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――Kai――

 現場へ入り乱れる隊員たちに揉みくちゃにされ、どうやらラジコンを操作していた存在は別に隠れていると知り、現場まるごとが罠だったなと、カイたちには揃って徒労ばかりが募っていた。


 T.A.S.の四十七部隊と警察の老刑事たちとで、生死を共にしかけて、流石にスパイで疑心暗鬼になる前の感覚が戻ってきたと笑い合い別れ、ようやくT.A.S.本部へと戻ってきた。それから真っ先にすることなど決まっている。


 全員が、ベッドへと倒れた。


 ぼんやりと、夢を見た気がする。前に少し寝たときは何もなく起きたので、何も覚えてなかったがこの世界の人も夢を見るのかと、この世界で初めての発見をしていた。


 カイは起きてまず売店へ行くと、同じく起きたオークラーと出会った。


「オークラーさん。飯っすか?」


「あぁ。お前もか? だったら、一緒にどうだ」


「いっすね」


 カイは本格的に米が食べたかったが、米のような集合体の食べ物はどうしてもグロテスクに見えてしまう。集合体であることはおにぎりなども同じことだが、何が違うのだろう。白い、粒々した米。シャキッと艶やかでも、ふかふか柔らかでも……。


 考えるほど米が食いたくなり、カイは考えるのを止めた。何かよく分からないひとつの塊と、飲み物を買った。一方でオークラーはサンドイッチを選んだ。


「ついでに少し話そう。奥の席で」


「いっすよ? 他の人来たら楽しいっすけど、話題それるっすよね」


「そうだな。そういう意味だ」


 そうしてふたりで、人通りのないラウンジ反対の席へ。何かが起こる前に座る席で、ここに来ると無条件で何かが起こる気がしてしまう。


 ふたりは座って食事を始める。カイはまず、塊へかぶり付く。あまり馴染みのない苦味と甘味だが、思ったより美味かった。そもそも食べ物だと思って買ってないので、基準が大分低いのかもしれない。


 いつだったかリィラと行ったレストランの料理は全部うまかったんだよなぁ。また行きたいな。なんて思う。


「なぁ、カイ」


「なんすか?」


 オークラーはどう言おうか考え続けてきたようだが、結局あぐねて、観念したように髪をかきあげる。


「……その、博士とはいつも……どういう話をしてるんだ」


 そのとき真っ先に過ったのが、ニコとの約束だった。


 たとえリィラでもオークラーでも、決してこの戦争の秘密を話さないと誓ったが、ついにこの時が来たか。


 信頼している人へ、嘘を吐くときが。


「まぁ、色々と……っすかね。おれがいた元の世界のこととか」


「あぁ。だったら会話というより、質問攻めだろうな。お前みたいなヤツは中々ないから、興味があるんだろう」


「……っすね」


「そうか……」


 気まずい空気が流れる。オークラーは何を言おうか、どう言おうか、それをまた考えているようだ。話題を続けようとしている。かといってそれを知って無理に話題を変えるのは罪悪感ある。と、間ばかりが過ぎていく。


