Phiman
――Kai――
カイと隊員たちは壁に寄りかかって床に座り込んでいた。窓から見える隣の部屋のパイプラインを眺めている。あの中にはPpが通っているらしい。
マシンガンの音が止んで紫の輝きが無くなった地下道は、普通通りの明かりが着いているのにやけに暗く見えた。暗い黄か緑かのもやがかかっているようだった。
テロリストたちは漏れなく撤退したようで、ならば焦る必要もないだろうと少し休憩を挟むことにしたのだった。
「ったぁ~。手首を痛めちまった」
「す、ストック無しだったからねしかもずっとフルオートで……」
ロックとマッド、それと他の隊員も手首をさすっていた。撃った反動が全て手首に掛かったため、みんな右手首が痛かった。
「延々と撃ってるときは下より上を押さえた方がいいなんて知ってたか? ……ん?」
ロックが何かに気付き、黙っていたカイに手の平を見せた。
「おい見てみろよ。ぶっぱなし続けて手が豆っぽくなっちまった。マシンガン豆だ。初めて見たぜこんなの。うははっ」
「……ん? そういうのって、すぐ治るんじゃないんすか?」
「こういうのは時間がかかるんだ。おいマッド」
ロックが呼ぶと、彼の向こうからマッドが顔を覗かせた。
「え、えっとね。こ、こういう豆ってずっと圧力とかが掛かっていたせいでできるから、い、いわゆる肉の変形って種類の怪我になるから完治には代謝を待たなきゃいけないんだ。い、一時的な怪我ならPpで治せるんだけどね切り傷とかは……。あ、あとは骨折も治ることは治るけどしばらくは同じところが折れやすくなっちゃったり……」
「そうなんすね~」
気の無い返事に、ロックが眉を潜めた。
「なんだ。お前も撃ちたかったか?」
「いや。……いいのかなって、これで」
カイは呟くように言って、立ち上がった。
「テロリストたちを殺すのは、自己防衛っすし、仕方ないって分かってるんです。でも、逃げてるやつらまで撃ち殺さなくても……」
思い出すのは、背中を撃たれる人たちだった。後ろから襲ってきたのは撤退したのだろうが、前から襲ってきた分のうち、逃げ切れない者は皆殺しだった。
「おいおいマジか。敵にまでお慈悲をくれてやろうってのか? そりゃ優しいっていうか、異常だ」
巨体も立ち上がって、断言した。
「それじゃあ、心が持たねえ。人形かなんかだと思って撃ちゃ良いんだよ。相手も人間だっつっても、テロリストなんだ。背中を撃たなきゃ背中を撃たれる。それに――」
マシンガンを持って、どこへともなく構えた。
「――引き金を引くのは、俺たちだ。お前は何も気負いするな。そりゃアレだ、えー、マッド」
「お、お門違いかな?」
「それだ。いいな?」
「…………っすね……」
返事はしたが腹落ちはしていなかった。本当に、異常なのは自分の方なのか。
「よし。そろそろ行くぞ! 隊長を待たせる訳にはいかないからな」
ロックの号令で全員が立ち、そしてまた進軍が始まる。
といっても、そこまで早いものではない。すっかり静かになった地下道には人の気配はなく、曲がり角や非常口の一つ一つに警戒しつつの散歩のようなものだった。
撃ち放題のマシンガンが相手では、敵ももう襲っては来るまい。
「……ま、待って」
マッドの呼び声に、全員が非常口の前で立ち止まる。ここのものは、他に比べて倍はある大きなスライドドアだった。マッドは腕の側面から引き出したペーパーディスプレイを見ていた。そこに写し出されているのは、地下道のマップだった。
「こ、ここから抜けたら近道になるっぽいよ。い、いや地下道が遠回りになっちゃうっていうかなんだけどね」
マッドの言葉を聞きながら隊員たちは、大扉を中心に地下道の左右へ銃を向けつつ待機し、不意を突く敵の襲撃に備えた。
何も言ってないのに自然とクリアリングしてるってことかな。すっげぇ訓練されてるんだろうなぁ。カイはそんなことを思っている。
