ジャマ―・ラバー・IED

――Lila――

 ニコという大怪獣によって全世界に混乱の種がブチ撒けられた後、リィラはマッドを連れて整備室に向かった。今回は――せっかくだから連れてけと言うので――ロックも同伴だ。


「それで、何を話すんだ?」


「いろいろ。調査したこととか、あとあの爆弾のことだよ」


「おいおい、隊長くらいしっかり反省会するじゃねえか。あ、そういや今回のはまだだな。後で号令かかるか?」


 ロックが言っている隙に、マッドがホワイトボードに項目を書いた。『ジャミング装置?』と『超高性能小型爆弾?』だ。


「じゅ、順番にやって行こうジャミングから……」


「ん。まずジャミングは確定でいーよね? それで、え~っと、きれいな球の形」


 マッドはフォルダツリーの葉を書いた。『ジャミング装置?』フォルダに『断続球場きゅうば』が追加。


「先にぜんぶ洗い出した方がいいんだっけ……」


「きょ、強度強かったよね」


「あーねっ。それも考えよ?」


 同フォルダに、『ジャミング強度』が追加された。


「で……ガジェットリセットかな」


 同フォルダに『ガジェットリセット』が追加。


 とりあえずこの三点だと、『ジャミング装置?』フォルダの子であることを示す四角型で『断続球場』『ジャミング強度』『ガジェットリセット』が囲まれる。開口一番はロックだ。


「断続球場ってのが、まだイマイチ理解できてねぇんだが、どういうのだ?」


「だ、断続の名前の通り力の場がピッタリのボールになってるんだよ。ふ、普通は遠くなるほど弱くなってくものじゃない?」


「遠くなるほど弱くなる……けど……どこかピッタリで止まってるってことか?」


「と、というよりは遠くに届くはずの力を借りて場の強さを一様にしているイメージだと分かりやすいかもだね。こ、この場の中ではどこも強さが一緒なんだ。た、ただし厳密な原理は全然ちがうからあくまでもイメージっていうの大事ね」