 カイは、思ったよりキツいと音を上げそうだった。


「なぁ、カイ」


「はい」


「……博士とは仲がいいのか?」


「……かな~って自分では思ってるんすけどね~……」


「いやな、また、手出しされそうになってないかと思ってな」


「あぁ。だったらもう最近は、そんなことないっすよ」


「そう、か。なら良いんだが。なんというか、最近、お前と博士がずいぶんと……通わせあっているというかな。まさか彼女と……友人になれる者がいるなんてな」


 オークラーはまた、髪をかきあげた。それからまるで時間に追われたようにサンドイッチを掴み取って、包装を切った。


 その言動に誤魔化しが、なにより、照れが混じっていて、カイは待てよとハッとした。


 そうか。もしやドラマとかでよくある恋愛泥沼展開が待ってるな? と。


「あ、でも、おれニコさんと付き合ったりはしないっすよ」


「な、なんだ? 急に」


 まさに絵に書いたような『隠し事がバレるときの焦燥』を見せ、もう誰が見ても明らかだなと確信する。


「……どうしてだ?」


「なんというか、そっちの相性はよくないっていうか?」


 すると、オークラーが持っていたサンドイッチをテーブルに取り落とし、絶望のような顔でカイを見た。


「…………抱いた……のか……?」


「え? いや違う違う! 違うっすよ! いまのはほら、恋愛感情的なアレの話じゃないっすか」


 オークラーはその言葉を数秒受けとれず、やっと動いてサンドイッチを拾い直し、文字通りほっとした。


「そ、そうか。その、犠牲者が増えなくてよかった」


「まぁ、そういうことなんで? ニコさんは変わらずフリーっすね」


「フリー、か。いい気味だ。ふふ」


 冗談混じりにちょっと無理をしたセリフを言うが、その裏では明らかに嬉しそうで、カイまで笑いそうになる。どうやら、まだまだニコに希望はあるな。


「お前はどうなんだ? 恋人というか……」


「いや~予定はないっすね~。いたらいいなって思うんすけど」


「そうなのか。ああ、まぁ、そうか……」


「ん? あぁ……」


 カイがオークラーに聞かれてると知らず欲望を発露したときのことが浮かぶ。ここまで長期間に渡ってダメージを負い続けるとは思わなかった。


 さっきとは異質の気まずい間が流れる。


「……そういえば、悩みはないか」


「悩み? そうっすね……」


 悩み、と言われると、悩んでいたことが思い出せなくなるたちだった。きっと、「あぁ、おれは……」と思ったときに言語化が済んでしまい、不明な不満を明確化するという点で解決した問題としてカテゴライズされ、こういう話題のときに探る引き出しとは別の引き出しに入れてしまうのだろう。


 うんうん悩んでいると、幸いにもその悩みを思い出すことができた。


「そうだ。おれ、なんというか……。この世界に来てからの間、おれが自分で選んでやったことって、たぶんちょっとしかないんすよ」


「ほう。というと?」


「来たばっかりのときはリィラに引っ張って貰ってたし……」


「わたしたちが追ったときは、逃げる選択をしただろう?」


「それも、向こうから来た問題の解決方法を選んだだけなんす。おれが、何かをしたくて、でもそれをするには問題があって、っていうんじゃないんすよ」


 思えばずっとそうだ。当然に選んでしまう選択肢という、実質的に運命と呼べるものに流されてきただけで、自分の選択をしたことがほとんどなかった。


「それでは、T.A.S.に入ったのは?」


「だってそれはオークラーさんが、逃げたら巻き添えを出すって言うから……」


「ぐ……」


 オークラーは飲みかけたサンドイッチを喉に詰まらせ、咳き込んだ。


「……それは済まなかった。任務解決に慣れすぎたのだ、私も」


「それはいっすよ。分かってるんで。それでT.A.S.に入ってからも、ぜんぶ指示通りで動いてる。そうじゃないと困るって分かりますけど、このままでいいのかなって」


「ふむ……。逆に、自分が選んだことはなんだ?」


「この世界へ来るとき、自殺したことと……それと……」


 言いかけてから、目の前の顔に、言葉が詰まった。


 そう。列車での戦いのとき、落ちていくファイマンを抱き止め、命を救う行動をしたことだ。


 だがファイマンは、彼女の部下を殺している。


「…………落ちるファイマンを、助けたことです。どんな高さから落ちても死なないらしいので、意味は、ありませんでしたが」


 カイは彼女の顔を見られず、自分が食べ掛けた歯形を眺めた。


「そうか。ずっと気になっていたのだが、なぜ救った?」


「……分かりません。目の前で死ぬって分かった途端に、無意識に……」


「…………」


 あのときおれは、なにを考えたんだろう。記憶をたどる。落ちていくときの、力から解放されたあの感じを。


 ――あいつは罪を犯した。人を殺した。だがそれは、そうするように支配されて育ってきたからだった――――。


「……おれを使って戦争に勝とうとしているみたいに、ファイマンを使って戦争に勝とうとしているヤツがいるんです」


 顔をあげた。オークラーはただ、まっすぐにカイの目を見ていた。そこに感情は見いだせない。それでもカイは、言葉を続けた。


「本当の敵は、銃じゃないんです。それを使うヤツを叩かなきゃ、決着はつきません」


 そのカイの言葉を、オークラーは目を伏せて受け取った。


「……そうだな。だが、兵器に守られた敵のブレインを倒すのに、兵器を破壊して武装解除をするのはひとつの基本行動だ」


「…………」


「それに今回の場合、その兵器の性能を世間へ知らしめるための行為であり、それを阻止する目的で行動するなら、倒す方が効果的な解決法だ。そして、迅速な決着によってこそ、むしろお互いに人的被害を抑えることができるはずだ」