「抜けるなら、そこの梯子で地上に出ればいいんじゃないか」
「い、いや。こ、この建物の上階からハイウェイの歩道に繋がるから大幅ショートカットできると思う」
「ほお。そりゃいい。で、ここは何の建物だ?」
「け、警察署だよ。な、中に連絡するから開けてもらおう」
「頼む。うん、もうあいつらの足元ってんなら安心だな」
ロックは気軽そうだった。ここまで来ればもう大丈夫。そういう態度だ。
「警察と仲いいんすか?」
「ん? そりゃあ、なんせ退役軍人の半分は警察かT.A.S.に入るんだからな。お互いに顔も効く」
「え。みんな退役軍人なんすか。けっこう若いっすよね」
「……そうか。お前、それも知らないんだな」
ロックは少し悲しげな表情をした。
「俺たちは、戦争に負けたんだ」
「…………え?」
カイには意味が分からなかった。
この人たちは若いから、その戦争というのは最近に起こったことに違いない。だけど外の様子は、とても戦争に負けた国というようには見えなかった。
「み、みんな普通の生活送ってるっすけど。本当に負けたんすか?」
「負けたからって国が支配されるわけじゃねえからな。資源の損得があるくらいだ」
「で、でも人がいっぱい死ぬんじゃ……」
カイが言うと、ロックは苦笑いした。
「戦争にも種類がある。殺し合いと、試合だ。殺し合いなら昔ながらの戦争なんだが、試合は命のやり取りが無いんだ。その代わりに、バカみてえな額の罰金と、軍の試合部隊を解体して、同じ人では再編できないって決まりがある。軍人としての生を終わらせるって言うかな。国の損得で言えば、どっちもどっちだ」
「どっちもどっち? だったら、人死にの出ない試合が良いっすかね。やっぱそっちの方が多いんすか?」
「いいや。この二種類は半々だ。まあ俺たちは試合だったがな。退役軍人で若いのは、ほぼ試合の方だ」
「はぇ~……」
カイは感嘆して腕を組んだ。人の死なない戦争。この世界では――半分だけとはいえ――それが叶っているんだ。
「試合で使うのは本物のマシンガンじゃなくて、非殺傷弾を撃ち出す特殊なガジェットだ。弾に当たったら
「あれでも、ガジェットの会社ってどっかの国の会社っすよね?」
「PURPLE・GADGET社だろ? いいや。あれは
ちらとマッドを見た。まだ電話が長引いているようだ。カイは話を続ける。
「まあ試合部隊? で良かったっすね。生きて帰って来られるし」
カイの言葉に、ロックは目を伏せた。
他の隊員も、言葉を失っているようだった。
その様子に、カイはマーカスや村人の言葉を思い出した。アーミーはかつて、負け犬と呼ばれていたのだという。
「……不味いこと言っちゃったみたいっすね。すみません」
「いや。いいんだ。俺だって、あんなことになるまではそれぐらい気楽に考えていたもんだよ」
ロックはため息を吐いた。
「実戦の部隊が負けて帰ってくるときはまだマシな扱いだろう。負けたが、命を賭けた。批判はあるだろうがそこまでは虐められやしない。だが試合部隊は悲惨だ。……人として扱ってもくれん」
「人としても……?」
「そりゃそうだ。ゲームに負けて国が大損するってんだからな。その分みんなの生活が苦しくなる。『お遊び気分だったんだろ』っていうのがあいつらの言い分だ」
ロックは淡々と言い切るが、少しだけ震える感情がにじみ出ていた。
「関わろうとしないし、相手が相手だと物も売っちゃくれない。あとは家族から絶縁されたとか、ひでえ話だと袋叩きにあって殺されたとか……。まぁ、そこまでいくのは流石に極端だったが」
「……」
カイも言葉を失った。
それって、戦争で敵の国に命を奪われなくなった代わりに、自分の国に殺されるようになったってことじゃんか。
どっち道……いや。守ろうとした人が敵になるなら試合の方がキツいか?