「お、おう。完全に理解したわ」


 ロックが頷く。一方リィラは、ホワイトボードのペンをマッドへ向け、ふわふわと振った。


「でさ、あとどれくらいでできるって感じだったの? それって」


「えっと……うぅん、む、難しい質問だねそれは。り、理論的に考えられるよねという段階だからここから何を積み立てていけば技術の実現に届くかも不明なんだよ」


「めっちゃかかるってことね」


「でもよ、そんなめっちゃかかるものを、簡単にやっちまったヤツがいるってことだよな?」


 リィラもマッドも渋い顔をしてうつむき、同時にロックへ向いた。


「ぶ、ぶっちゃけそこは……」


「うん。やれるような天才がいるってゼンテーでよろしくぅ」


「なんじゃそりゃ。それじゃあなんでもアリじゃねぇか」


 ロックに対し、リィラとマッドは首を振った。


「なんでもって訳じゃねーんだな~」


「り、理論的に実現可能なものは実現されるって前提にするね」


「そんな天才が、小粒のテロリストにいるって時点で不自然だが……まぁ仕方ねぇか。それで?」


 ロックが聞くと、リィラとマッドで顔を合わせた。


「……この項目はそれだけっぽくね?」


「そ、そうだね……」


「なにやってんだおい?」


 ツリーの『断続球場きゅうば』にチェックがついた。


「でも、そうでもないとスジ通んないんだもん。だって、こっちのボトル爆弾だって、理論値でもなきゃあの威力は出せねぇって。そんな技術をポンポン作ったヤツなんて……」


「で、でもぼくは引っ掛かってるところがあってさ。じゃ、ジャミングの方はファイマンを邪魔して、爆弾の方は前哨帯に全面協力って無茶苦茶じゃない?」


 マッドはそう言うが、すでにリィラは解を持っていると言わんばかりに頷いた。


「作ったヤツと使ったヤツが同じとも限らねーじゃん?」


「あ、そ、そうだね。じゃ、じゃあテロリストの誰かが作ってから別の誰かが盗んで使ったってことだ……」


「ってこたぁ、どっちも作ったのはテロリスト側か。じゃあ俺の推理はハズレだな……」


「推理?」


 リィラが首をかしげると、ロックは項垂れ、アイデアの供養をした。


「いやな、ウチのハカセじゃねぇかってコッソリ睨んでたんだよ。だって、そんな天才なんか一人しかいねぇだろ?」


 確かにそうだった。現に、彼女たちにとっての天才と言えばニコその人なのだ。


「あ~……。でも説得力あるわ」


「で、でもニコ博士にはカイがやられるのを止める動機があっても、ば、爆弾を作って差し出す動機は無いはずだよ?」


「まぁ、そこだよなぁ……あれ、でもよ、待て待て。まだ俺の推理は生きてるな」


 供養したやつが墓から出てきた。


「だって、爆弾を作った天才ハカセが別にいるんだろ? それとウチのがジャミング作ったってのは、アレだ、アレしないだろ。マッド」


「矛盾?」


 即座に「それだ」とロックが指差す。ニコがジャミングを作り、カイを守るために停止させた。一方で爆弾はテロリスト側の天才が作り、カイを襲った。それで話は通る。だが新たな謎も増える。


「じゃ~、なんでそれで救ったって言わねーの?」


「……認めたくねえが、やっぱりウチにスパイがいた、とかか? だってよ、ジャミング装置ってのはカイの弱点そのものなんだろ?」


「あ……」


 確かにその通りだと声を漏らす。予想外というより、どちらかというとそう納得したいというバイアスもあった。


 カイを完全に無力化できる装置の持ち主なら、敵よりも怪しい味方の方がずっとマシだ。ということは、やはりニコは奥の手として……いや。


「でもそれ、やっぱ最終兵器おくのてにはなんなくね? 弱くなるのってカイの方だけでさ、ファイマンはグレートライフルが使えなくなるだけで、あと強いのはぜんぶそのままでしょ。ウチだけ弱くなるものなんか作るかな……」


「む………………」


 ロックは考え、考え、ホワイトボードを指差した。


「次だ、次」


「はいはい……」


 次の項目は、『ジャミング強度』だ。


「使われてやべーのはリセットの方だけど、いちばんイカれてんのはこれだよね、やっぱ」


「だ、だね……」


「そうなのか? いや、まぁATMを貫通できるって言ってたのは覚えてんだが、でもそれはやべぇのか?」


 こっちについても、まだロックはピンと来ていないらしい。


「ATMのエミッション対策はさ、軍事レベルなんだよ。普通のジャマーじゃ、くっ付けたって妨害できない」


「マジか。一家に一台でそんなもんが」


「それがさ、あんなあっさり、しかも範囲内のぜんぶがやられちゃったんだよ。何がどーなってんのあれ?」


「俺に聞くなよ……」


 また悩む。思いついた顔をしたのはマッドだった。


「じゃ、ジャミングが貫通するとしたらPp流路内だけじゃないかな」


「え。もしかしてじゃあ、回路を通るジャミングってこと? それって……できんの?」


「で、でもそうでもないと説明ができないよ。……さ、最強のジャマーをポンっと作ったでもない限りは」


「でも、それだと独立スタンドアロン体外エクスガジェットの……それこそ軍事デバイスの腕巻きガジェットサリペックとかさ、他の寄生ボディガジェットまで止められたことは説明できないじゃん?」


「それは……そうだけど」


「それにさ、最強のジャマ―をポンって……作りそうじゃね?」


「…………」


 誰ともなくアイコンタクトで議題は進む。次の項目は、『ガジェットリセット』だ。


「ま~……」


「こ、これが一番ヤバイよね」


「ホントそう。これ一発でおしまいだもん」


「なぁ、リセットってのは、マジで全部のガジェットなのか?」


 ロックの言葉に、二人は頷くばかりだった。


「ふ、不思議なことにそうなんだよ。ぼ、ぼくたちのサリペックだって再起動されてたし少なくともノイズに超強いATMもリセットされてた」


「ATMのリセット、か。引き出し放題とはいねえかなぁ。むしろ、なんかサクサク動くようになったとかって話だったな」


「まー、とりあえず再起動は健康にいいからね、ガジェットの。ヘンに切れっからデータが壊れそうだけど」


 そうして三人で、変わりもしないホワイトボードを眺める。要するに、ジャミング対策バッチリのガジェットをシステム内だろうがシステム外だろうが攻略できるジャマーなのだが、どうしても『ありえない』という考えが頭を出ていかない。