「…………そうですね」


「それでもわたしは、お前のその優しさが好きだ」


 時が止まったような気がした。その言葉は、責める前のものでも、皮肉でもない。本心だった。


「人を人として見られるのは、ハッキリ言って任務では足枷にしかならん。それが決着を先伸ばしにし、より多くの人が犠牲となっていくかもしれない。だが同時に、失ってはならない、人としていちばん尊い能力でもある」


「…………」


「お前には兵器ウェポンという言葉も、兵士ソルジャーという言葉も似合わん。誰かのためになろうとするのであれば、そうだな――」


 ヒーロー、そう言いかけて彼女は首を振った。


「――道具ガジェットだ」


「が、ガジェット……っすか?」


 思ってもない言葉だった。思ってもない故に、どう反応すればいいか困った。それを見て、オークラーが笑う。


「なにも、都合よく利用される存在と言っている訳じゃないさ。人間の文化を文化たらしめたのは、いつだって道具だった。誰かの空腹を満たす食事を作るのも、誰かが住む家を作るのも、誰かの命を救う医療も、誰かを守ることさえ、道具がなければ立ち行かない。それに、今の生活を豊かにするのもガジェットだろう」


 オークラーとカイの持つ食べ物の包装には、食品メーカーの名と、PURPLE・GADGET社のユニット工場を使っている証であるシンボルマークが印刷されていた。


「お前とガジェットとの違いは、自らの意思で、人のためになろうとするかだ」


「それは……照れるっす……」


「照れることはない。だから、カイ。私はお前の、あの判断を信じる」


 オークラーの言葉に迷いはない。部下をひとり傷つけられただけで激昂するというのに、四人一気に殺害され、それでもなお、ここまで冷静に考え、カイの味方であろうとする。


 無敵になった気がした。ヒーローって言う言葉が似あうのは、きっとこういう人だ。そう思った。


「……おれ、マジで頑張るんで。頑張って、ちゃんと勝つんで。待っててください」


「そう、だな」


 彼女は何を思ったか、カイの額に銃型にした手を向ける。


「その代わり、戦いの中で、間違って・・・・ボスの頭を吹っ飛ばすかもしれん。そのときは、裁判で味方してくれ」


 言いながら、銃口たる指先を持ち上げた。


「もちろんっす。いまもう打ち合わせしましょう」


「ふふ。よせ。冗談だ。ただ、檻に入ったとしても、変わらず友人でいてくれればいいさ」


「いいや、ゼッタイ無罪勝ち取るんで。今から法律勉強します」


「お前が弁護するのか……。むしろ不安だな」


 二人して笑い合う。そうしていつの間にか買った食べ物が無くなったあと、オークラーが立った。


「それじゃあ、休めるときにしっかりと休むんだぞ」


「うーっす。お疲れさまですっ」


 もう立派な部下と上司の様相で、カイは上機嫌にラウンジへ向かう。


 後始末で現場に出た者たちはまだ戻らないようで、いつもより殺風景で静かな広場。その内の向かい合うソファでリィラとロックが、留守番のクレイへ任務の話をしているところだった。


「いやぁいろいろ凄かったぜ。内容はいつもの任務でもあるくらいだが、今回はレベルが全部高かった」


「あの爆弾だけじゃなくて?」


「テロリストとの読み合いも、リィラと博士の突貫アップグレードもあったんだぜ」


 ロックの言葉に、クレイがビクりと身を起こす。


「うぇ、マジ? ソフトのほうもいけるのリィラちゃん」


「まぁね~。打ち込むのはまぁ、ヘンタイ博士にやらせたけど?」


 満足げに語る彼女を見て、カイはニコニコしてしまった。


「カイじゃん。なんか面白いことあった?」


「いや? なんでもないぜ」


 側に寄ると、リィラが自分からちょっと隙間を開けてくれたので、内心感激しつつも隣に座る。


「お、来たかウチのエースさんが」


「どもっす。いやぁエースはちょっと……。エースって感じじゃちょっとないっすよ。ってか、あの話っすか?」


「罠ですんごい爆発を食らいかけたんだろ? どうだったんだ」


 興味津々な彼へ、カイは思わず芸人か何かのように、大袈裟に話し始めた。


「いやあれ凄かったっすよマジ。爆弾止めさせなきゃって――――」


 と、あの時の状況をカイなりに頑張って話した。クレイは聞き上手であったお陰で、けっこう頑張れた。


「――――ビルの壁をこう、滑り降りてたんすけど、それが、ビル倒れてるんでだんだん走れるようになって」


「映画じゃん」


 クレイどころかロックもリィラも座り直すような状況だった。あの瞬間が、ひそかにでもカイにとっての誇りだった。


「ホント映画っすよマジで。それでうぉおって走ってって、根っこまで走りきって飛び出して、どうにか着地っすね」


「撮ってたらそれ、世界一バズったんじゃないかそれ?」


「いや~ガチ事件のヤツは流石に……」


「あ、でも意外と不謹慎じゃないぜあれ。なんと、死者ゼロっぽい」


「マジぃ? やったサイコーじゃないっすか」


「ちゃんと避難指示聞いてくれるんだよなぁ今の人は」


 とても日常会話だった。だがそれが日常の中にもいるのだという信号のようで、とても心地よかった。


 しかし、非日常もまた、すぐ側にいた。


「おい、あれ……」


 ロックが顎でモニターを指した。ちょうど始まって少しのワイドショーには、速報の文字がいかにも目立つ位置に構えていた。


[――大規模な爆発があり、少なくとも千世帯以上の家、マンションなどが被害にあい、倒壊したということです。一方で被害者の方はまだ、ゼロ人ということなんですが……]


 アナウンサーが腰を低くして、MCの顔を下から伺っていた。


[いやぁ『まだ』ですよねぇ? 一区画が丸ごと吹っ飛ぶなんて、災害レベルですよこれは。前哨帯のテロを許すなんて、ねぇ? 避難指示にちゃんと従った民間人の皆さんの立場はどうなるんでしょうか、キネツさん]


 質問というより文句の穴埋め問題を渡されたが、キネツと呼ばれた年増はそれに頭を悩ますことはなかった。


[せっかく指示に従ったのに住む家を無くすなんてあんまりですよね~。警察の方々は頑張ったと思いますけど、途中からいたってゆうT.A.S.の方々とか、カイさんとか、止めようと思わなかったんですかねぇ~って、国民の方々に思われても仕方ないですよねぇ~]


 どうにか悪口を回避しようとした悪口に、ラウンジが殺気立つ。


「好き勝手言いやがってよあのババア」


 ロックは想像で隣にキネツを召喚し、ヘッドロックして頭を殴っていた。


「ワイドショーってのは……。こら誰だ? これ付けたの。つけっぱなしか?」


 クレイは子どもを叱るときの態度でリモコンを探す。


「マトモに見んなよ。テレビとかバカしか見ねーっての。ってか見るからバカになんじゃねーの?」


 少女リィラがひねくれたことを言うと、誰かが言えてるなと笑った。


 ただひとり、カイだけが、まともに言葉の槍に串刺しになっていた。出演者には、本心で批判する者と、そうでない者がいた。だけど、本心であろうがなかろうが、言葉は言葉であった。


 たしかに、そうだ。そもそも罠に掛からなければ、爆発はしなかったかもしれない。それに、先に無力化するとか、一個ずつ爆発させるとか、どうにかできたかもしれない。止める気はあったけど、結果は追い付いていないじゃないか。


 オークラーに同じことを言うなら殴ってでも分からせる。だけど、自分はどうなのだ。


 もういっそどう言われてもいいから、ついさっきの気分を返して欲しかった。


[ねぇ、いくらなんでもヒーローなんて言われ始めたすぐ矢先ですもんねぇ。やっぱりなんでも期待しすぎない方がいいですよ。映画じゃないんですから。って国民の皆さまに思われますよねぇ]


 MCは更に続ける。長々とまた話続ける。ひとつの単語を長々と説明する辞書のように。


 その見出し語は『期待はずれ』だ。


「……カイ?」


 リィラの声に引き戻された。


「え?」


「なんだよ。真に受けるなって言ってんじゃん」


「え、いや、眠い、まだ……眠いなってさ」


「……そ」


 彼女はまた画面を見た。見るなと言っているわりに、やはりリィラも気になっているようだった。


 その後頭部を見下ろして、どうしようもなく怖くなった。自分の不安を背負わせるべきじゃないと分かっているが。本当の意味で理解されなければ、自分に生まれたものが無かったものになるんじゃないか。


 おれは……おれも、ひとりなのか?