これじゃあ、どっちの戦争がマシか分からねえよ。
「ま、そんな調子で仕事なんざ見付かるわけねえ。だから次の職は大抵、退役軍人を受け入れられるT.A.S.か警察。あるいは黒い商売か……だな」
「でも、おかしいじゃないっすか。皆のために戦ったのに、そんなキツいことされるんじゃ……」
いよいよ暗い顔のカイに、ロックは笑って背を叩いた。
「自分のことじゃねえのに、よくもそこまでヘコめるもんだ。お前、前の世界でも変なヤツだったろ」
「否定はしねえっす」
大笑いの後ろで、マッドがちらと覗く。
「あ、あの。お、終わったよ。す、すぐ来るって……」
少しして、扉が開く。向こうの部屋は廊下で、いくつかの牢が左右に並び、そこに入った人たちが覗き見てくる。留置場のようだ。
そして、廊下にはやけに身体の大きなスーツがひとり。
「よぉ、誰かと思えば間抜け面じゃねえか」
「久しぶりだなクソ野郎」
ロックと、彼と同じくらいの巨体とがパンッと握手をして、肩をぶつけ合い、互いの背中を叩いた。
「こいつとは同じ隊だったんだ。こんなタイミングで再会するとはな」
「話は聞いた。大変らしいな。護送車を用意しているから、乗っていけ」
「助かるぜ。なんなら、その車で飲みに行きたい気分だ――」
話を続ける二人の横で、カイは牢の人たちを眺めていた。
この世界の犯罪者、ということになるんだろう。文字通りの老若男女が牢の中からカイたちを眺めていた。
この世界の犯罪って、どんなのがあるんだろう。やっぱおれの世界と同じなのかな。ってか非常口のすぐ側に牢屋っていいのかな。
そんなことを思って眺めているときだった。
ぞくりと、寒気がした。
牢の一つ。一人の男が、じっとカイを見つめている。そこにはどこまでも冷たい表情があった。
殺される。なぜかカイはそう思って、それから彼の感情を理解した。
あれは、殺意だ。
あの人が――どうしてかは分からないけど――間違いなくおれを殺したがってる。まとった雰囲気が『お前を殺すのに躊躇いはない』と言っている。あの牢に近付いたらきっと、殺される。
檻の中からどうやってかは分からない。どうしてそうするかも分からない。それなのに、意味不明な確信だけがあった。
今から、殺しに来る。
「……さて、無駄話はこんなもんにしよう。早いところお前らを送り届けてやるから、車ん中でゆっくり休めよ。マシンガンだって撃たれっぱなしで休みたいって言ってるぜ」
「だな。よし、お前ら――」
「え、えっと! い、いいかな!」
マッドの大声でカイは意識を引き戻される。
……いやいや。しっかりしろカイ。ナーバスになりすぎだって。そう自分の頬を叩いて鼓舞した。
「わ、忘れ物をしちゃった。た、たぶんさっき休憩したときに」
「…………何をだ?」
「…………お化粧セット……」
「へぇ!?」
カイが思わず叫んだ。マジか。まさかこっちの世界にもコスプレイヤーがいるとは。スーツの人も目を丸くしてる。
するとロックが声を低くした。
「……マッド。マジで、言ってるのか?」
「う、うん。ま、マジだよ絶対に」
「っしたら、おれがババッと取ってくる――うおっ!」
カイの言葉の真っ最中にロックとマッドがスーツへ、後の隊員がそれぞれ出入り口の方角へマシンガンを向けた。
ふたつの銃口の先には、唖然としたスーツのホールドアップがあった。
今のやり取りは、合言葉的なやつだったのか。カイはそっと隊の後ろへ回った。
「マッド。根拠は」
「ご、護送車のところで引っ掛かってたんだよね僕は。だ、だって普通は基地からの援護や救援を待ったりそうじゃなくても連絡くらいはしたりするし、こ、ここの車を使うにしたって認可が要るはず。な、何にも無しにもう用意しているなんて早すぎるよ」
スーツがなあ待てよと、両手を上げたまま肩を竦めた。
「そりゃあ、友人が困ってりゃそれぐらいする。護送車が気に入らないなら乗ってかなくていい」
「……マッド、それだけか」
「ううん。ま、『マシンガンだって撃たれっぱなしで休みたいって言ってるぜ』って台詞。ど、どういう意味か教えて」
マッドの問いに、スーツは口をもごもごとさせた。
「ぼ、僕はテロリストと交戦して逃げてきたとしか言ってない。そ、それでどうしてマシンガンを撃ちっぱなしなんてことになるの」
「それは……言葉のアヤってやつだ。結構前に通報もあったし、長く撃ち合ってただろうって思って言ったことだ」
「ま、まだあるよ。ま、街中で撃ち合ったのに公共の機関が動いている気配が全くないじゃない」
「おいおいおい、ロック。やめさせてくれよ」
焦りと共に吐き出された懇願の言葉だったが、それが受け取られることはなかった。
「…………通報があったって言うならよ、兄弟。どうして俺たちと警察がすれ違わなかったんだ」
ロックは構えたまま、数歩だけ下がった。
「拘束してくれ」
二人の隊員が前に出て、バンドを取り出して両腕を後ろに縛り始めた。
「おいそりゃあないだろ!」
「悪いが俺は、今の隊を信用しているんでな。何もないっていうなら大人しくしてくれ。後で謝るからよ」
「そうじゃねえだろうが! これは個人的な話じゃない。T.A.S.と警察の問題だ。こんなことをして――」
そのがなり声が最後まで続くことはなかった。
轟音。
衝撃波。
耳が塞がって、キィンと鳴っていた。
見えたのはなにか、目の前が滅茶苦茶になる風景だった気がする。
なんだ。誰かがスタンバーストを撃ったのか。カイだけではなく、誰もがそう思って状況を確認する。
地面が削れ、ある牢の位置からスーツが居た場所を経由する直線を描いている。壁には穴も開いていた。とてつもなく巨大な弾丸か何かがここを通ったらしいと、そう理解するのに時間はかからなかった。
スーツが居た場所に、いくらかの身体のパーツが落ちていた。
「…………な……」
全員が唖然とする中で、カイはあの牢を見た。あの殺意を纏った男がいた牢だ。
砕けた石の壁と、歪にひん曲がって千切れた先端が熱で赤く光る鉄格子の間。
巨大な何かが少し動いたように見えた。
「もう一発来るッ!」
「――撤退ッ!」
全員で非常口へ向かう。先に飛び出したマッドが右へ曲がる瞬間、カイの右側の牢を凄まじい輝きが、収監された人を砕きながら突き抜けていく。
その衝撃波で姿勢を崩しながらまっすぐ進む。目の前でマッドが弾丸の衝撃波で左へ吹っ飛ばされて行くのが見えた。
「うぉっとっと! マッドさぁあん!」
カイはマッスルガジェットを起動し、素早く非常口を抜けて倒れているマッドを担ぐ。
だらりと、力ない。死んでいるかもしれない。いや、ちょっとでも可能性があるなら絶対に助ける。
「カイ、置いていけ! 死んで無くたって、追い付かれたら一緒に死ぬぞッ」
先に行って梯子の途中まで登っていたロックが叫ぶ。
「嫌っす!」
「なら早く来いこの野郎ッ!」
ロックが上がっていくのに続いて、マッドを担いだまま一発目で穿たれた大穴の隣にある梯子へ走る。向かいではPpがパイプから溢れ、辺りに凄まじい熱を放っていた。サウナのようだった。
片手でマッドの両腕を固定しつつ、もう片手と強化された両足で一気に梯子を登る。バランスは気合でどうにかするしかない。
登る途中でちらと下を見ると、もうひとりの隊員が梯子のすぐ側にある大穴の壁に隠れていた。
「撃ち合いは無理っす! 来てください!」
「てめぇのカバーだ早く登りやがれぇ!」
飛び出してマシンガンを撃つ。だがすぐに弾が切れた。
「……クソッタレ!」
カイが首にボトルを当てていないといけないのだ。撃ち放題で感覚が麻痺していた彼は、それを忘れていた。
ちょうど彼が居る場所を、目が眩むような輝きが通って、残骸を残した。
「……ちっくしょおぉっ!」
カイは叫びながら梯子を登っていく。
もうすぐ地上というところでいくつか下の段を弾丸が突き抜けていった。
凄まじい振動と衝撃波で姿勢を崩して落ちかける。両手で梯子を掴むと、ふっと背中が軽くなった。
ヤバい落とした。
カイは慌てて下を見るがマッドは居ない。
「上だ! 上がれ!」
上でロックが、落ちる瞬間にマッドをキャッチして引き上げたのだった。
「あざっす!」
カイも登ると、ロックは座ったまま乱れた息を整えていた。
「……あいつは」
「…………ごめんなさい」
ロックはうつ向いた。
「……いや、よくやった。マッドはどうやら生きている。ただ気絶しているだけだ」
「そうすか。よかったぁ――って、話してる場合じゃないっすよ早く逃げなきゃ!」
「落ち着けよ。あのヤバい弾撃つ大砲だぞ。固定砲台だ。そんなデカいもん担いでこの梯子は登れねえし、あの地下の部屋で真上は狙えねえよ」
「それも……、まあ、そうっすね……はぁ……」
カイは歩道で大の字になった。
少しして起き上がり周囲を見る。ここは警察署の前の歩道で、最後の一発が突き抜けていったらしい地面の穴の周囲に人だかりができていた。
穴の延長線のずっと先のビルにも、穴が空いていた。貫通していったのか。この距離を。
「…………マジでヤバいっすね。なんなんすか。今の」
「さぁな。あの一瞬で、三人も殺されちまった。アイツらをあんなあっさり……クソッタレ」
ロックは気だるそうに、マッドの両肩を持つ。
「ほらそっち持て」
「うす。早く病院に連れてってあげましょ」
カイが足を持ち、一緒に運んでいく。
「……見捨てろと言って、俺を見損なったか」
ロックが呟くように言った。
「…………ぶっちゃけ、そうっす」
カイも呟くように返事をした。
「だよな。でもな、俺は意外と
「そ、それはそれでイヤっすね……」
「あのなぁ……」
あの轟音が、地面の下で小さく鳴った。振り返ると、あのマンホールから凄まじい輝きが飛び出し、大穴に変わった。
「――っ!? うっそぉ!?」
「冗談じゃねえ!」
ロックがマッドを一気に背負い、走り出す。
「で、でもどうやって当てる気なんすかアイツ!?」
「俺に聞くな走れ!」
ドーン。
ドォーン。
ドォーンッ。
走る後ろで音が鳴り続け、大きくなっていく。
――来る。
「ロックさん隠れて!」
咄嗟に車の裏に隠れた。ロックもその隣に座った。
それとほぼ同時に、大穴から何かが飛び出した。巨大なシルエット。カイの予感の通り、来た。弾丸を発射する反動で浮いて飛び出したのだ。
地面をズドンと鳴らして着地する。
あの男だった。
カイに殺意を向けた男。
彼は、自分の身長の倍以上はある巨大な銃を背負っていた。それは鉄の塊にも、分厚すぎる盾にも、建物の柱にすらも見える。あれが、あの強大な弾丸を撃ち出す銃身だった。
「嘘……だろ。生身で撃ってやがったのか……!?」
畏怖するロックの隣で、カイは声すら出せなかった。あの殺意はまだ彼に宿っている。それに対する恐怖だった。
前方の、ビルの大穴を見る。
もし地上で一発でも撃たせたら、間違いなく巻き添えが出る。このまま隠れているしかない。
じっと見ていると、武装したひとりの男が駆け寄る。何かを話して、歩いていった。
……。
…………た、助かった。
終わったと思った。あの男の冷たさは、あの殺意は半端なものではない。恐怖で呼吸すら忘れるなんて、今まで生きてきて初めてだった。
もしかして
なんて……。やべぇ怖くて立ち上がれない。情けねえって分かってんのに、力が入らない。
カイが止まない緊張に身を竦めていると、ロックが立ち上がった。
「テロリストどもめ……とんだ隠し球持ってやがったな」
「あ、あの……」
「なんだ」
「こ、腰抜けちゃいました。できればでいいんすけど……おれも背負って……」
ロックは苦い顔をして、カイを無視した。
「冗談じゃねえ」
「っすよね……」
力なく車に寄りかかったところで、あの男が去っていった方の路地から見覚えのある二人が飛び出してきた。
真っ直ぐにこっちへ向かってきて、ロックは目を丸くした。
「――隊長! クレイも!」
オークラーとクレイが周囲を警戒しながらやって来た。それだけでカイは足腰に力を取り戻した。
だがリィラの姿がない。ロックたちの隣で、カイは辺りを見回していた。
「無事だったか。交戦は」
「地下道で。一人とんでもないヤツがいて、たったいま逃げてきたところです」
「そうか。マッドは……」
「ただの気絶です。他の三名は……死亡しました」
「――っ」
オークラーは口を結び、震えるほどに硬い拳を作って、振り払うように頭を振った。
「こちらも一人喪った。……お前らだけでも、よく生き残ってくれた」
「その言葉、お返ししますよ」
ロックは穴の空いたビルを見た。
「三人とも、あの弾丸でやられちまったんです。信じられないでしょうけど、固定砲台レベルでデカい銃を生身で撃ってる奴がいて……」
ロックの言葉に、オークラーが目を剥く。
「なんだとっ!? なら――」
その目がクレイへ向くと、彼が言葉を継いだ。
「リィラちゃんが言ってたのは本当だったのか!」
「あの」
カイは堪らず、会話に割り込んだ。
「リィラはどこですか」
「あ、ああ……」
クレイは自分たちが出てきた路地を指差す。あの男が入っていった路地の隣。
それと同時に、路地から輝きと轟音が漏れ出した。
「あそこ……だ……!?」
クレイが言い終えるより早く、カイとオークラーが駆け出した。
――Lila――
リィラたちは、唖然と立ち尽くしていた。
遠くで地面を揺らすような轟音が響いていると思ったら、前方を輝く巨大な何かが飛んでいき、遠くのビルを突き抜けていったのだった。
「…………な……なんだあれ……」
クレイの一言で、やっと止まったような時が動き出した。
「恐らくはテロリストの武器だろうが……あんなものを撃ち出すのは固定砲台くらいだ。戦車でもあの威力は出ん」
「カイ君のために随分な準備っすねぇ。ま、素人が使うんだからまともに当てられはしないでしょうけど」
「違う」
リィラが呟いた。カイのために準備されたものじゃないということだろうかと、オークラーとクレイが顔を合わせた。
その予想を否定するように、リィラがばっと振り返った。
「『グレートライフル』だよあれっ!」
「ぐ、グレートライフルぅ……? そんな物があるの? 隊長はなにか知ってます?」
「ふむ。武器に関して言えば自信がある方だが……聞いたこともないな」
懐疑的な二人に、リィラは大きな身ぶり手振りをした。
「ガジェットオタクの中でも都市伝説で、でも実在したんだ! だって考えてみてよ、直上に撃てる固定砲台は無いでしょ!?」
「む……確かにそうだが、それは配置の工夫次第でどうにでもなる」
「で、でもさ。アーミーならほら、巨大ロボットの計画くらい聞いたことあるだろ、アーマリング計画を! あれの規格で設計されたライフルなんだってぇ!」
まあまあ落ち着いてとクレイが宥める。
「でもさリィラちゃん。そのでっかいライフル? って、そのデカいロボ用だろ? どうやって人間が使うんだ? さすがに生身じゃ撃てないよな」
「そ……それはまぁ……。でも全身をマッスルで強化すればもしかして……」
「でもそれじゃあすぐに枯れそうじゃない? それに、撃つためのPpはどうするんだ? 固定砲台ってほら、滅茶苦茶でっかいボトル付いてるじゃん?」
「…………そ、そうだけど……」
クレイの言葉にあっさりと口をつぐんでしまうリィラだった。彼の言う通りだったのだ。
ライフルを撃ち続けるPpも、マッスルを維持するPpも、確かに現実的に考えると普通の人では全く足りないんだよな。カイみたいに無尽蔵な供給源のあるやつとかなら……。
「…………ねえ、一個さ、絶対に正直に答えて欲しいんだけど」
真剣な眼差しのリィラに、大人ふたりはやや緊張した面持ちになった。
「例のあれって、一個だけしか作られなかったの?」
「ああ。一つだけだ。予備を作ろうという案もあったが、それを盗まれたら不味いということでな」
「…………そっか……う~ん……」
アーミーを信じきったわけじゃないけど、それが本当だとするとやっぱり固定砲台なのかな。
「そんなことを議論している場合じゃないぞ。あれが撃たれたということは交戦が開始したということだ。尾行は無い。このまま援護に向かうぞ」
「了解!」
三人で走り始める。少し走って、クレイがリィラへ顔を向けた。
「リィラちゃんは途中で隠れられる場所を探してくれるか?」
「はいはい」
要するに戦闘に参加しないように配慮したんだろう。隠れられる場所を探すというのは、隠れていろということだ。それくらいはリィラにも分かった。
「じゃ、とっととあのバカを連れて帰って来て。あいつを殺すのはアタシだ」
クレイは苦笑いして了解と言う。それでリィラは歩を緩め、適当な位置で立ち止まった。
さーてと、隠れるっていっても、ま、ゴミ箱の後ろ辺りに居りゃいいでしょ。
目についたダストボックスの影に隠れようとして、リィラは顔をしかめた。
「うわ、きったね~……」
溢れたごみと、形容したくない何やらがこびりついていた。こんなことに居たくねえな。もっといいとこないかなぁ。
そう思って周りを見ると、金網フェンスの扉があった。その向こうは暗い。
鍵はかかってない。ちょうど良いや。ここにしよ。
リィラは扉を抜け、真っ暗な路地を少し進む。すると奥から、小さく話し声が聞こえた。
誰かいるじゃん。ここもダメか……。
そんなことを思いながら引き返そうとしたところで、会話の内容に足を止めた。
「まだχは見つからないのか」
「ええ。騒ぎになって人の行き交いが激しくなったもんで、これが中々――」
嘘だろ。ここテロリストの隠れ場所だったんだ。だったら、ちょっとだけ覗いてやろう。