「ひょっとして、なんか違うのかもね」


「へ? ど、どういう意味かなそれは」


「いや、わかんねーけどさ、なんか見落としてるってゆーか……。ホントにこれ、ジャミングなのかなって」


「っていうと、だ。そもそも機能が違う、とかか?」


「そーゆーこと。ATMのジャミング対策を突破してないとすれば、なんか分かるんだよ。ナットクってゆーか。なんなら、あの断続球場だってそーじゃん。わざわざそれにする必要あったの?」


「うぅん……。た、確かに効果の薄い部分から借りて作るだけで実行距離は変わってないかも……。な、なにかトリックを隠すために外部へ放射しないようにしたとか?」


「トリック……か」


 ジャミング信号が漏れなければ、中で何があったかなど分かるはずもない。それが狙いだとして……。


「なにを隠したかったんだろ」


 とは言うが、その解の材料を持っている者はいない。今のところ、こっちは解決できないようだ。


 仕方ないので議題を『超高性能小型爆弾?』フォルダへ移すことにした。


「で、これだよな~」


「あの爆弾ってのは……あんな威力が出るのか? マッドと別の任務で即席爆弾の相手をしたことあったが、ウチのグレネードにも到底敵わん程度だったぜ?」


「グレネードもボトル爆弾も原理はいっしょだよ。問題は容器」


 リィラの言葉を拾い、マッドが『容器』と追加する。


「原理か……とりあえず聞かせてみてくれ」


「え? T.A.S.入ったときにやんないの? そういうのって」


「一応だ一応。ほら……、お前がちゃんと分かってるかテストだ」


「今さらかよ。いーよでも。えっと」


 リィラはホワイトボードにグレネード本体である丸を書き、その丸の上に安全ピンが通った爆破のスイッチたる突起を付ける。それからその突起へ、青いペンで注目を促す丸をつけた。そう説明されなければ分からない何かが描かれる。


「ここ、ピンを抜いてギュット押してさ、それから投げるじゃん? その、押すボタンところにチップが入ってんの」


 突起のところへチップを意味するデカくてエグい四角が書かれた。すでにグチャグチャである。


「で、スイッチが押されると、このチップがちょうど真ん中へ押し込まれんの。中のレバー機構で上手いこと……ね」


 エグい四角が楕円の右下辺りに書かれた。『理解したい者の助けになる図』の対義語が新たに生まれるかもしれない。リィラートとか。


「で、こっからなんだけど……。まぁ基本的には『燃料化』ってのを理解できればオッケー。ホバーの方では主流のスリーセルジェットっていうのがあって、Ppを推進力にするのに《ソリッド》にせず慣性化と反発化をしちゃうんだよね。やっぱ液状のまんまだからすっげぇ内圧になるんだけど、それ解放して進んでんの」


「……おう……」


「で、その燃料化をこの容器の中でやって、溜まった圧力をボンッ」


 グチャグチャの中心から外側へ、圧力を示す矢印と思われるフニャフニャが広がった。前提知識があることで価値が上がるという点では、アートと呼べるだろう。


「ってする。つまり最初はチップを触れないようにして、いざってときに押し込むってことができれば、どんなボトルも爆弾にできるってわけ」


 ロックは頷いた。


「お、おう。完全に理解した」


「ん?」


「いや、完全に理解できてるなって思ったんだ。言い間違えた」


「あーね」


「あれだ、あれはどうだ? 破裂するだけじゃあ殺傷能力が足りねぇだろ?」


 ロックがそう言うと、跳ね返すようにリィラは即答する。


「中でちょっとだけ励起凝固させて、疑似物質ソリッドで粒々のクラスター作ってるから足りるよ。って感じでいいよね?」


「おーう……。いいと思うぜ。うん。なぁ、マッド?」


 マッドはクスクス笑いながら「そ、そうだね」と返す。一方でロックは「しっかし」と姿勢を崩した。


「まぁ、財布爆弾ってことだよな。よくもそんな勿体ねぇことを……。ってかどっからそんなカネが出てんだ?」


「ふぁ、ファイマンじゃない? ま、前にニコ博士が『Ppの急速回復』って能力を持ってるって言ってたよ」


「……あぁ。だからあれっきり出てこねぇのか。Pp爆弾のためにPp生産工場に……ってかそれで満足しねぇのかよ? 前哨帯のやつらは。カイを捕まえてぇならカネ目当てだろ。それに気付いてファイマンを取っ捕まえてくれりゃ、こっちも楽になるんだけどよ」


