撒かれていた爆弾の解析

――Nico――

 そわそわと私室で待っていたニコだが、扉が開くと同時に立ち上がる。来たのは、医療室のドクターだった。


「さ、ご指示の通り、アンプル十二とう分だぁ」


 ニコ博士とはまた異なった『変な博士』の声を出す彼の手には、医療用吸引針ニードルキャップのボトル。


 一般的なニードルレス型の吸引素子サクショナーだと、肌などのオブジェクト越しにPpを吸えてしまうため、もしPpに不純物があったとしても、それを自動的にこして・・・しまう。そこで太めの注射針がついたこのキャップの出番だ。


 引き抜くとき、ゆっくりと引き抜くことで中から傷が治癒して、針が出るときには傷が塞がっているようになる。普通ならそこまでこだわるべきところではないが、今回ばかりは、そのちょっとした医学の腕を持つものに任せるのがいい。


「どういう言い訳をして避難民の方々に提供して貰うか教えてもらってなんだが大して役に立たなかったぞぉ? それより、閉鎖空間に閉じ込められた子どもたちがもう、元気がなくて可哀想でねぇ……」


「だからなんだって言うんだい? ガキのお世話は懲り懲りだし、なによりわたしが行くとマズいってオークラー隊長が言うのだよ」


「言えている。しっかし機器はウチの部屋に揃っているというのに、どうしたって回収だけなんだぁ?」


「わたしの実験のためさ。論文をお楽しみに」


「お楽しみにしてほしいなら、もぉっと分かりやすく書いてよぉ……」


 ニコは受け取り、彼の頭をポンポンと撫でた。すると彼は照れくさそうに、でも少し心地よさそうにはにかんだ。


 そうそう。可愛い子にこんなことをされたらこんな顔をするのだよ。まったく、カイくんってやつは。


 ニコはボトルを冷暗箱クーラーボックスへ入れ、それを抱えてエレベーターで潜って、地下三階。このエレベーターには――というか、地下三階訓練所のニコお手製ガジェットには――反発化のバグフォールシュートが残っている。ちょっとした刺激・・に反応して爆発しないよう、この箱に入れておくのは必須だろう。


 訓練場では、カイがひたすらに拡張現実と戦っており、観測室ではその戦いっぷりをオークラーが眺めていた。


 リィラはその後方で、設計図を片手にスーツを組み立てている。


 フレームは既製品を使うため、適切な位置に、あの切り出された外殻シェルを装備し、そこにまた、既製品のジェットや、特注したセンサーを取り付けていく。


「あ、ヘンタイ博士」


「ケンゼン博士だ。で、そっちの進捗はどうかね」


 リィラは難しい顔をして腕を組んだ。


「本当にこれでいいのかなって」


「というと?」


「設計ってさ。結局、実物を組むのと並行でやってくんだよ。やったことがあるならノウハウで設計図を書けるけど、やったことがないと、『組み立て始めてやっと分かること』が見えねーんだ」


「ほほう。で、見えたのかね?」


「見えてねーから不安なんだろ。そりゃ不具合を見つけ次第、設計図を描き直すってのもあるけど、それじゃダメなんだよ。いまは、その時間がない」


 組み立て途中のフレームを見ながら彼女は、苦々しい顔をした。


 要するに、問題が解決されてクリーンな状態だと実感できないことが怖いのだろう。


「ならばそのまま進めるのだよ」


「え〜? でも検証とか……」


「だってキミ、これから先で解決すべき問題が見つかって、それを解決したとしても、これまでに潜在していた問題まで消える訳じゃあないのだろう? 問題が起こらねば不安となれば、問題のうちのひとつを解決しただけで安堵するという『技術者側の問題』が生じるのだ」


「はいはい、エルプリスね」


「言葉が被ったら引用だったことにするのはよそうか。名言など感動ポルノなのだから、適当言ってればそのうちイヤでも被るだろうに」


「サイアク。言ってること」


「ともあれ、動かさねば分からん問題は、動かさん限り分からん」


「それが死ぬような事故じゃ、動かしちゃダメなんだってば」


「しょうがないだろう? 機密である以上は他の人間を巻き込めんし、死んでも悲しくならないような実験体……うぅん三十二部隊とかはもうみんな死んだしな〜」


「サイアク!」


 少女の蔑む目も慣れたものだ。そう思っていたら側頭部に何かが衝突し、左側で耳鳴りが響いた。


「あたぁっ!?」


 オークラーの、もっと慣れた蔑む目が睨んできていた。


「口を慎め。所長の自覚があるならな」


「うー。分かったよう……」


 オークラーはまた、カイの様子を見た。彼は一心不乱に敵を制圧し続けている。


「……ニコ。ファイマンは、アマベの死が辛くて訓練に没頭するようになったのだろう?」


「ああ。そうだね」


 戦闘スコアを眺めながら、オークラーが口を結んだ。


 グラフは、右肩上がりだった。


 リィラがふと窓の外を見て、オークラーの隣に立った。ニコもまた、訓練中の男を眺める。カイは休まず、どれくらい戦っているのだろう。


「アイツさ……」


「没頭させておいてやれ」


 オークラーがリィラの背に手を添えた。


「でも、ホントにそれでいいの?」


「……私にも分からない。でもな、前に話したふたりは、ちゃんと話を聞いたのに逝ってしまった。だからきっと、そういう・・・・ことじゃないんだ」


「ふ〜ん……」


 そういえばさ、とリィラがポケットに手を突っ込んだ。


「どうした?」


「四十七ってもうひとり、なんだっけ。サド? ってヤツいるじゃん。ぜんぜん任務とかで一緒にならないけど」


「あぁ、あいつはな……なんというか特殊なんだ。いちおう四十七部隊所属という肩書きだが、基本的に単独任務を請け負ってるんだ。マッドより人と関わるのが苦手で、同じ部隊の私たちからも距離を取っている」


「へ〜。でも、なんで任務にでねえの?」


「出てないわけじゃないさ。アイツは優秀すぎるくらいだ」


「え? でも村で殴られてたじゃん。一番トロいんじゃないの?」


「コラ。そんなこと言うな。ただ、絵に書いたようにチームプレイが苦手なだけなんだ。あのときはそのせいで気が散っていたらしい」


「まじ? でもさでもさ……」


 ふたりは会話に没頭し始めた。


 まあ、オンとオフがハッキリしてるのはいいことだ。こちらはこちらで進めるとするかね。ニコは奥の部屋へと入った。


 観測室の奥にはいくつか部屋がある。ガジェットを調整出来る部屋と、さらに奥には何も無い部屋と、研究室。


 その研究室へと入り、ボックスを机に置いて、椅子に座った。


 さぁ。この問題を紐解く時間だ。人類の歴史を変えるオーパーツ。カイの世界で言えば、モノリスとでも形容すべき存在の解明する、その時間だ。


 そして、クロウディアという超常的な存在が生み出した、最高難易度のパズルを、解決する時間なのだ。


「あ、やってる」


 不意の声。主はリィラだ。


「自分の仕事はどうしたのだ。そんなに気になるかね?」


「ん。だって、誰も発明したことのないガジェットでしょ?」


「ま、気になるのはそこだろうねキミは」


「それに、こっちが早く終わればあっちの組み立てに来られるでしょ?」


 ニコは「じゃあ」と両手を広げた。そして「基本の話をしよう」とも。


「Ppは様々なエネルギー形態へと直に変化するわけだが、いいかね、基本は相転移・・・だ。蒸気機器スチーム・パンク時代には何かと燃やして熱を得て、水を蒸気に変えちゃあ圧力でなんでもかんでもやっていた。それをすっ飛ばして直に欲しいエネルギーを得られるようになったのは、人類が自分の身体に流れるPpというものに興味を持ったからだ」


「最初は励起凝固だったんでしょ? Ppがちっちゃい擬似物質ソリッドになって、塞栓ってやつが起こっちゃってたのを、逆に固めて使えないか……って」


「アハハ。世界の歴史を知らずとも、ガジェット関連の歴史なら予習済みかね。取り出してすぐ消えてしまう光の粒を、つぶさに観察してみようなんてイカれたヤツが、ここをこんな世界にしたってことをさ」


「イカれた、ねぇ。アンタだったらどーすんのさ」


「もっちろん! 観察するに決まっているだろう!」


 流体として振る舞い、流れ落ちれば最低次エネルギーの熱となるPpプロトプラズムが、なぜ固体として物質然とするのか。Ppが現在の最高次エネルギーとして君臨すると知らなくたって、それが気にならぬわけがない。


 ニコは研究室に十分な・・・距離を保って詰めこまれた、数々の解析装置を眺め、ある機械を起動した。


「リィラ君。この分光光度計を見てごらんよ」


「ん。HorizonーTecホライズンテックだね。なんならここにある他のも……ほとんどそうだね。医療系ガジェットなんかの必要だけどニッチっぽい高性能機器から始まって、そのすげー精度が必要な解析機器も手がけてるからね〜。アタシ的にはそろそろ、限界が近いって理論がある小型化関連でその精度が必要になるから、そのノウハウで小さなパーツを作って売ったりするようになるんじゃないかって睨んでる企業だよ」


「素晴らしい知識だが、それ全部のメーカーでやるつもりかね?」


「え、できるよ? できる……」


 仏頂面が少女のものになり、ニコはその愛らしさに微笑んだ。


 可愛い子どもは可愛いと思うが、バカなところは蹴りたくなるほど嫌いなので、総合的にはガキが嫌いだった。可愛いところだけ切り抜ければいいのに、といつも思う。


「いまは、結構だ。さて、これでフラッシュバンをスペクトラム解析するとどうなるか、知っているかね」


「フラッシュバンの増幅色覚えてないけど……まぁ、全部の波長を走査すんだから、そのうち励起して誘発とかするでしょ」


「その通り」


 思い出すのは、ランドマーク道路を上がっているとき、とんでもない輝きがタワーの壁面で反射し、危うく空中道路から飛び出すところだった瞬間だ。


「相転移において、別の相へなだれ込むための小さな相きれつが必要なものもある。裏を返せば、亀裂さえ生じさせなければいくらでも相転移のためのエネルギーを与え続けられるわけだ。液体における過冷却のようにね。それを利用したのがフラッシュバンである。あとは、きっかけがあれば連鎖反応を起こしていく。そのきっかけは大きく分けて二つ」


「衝撃と、同じ色の光を強く受けること、でしょ」


「その通り。そしてその〝爆発的な〟現象が起こるのは、発光増幅だけではない」


 リィラもまた、並んだ機器たちを眺めた。


「……燃料化でも起こるんなら……」


「有事の時にはと集めた機器だが、解析に際して爆発するならば意味ないねぇ。アハハ」


「笑ってる場合じゃないでしょ。どーすんの? やっと爆弾を止められるかもしれないのに……」


 リィラはボサボサの髪を軽くかいて、ボサボサのままにした。


「いいや違う。まず必要なのはね、解析のための解析さ」


 ニコは机の下のボックスを取り出し、中から買ったままの化学防護服を取り出した。様々あるうち、自分の身長用のサイズと、リィラの身長用のサイズだ。


「さて、付き合うからには覚悟を決めて貰おうか。休憩にはヘビーだがね」


「上等じゃん?」


 袖まくりをする少女の隣で、ふとニコが上着を脱いで、ニット服の裾を掴んで脱ぎ、下着姿になった。


「な、なにしてんの?」


「だって、暑いじゃあないか。厚着になっちゃうからねぇ……」


 そしてニコは、下着まで脱いだ。


「そこまでいく必要ある!?」


「だってぇ、煩わしいものはない方がいいだろう?」


 リィラの目線は冷たい。好きでも嫌いでもなく、ただ興味がないだけの目だった。


 つまらないの。そうニコは口をとがらせる。


「おい、ニコ……」


 オークラーが入ってきて、それから全裸のニコの姿を見るなり目を見開き――。


 ――顔をピンク色に染めながら、逃げるように部屋を出ていった。その後ろ姿。耳だけでどれだけ照れているのか分かった。


「なにやってんだか……」


 リィラが呆れた声を出すが、ニコは舌なめずりをして、人差し指を唇に当てながら、上目遣いでその入口を眺めた。


 リィラの一方で、オークラーの、あの反応ときたら……。


「……かわいい……」


 せっかく涼しくなったのに、熱くなっちゃうなぁ。ついクセで自分の太ももに指を這わせると、リィラが身を低くかがめた。


「……早く着ろバカ!」


「あだぁっ!?」


 膝に蹴りが入った。


「ちょっとでもこういう気配があるとこうなだからもう……」


 ニコは大人しくスーツを着た。小さいサイズではないが、胸だけがキツく、ぴっちりと張っていた。


 おいおい。裂けるんじゃあないだろうね。事故死の原因が巨乳だなんてごめんだぞ。ニコは大きいことの弊害にいい加減うんざりし始めていた。


 リィラは特に脱がず、服の上から防護服を着る。一番小さなサイズだが僅かにブカブカだ。服の窓からお互いに表情を確かめ合い、うなずいた。


「さぁ始めようか」


「なにすんの?」


「まずはね、やっぱり光さ。さぁリィラ君。あらゆる波長の光を照射できる装置を、そこのガラクタ置きから作ってごらん」


 指さす先は、機器の予備部品などが入ったコンテナだ。リィラはまるで完成品でも取りに行くような気軽さで頷いてコンテナに向かった。


 さてこちらは、試料を専用の容器に移し替えねばならないが、それにはPpを発散――あるいは蒸発――させないようにせねば。Ppの『燃料化』とは、セルジェットエンジンが登場したときにともに生まれた概念だ。その本質は、『Ppに圧縮された気体と似た性質を与えることで圧力を生じさせること』である。Ppの質量を大きく増大させる『慣性化』とPp同士に斥力を生じさせる『反発化』がそれを可能にするわけで、このどちらも熱を直に発生させるものではない。


 一方で、体内などから空気中に出たとき、そこにある存在の熱に変わっていく『発散』はこの二つとは別の現象だ。俗には蒸発とも言う。つまり、発散が燃料化の〝亀裂〟になることはない。燃料化したPpに焼かれることがあれば、それは燃料化の後、システムから空中に飛び出したPpが発散したせいだ。


 つまり、普通のPpは発散したからといって燃料化は始まらない。それでも発散を懸念してしまう理由はひとつ。カイがミィとデートしているとき、クロウディアに見せられたデモンストレーションでは――。


 ――――口から。目から。耳から。ジェット噴射のような紫色の火柱。噴射の反動で頭が後ろ向きに吹っ飛ばされ、身体の重さで弧を描いて後頭部を床に叩きつけた――――。


 ――――炎は止まることを知らず、当然の権利のように内側へ入り込むと、中から肉を焼いて炭にしつつ随所で破裂し、指の先まで残らず焦がしていく――――。


 ――そう、人間が内側から焼けるほどの熱があった。燃料化と同時に発散も起こっていたのだ。燃料化が主作用で、発散が副作用だったとしても、そのふたつの結びつきも、その条件も分かっていない。発散すると燃料化も始まるという可能性を否定できないのだ。


 そして、そのような『普通では考えられない結びつき』があるいま、発光増幅だけが独立しているという保証もまた、あぐらをかいてはいられない。


「なにぼっとしてんの?」


 リィラに話しかけられハッとした。ちょっとした思案だったが、気付けばリィラの準備が終わっていたらしい。


 ……恐ろしい早さだな……。わたしもまた、あぐらをかいてはいられん、か。


「考えていただけさ。さて続きだ」


 ボトルを逆さにして、キャップをきゅっと引っ張ると、カチッと内蓋が閉まる音がした。それからボトルの上下を戻し、ひねってキャップを取った。そのときリィラがオタクのねっとりとした頷きをした。


「なんだね?」


「いやさ、HorizonーTecは使うヤツの勘違い事故を失くすのに、Pp解析機器ぜんぶ、試料の量をおんなじにしてるんだよねぇ。で、そのキャップはその量だけを取り出せる。テキトーにガジェット作りしてないからいいんだよ……」


「そ、そうかね……。それはいいが、下がってなさい」


 手で追い払う仕草をすると、リィラは一歩下がった。どういう条件で爆発するか分かっていないのだから当然だ。


 ニコはキャップをとり外し、万が一に爆発した場合、ボトルの方に誘爆しないよう系を分離した。


 そして、透明な直方体の試料容器を机に置き、その底へ針の先を向けた。そしてキャップの、容器側へせり出した部分をぐっと押し、内蓋を開いた。


 針の先からPpがトクトクと出て、人差し指の第一関節までが収まる程度の空間が液状のPpで満たされた。


「うむうむ。第一関門は突破だ」


「このくらいの量だと、どれくらいの威力になんのかな」


「〇・〇一ボトルだが、まぁ、促進剤入りだからねぇ。グレネードくらいにはなるんじゃないかな?」


「……じゃあ一歩じゃ足りねーじゃん! あぶねーなっ!」


 Pp色に輝く試料容器を慎重に持ち、別のすっきりとしたテーブルにただひとつ乗る小さな三脚台へと、小さな金網の切れ端を天板代わりにして置いた。


「さて、どうしてここに置くか分かるかね?」


「光を当てやすいから?」


「ははぁ。低空で爆発する爆弾が草刈り機になるって知らないな?」


「……頭おかしくなった?」


「まぁまぁ。安全のためだと思ってくれればいい。で、照射機の準備は?」


 リィラがライト部分の部品を試料容器に向けて置き、珍しい実線が繋がったボトルと、つまみ・・・をニコへと見せびらかした。


「いつでもいける」


「じゃあ机の下に避難だ」


「ん」


 ふたりして机に潜り込み、狭いそこで顔を合わせた。


「さ、始めるのだ」


「おっけ」


 リィラはまずスイッチを入れる。そして、つまみの方をゆっくり回すと、机の下からでも分かるレベルで部屋が、紫色に明るくなった。


「うむうむ。動いているな」


 その光が藍、青、緑、黄、橙、赤、と移り変わり、また暗くなっていった。


「……ん。ここで限界」


「よぉし。つまり解析する波長すべてが安全グリーンということだな」


「は? ……あ。あーね。まぎらわしい言い方すんなよ」


 二人して机から出た。照射後の試料に、見た目の変化はない。


「……これ、さ。ホントに爆弾になってんの?」


「まぁ見た目は紛らわしいねぇ。でも、わたしはなっていると思う」


「なんで?」


「ボトルを貸してごらん?」


 リィラからボトルを借りて、もうひとつ試料容器を出し、そこへPpを注いだ。


 そして促進剤入りと疑われるPpと、新たについだ正常Ppとを並べた。


「ほら、このふたつ、見比べてごらんよ」


「……あ。爆弾こっちの方がちょっと暗くね? あとなんか……モヤモヤしてる?」


「そう。なにかが混じっているか、Ppが変質しているのか……。きっちりと、このPpの性質を理解せねばならん」


 次にリィラの方のPpをガラスシャーレに棄て、発散させた。一度でも実験の場に出した試料は廃棄。それが基本だということはリィラも分かっているようで、黙って発散して消えていく小銭を眺めていた。


 ニコは光照射機を横へのけて、「さて」と一息ついた。


「次は……ふむ。励起凝固といこうか」


「え? 光あてていいんだから、もうしたら? 解析」


「ふふ。ちょっと詰めが甘いところは子どもだねぇ」


「子どもってゆーな!」


「試料に当てるのは光でも……」


「……あ。ガジェット動かしてんのは他の色々か。それで励起されたら爆発しちゃうな……」


 子ども呼ばわりはムキになるが、ガジェットの指摘は素直に受け取る。


 ヘンな子だねぇ……。


「そういうこと。それじゃあ、次の装置を作ってごらん――――」


 リィラに機械づくりを任せ、ニコは慎重に試料を入れ替え、爆薬の廃棄分は発散にくいタンクへと直接注ぐ。いまのところ、衝撃には強いとみていい。そうでなければ、これを体内に流す人がちょっと運動するだけで爆発するからだ。まさかそんな欠陥を残したまま使うことはあるまい。


 次には一緒に机の下へもぐって、試料に変化を与え、問題ないと顔を出す。これを繰り返した。


 結果。励起凝固をした試料は問題なく疑似物質ソリッドとなり、収縮していき、混ざりものと思われる粉だけが残った。これはこれで保存しておく。


 そして慣性化と反発化した試料は――――。


「さあさあ。問題の変性、まずは慣性化だ」


 机の下でニコは楽しそうに笑っていた。


「ホントにグレネードくらいの威力? この机だいじょーぶだよね? ね?」


「アハハ。上へ衝撃波が逃げられるのだから、厚い板の机を貫通するとは考え難いね。約束したっていい」


「オークラーがアンタの約束は価値ないってさ。やっぱアンタひとりでやって」


 リィラがスイッチを差し出した。


 ニコは、そのままスイッチを押した。


 パァンッ。風船を割った音と銃声のちょうど間くらいの音色を、より大きくした音が響き渡った。


「……」


 少女が唖然としてニコの顔を見つめる。しかし博士は、微笑んでリィラを見るばかりだ。


「ね? 約束しただろう? 指向性を持たせなきゃ、爆発って意外と大したことないんだよ」


「……二度と、手伝いにこねーからな」


 反発化もまた、爆発した。これでひとまず、慣性化と反発化、つまりは燃料化の要素が危険であると判明した。


「さてこれで危険な条件が判明したが……それを除き、使える解析ガジェットはあるかね?」


「ほぼだいじょーぶ。そのふたつって、実はあんまり使われてないんだよね。流れを作るのは、供給部――実線はもちろん、タッチレスチャージャーもだけど――からの流入の勢いで十分だからさ」


「うん。わたしの認識と合っている」


「よし。じゃあだいじょーぶ」


 ニコは正常Ppの試料をまた用意し、分光光度計にセットした。そして、吸光光度分析を開始した。


「まずはイニシャルデータの取得。その時その時に変わる環境的な交絡を除去するため、正常なPpの基準データを取るのだ」


「ん。そだね」


「お。吸光光度分析を知ってる口かい?」


「いや、それをやるときの手順が、操作方法でマニュアルに書いてあったから……」


「どんな覚え方してるのだキミは」


 えげつない覚え方に引いてしまうが、なにより、それをポンと思い出せてしまうリィラの記憶力に恐れさえ抱いてしまう。


 どんな機器を渡してもその場で使いこなせる人材か。一人で会社を興せるