ABC・GADGET
――Lila――
家の一階。リィラとマーカスがダイニングのテーブルで向かい合っていた。
カイは服を着直し、部屋の隅で自分の肌に埋め込まれたガジェットを観察したり、二人をちらちらと覗き見たりしている。
男は三十代前半といったところだが、仕草が妙に青臭い。周囲が中年以上ばかりだったせいか、リィラの目にはそう映った。
落ち着きがないというか、妙に子どもっぽいというか……。都会のヤツはこんな感じなのかな。
それに、いやに寒そうだった。こいつは栄養が足りてるんだろうなと、リィラは思っている。
「とりあえず、こいつは味方っぽいんだって」
リィラは長い会話の中で、数度目かの同じ結論を出した。マーカスはそれを聞いて顔をしかめた。
「だから、そりゃ分かってんだよ。どうすんだこんなの。食わせてやる余裕なんかねえんだぞ」
「それは……分かんないけどさ」
「第一、言葉が通じねえじゃねえか」
「翻訳機を買えばいいじゃん」
「その金は」
「持ってる」
「何で持ってんだよ」
「アタシじゃない。こいつだよ。さっきメーターで図ったんだけど
彼女たち赤鬼の体内には
人的な栄養かつ機械的なエネルギーとなるPpが紙幣以上に価値のある通貨として使われるようになり、紙幣が淘汰された。というのはPURPLE・GADGET社の登場以来の近代史だった。
「あ? 満腹で行き倒れてたのか? そりゃ……」
マーカスが押し寄せる疑問に言葉を詰まらせ、すぐに全ての疑問を捨てた。
「……まあ有るならいい。あのポンコツガジェットの代わりに働けるってんなら食わせてやってもいいぜ」
「おいポンコツって言うな! てめえのがよっぽどポンコツだろ!」
勢いよく立ち上がったリィラに、カイがびくりと身体を浮かせた。
言葉の分からないカイにとっては、自分の生死が掛かっているかもしれない会話なので、かなり肝を冷やしていた。
「……はあ。じゃあ行ってくるわ」
「ああ……いや待て」
マーカスがリィラの部屋である二階に向かう。
「ちょ……勝手に入ろうとすんな! 何すんの!」
「パーカーだ。ブカブカのがあっただろ。あんな病人みてえな格好じゃ目立つ。お前まで捕まったらどうすんだ」
「やめろジジイ! アタシのお気に入りって言ったじゃんっ」
「いいだろ一着ぐらい。二十着はあんだからよ」
リィラにはガジェットの他に、病的に好きなものがあった。それはフード付きの服だ。それには特に理由らしい理由はない。強いて言えば『なんか分からないけど無条件に好きになるやつ』だった。
「全部お気に入りっ! 勝手に着せたらぶっ殺すぞ!」
「はぁ……ったくよ」
マーカスは渋々近くのタンスを開け、遠出用のボロ布まがいを出す。それをカイに投げ付けると、カイは察してすぐに着た。
ちょうど全身のガジェットを隠せる、大きな茶色のポンチョだった。
「じゃあ、とっとと行ってこい。良い働き手にならねえなら全部
呆れて声も出せず、ため息を吐きながら家を出る。
カイは上着を貰ったのだからきっと着いていくんだろうと羽織り、マーカスに会釈してリィラに続く。
「……行くぞほら。お前のためじゃなくて、そのガジェットのためだからな」
リィラはどうせ通じないと分かっていても、何の躊躇いもなくカイに話し掛けるのだった。
カイはとりあえず頷く。今のところ自分の世界のゼスチャーが通じているので、どうにかそれで押し通そうと決め込んでいた。
整備すらろくにされていない田舎道を少し歩くと、街から廃棄場へ続く整備された道へ出た。そこを二人でしばらく歩き、駅に到着する。
その間にもリィラはカイへ向かって、ぬいぐるみへ話すように喋っていた。
「ここが一番近い駅な。ショボいだろ。クソ田舎だし。でもなんか、支払い機はけっこう新しいんだ。二つ型落ちだけどさ、いいやつ使ってんの。いい金の使い方って、こういうこと言うんだよな」
カイはただ微笑む。
何を言っても同じ反応しか返ってこないカイに、ガジェットと出会う前の自分を、理解されることを諦めていた自分を思いだして不意に空しくなる。
どうせ、誰も何も分かろうとしない。どんな気持ちが自分の中にあっても「気のせいだ」と無かったことにされたり、「心配しすぎだ」と歪められていた。
それでも、逆らおうともせずに適当に微笑んだり適当に頷いたり適当に返事をしていた。そんな時代だった。
…………クソ食らえ。
「……バーカ」
カイに重なるかつての自分へ向かって言い放つ。
どうせ分かりはしない。そう思っていったが、カイは口を開いた。
「ば……ばぁーくあ」
「……は? ………………ぷっ」
想像もしていなかった返しに、思わず吹き出してしまう。
「バーカ!」
何だか嬉しくなって、もう一度言う。
「ばーか!」
カイももう一度返す。今度は比較的綺麗な発音だった。彼にはそれがどんな意味かを知らないが、どういうときに使うのかは何となく分かった。
彼は大学の電気系学部出身だったが、電気回路なんかより英語などの外国語の方がよほど得意だった。それを指摘されると決まって、「言葉は何となくだぜ」なんて得意気になっていた。
「あはあはあはっ」
もちろんリィラはそんなことを知らず、言葉を何でも覚える動物に出会ったような珍しさやら、それに罵倒を覚えさせたことの面白さやらでひとしきり笑った。
こいつは言われっぱなしじゃないんだな。そんな気がして、どうしてか嬉しかった。
「……ふー。面白いなお前。どんな奴なのか楽しみになってきた。……あ、やべ」
列車の時間に遅れそうだと気付いて、カイの服を引っ張る。頭ひとつ半はある身長差でも、大人しかいない環境で育った彼女は気にしなかった。
いざ改札の窓口に来て、料金をどうするか一瞬だけ悩み、まいっかとカイを前に押す。
「支払い二人分ね」
駅員に言うと、窓口の横にある支払い機から二つの金属ホースがカイの首もと目掛けて飛ぶ。
これでPpを吸って専用のボトルに入れるのが駅での一般的な支払い方法だ。運賃なら、小指のさらに何分の一かの、ごく微量で済む。
……が、何も知らないカイは当然避けた。
「は!? な、何してんの!」
「縺。繧、縺ェ縺ォ縺薙l!? 縺?♂縺翫♀縺っ!」
(ちょ、なにこれ!? うぉおおおっ!)
「いーじゃん、アタシの分も払ってよ!」
必死に避け続け、終いにはシールドを展開し始めた彼に、リィラは怒りを覚える。
こいつも結局、金か。
「あーもー! 分かったよケチ……」
駅員に言ってひとりひとりの支払いに変えてもらい、ホースを手に取り、先端の
それを信じられないような目で見るカイに、リィラはやっと違和感を感じる。
「…………もしかして、知らないの? これ?」
カイはリィラの持つホースと展開したシールドをノックし続けるホースとを見比べ、シールドを閉じ、リィラと同じようにホースを掴んで恐る恐る首へ当てる。
吸い出される瞬間に妙な声を出し、終わったかどうか確認しながらゆっくりとホースを手放す。リィラはその動作で確信した。
コイツは、支払い機を知らない。
でも、そんなの絶対にあり得ない。
文化圏で生活するなら支払いから免れることはない。成人するまで一度も金を使ったことがないなんてなおさらだ。
第一、コイツは全身にガジェットを装備してるんだぞ。Ppの使い方が分からないなんてことはないだろうし……。
――何かが、妙だ。
そう思っていたら、階上から列車が走り出す音が聞こえてきた。
「あ……。もーほら逃がしちゃったじゃん!」
怒りの声と列車の音とで、カイは彼女が何を言ったか理解し、両手を合わせて謝るジェスチャーをした。
――Kai――
「……縺ァ、縺薙l縺翫@縺ヲ縺ソ」
(……で、これ押してみ)
ふたり以外に誰もいないホーム。今にも底が抜けそうな古ベンチ。少女の隣。
カイは彼女が取ったポーズを真似て、右手の甲より少し手首側にあるガジェットに手のひらをかざし、起動する。
すると、シールドと同じ淡い紫色をしたブレードが形成された。両刃剣型だが、先端に
「へぇ~、かっけえ」
カイも、いつの間にか通じない言葉で話すようになっていた。言い慣れた日本語だが、不思議と言いにくく、口が疲れる感じがする。この身体が話してた言葉じゃないからだろうと、ひとり納得していた。
「縺ソ繧峨l縺ヲ縺ェ縺?→縺薙〒縺、縺九≧繧薙□縺」
(見られてないとこで使うんだぞ)
リィラは言いながら、ブレードを眺めるカイを怪訝に見る。そういえばコイツ、自分のシールドにビビってもいたな。自分の装備すら分かってないなんて絶対におかしい。もしかして記憶が全部飛んじゃってるんじゃないのか。あるいはそういう……スパイとか。なんてことを思っていた。
そういう風に怪しまれてるとは思ってもいないカイは、自分が最強の傭兵だとか、そういうものになった気がしてわくわくしていた。
ブレードをしまい、さっき教えて貰った、人間でいう腰椎の一番上の場所に取りついているマッスルガジェットを起動して立ち上がる。ボディガジェットの起動や停止は装備者が手を翳すとできるのだが、これは服越しでも可能だった。
強化された全身でぴょんと、自分の身長の何倍もの高さを飛ぶ。それはトランポリンでもここまでは飛ばないというほどの高さで、ただジャンプしているだけでも結構楽しい。
それに――転生したときは気付かなかったが――とにかく寒いのだ。上着を貸して貰って少しはマシになったが、それでもまだ冷えるので動いて身体を温めたかった。
またぴょん、ぴょんと飛んで楽しみ始めたカイを見て、リィラは考えを改めた。このバカにスパイはできない。
ずいぶんと待って、やっと次の列車が来る。長方形のシルエットで黒鉄の簡素な骨組みが
一見むき出しだが、表面には非常に薄いPpの膜を形成していた。これでもかなり頑丈で、雨風や埃を凌ぎ、かつメンテナンスもしやすいよう設計された型だった。
カイはそれをしげしげと眺めながら、リィラは彼を後ろから押しながら乗車する。中はどちらかというと――元いた世界の――現代式の電車のようで、横並びのシートと、掴まるためのポールが等間隔で並んでいる。二人はシートに座った。走り出した列車に揺られ、じっと景色を眺める。
やはりどこも薄暗い。きっと太陽からして暗いのだろう。Pp膜は窓を避けていて、窓を開ければ心地よい風が入ってくる。しかしカイには寒すぎた。
そしてしばらくして、いくつか目の駅で降り、リィラに腕を引っ張られて駅の外まで出た。
周囲を眺めると、あのビル群の中にいるらしいことが分かる。彼女の行くままに歩き、駅を出ると想像以上の光景が広がっていた。
行き交う人たちはみな赤鬼で、大量にあるネオンのような広告看板や、そこいら中にあるスクリーンでやっているコマーシャルの色とりどりの光に照らされている。それはニューヨークのタイムズスクエア並みで、ビルの上から射し込む太陽の光よりもよほど強い。そしてビルはビルで、首が痛くなるほど高い。
雰囲気は秋葉原駅周辺の雑多さにも、以前に見たSF映画にもよく似ていた。転生できて最初に出会ったのが赤鬼だったので、てっきりファンタジーの世界だと思っていた。なのでいま目の前に見えている光景が信じられないでいる。
サイバーパンクってやつじゃん。なんか、すげえ所に来たなぁ……。
危うく見失いそうになったリィラを小走りで追いかける。ビルの壁面が直接サイネージになっていて、点々と窓の開いたコマーシャル映像が道をチラチラと光らせるものだから、カイは道を見失って転びそうになる。
縁石に通る光のチューブが道を示していたお陰で、平衡感覚はどうにか保っていた。
追い付いたとき、ふと遠くにスーツの赤鬼がふたり並んで立っているのが見えた。
へぇ~。こっちの世界にもサラリーマンがいるんだなぁ。と、危うく就活しているときの暗い気持ちが蘇ってきそうになり、首を振って追い払った。
あの二人の男がこちらをじっと見ているのに気付く。そして目が合った途端にどこかへ連絡し始めた。
何かがおかしい。リィラへ駆け寄って肩を叩くが、どうにも言葉にできず、男たちを指差す。
「縺ゅ>縺、繧? 繧薙?……、縺ゅ≠縺?≧縺ョ縺阪◆縺??縺?」
(あいつら? んー……、ああいうの着たいのか?)
その呑気な様子に言いたいことが伝わってないと分かり、訳の分からないジェスチャーを展開する。
リィラはそれを見て笑っていた。
「あれ! あれ……は、ヤバイやつ……じゃないデスかっ?」
何故かカタコトになった日本語まで活用したが、伝わるわけがなかった。
視線に気付いたリィラが「なんだガンつけて来て」と文句を言いに歩き出したその瞬間。どこからともなく現れた巨大な
「――――繧「繝シ繝溘?縺倥c繧! 縺ェ繧薙〒!?」
(――――アーミーじゃん! なんで!?)
国から雇われ、治安維持や兵器開発やその他を目的とする
それが今、真っ直ぐにこっちへ向かってきていた。
「何か分かんないけど逃げよう!」
どちらともなく路地へ向かって走り出すとアーミーが銃を構えた。
カイはシールドを展開しつつリィラの盾となり、並走する。
「もしかしてすっげぇ借金あったりする!?」
「繧「繝ウ繧ソ縺ェ縺ォ繧?i縺九@縺溘?っ!?」
(アンタなにやらかしたんだよっ!?)
路地裏に入って途中の障害物を盾にしつつ、噛み合わない会話が飛び交う。
裏は飲み屋街道らしいが、アーミーは容赦なく発砲する。輝く紫の弾丸が物や人に着弾する音、酒瓶が砕け、叫びが入り交じる。
「巻き添えとか気にしねえのかよッ。あいつら!」
カイは歯を食い縛りながら背後へ向けてシールドを展開した。だが細道の出口にもアーミーが構えているのが見え、慌てて横の道へ飛び込む。
――行き止まりだった。いくつかのゴミがまとめて捨てられているだけの空間。上れそうな場所も入れそうな窓もない。
「やっべ……!」
「縺?@繧! 縺?@繧阪↓縺ヲ繧薙°縺?@繧阪ヰ繧ォ!」
(後ろ! 後ろに展開しろバカ!)
リィラがカイの腕を掴んで後ろに向けさせる。それと同時にシールドが弾丸を止めた。
しめて十二丁のマシンガンの弾丸の嵐を、たった一つのシールドで受け止めていた。
「――縺薙?縺セ縺セ縺倥c縺九l繧!」
(――このままじゃ枯れる!)
「ヤバイって!? わかるよ!」
ボディガジェットは体内のPpを消費して使うものだ。シールドの形状を維持するだけならほとんど消耗しないが、疑似物質に衝突した弾丸の運動エネルギーを受け止め、その一部を音に変換するのにPpを消費していく。
Ppを使いすぎれば干からびて死んでしまう。それを『枯れる』と言う。当然、カイはそんなことさえ知らない。
「どれか、何かいいのない!?」
マシンガンを乱射する二列の後ろに、見るからにバズーカの形をした兵器を構えるもう一列が展開していく。
カイが必死の形相でリィラを見ると、彼女は一瞬だけ考え、カイの背に飛び付いて両腕でぎゅっと掴まり、膝で彼の腰元を叩いた。
それだけで、カイには何が言いたいのかが伝わった。右手で腰のマッスルガジェットを起動する。
「――――オッケイ! いくぞぉおお!」
視界を埋め尽くす弾丸の輝きをシールドで押し退けて軍隊へ体当たりし、なぎ倒し、また撃ってくる前に物凄い勢いで別の路地へ。曲がって曲がってと繰り返したので少しは距離を稼げただろう。
でも、あのホバーが追ってくるじゃ追い付かれるよな。なんか……なんかないのか。
シールドを収めながらゴチャゴチャした周辺を見ていると、後ろからぐいと引っ張られた。背中の少女が指差す。その先はガレージ、バイクのエンジンを吹かす男が居た。
どうにか身ぶり手振りだけで貸してもら――。
ドゴォンッ。
背後で強烈な衝突音がする。ホバーが、狭い路地を破壊して無理やり突破してきた。
「やっべ……カタジケナイ! オニイ=サン!」
伝わるわけもないカタコト古風日本語で男を突飛ばし、バイクに跨がる。右ハンドルを捻ると急発進した。
障害物が狭い路地の向こうから怒濤の勢いで迫るのを必死に避け続けた。背後には、邪魔なもの全てを蹴散らすホバー。
そもそもカイはたまに原付に乗る程度の経験で、このバイクが同じ原理で動いているかどうかすら分からない。万が一の操作ミスでエンスト的なことになったら終わりだ。
真っ直ぐ進む先には、せまっ苦しい左曲がりの角。死を覚悟した。
――上等。
こちとら死ぬ痛みを知ってんだ。この子に、それを教えてたまるかよ。
ブレーキを掛けてハンドルを切り、車体を横向きにした。二つのタイヤとカイの左足が地面に三つの筋を作る。
「止まれェえええ!」
減速したタイヤが奥の壁にトンと当たった。それを合図がわりに左足で地面を蹴って車体を起こし、アクセル。
ギュルギュルというタイヤゴムの音と煙が残った角を、ホバーが破砕する。
ぃよっしゃ見たか金田スライド! 決まったぜ。
背後を振り返ろうとしたら、殴るような勢いで前を向かされた。
「縺ー縺、縺セ縺医∩繧ッ!」
(バカ、前見ろッ!)
……あれ、道無くね?
いつの間にか高所に来ていたらしい。目の前には崖があり、その向こうの少し低い位置にハイウェイが横切っていて、更にその向こうには横並びのビルが見える。見るに高度は十数階。
ちょ、待って。後ろも来てる。
「あっ、あっ……」
あっ、死んだわ。
でもどうせ死ぬなら――。
アクセルを全開にした。
――行ったれ。
飛び出し、バイクは宙を舞う。前輪を持ち上げた姿勢からズンと尻を突き上げられてハイウェイに着地。飛び移りは成功。
勢い余って空中道路の横に飛び出すまで3、2――。
「どわぁあああああっ!?」
カイはとっさに右手のブレードを起動し、ハンドルを右に切りながら地面に突き刺した。石を切って無理やり曲がる。
どうにか姿勢を持ち直したとき、リィラが耳元でプハッと息を吐いた。息すらできていなかったらしい。ブレードを納め、地を走る車やその上を低空飛行する車と並走する。
よっしゃ。やった。やってやったぞ。ここまで来りゃもう勝ちよ。
「へへっ、流石に追って――」
背後で聞き覚えのある破壊音がした。バックミラーを見ると、バイクが飛び出した場所で砂埃が舞っている。
「――来んのかよぉ!」
ちらりと振り向くと、ホバーが他の車と衝突し、無理やり開けた道を縫って迫ってくる。凄まじい馬力だ。
駄目だ。このままじゃ逃げ切れない。
ふと、カイはあることを思い出した。今使ったブレード。あれにはかえしが付いていた。
もしかして――――アンカーとしても使えるのか?
その考えを肯定するように、リィラがカイの右腕を叩く。
「おう、りょーかいっ!」
右手のブレードを起動し、近くのビルへ向けて、手を握ったり開いたりと試すが、反応しない。
その間にもホバー車と一般車の衝突音が迫ってきている。
「くっそ! 飛べ! そういうのじゃないのかっ!?」
すると背後から指鉄砲が伸びてきた。
「縺薙≧! 縺薙≧縺励m繧医?繧?¥!」
(こう! こうしろよ早く!)
カイも右手で銃を作って撃つと、ブレードが発射されてビルの壁面に刺さった。それと右手との間にはロープのように紫色のロープが伸びている。
「よっしゃあ!」
指鉄砲から握り拳にすると、二人の身体が一気にビルへと向かって引っ張られ、バイクを残してグンと身体が浮き上がる。
ビルの外壁に着地した。ロープに引かれる力と慣性で、アンカーが刺さった位置から少し離れている。ロープを短くしていき、アンカーの位置にたどり着く。
一息ついて、道路の方を見た。アーミーが道路へ一列になり、一斉に射撃を開始するところだった。
カイのいる周辺の壁が弾けて破片を撒き散らす。
「おわぁあああ!」
アンカーを引き抜いて地面と水平に飛び、自分が居た位置よりずっと上へアンカーを発射し突き立てた。そこから伸びたロープの分だけ下の壁に着地する。
「縺ェ縺ォ縺励※繧薙?っ!?」
(なにしてんのっ!?)
「こぉすんだよぉーーーッ!」
強化された両足でビルの壁を思い切り蹴り、アンカーロープの長さで描いた弧がビルに向かって斜め上の角度になった瞬間、ブレードガジェットを停止させた。
慣性でビルのはるか上まで飛び上がり、ふわりと止まり、下方向へ一気に加速する。
「ぎゃああああ!?」
「しっかり掴まっとけええええ!」
落ちれば死ぬ速度で迫るビルの屋上に、ダンッと着地する。
リィラは勢いを殺しきれず、少しだけ残った慣性で石の地面に尻餅をついた。
「――――ごめんっ。大丈夫か!」
カイが慌てて手を差し出す。リィラは腰を擦りながら手をとって立ち上がった。どうやら無事だ。
それからビル下の道路でアーミーの乗る車が去っていくのを見て、カイの腕をパンと叩いた。
「繧?k縺倥c繧! 縺吶▲縺偵∴縺、縺九>縺九◆縺?縺」縺! 縺ェ繧薙▽縺」縺ヲ繧九°縺ッ繧上°繧薙?縺医¢縺ゥ」
(やるじゃん! すっげえ使い方だった! なんつってるか分かんねえけど)
「マジ助かった! この……メカに詳しいんだなぁ。言葉じゃ分かんないけどさ」
カイは言いながら、一つだけ覚えた言葉を思い出す。
「繝舌?繧ォ!」
するとリィラは一瞬あっけにとられ、大笑いしながらカイの肩を軽く殴った。
「――繝舌?繧ォっ!」
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