 言われてみればそうだ。カネを手に入れるという目標だけならファイマンで達成できる。そう言おうとした矢先、マッドがその解を示す。


「だ、だってあんなに強いんじゃ何人かかったって倒せないじゃない。で、でもファイマンにはファイマンの目的があってそれは人助けじゃないんだから……」


「まぁ、そうだよなぁ。それに結局、カイの方が早く引き出せるしな」


 二人が話す横で、アーティストが『まだぁ?』と言わんがばかりにホワイトボードをペンで叩く。


「ご、ごめんお待たせ。そ、それと爆破のタイミングとかも追加じゃないかな」


「ん」


 項目に『タイミング』が追加。


「あ、あとは……」


「とりあえず威力だよね。で、終わりかな?」


「い、いったんそうしよう」


 最後に『威力』が追加された。これで『超高性能小型爆弾?』フォルダに『容器』『タイミング』『威力』が揃った。


 そうして話は『容器』に戻る。


「内側から爆発するとき、いちばん耐えられるのってどんな形?」


「え、えっとなるべく角がないものだね例えば球体や卵形とか……。か、角があると応力集中でそこが割けちゃって……」


「だよな。じゃねーとちゃんとPpへ場が浸透する前に抜けるし……」


 二人のやり取りを聞いて、ロックは首をかしげる。


「どういうこった? Ppの量が多い方が爆発はデカいんだろ。グレネードよりボトルの方が多いんだから強いんじゃねぇのか?」


「でもないんだなー。さっきの話の続きになんだけど、燃料化の勢いなんだよ大事なのは。だって最後にどんだけ強い圧力ができたって、途中で容器が壊れたらイミねーじゃん? だから、容器が壊れる前にどれだけ燃料化して、どんだけ内圧あげられんの? ってのが大事」


「へぇ~。だがあのボトルはどうなんだ? 思いっきり角があったよな?」


 それに対し、リィラは「そうそれなんだよ」と思い切り頷いた。


 DRFdesertSとはアウトドア向きの分厚いスキットボトルであり、上着の内ポケットというよりカバンの隅や外側のポケットにねじ込みやすい形をしている。


 またスキットボトルとは、カウボーイが酒を飲むときに内ポケットから出すあのボトルだ。その構造には当然、普通のボトルより鋭い角があるのだ。


「表皮効果……でいいんだよね? 的にぜってー間に合わなくね?」


「そ、そうだね普通に考えるならどう工夫したって威力が下がっちゃうよ」


「デザエスはやっぱ頑丈だけど、内圧からの強度だけ考えたらぜってー他にあった。なんでデザエスなんだろ。どー考えたって、理論値に届かすジャマでしょ、あの形って」


「うーん……」


 唸る二人に対し、急に得意気になったロックが指まで立てて自分の説を提唱する。


「あれじゃねぇか? 目を付けられにくいヤツだったとか。とにかく数が必要で、でも変に丸っこいのだと、リィラみてぇに詳しいやつに感付かれるからこれにしたってのはどうだ?」