 自分が元家畜だからってだけじゃない。人より他人の気持ちを見抜けて、無限に金と燃料が使えて、色んなガジェットを好き放題できる。それで、いくらでも人助けできるならいいって思っていた。


 でも、同じヤツなんていない。同じ不安を抱える存在はない。どれだけ説明したって、この言い得ぬ思いを本当に共感して理解してくれる人なんて、ひとりもいないんじゃないのか。だからヒーロー映画の主人公は孤独だとかって、そう言われんのかな。


 ヒーローの孤独ってヤツがやっと分かったのに、分かることができたことさえ、共感できる相手なんて――。


 ――孤独、か。


「ちょっと、行ってくる」


 カイは返事も待たず、真っ直ぐ、ニコの部屋へと向かった。そうして、スライドドアをノックする。少しして、留守だろうかと引き換えそうとしたところで、部屋のゴミを蹴飛ばして動く音が聞こえ、曖昧な姿勢でいたら、扉が開いた。


 後ろ姿だった。


「なにかね」


「どうしたんすか?」 


「作業中だったんでね」


 そうして彼女は銃の作業台へ向かい、セミオート・ハンドガンの銃身へオイルを差しながらスライドをカチャカチャと、僅かに引いては戻した。カイからは、その顔は見えない。


「それより、なんの用かね」


 カイは入って、聞かれないよう扉を閉めた。


「あの、まえ言ってた事がなんとなく分かって……。自分しかいないって、すっげぇ不安で。ニコさんならどうしてるのかなって」


「…………」


「……あんまり、そういうの無いっすかね。おれが食われる側だったって話はしましたけど、なんつーか、自分で言うのも恥ずかしいんすけどヒーローの孤独的なのも味わって、やっと同じヤツがいないって不安が分かった気がしたんです。それで思わず来ちゃって」


「…………」


 沈黙だった。どうしたのだろうと思っていると、その多い髪の毛に隠れた表情がふと覗く。


 ひどい痛みに耐えているようだった。それが、銃身を眺めていた。この雰囲気は、扉を開けたときからあった。後ろ姿だったのが顔を隠すためだとすると……。


 背筋にひどい寒気が走り、カイは何も言わずごみ山を踏み締めて作業台へ。彼女の持つマガジンの無いハンドガンを掴んだ。弾が入ってないように見えるが、そうじゃないことは色んなマンガやアニメで予習済みだった。


