Fist Bump
――Kai――
「じゃ、とりあえず……どうしよっか」
リィラが言い、店の前で向かい合って立ち話を始めた。表通りは広いが人通りが多く、過度な広告の色彩が服の色のカムフラージュには丁度よかった。
ストアの位置が入り組んだ場所にあるということもあって、そこで駄弁っていてもアーミーに見つかることはない。
「ん? まだなんか用事?」
「いや……無いんだけどさ。家に帰るとアイツがさ……」
「あー。あのお爺ちゃん?」
カイが言うと、リィラが大笑いする。
「いいね。帰ったらおじいちゃんって呼んであげな」
「……あ、お父さんだった? ごめんごめん」
「いいんだよあんなジジイ。で、どうする? したいことないの?」
アーミーに狙われているような状況だが、それでも帰りたがらないらしい。一度は逃げ切れたこともあってそこまで危険視もしていないのだろう。
カイとしても、楽観主義的な性格のせいで似たような考えをしていた。
「うーーん。っても、できることが分かんないな。なにできる?」
リィラは器用に方眉だけ上げた。
「ふーん。アンタ、ホントになんも知らないんだね。病院かなんかで育ったの?」
「いや、まあ……。よ、よく分かんないかな」
「分かんない? ……じゃあ、記憶が無いんだ」
返事に迷った。異世界転生したと言いたいが、それでいよいよ頭がおかしいと思われるのでは、と怖くなる。
自分の過去が存在しない世界では、あらゆる
その中で出会った彼女が、唯一の味方である気がした。
「……かな。多分」
「へー」
そんな悩みに気付くはずもなく、リィラは軽い返事をした。
「じゃ、このアタシが色々と教えたげよう」
リィラがパーカーのポケットに手を突っ込んで歩き始める。
「ありがとうね。お父さんが心配するだろうから日が
カイは自分の言葉に、思わず口を押さえた。リィラも思わず振り返る。
今、なんか変だった。言葉に日本語が混じっていた。
「……なんて?」
「い、いや。縺上lるって……あれ? 縺上lる……」
カイは首の後ろのガジェットに触れる。ガジェットが壊れているかどうかは分からないが、手術の傷はもうすっかり治っていた。
「傷治ってる。スゴい薬だな塗ったやつ」
「それも知らないの?」
リィラが背後に回って背伸びをしたので、カイは屈んで中腰になった。翻訳機を見てくれているようだが、何も言及しないのだから特に故障はしていないのだろう。
「それくらいの傷ならすぐ治るじゃん。Ppで」
「マジ? Ppってそんな凄いのか」
「マジ。……もっかい言ってみ?」
「マジ?」
「そっちじゃねーよバーカ」
彼女は呆れて笑い、カイも釣られて笑った。
「えーっと、縺上lる」
「んー? なんだろ……」
原因不明の翻訳バグにリィラは考え込むが、カイはすぐにピンときた。
言葉には、その言語特有の言い回しや単語というものがある。日本語でいうところの『侘び寂び』だ。これは海外の言葉にできず、そのまま『WabiーSabi』とされる。
裏を返せば、他の言語に通用しない概念は別の言い方にすればいいのだ。翻訳機で文法や単語がこの世界のものに変換されても大丈夫な言い方に。
「――日が落ちる」
「……へ?」
リィラがポカンと口を開いた。
「そう言ったんだ。
また、言えない単語だ。
彼は真上を見上げた。そこには煌々と太陽が輝いている。
この球状内の世界には太陽が落ちる先がない。故に、『暮れる』も『夜』も存在しない単語だった。
「日が落ちるって、『滅亡の日』?」
「ん? なにそれ」
カイの疑問に、リィラがパーカーに両手を突っ込んだまま肩を竦める。
「違うの? なんかの博士とかが、ガジェット使い続けたらいつか落ちてくんだって。あれが」
「そうなのか。でも、なんでそんなことが?」
「アタシたちを見つけるんだってさ。太陽が」
「太陽が?」
この世界の環境問題に関する話だったが、カイにはピンと来ない。
お互いに噛み合わない話題のまま見つめ合い、お互いに「まあいっか」と話を流した。
「じゃあ、適当にメシ食い行こ」
「うーい」