「あーいいねそれ。ありそう」


「連れてきてよかったろ」


「ん~……あれくらいかな。あの~……ゴムのアヒル」


 リィラの言葉に、ハッカーのマッドが吹き出し、肩を震えさせ、今までにないくらい笑った。笑ってむせた。


 ロックには通じず、彼はただ口をへの字にして両肩をすくめるばかりだった。


「けふん……え、えっとじゃあ容器はフェイクのためでいいとして……」


 項目『容器』にチェックが入る。それをロックが指で消した。


「待ちな。でも、なんでデザエスだけかってのは分かってねぇだろ」


「おんなじ容器じゃなきゃ再現とれないからじゃね?」


「…………」


 黙ってしまった。


「え、なんか考えあった?」


「……いや、ちょうどそれを言おうと思ってたぜ?」


 項目『容器』に、今度こそチェックが入った。


 話は『タイミング』へと移る。


「これはどうなんだろ」


「え、えっとやっぱり引っ掛かるのは……。あ、あの一発が早すぎたことかな」


 マッドが言うのは、リィラがニコにプログラミングさせて爆弾の位置が分かるようになった瞬間、潜伏していた路地の角の裏で爆発した一発だった。


「も、もう少しタイミングが遅かったら全滅もあったけど失敗してた」


「うぅん。じゃあ……押しても反応しなかったり遅かったり? ん~いや、それはねーよ。だって、こんな爆弾作れるヤツなのに、そんな初歩的な装置で失敗する?」


「せ、説明つかないことはないよ。そ、それこそ使ったヤツが違うパターンでね」


「あ~。そこの装置だけ違うヤツが作った、か」


「あれもあるぜ。カイにまた潰されるかもと思って飛び出た瞬間やろうとして早すぎたってな」


 ふたつの案が同時に飛び出し、どっちもありえるなと首を捻った。


「それもありそう。どっちって決まんねーかな」


「ど、どっちも同時にあり得るよ」


「……ってことは、爆弾を操作してたのってその天才じゃないってこと?」


「か、可能性だけで言えばそうだと思うな全ての場合に対する割合的にね。あ、あの一発を失敗しただけじゃないし一度に何台も使ってたし……」


「そっか。そーじゃん。じゃあ、その天才は何やってたんだろ……って、奪われてたんだったらカンケーねーか」


 そう言いながらホワイトボードを眺め、首をかしげた。


「いや、やっぱおかしい。だって爆弾作る気でやったんなら、起爆装置ごと作んなきゃハナシ通んなくね?」


「あ、そ、そう……だね?」


 マッドはロックを見るが、彼はちょっとぎょっとして、俺に聞くなと言わんばかりに目をそらした。


「……こっちもやっぱ、なんかおかしいわ。〝ゼンテー〟が違う気がする」


「前提がか? 俺には、どっちも合ってる気がすんだけどな」


「で、でもそう見せかけることが目的かもしれないよ? い、戦において情報を得ることは会議室に大砲を撃ち込むより効くらしいから」


「戦争の例えを戦争で済ませんなよ。戦争屋にしか分からねぇだろそれ」


「はいはい次いこ? つーぎっ」


 リィラが先生のようにペンで手のひらを叩いて催促し、生徒ふたりは素直に従った。


 話は最後の項目、威力に移る。


「で、やっぱここじゃん?」


「そ、そうだね……。い、威力にムラがあったのは手製だからだとしても何をどうしたらあんな威力になるの?」


「そーそー。なんかゼッタイおかしいけど、できちゃってるからトリックはないはず」


 そのリィラの言葉に、ロックが自信満々で出る。


「そうか? もしあのラジコンに付いてた爆弾が、一個じゃなかったらだろうだ?」


「ん~……」


「二つ……いや、四つは付けられるぜ? それで四倍だ。二倍を二回だぜ?」


「いや、無いわ」


「なんでだよ」


「だってあの大通りの周り、ぜんぶ吹っ飛ばしたんでしょ? でもふつー、ああいうボトル爆弾ってグレネードより威力低いんだよ、しかもよりによってデザエスだし。十五台くらいあったラジコンに四つずつでグレネード六十個だったとしても、おんなじ火力だせる?」


「そりゃ……いやぁでもそりゃ、グレネードより強かったんだろ」


 食い下がるロックの肩へ、マッドが手を置いた。


「だ、だったら議論の内容は変わらないよどうやって高火力を実現したかだから……」


「でもよぉ。量が多い方が強くなるって話じゃねえのか……?」


 ラバー・ダックは、ちょっと残念そうだった。


「じゅ、重要なのはやっぱりどれくらい早く燃料化できるかなんだよ」


「でもよ、じゃあグレネードにもっとPpを入れても強くなんねぇってことになるだろ?」


「そ、そうなんだよ。そ、そもそもチップでの燃料化において量――というか濃度に対する効率のグラフは単純な右肩上がりではなくて特定のピークを持つ形になるんだよ。だ、だからグレネードは容量に対して燃料化できる限界が確かめられた上で無駄のないように一定量しか入れられない。げ、現状は爆破を目的に作られたグレネードでさえ全て込みで最大プロト容量の六十パーセントが限界なんだ」


「……逆に、多すぎると威力が下がるってことか? 何でだ?」


「け、結論から言うと原因は二つあってさ。ひ、ひとつは燃料化Ppが中心のチップ位置から外側へ逃げて発生する対流が間に合わないことなんだ。こ、これで内部が撹拌されることで燃料化されてないPpが循環して効率よく燃料化が進むわけだけど、な、内圧の上昇が早すぎると対流が生じる前に容器が耐えられずに爆発しちゃうんだよね」


「おーう……そうだな?」


「ふ、ふたつ目はクラスターのせいだよ。の、濃度が濃すぎるとクラスターを作ろうとしても大きな塊になっちゃって、そ、それが燃料化のための場の影になっちゃうんだ。じ、実は今のグレネード内でもその『クラスターの影問題』のせいで百パーセントは燃料化できてなくて、ぎゃ、逆に言うとクラスターが無ければ破裂の威力だけは飛躍的に上げられるんだけど……」


「じゃあ、クラスターは無かったんじゃねえか? だってよ、衝撃波だけで殺せそうだったし、そこまでする必要なかったろ」


「あ。そ、そうだねひょっとしたら――」


「ごめんちょっと待って」


 リィラが突然に口を開き、ロックとマッドが同時に少女を見た。そのどこも見ずにひたすら思案する表情は、賢者のようでもあった。


 思い出していたのは、最初の爆発。キラキラと輝く衝撃波だった。あのきらめきこそが、疑似物質ソリッドのクラスターだったのだ。


「クラスターはあったよ。ホバーの窓さ、細かい傷だらけだったでしょ?」


「そう、だったな。じゃあそういうわけじゃねえのか」


「それよりさ、容器の話にもなるんだけど、やっぱデザエスなのはどー考えたっておかしい。だって真ん中に入れたチップに対して届かせるべき空間がこう、四角っぽい形だと、どう考えても四隅に届かないじゃん。これって〝作る段階で分かること〟じゃね?」


「……そ、それはそうだね。で、でも結局それって…………な、内圧に対して容器の形が不利って話と同じことだと思うんだけれど……」


「あ、思い付いちまったぜ?」


 リィラではなくロックが調子を取り戻す。


「チップをいっぱい入れりゃあいいじゃねぇか。十個いれりゃ十倍だろ?」


「……けっこう良いアイデアだけど、まだ速度足りないと思う」


「マジか? 十倍だぜ?」


「グレネードの十倍だとしてもぜんぜん届かない。だって、グレネードが強いのって疑似物質ソリッドのクラスターが銃の玉みたいに飛ぶからで、爆発そのものは対したことないんだよ。でもあのボトル爆弾は違う。衝撃波だけで、ずっと遠くにいるヤツを殺せるくらい強かった。何千倍……もしかしたら何万倍も強いんだ」


「そんな桁あがんのか。マジかよ……」


「デザエスはやっぱ内圧に弱いから、グレネード容器より全然耐えられないんだけど、それがやっぱりおかしいんだよ。だってさ、〝内圧と燃料化のふたつ妥協〟してんじゃん。ふつーさ、一個のために一個を妥協するでしょ。二個も捨てなきゃいけなかった理由ってなに?」


「……わかんねぇ。ずっと黙ってたがな、実はお前らが話してることよく分かってなかったぜ……」


「知ってる」


「わ、分かってるよ」


「むぅ……」


 いよいよラバー・ダックは立つ瀬が無くなってきた。話し掛けられるという仕事は、マッドに奪われている。


「……と、ところでデザエスの容量っていくらかな?」


「えっと、四百ボトル。容器のせいで普通よりちょっと少ない」


「ぐ、グレネードってさ燃料化する分って確か〇・〇五ボトルなんだよね。こ、これで八千倍じゃない?」


「そーだね」


「で、でもそれって内容をフルで使えたらの話だよね……?」


「…………あ! クラスター分が無いじゃん。じゃあ半分がクラスターになったら、半減……」


「そ、それにチップのために触れないようにする空間とねじ込むための機構もあるよ」


「それは、キャップの方でどうにかできるとしても……棒を差し込むからまた五分の一くらいは減る。でも、クラスターを作んなら……その状態で八十パーセントだから……えっと」


「ね、燃料化に使えるPpはトータルで最大の三十二パーセントでグレネードの二千五百倍に落ち着くね」


「……び、微妙……!」


 そうと言われればそうかもしれない程度だ。


「く、クラスターの影が一様だとするとフィールドは半径に対して一定距離ごとに半減するから効果はさらに減るし、ぐ、グレネードにおける最大効率のピークに関しても無視した理論値でこれだから……す、少ないんじゃないかな」


「あれ、でもそれってさ、グレネードと同じくらい燃料化したならでしょ? 百パーセントできるならどれくらい?」


「に、二十倍以上だよ」


「じゃあ二十倍で……五万倍? ありえそう……だけど」


「う、うん計算したいよね」


 どうにか、計算することはできないだろうか。


 概算でもいい。なにか、指標はないか。


「なぁ、思ったんだけどよ」


 ロックがなんとなく口を開いた。


「グレネードの二千五百倍って、どうなんだ? なんつーか、あんだけ離れてた横倒しの車をこっちに押し込めるレベルって思えねえんだよな」


 リィラは顔をあげ、ロックを指差した。


「天才かよ! それじゃん!」


「おぉ? ……なにがだ?」


「計算できるってこと! マッド!」


「う、うん。きゅ、球状に広がるから逆二乗とすると……け、検算してみよう」


 そうしてマッドがホワイトボードへ、横倒しの車とそこへ真っ直ぐに向かう圧力を作図のように正確に書いた。その結果グチャグチャが強調され、リィラはさりげなくアートを消した。


「……どう? 計算」


「と、途中だけどもう分かるよ。ま、丸ごと二桁足りないから……」


「……え、さっきは〇・三倍くらいって話だったよな? 何十倍レベルで違うの?」


「うん……く、車を動かすレベルだし……」


 解決の兆しへ向かえば、あったのは新たな謎だった。リィラとロックは疲労と絶望を感じていたが、マッドは違った。


「で、でも道理だよだって『クラスターの影問題』の分は差し引いてるもの。も、もし三十二パーセント分全てが燃料化されれば足りるんだよ」


「え、それじゃんじゃあ」


「で、でも解決できない問題だから理論値扱いじゃないかな……」


「それを解決するようなヤツなんだって、相手は」


「うぅん……」


 解決の糸口はないか。とにかく、思いつくものを放り込んでみよう。


「例えば……あ、例えばボトルの定常化機能は? 蒸発しないように内部に向かって場を出し続けてんじゃん? あれに燃料化の機能を付ければ……」


「で、でも燃料化されたPpは外側へ逃げようとするんだからボトルのポイントを塞ぐ形になると思う……」


「あー……うーん……燃料の影問題?」


「んひひ。そ、そうだね……」


 二人でウンウン唸っていると、ラバー・ダックがなんとなく口を開いた。


「Ppはどうなんだ?」


「え?」


「ん?」


 リィラとマッドが同時に黙り、同時にロックを見たので、大男はまたもぎょっとした。だが一応と、「ほら」と言いながら両手を身体の前で振り回す。


「お前ら、さっきからチップとかボトルとかの話してるけど、Ppが最初っから燃料ならいいんじゃねぇかなって」


「さ、最初っから燃料は無理かな……」


 首をかしげるマッドに対して、リィラはピョンピョン跳ねた。


「でもさでもさ、燃料化の効率を上げる何かが入ってんなら別じゃね?」


「…………そ、そうだね。て、定常状態を保ったままPpに何かして励起と同時に全部が燃料化されるような工夫……た、確かにそれで解決できるかも……」


「一瞬で全部を燃料化できる特別なPpってことは、じゃあ――」


 場を端まで届かせる必要が無いのであれば、そして、容器の破裂より先に燃料化が間に合うのであれば。


「――なんにも妥協してなかったってことじゃん」


「そ、それに爆弾じゃなくて別の用途で使いたかったからで作ったんだとすれば、さ、さっきリィラちゃんが言っていたこととも合うよ」


「……ゼンテーは、ここで違ったんだ」


 リィラとマッドの前で、ラバー・ロックは誇らしげだった。


「……おう。そのつもりで言ったぜ? さぁゴムのアヒルと俺、どっちの方が役に立ちそうだ? おい」

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