「何を……」


 返事もせず、見よう見まねでスライドを限界まで後ろへ引いてみる。すると、一発の弾丸が飛び出て、作業台奥の壁にぶつかり、転がった。


「――何しようとしてたんすか」


「ただのメンテナンスだ」


「おれ、ウソ見破んの得意なんすよ」


「……よぎっただけだ。一瞬だよ。本当にしようなんて……」


 それも嘘だ。いま、本気で――。


「なんで、自殺しようと思ってたんすか」


「…………く……」


 彼女は顔をうつ向けたが、やがて、観念したかのように彼女が顔を上げた。すでに泣き腫らしたその目から、きっと流しきったはずの涙が溢れた。


「わたし……わたしはね、結局は、〝異物〟でしかあり得ないんだよ。天才だからじゃあない。大きな力の代償など聞いて笑わせる」


「それは……」


「聞きたくない。いい一面だ悪い一面だ、プラスマイナスで釣り合うだ、そんなものは綺麗ごとでしかない。マイナスだけしかない存在だっている現実を見ろ」


 彼女は両手を大きく広げ、濡れた顔で皮肉に笑う。


「わたしは、独りだ」


 カイはその鏡合わせになって、両手を大きく広げた。


「とりあえずもうひとり追加で……」


 時が、止まったような気がした。


「……きみ、空気が読めないって言われない?」


「ニコさんに言われたくないんすけど?」


「もう。気抜けさせる天才だな。きみは……」


 彼女は呆れ笑いで広げた両手を下げた。少なくとも、涙は止まった。


 なにか、彼女をどん底に落とす出来事があったのだろう。


「いったい何があったんですか」


「理解できない存在を、怖いと思うかね」


「それは……」


 そんなことはないと、言い切るべきか。いや、それはフェアじゃない。


「……ニコさんの話なら、いちばん最初、出会ったときに、ひと撃ってるのは怖かったっす。そこくらいっすかね……」


 ニコはキョトンとした表情を浮かべる。


「そこだけなんだ」


「っすね。他はニコさんってこういう感じなんだって分かってからなんで、そんな怖くなかったんすけど」


「優しいね」


 彼女は言いながら涙をぬぐった。


「わたしはね、思ったんだよ。ここに来ていたクロウディアを、本当に怖いと思った」


「え。来てたんすか!?」


「あぁ。そこで、銃を向けた。でもそれは戦争を終わらせるためじゃあない。怖かったからだ」


「それで……あぁ。自分がやられる側だと思ってたらやっちゃったから……とか」


 彼女は返事の代わりに、メンテナンス中の銃を眺めた。


「ほんとう、そういうことばっかりすぐ分かるんだから」


「自分でも意外な得意分野っすね」


「わたしにもあれば、キミをキミのまま解るというのに」


 その言葉が、ひどく嬉しかった。まさか、よりにもよって彼女と分かり合えるとは。


「あの、そういう間違いは直してけばいいじゃないっすか。次に分からない怖いのが来たらどうするって、決めとくとか」


「直す……か。いいのかい、罪から逃れるみたいだって、きみなら言いそうじゃないか」


「罪は罪かもしんないすけど、罪を犯したからエンドロールなんて流れませんよ。一生は、死ぬまで続くじゃないっすか。それで一度やったからもうダメはキツすぎじゃないっすか。次におんなじ失敗しないようにすればいいんすよ」


 でも、と、カイは銃弾をつまんで拾った。


「自殺は次がない。そーいう意味では、一番の罪じゃないっすか」


「…………ふふ。そうだね」


 カイが弾を、ボックス内の整列にひとつ空いているところへ戻し、銃を取ろうとした。


 すると、彼女の柔らかい手と触れ合った。


「…………」


「…………」


 ニコは――。


 ――もう、いつも通りの微笑みだった。


「変な雰囲気出すんじゃないよ、バカだなぁ。キミはオークラーにフラれたらの保険だって言ったろう?」


「ちが……おれは別に、そういうつもりじゃないっすけど?」


「ホントかね? 順番待ちを守りたまえよ? ちゃんとぉ」


 またしっかりと涙を拭い、彼女は伸びをした。


「あーあっ。いちばん見せたくない顔見られた。気分転換しよう」


「ちょっ、もう出るんでまだ始めないでくださいよ」


「ざんねん。そっちじゃないよ。さぁテレビに集合だ」


「テレビに……?」


 そうして向かうラウンジ。ニコは問答無用でリモコンを取り、消えていた画面をまた付けた。それをクレイがげんなりと見る。


「あぁ、やっとリモコン見つけたのに……」


「まぁまぁ。下らない報道者たちでも、面白いネタを出せば面白いものを放送してくれるからね」


 そうして、ワイドショーチャンネルに合わせる。するとちょうど、件のニュースらしいものが始まった。またも、速報だ。


[またもや速報です……え? た、T.A.S.の所長、ティアラス・ニコ氏により、ナラク国首相の国連との不正が暴露されたと……]


[なん……え?]