これからまた歩くのだろう。そう思ってカイはマッスルガジェットを起動した。するとリィラが足を止め、腰を覗きこんでくる。
「いまマッスル起動しなかった?」
「え? まぁ……やっぱ身体軽くなるし。なんか切ってから、身体が重い感じがするんだよね。Ppってやつも無限だしいいかなって」
「ダメ。切って」
「ダメ?」
「ダメっつってんじゃん。あのね。使い続けたらそれが普通の状態になるから、それに合わせて筋力が落ちんの。そのガジェットなしじゃ生活できなくなるよ」
「うへぇ。それは困る。切るわ」
カイはマッスルを切った。
「それにしてもホント詳しいね。ガジェットに」
「……んふ……、ごほんっ。ま、ちょっとくらいはね。ほら行くぞ」
照れ笑いを誤魔化すリィラの先導で歩き始めた。
「そういやさ。その調子じゃこの街の名前も知らないんでしょ」
「んー、まぁ……」
「やっぱり」
リィラが両腕を広げながら後ろへ下がる。
「ようこそ、アヴィシティに。……ま、ちょっと外れだけど」
「ちょっと外れでこれ?」
カイが見上げた空には広告群の極彩色がひしめいて輝いている。それに対してリィラは少し肩を竦めただけだった。
「ビジネス街って、だいたいどこもこうじゃん」
「へぇ~……」
「……なんも知らないんだった。はいはい。じゃあ教えたげるから行くよ」
「うーい」
二人は路地へと消えていった。
――?――
アーミーの本拠地。その広い駐車場に部隊員が並び、男がその前をせわしなく、やたらと足音を大きくしてうろつく。
「この――揃いにも揃ってバカ者どもが! 交渉を試みる前に撃つバカがどこにいるッ!」
アーミーの上位階級であることを示す軍服。それに身を包んだ屈強な男を目前にして、カイたちを襲った部隊たちが萎縮していた。
「ただでさえ“提供者”の出迎えを拉致などと噂されている現状だぞ。分かっとるのか! 民間人を無益に殺して回るなど何を考えている!」
「あ、あれは32部隊が勝手に……」
「勝手に。なんだ。誰が言い訳を言えと言った! 質問に答えろッ!」
「……し、始末するためならば多少の犠牲も厭わないと……」
要求通り弁明をしようとした男の顔面に鉄拳が飛ぶ。大男の身長ほどにふわりと身体を浮かせ、そのまま地面に叩きつけられた。
誰も動けず、誰も助けなかった。
「巻き込んだ挙げ句に始末できんかっただろうが!」
「お言葉ですが」
萎縮する部隊の中からひとり、凛とした声がした。
様々なガジェット兵装に身を包みながらまっすぐに前を見据える彼女、オークラーはこの部隊の隊長だった。
「χー四ー九は、犠牲者を出すほどの攻撃でなければそもそも仕留められません。交渉をするにも、もはや手遅れであったことは確実と言えます」
「ほう。その根拠は」
「何らかの原因で記憶を失っているものと見られます。訓練で教えた手法ではなく、教えてもいない手法でガジェットを使っていました。彼ならばあの場をより上手く切り抜けられたはずであります。また、
「なんだと!? 記憶はともあれ、人格が戻ったというのか」
「χを目撃した捜索員の報告では、動作が感情的であり、我々の到着に慌てるような様子から人格を感じた、とのことです」
大佐は顎に手を当てて考え始める。
オークラーは言葉を発さず、長い間を待つ。
ようやく大佐の手が降りたのを見て、報告を続けた。
「また発砲の理由はもうひとつあり、χが32部隊が到着するのと同時に逃走したためであります。これ以上、野放しにするのであれば、恐れていた事態を引き起こす可能性もありました。我々47部隊の到着を待っているだけの時間があったとも思えません」
大男は大きく息を吐き、頷いた。
「いいだろう。ならば次は巻き添えを気にせず戦え。ただし、必ず仕留めろ。この機密がχの口から漏れる前にだッ。解散ッ!」
イエス・サーと隊の声が束なる。
しかし大佐の表情は暗いままだった。
「これでアーミーの信用は地に落ちたも同然。予算は打ち切られること必定か。せめて、あの兵器を片付けんことには終われん」
空を見上げる。施設から巨大な円柱が、空に浮かぶ太陽へ吸い込まれるように伸びていた。
「敵に回って国が滅びるか、滅亡の日が到来するか……」