目的とか、敵のボスの顔とか見えるかもだし。
そう思ってリィラは、少し奥へ進んで、壁の裏からそっと覗き込んだ。ちょう目の前に積み上げられたパレットがあって、その隙間から向こうが見える。盗み見にはうってつけだ。
ビルの壁で区切られたちょっとした広場になっていて、数人の男がその中心にあるテーブル代わりの木箱を囲んでいた。
そこにはいくつかの銃が立て掛けられていて、木箱には何かのマップが広げられている。その上にランプが一つだけあって、男たちの顔を照らしていた。
「地下で捕まえられなかったのは痛かったな。待ち伏せまで上手くいっていたが……」
「畜生。ちっとも反撃できねえじゃねえかあの野郎ども」
悔しがってるな。じゃあきっと、カイたちは無事だ。無限に使えるPpでマシンガン撃ち放題でもしたんだ。
そうほくそ笑んでいると、真っ暗な奥の路地から巨大な影がゆらりと出てきた。
リィラはぎょっとして声を出しそうになったのを抑えた。どうやら何かを担いできただけらしいが、その何かはあまりにも巨大だった。
「
正面にいたテロリストが背筋を伸ばして挨拶をすると、他のやつらもこぞって影へ向いて背筋を伸ばした。
ファイマン、か。様って付けられてるし、部下っぽいヤツがあの様子だし、ぜってえボスじゃん。よっしゃ。情報ゲット。
ゆらりゆらりと歩いてきた影が、ランプに照らされた。
「捕まえ損ねた。交戦の結果は、警察署の協力者が一人、T.A.S.の隊員が三人」
「おおっ。着実に弱めていってますね。死んでいったあいつらもきっと、喜びます」
「それは、いつか教えてやればいいことだ」
背はカイよりも低いくらいで、かなり若い男だった。しかしその男には、リィラは目もくれなかった。
彼が担ぐ身長の倍はある巨大な銃。あれは、噂で聞いたグレートライフルに違いないのだ。ボスがあれを撃ってたんだ。
男はいきなり沈黙し、周りの男たちが少し困惑した。
「ファイマン様?」
男――ファイマンが、ごくゆっくりと、こっちを向いた。
その目には、確かに殺意があった。
「――――っ!」
バレた。嘘だろ。物音も立ててないのに。ちょっと覗いた顔を見られたのか。でもどうして。
リィラはパニックになりながら全力で走って引き返す。
ガ、チャン。背後で重厚な金属機械が鳴った。
――撃つ気だ。
「うわぁあああっ!」
叫びながら金網を抜け、横へ飛んだ。それと同時に背後を轟音が横切り、強烈な衝撃を背中に――。
――――。
――意識が白黒とする。これは……地面だ。じゃない。見てる場合じゃ、考えてる場合じゃない。生きてる。立て。早く逃げなきゃ。
うつ伏せで倒れてたリィラは手をついて、背後を見る。
「……あ…………」
そのまま身体をひっくり返して倒れてしまった。
ファイマンが、グレートライフルを担いで立っていた。
逃げ道は……直線。走っても撃たれたらおしまいだ。
――え。
これで、終わり?
こんなにあっけなく、死ぬの?
フラッシュバックしたのは、あの死体だった。
――嫌だ。
ヤダヤダヤダ。死にたくない死にたくない。
――――殺されたくない。
リィラは地面を蹴ってもがくが、滑って音を鳴らすばっかりで逃げるための推進力にはならなかった。
「……ただの少女か」
リィラはパニックになって訳もわからず、返事もできなかった。
ファイマンは黙ったまま、生きたがっている少女へ歩み寄る。
男は――ファイマンは何ひとつ言わない。
両腕でグレートライフルを持ち、振り下ろす位置の狙いを定めた。
「――――リィラァアアアッ!」
絶叫が路地にこだました。
それと同時に、リィラの真上でグレートライフルが地面と水平に構えられた。狙う先は見ずともカイだと分かる。
カイが来てくれた。それが、リィラの勇気に火をつけた。
「――ぉらぁあああッ!」
リィラは寝た姿勢から脚を直上に蹴りあげてグレートライフルの狙いを上へずらす、それと同時に強烈な光と衝撃があった。反動でグンッと仰け反って銃口が天へ向く。
このままだと殺される。だけど――。
――――カイなら、なんだかんだで何とかしてくれる。
ファイマンは舌打ちをし、全身を捻って剛鉄の巨体を盾にする。
リィラの視界に、ビルとビルに区切られた空に、カイが飛び込んで銃身へ飛び蹴りを叩き込む。それでも体重差がありすぎて、相手を少し後ろへ怯ませただけだった。
後ろを見ると、カイが着地した場所にオークラーがマシンガンを構えていた。
ぶっ放された弾丸の雨に間に合わず、ファイマンの身体や顔に無数の穴が開いた。
「よっしゃあっ!」
リィラが叫ぶ。決まった。ボスを倒し……。
…………どうして、倒れないんだ、こいつ。
次の瞬間、身体や顔に開いた無数の穴が、一気に閉じていく。
あり得ない光景に、リィラも、カイも、オークラーも、動くことさえできなかった。
そんな、嘘だ。いま死んだじゃん。Ppの回復じゃ絶対に間に合わないはずだろ。こんなに早くは治らないじゃん。なんで死んでないんだ。
オークラーがハッとして、またマシンガンをフルオート連射する。だけど今度はライフルを盾にされ、全く効いていない。
「格闘に持ち込むぞ!」
「う、うす!」
オークラーが撃っている間にカイが急接近し、手が届くところでオークラーも撃つのを止め、追ってファイマンを相手に二人で格闘に持ち込んだ。
ファイマンはあの銃を持ちながらカイの無茶苦茶なブレードの攻撃を全て避けつつ、オークラーの訓練された格闘術と互角に渡りあっていた。
なんなんだよあいつ。強すぎるだろ。
オークラーへ銃をぶつけ、振り払って吹き飛ばす。その回転の中でカイへ蹴りを入れて距離を取り、銃口を押し付けた。その瞬間に辺りが真っ暗になる。
巨大な引き金を引く重厚な音。だが弾丸は発射されなかった。
「――――た、弾切れか!?」
カイが嬉しそうな、勝ち誇ったような顔をした瞬間、辺りが明るくなって路地の奥から人がなだれ込んできた。
「げぇっ! 増援!?」
怯んだカイをそのまま銃で突き飛ばし、ファイマンはテロリストと入れ違いで路地へ戻っていく。彼が先頭の男を見ると、男はぐっと構えて微笑んだ。
「行くぞ皆!」
逃げる気かよ。追いかけようとするリィラだったが、その肩に手がかかった。
クレイだった。振り返るリィラの視界をロックが物凄い勢いで横切っていき、マッドもふらつきながら追っていった。
意気揚々と出てきたテロリストの一人へ巨体が体当たりをし、吹っ飛ばして後ろに使えていた男たちごとひっくり返させた。
「せめぇ場所で物をいうのはな――」
ロックがパイルアクスのロッドを取り出し、倒れた姿勢でもがいてマシンガンを取り出そうとする男へ叩き付けた。
「――
パイルを起動する。ロッドに入ったスリットから、Ppで生成された疑似物質の刃がとてつもない勢いで飛び出し、敵の胴体をあらゆる装備ごと貫いた。
唖然とする残党に向かって、刃を輝かせたロッドを担いで笑う。
「この俺とやりあおうってか? どうだ、テメぇらッ!」
巨体が放つ圧に、全員が銃を捨てて降伏をした。それをマッドが拘束をしていく。
…………助かった……。
リィラは全身の力を抜いて、座ったままぐったりと頭を垂れ下げた。
それから、上を見上げた。
――ファイマンが、建物の上から見ていた。
全身が凍り付いて動かせなくなった。だが数呼吸の内に彼は姿を消し、リィラは解凍された。
…………なんなんだよ……クソ……。
「ごめん、リィラちゃん……。オレの判断ミスだ。謝っても謝りきれない」
申し訳ない表情のクレイにも、リィラは返事をすることができなかった。
力はすっかり抜けているはずなのに、手の震えが止まらない。
「リィラ。大丈夫か」
カイの声。顔を上げると、オークラーの肩を担いで歩いてくるところだった。
「一度の出撃に二度も担がれるとはな。情けない限りだ」
苦笑いするオークラーに、あの温もりを思い出した。
リィラは立ち上がって、今にもバランスを失いそうな恐怖のまま、カイの元へ行く。
「代わる」
「いいの?」
「いいの」
カイはにっこりと笑って、オークラーの肩を下ろし、リィラをじっと見下ろした。
「……なに?」
カイは何も言わなかった。その代わり、ぎゅっと抱き締められた。
熱いくらいの体温だった。
「…………無事でよかった」
「むぐ……分かった分かった。……もう……、熱いしお前……」
「ごめんな。置いていったくせに、何かあったんじゃないかって、ずっと心配だったんだ」
抱き締める力は強い。その真剣な言葉を聞きながら、リィラはカイの胸に頬を寄せた。
「……しょーがねーな。もうすんなよ、バカ兄貴」
そして、同じくらいの力で、抱き返した。
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