 アナウンサーもMCも目を白黒させていた。


「またなんかやったんすか?」


「しっ。さぁ見たまえ……」


 するとアナウンサーが困惑したまま、[映像あります……]とVTRに繋いだ。


[――国連に潜入している。おっと紹介が遅れた。わたしはT.A.S.所長のティアラス・ニコだ――]


 いつだったか、ニコに見せてもらった動画と全く同じ構図だ。カイが気づき、ニコを見て視線が合うと、彼女はイタズラっぽく笑った。


 そうして、いつだったか、ウォールが起動した不祥事で記者にリンチされていたお爺さんと、何人かの人が映った。見るに、赤鬼には違いないが角の形が異なっており、カイたちのように額の上部から指二本から三本程度の角が上へ向かって伸びるのではなく、一度上に上ってから前へ付き出すタイプや、羊のようなクルクル巻きの角が側頭部にくっついているタイプもいる。


 は~。外国人って角が違うんだ。カイだけが違う所をまじまじと見ている。


[まったく、どういうことかね。次から次へと]


[はぁ……すみません……]


[我々はみな、頭を抱えています。ただでさえ、サーバー国の皆さまが箱の中から無茶な要求をしてきているというのに、かつてないほど強力なテロリストに手を焼くなどと……]


 色々と説教をされているが、カイは感動していた。自分の首の後ろについている翻訳機にだ。


 彼らは、バラバラの言語で話している。そうと耳で聞いて分かるのに、頭ではなんと言っているかちゃんと理解できている。なんて性能だ……。スマホだとちょっと翻訳の間があって気まずいのに。


[……ともあれ、今度の領空侵入に関しては看過しがたいものがあります。強力な熱源が、熱視角範囲内に入ったのですよ? 危うく滅亡となるところでした。その自覚はあるのですか?]


[いえ……まさかそんな兵器があること自体……]


[それについての発表前に、テロリストにウォールをハッキングされて恥の上塗りですか。そんな状態だというのにT.A.S.などという落ちこぼれの集まりに対応させているのは本当に理解しがたい。なぜ正規軍に介入させないのです]


[いやぁ……それはぁ……へぇ……]


 テロリスト前哨帯が、正規軍の手を噛んだ飼い犬だったからだと、その場のみなが頼りない彼が言うべき返事を思い浮かべていた。


[それともうひとつ、あのカイという者についてですが、あれはいったいどういうことです]


[いや、あれはタ……]


[ヒーローだかなんだか知りませんが、ひとりの人間に大きな力を与えるリスクを考えられないほど愚かとは思いませんでした。たったひとりで、国ひとつの治安をどうにかできるとでも思ったのですか?]


[ですからあれはT.A.S.が……]


[それに、いったいどうなっているのです。あんなにボディガジェットを多用して、なぜ無事でいられるのですか彼は]


[た、T.A.S.に……]


 言えないお爺さんと聞かないお爺さんだ。彼らはコントでもやっているのだろうか。


[なにかトリックがあるに違いありません。それについても早急に調査して発表できるように。正式な国連会議でキチンとしなければ、どこを向いても背中を撃たれますよ]


「はぁ…………」


[いいですか。このようにリスクを背負っているのは、どのような理由があれ大工場を失ってはいかないからです。混乱、そしてなにより近隣からの侵略を避けるために、きっちり情報をコントロールなさい]


 そうして映像が揺れ、ニコのニヤけ顔が映る。


[ち・な・み・にっ! このようにリスクを背負ってる……っていうのはー。国連会議は公開が義務付けられているのでぇ~……? この会合自体違法となっております……! 国連がまるっと不正……! アハハハハ……!]


 そうしてVTRが終わり、映像がスタジオに戻った。もちろん、絶句していた。しかしニコは不満げだった。


「も~反応うすい! でも大丈夫! SNSで流出してやるのさ! がっしゃーん!」


 子どもみたいな声を出しながらニコがスマホで何かをした。すると、コメントに困っていたスタジオが大騒ぎになった。


[え、映像がまだまだ……なにか……いけなそうな文書まで……!? り、リアルタイムで暴露されてますっ!]


[い、いやぁT.A.S.さんは本当素晴らしい……ねぇ?]


[そ、そうですねっ。は、ははは!]


 クレイがサリペックでSNSを見ているらしく、うひょ~と声を漏らした。


「こんなに……これぜんぶ不正ってマジ? あ、ご丁寧に、ぜんぶの投稿に『首相にやれって言われた』って書いてる!」


 国の、どころか世界の大混乱に悶絶して笑うニコは、見習うべきじゃない大人だった。と、いうよりは……。


 彼女はやっと笑い終え、身体を顔を上げて、また涙を拭った。


 その笑顔は、ただの美少女だった。


「はぁーあ。面白かったっ」

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