そう呟く男の後ろでオークラーは、ふらつく部下を支えながら建物へと戻っていく。
「クレイ。大丈夫か?」
声が届かなくなったところで呟く。すると部下のクレイは舌打ちをした。
「じゃねえっすよ……あの野郎……。だから32が勝手に撃ち始めたせいなのに、オレたちまで怒られることないじゃないっすか」
「ははっ。大佐相手に随分なこと言うじゃないか。まあ、殴るのは理不尽だっていうのは間違いない」
「ですよね。ってか隊長も、47は民間撃ってないって弁明すればいいじゃないですか。なんで32まで庇うんです」
「隊が違っても、同じ屋根の下にいるのだからな。仲間だ」
その言葉に、部下は閉口するしかなかった。その代わり、顎を擦って愚痴をこぼす。
「はーあ。なんでこんな目に……」
「もうすぐの辛抱じゃないか。この仕事を終えたら、息子と過ごすんだろ?」
χの始末は何にも優先され、また他の作戦が比較にならないほどに命の危険を伴う仕事だった。
下っ端でさえこの先の人生を悠々自適に過ごせる報酬が約束されているとはいえ、やはり不安は消えない。相手は最強の兵器なのだ。
家族の元へ生きて帰るか、死んで届けられるか。その確率は五分五分よりも死に寄っている。だからこそ報酬は破格だ。
「……そうですよね……」
「大丈夫。私が付いている。仕事が終わったあと、無事に家族を抱き締めさせてやるのが隊長としての義務だ」
だが、オークラーの毅然とした態度も、行動も、部下たちの不安を払拭するには十分だった。
「へへ。やっぱ頼れますね隊長。隊長が隊長で良かったですよ」
「嬉しいこと言ってくれるな。こいつ」
肘で腹を小突く。隊長まで殴らないでくださいよォという冗談と、笑い声がしていた。
――Lila――
レストランの一角。おびただしい量の皿が積まれたテーブルを、少し離れた席の客もちらちらと見る。
「まだ食うんすか……?」
困惑するカイの前で、リィラはメニューと睨みあっていた。
「う、うるさい……うぷ……。まだ食えるし……」
「めっちゃ腹一杯じゃん。どうしたの急に」
「く、食える内に……食って……おかないとぉ……」
リィラは欲に敗北したのだ。カイの無限に使えるPpを悪用しないようにと思ったが、ちょっとくらいちょっとくらいで持ち崩し、あっさりとこんな具合になったのだった。
特に『アップル』という食べ物を爆食いした。ちょっと高いが美味い。カイはその食い物を知ってるからと得意気に注文したが、少し食って違う物だったと言って、あまり口に合わずリィラへ寄越した。
こんなに美味いのに。よく分かんないなコイツの味覚。
「いやいや、無理しないで。迷惑じゃなかったら、ずっと居るからさ。家事くらいはできるよ。おれ一人暮らししてたんだ」
カイは胸を張ったが、実際には少しだらしない生活だった。それに感づいたわけではなかったが、彼女は意地でもメニューを下ろさない。
「ってか、Ppがあれば生きられるんじゃないの?」
しかしその言葉で、あっさりとメニューがテーブルに置かれた。
「……ホントに知らないのそれ」
「え……ま、まあ……うん」
リィラは満腹すぎる頭でどうにか考える。やっぱり、コイツは記憶喪失じゃないかもしれない。知っていなきゃおかしいことを知らないんだもん。
事実としてPpは人間でいう水のようなもので、必須だがそれだけでは生きられないというのは当然の知識だった。
そう疑ってみるが、じゃあ何なのかという問いに答えは出ない。
「ねえ。アンタ出身どこ?」
「…………お、覚えてないかな」
「嘘下手だな。ホントは覚えてんだろ。なんで言わないの?」
リィラの突っ込みに、カイは答えることができなかった。
長い沈黙の末、やっと口を開く。
「…………その、さ。おれ、すっげえ変なこと言うかもしれないんだけど、本当のことなんだ。冗談とかじゃないし、頭がおかしくなったとかじゃ絶対ない」
「……? うん」
その奇妙な前置きに、リィラは少し背筋を伸ばした。しかしカイは中々言い出せないでいる。
だが彼女はそれを急かすことはしなかった。言いにくいことを言えと言われるほど言いたくなくなる。距離感がおかしい村人たちに嫌というほど味わわさられたことだった。
「……縺ヲ繧薙○縺したんだ。って、言えねえ」
「なんだそりゃ。あははっ」
思わず二人して笑う。緊張した空気が和らいで、強ばったカイの肩も降りる。
「えっとね。死んで、全然違う場所で違う人に生まれるって言いたかった」
「なに? なんて?」
知らない概念だった。
死んだら、終わりじゃないのか。
「うーん、やっぱ分かんないよね。その言葉がないくらいだし……」
勝手に納得したけど、納得されても困る。
「で、どこから来たの?」
「…………何て言えばいいんだろ。異世界って、分かる? 他の世界っていうか……」
「…………」
そういう世界がこの世界に有る、とは知っていたが、異世界が具体的にどういうものなのかまでは知らなかった。
「言えたってことは多分、この世界にその概念はあるんだね。球の外側って言えば分かるかな」
「キュウ?」
「この世界だよ。こう、丸い中の、内側じゃん?」
「あ、球ね」
丸を描くジェスチャーと説明で、その話は理解できた。だが、そのせいで余計に分からなくなってしまう。
「ん? でも、内側じゃないの? 異世界って言ったらさ」
「え? いや、外……じゃないかな。この世界じゃない別の世界でさ」
二人の話が噛み合っていない。
お互い頭の上に疑問符を浮かべている。
「……もしかして、この世界とおれの世界じゃ異世界って単語の意味が違う? でもそう言いたいって思って言った言葉なんだから同じ意味……だよな?」
「うーん? そう……かぁ?」
「いやさ、おれ、太陽が沈む世界から来たんだよ」
「沈む? って、どこに」
「おれの世界は球の外側なんだ。だから、沈む場所がある」
「外側……。変なの。それじゃあみんな落っこちちゃうじゃん」
「いや、下は球の中の方で、落ちないようになってんの。この世界で言ったら空に落ちてくような感じ」
「え、じゃあ太陽はどこにあんの?」
「ずーっと外側。縺?■繧?≧って……。えーっと、これも言えないのか……。なんだろ、真っ暗でめっちゃ広い空間があって、無限にさ」
「う~ん……?」
ぐだぐだな会話にリィラは眠たげな目になってきた。
カイは安心したような、がっかりしたような顔になった。
「……こっちの異世界って、どういう意味なんだ?」
「う~ん……、なんて言うか……メシが出てくる場所かな……ふあ~あ……」
「メシが? 具体的には……」
「…………あー、ねむっ!」
リィラは勢いよく立ち上がった。
「とりあえず出よ。支払いよろしく……ふあ~……」
「はいはい」
カイも立ち上がり、メーターの箱を持って会計へ向かう。彼は荷物持ちだった。
さっさと外へ行くリィラの後ろでカイは、彼女の言葉が引っ掛かっていた。
異世界はメシが出てくる場所。
自分やリィラ、そして皆が赤鬼。
……赤鬼…………か。
一瞬だけぞっとするようなことを思い付いたが、すぐに頭から追い払った。
そんなカイの心情も知れず、久しぶりに満腹以上に食ったリィラは気分も良さげに身体を伸ばしていた。
「よーし。じゃ、次はどこいこっか」
「さすがに、もうそろ帰った方が良いんじゃない?」
「いーじゃんかー。どうせお金使い放題なんだし」
「って、悪用する気まんまんじゃん。そんなことして、お兄ちゃん心配だぞ――あっ……うわぁ……」
カイは悶絶する。思ってもない単語に、リィラは目を見開いてぱちくりとさせた。
「お、お兄ちゃんだぁ? なに言ってんのアンタ」
「いや……リィラちゃんさ、おれの妹にマジで似てて……」
「ふーん」
正直、悪い気はしなかった。
家族というものが必要以上に距離を詰めてくるものであった彼女にとって、ずかずかと命令せず、少しだけ気を遣う親友くらいの家族は憧れだった。
不意に、お兄ちゃんと呼んでみたくなった。兄さんでも、兄貴でもいい。
友だちみたいな家族が欲しかった。
「……ま、自分で言うなら別に、勝手にすれば? アタシはそんな呼び方しないけど」
だけど、素直にはなれない。
まあ、誰だかもよく分かんないヤツだしな。そんなことを思う。
「お。ならこれからは気軽にお兄ちゃんって言うわ。ちなみに何て呼んで欲しいとかある?」
「ねーよ。呼び捨てでいいんじゃね」
「おっけ。じゃあお兄ちゃんをよろしく、リィラ」
「ん」
鼻で返事をする。気恥ずかしいが、やはりカイの距離感は心地が良かった。
「んなことはいいんだよ。で、えっとね……あ」
どこかへ遊びに行こうと提案しようとしたリィラだったが、向かいの本屋でディスプレイされていた雑誌に目が付いてしまった。
欲の糸で手繰り寄せられていき、その本を手に取った。
それはガジェットのマガジンだった。新作ガジェット情報からペイントデザインのコンテスト、改造の方法までもが載ったガジェットオタク一押しの雑誌だ。
そういえばもう発売じゃん。コイツのせいですっかり忘れてた。
「それ? んー……、雑誌ぐらいならいっか。買うよ」
後ろから覗いてきたカイが雑誌を受け取る。リィラは礼の代わりに頷いた。
しかし。それでは終わらなかった。他の本も目についてしまった。
当然、ガジェットの本で、内部構造や駆動原理、最近の新技術までもを網羅した専門書だった。
それを手に取ってカイへ差し出す。
「……こ、これも、買って欲しい……かな」
カイが「うぅん?」などと声を漏らしながら、裏の価格の部分を見た。
ボトルが二十本の表示。さっきの雑誌は二本の表示だ。
これはマーカス――父なら、まず買わない値段である。
「これ、めちゃ高いやつ?」
「い、いや。安い……んじゃないかな~? だって専門書だし……」
少し考え、カイは首を横に振った。
「そろそろキープしよう。使い放題だからって使いすぎは駄目だよ」
「い、いーじゃんっ。これは役に立つやつだし。ホント!」
リィラの説得もむなしく、カイは本を戻した。
こうなりゃ、やってやる。
彼女はカイの手を掴み、両手で握った。
「お、お願いっ。お兄ちゃんっ」
少し後、雑誌と専門書の入った袋を抱き締めるご満悦なリィラが居た。
カイはリィラに敗北したのだ。妹としての可愛いところを見せつけられ、甘やかさずにはいられなくなった。実の妹には「お前」呼ばわりされていたので、リィラの「お兄ちゃん」は
「ず、ズルいぞ……」
「むふふ。いや~、ホント感謝してるって。おにーちゃん?」
「く…………」
あっさりとお兄ちゃん呼びするリィラだが、実はそう呼ぶ度にちょっとした緊張と恥ずかしさとが混ざった奇妙な感覚になるのだった。
このままさりげなく、そう呼び続けてみようかな。そんなことを思っている。
「まあまあ。お望み通りもう帰ってあげるからさー。これ読まなきゃいけないし。そのお宝も早いとこ手入れしなきゃ」
「そっか。じゃ、早いとこ帰ろうぜ。なんだっけ、アーミー? に見付かったら不味いって」
「どうせアイツらポンコツだし、いいんじゃね? 見つかんないって。どーせ、こうするだけで分かんないよ」
そう言いながらフードを被った。額の角の部分に切れ込みがあり、うまく被れるようになっている。
「ほら、……被ってみ?」
「ほい」
カイもフードに手を掛け、やたらと角を気にして被った。普通に被れば良いのに。
「そうだ。腕も捲ってみ」
「おっけ。………………こう?」
カイは袖を折っていくように捲っていき、肘の前あたりで止めた。
「いいね。キマってる」
「リィラもイケてるね。うえーい」
カイが拳を突き出す。リィラにはその意味が分からなかった。
「ほら拳出して。コツンってやるんだ」
「どういうヤツ?」
「イカしてるってこと」
リィラは少し
すると彼は拳を引きながら指をパラパラと振った。
「プシューっ」
リィラは腕を伸ばしたまま唖然として、妙な間があって、吹き出した。
「……ぶっ。分っかんねえよ! あははっ」
二人で身体を曲げるほど笑い合う。
人と関わっていて、ガジェットの話も抜きにこんなに笑ったことがあっただろうか。
そんな自分が不意に見えたが、リィラはどうでもいいやと笑っていた。
「ごめんごめん。行こうぜそろそろ」
そうしてリィラとカイは、家路に着いた。
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