


 ならば、覚悟を決めるしかない。


「縺吶$縺翫o繧九°繧。縺サ繧」

(すぐ終わるから。ほら)


 自分の首の後ろを叩いてベッドを指差す。


 カイは大きく息を吸い。上着を脱いで台の足元に置いておき、緊張と共に吐きながら台に腹這いになった。


 リィラにとって初めてのマージだったが、高級品をパージしようとしていたさっきに比べてよほど気が楽だった。


 翻訳機は標準とされている言語で会話ができるようになる高性能ガジェットである。しかしその需要の高さから改良とコストダウンを繰り返し、いつしか高品質でありながら誰の手にも届く大衆価格となっていた。


 支払い機にも採用されているニードルレス吸引素子サクショナーを使っているのでコードレス。なので取り付けも簡単で、マージ初心者にはうってつけのガジェットだ。


 が、カイはそんなことを知るよしもなかった。


 不意に服の首もとに手をかけられ、露出させられる。それだけで驚いて全身を震わせた。絶対に痛い。注射なんか比にならないぞ。


 ポッポッと、箱の留め具を開ける音。


 カラカラと、キャップを取る音。


 首の後ろが拭かれてヒヤリとした。


 台座の足を握り締めて構える。


 麻酔とかないのかな。一瞬で終わりだといいな。そう祈り続ける。


 すっ、と首の後ろが冷たくなり、すかさず硬い何かを当てられ、軽く圧を掛けられる。


 ……ひょっとしていま、首を切ってあの機械を当てたのか。


 やったぜ。本当に痛くない。助かった。


「繧? 縺ゅl。繧医>縺励gっ!」

(ん? あれ。よいしょっ!)


 掛け声と共に圧が重くなり、ガリッと音が体内で響いて爆発するような激痛が走った。


「うぐ……が……ぁ……ぅおう…………」


 想像を絶する痛みに叫ぶこともできず呻く。


「手ぇ、滑っちゃった……。……いや~」


 顔をくしゃくしゃにしながらどうにか仰向けになる。


 ――――あれ。


 カイは激痛の中でも起き上がり、リィラの顔をじっと見た。


 今、あの子なんて言った?


「…………分かる」


「そりゃそーだよ。あーあ、やっと言葉通じた――うひゃあっ!?」


 たまらずリィラに抱き付いた。言葉の通じない心細さの中で、やっと意思のやり取りができるようになった。


「うおおお! 通じるぅうう!」


「だから抱き付くな! キモいんだよバカ!」


 また腹を蹴りあげられ、伸びるスペースすらない狭い床へ身体を折り畳みながら落ちた。


 だが全然気にならなかった。そうか。あの時はキモいって言ってたのか。おれが覚えた言葉はバカだったんだ。もう分かるんだぞ。


「なんだなんだ。なにを暴れてんだ」


 スライドドアからマッチョが覗く。


 少女が慌ててマッチョの前に立ち、コートを取って被せてきた。何か分からないけど、見られないように着ろってことだろう。


「すんません! あ、おれの言葉分かるっすか!」


「おう! なんだ。上手くいったみたいだな」


 やり取りしながら上着を着てボタンをしめていく。ふと見上げた許可証に、『この手術室はボディガジェット着脱手術以外を行わない』という記載が有るのを見つけた。


 ……すっげえな。文字まで読めるじゃん。


「ま。こんなもんよ」


「つってもまだまだひよっ子だ。難しいのは俺が教えるまでやらせてやらんからな」


「あー、はいはい……」


 少女が振り向いてきた。ちょうど着終わったと、微笑んで返す。すると彼女はほっとしたようにマッチョへ向き直った。


「……じゃ。今日のところは帰るわ」


「おい待ちな」


 マッチョは行こうとするリィラを止め、耳元で囁く。


「そういえばよ……アレ、入荷してるぜ?」


「――マジ!?」


「マジだ。ほれ」


 マッチョはカウンターに戻り、その下に隠すように置いてあった箱を取り出す。その中に入っているのは、鬼たちの体内Ppを計れるメーターガジェットだった。


 支払いのしすぎやガジェットの使いすぎによってPp不足になれば栄養不足に陥り、最悪は枯れて餓死してしまう。それを防ぐために残高金管理兼燃料管理の道具として持っている者は多い。


 そんなメーター中でも、社内政治が原因でごく少数だけしか作られなかった型がある。ガジェットオタクの中でも比率の多いメーターマニアからしてみれば、喉から手が出るほどの品だった。


「……うぅ…………」


 しかしそれだけあって、かなり値が張る。


 リィラに手が出せるものではない。ローンのような制度があって、普通はそれで支払うのだが、ほとんど金の無いこの現状どころか、普段の持ち金でもその頭金を支払うことすらできないほどに貧しかった。


 その様子を見て、カイが思わず手をあげる。


「あの、おれが全部持つぜ」


 二人は驚いて彼を見るが、すぐに「ああ」と納得した。


「そういやお前、支払い機を知らなかったんだっけ。信じられんなぁ」


 マッチョが腕を組んだ。


「ま、まあ……」


「じゃあ常識を教えてやる。Ppが少ねえと支払い自体できねえのよ。金遣いが荒すぎて枯れる・・・奴がいるからな。まあ、一括で払えなくても最低限だけ残して支払って、あとは分割……てのもあるけどな」


 マッチョは支払い機の末端を手に持った。


「これを当てると、支払い可能かどうかってのが出る。分かるだろ?」


「枯れる……。やっぱ、そのPpって栄養か何かなんすか?」


 二人は顔を合わせる。それはこの世界では常識中の常識。小さな子どもですら分かることだった。


「……さすがに、嘘だよな?」


「いやおっさん。コイツさ、ガジェットすら知らないっぽいの」


「いやいや。んなこと有り得るわけねえだろ」


「マジなんだって!」


 仕方ないとはいえ、無知すぎる自分が恥ずかしくなって段々と身体を縮こませていく。しかし、自分が身体中に付けているメカの名称がガジェットだということは知れた。


「あ、あの。じゃあ支払えないっすかね……」


「Ppさえありゃいーんだけど、ガジェット使いまくったし、さっきたっぷり払っちまったしなー。あーあ……」


 リィラの嘆きを聞いて、カイはまたピンと来る。さっきから使っているガジェットはPpを消費して動いているのだ。


 つまりこの世界では――――この輝く液Ppが栄養かつ金かつ燃料なのだ。


 マッチョは悲しみにくれる少女にいたたれまれない気持ちになる。だがそれ以上に、彼女の次の表情が楽しみでもあった。


「まあまあ。そう落ち込むな」


「だってさあ。分かるだろ気持ちぃ」


「と、思うだろ? そ、こ、で、特別料金だ! 今の有り金だけで売ってやる」


 マッチョがどんと胸を張った。これにはリィラも顔を上げる。


「マジぃ!?」


「マジマジの初マージ記念だ! 帰りの列車賃が足りなきゃ奢ってやるぜ」


「ぃやったぁ! ありがとうおっさん!」


 幼いガジェットオタク仲間のためだと、マッチョは自分自身に鼻が高かった。


 喜ぶリィラの隣から、カイもマッチョへ歩み寄る。


「おれのも使っちゃってください」


「お。いいねえ。いよっ。ジェントルマンだねえ」


「へへっ。話せなくて困ってたの助けて貰ったんで。命の恩人っす」


 リィラはそれを聞いて、口角が上がらないようむすっとして顔を逸らした。


 カイが一歩前に出て、首を差し出す。


 男が彼の首に支払い機を当て、モニターの表示を見て、思わず眉を寄せた。


「…………あれ。ん? なんだ? 故障かなぁ」


「おっさん? 何してんの?」


「いや……有り得ねえ。故障だな」


「だからぁ。どうしたんだって」


 彼は少し考え、口を開いた。


「間違って一括支払いモードにしてたんだが……“支払い可能”って出てよ」


「え? …………そりゃ……」


 ありえねーな。続くはずの言葉が消え、真っすぐにこっちを見据えた。


「……アンタ、廃棄所で倒れてたときさ、なんで満腹フルだったの?」


「え? フル……いや……」


 少し考えれば、何がおかしいのかすぐに分かった。レア物と言うなら値段は相当に高く、例えPpが満腹でも一括支払いは不可能だと分かる。


「…………ありえんのか? そんなこと・・・・・……」


「な、なにが?」


「……おっさん。アタシに当ててみ」


「お、おう」


 リィラが試すと、モニターには『支払い不可』と出た。


 一応と彼自身も試したが、結果は同じ。


「…………どうなってんだ。……これじゃあまるで……」


 カイは訳も分からず、二人を見比べる。


「え? な、なんすか? もしかしてなんか、おれ死にそうだったり……」


 リィラはカイをじっと見上げ、呟くように声を出した。


「…………いまは腹、減ってない?」


「い、いや全然……」


 そこでカイにも二人の疑問を理解できた。


 Ppが栄養であるならば、使うだけ腹が減るものだ。そうじゃないのは絶対におかしい。どれだけ飲んでもコップの水が減らないなんてことは有り得ない。


「……じゃあ、その、試してみていいっすか」


 マッチョは迷う。万が一、支払い機の故障だったとなれば、カイが枯れる可能性があった。


 だが、興味の方が勝ってしまった。


「分かった。自分であぶねえって思ったら、すぐ首を離せよ。絶対だぞ、いいな?」


「了解っす」


 支払い機を首に当てられ、いつでも逃げられるように構える。男が値段を設定して持ち手のトリガーを引くと、すぐに身体から何かを吸い出されるような妙ちくりんな感覚に襲われた。


 不安げに見守るリィラに、カイは微笑みを送る。そんなことをしている間に――――。


「ぜ、全額払えちまった…………」


「うっそだろ!」


 マッチョが唖然と見るモニターを、リィラも覗き込む。そこには支払い完了という表示がされている。


 足元のフレームの扉を開けて圧縮ボトルを確認するが、きっちり支払われていた。


 それは、十数人が満腹(フル)から空腹(エンプティ)まで支払ってやっと届く量だった。


「…………も、もう一回だ。首を」


「は、はいっす」


 マッチョは値段に無茶苦茶な値を設定して、もう一度カイの首に素子を当てた。しかし、表示は支払い可能のままだ。


「ありえねえ。ありえねえよ。どうしたって、こんなこと」


「お、おれもしかして、無限にPp使えちゃったりして……」


 もしそうなら、実質的に大金持ちだし、そういう規格外チート能力なのではと期待に胸を膨らませるカイだったが、リィラが呟いたのはその想像の上を行っていた。


「本当にそうだったら……世界の半分を、アンタ一人で動かせる」


「え。マジ?」


「マジ。よく言うんだよ。『ガジェットは世界の半分を動かしている』って。ガジェットを動かすのはPp。分かる?」


「すっげぇじゃん」


「気楽か。悪用されたらマジで世界変わるんだよ?」


 リィラは顔にシワを作って呆れ顔をした。


「それどころか、経済が崩壊するんじゃねえのか。金が使いたい放題じゃねえか」


 マッチョも顔にシワを作って、考え込むように下を向いた。


 この世界は通貨の量が保存されないというただでさえ不安定なPp経済だ。無限Ppなんてものを持ち出せば、あっさり壊れるだろう。


「……あの、ちょっといいっすか。このPp? を吸い出して入れとけるヤツって何て言うんです?」


「ん? あぁ。手持ちサイズはボトルで、大型のガジェットを使うようなデカいのはタンクだが……」


「えっと、ボトル買います。どれっすか?」


 マッチョは怪訝な顔のままボトルの棚に立つ。


「そいじゃあ、容量は」


「持ち運びに便利なくらいで」


「分かった。ちょっと高いが、ニードルレスの吸い出し用素子があって……って、関係ねえか」


 支払い機を通して購入し、ボトルと吸引素子をさっそく使おうとするがよく分からない。


 するとリィラが両方とも引ったくった。


「こうやって組み立てて……こう使うんだ」


 説明しながら組み立て、自分の首もとに当てるような動作をした。


「首じゃなくてもいいけど、ここが一番はやく吸い出せんだよ。どうせそんなことも知らないだろ?」


 リィラはマッチョへ顔を向け、「ってかどさくさに紛れて一番高いの売るなよなー」と文句を言った。マッチョは苦笑いして「悪い悪い」と謝る。


「ほうほう……分かった! 知らなかったから助かるぜ」


 カイはさっそく使用し、ボトルを満タンにした。


 それを、リィラとマッチョは興味深そうに眺めている。


「……何に使うんだ? ってかまず、何に使えるかまず教えてやんないとか。もー、しょーがないなー」


 リィラはいかにも面倒くさそうに、しかし嬉しそうに頭をかく。ガジェットオタクに限らず、オタクは知識面で本領発揮するとき嬉しくなるものだ。


 しかし、カイは苦笑いした。


「いや、そうじゃないんだ」


「ん? じゃーどうすんのさ」


「助けてくれたし、色々と買ってくれたじゃん。お腹減ってるんじゃない?」


 カイは、リィラへボトルを差し出した。


「はいどうぞ。今さらだけど、おれはカイ。よろしくっ」


「…………あ、アタシはリィラだ。それはまあ……、貰っといてやるよ……」


 リィラは気恥ずかしそうに受けとる。


 そんな二人を見て、横からマッチョが口笛を吹く。


「ヒューッ。年の差か~?」


「止めろバカ。コイツは無理」


「まあ、流石にちょっとね……」


 即座に二人は否定する。


 リィラは思春期にあって恋愛を小馬鹿にしており、育った環境のせいか芽生える恋の種さえ無い。しかも最悪な出会いのせいでカイを恋愛感情の方ではキモいと思っている。


 カイはハーレムを目指していたが少女に手を出さない分別くらいはついていた。なのでリィラを少女アイドルみたいに推そうと思っていた矢先、言葉が通じてみると彼女の言動が実の妹にそっくりすぎてしまって、そういう感情すら芽生えなくなった。


 言葉の通り、お互いに無理・・だった。今後も恋仲になることは無い。


 リィラはボトルを一気に飲み干し、口を拭った。


「ぷはーっ。く~、生き返るぅっ。やぁっと涼しくなったわ」


「え? 涼しく? なんで?」


 カイの疑問に、また二人が顔を合わせる。


「そっかそれも知らなかったんだ。んー。おっさん」


 人体をきちんと学んでいる者へのパスを、マッチョが「おう」と受け取った。


「体温はPpの多さで変わる。だから潤っているときと枯れているときで暑かったり寒かったりするんだ。Ppが多いほど体温が上がって涼しくなり、少ないほど体温は下がって暑くなる、ってな」


「ん? 逆じゃねえっすか?」


「いや。これでいい。体温が上がってそれが普通の状態になれば、相対的に気温が低く感じる。逆に下がると気温を高く感じる。だから腹が減ったヤツほど暑がるんだぜ」


「あっ! そういうことか!」


 カイではなく、リィラが声を挙げた。


「こいつ、ずっと寒そうだったんだ。だからねぇ……」


 つまり、彼ら赤鬼が『暑くなる』というのは、元の世界での『喉が乾く』感覚に近いのだろう。暑くなれば、水分補給ならぬPp補給をする。彼らは金を支払うほどに喉が乾くのだ。漠然とそういう考えに至ったとき、カイは及び腰になった。


「あー。だからさっきすっげえ暑そうだったんだね。マジごめんな……」


「いーんだよ。それ以上に貰ってんだから貸し借りナシ、だろ」


 メーターの箱を抱くように持つリィラの背後で、マッチョがカウンターに身を乗り出した。その手にはマイボトル。


「カイくぅん。貸し借りとかはねえけどさぁ……。よかったら俺にもくれないかぁ?」


「うぃっす」


 カイは空ボトルを受け取って満タンにした。


「いやっ。悪いね~」


 マッチョはそれをグビグビと飲み干し、口を拭う。


「くぁ~っ! ついでに支払い機も満タンにしてくれよ~」


「おいおっさん。悪用すんな」


「あ、いいっすよ?」


「悪用させんな! ほら行くぞ」


 カイはリィラに引っ張られながら出口へ向かう。


「じゃあな、おっさん」


「またなリィラ。カイ君、次も連れて来てくれよ。気に入っちまった。うはははは!」

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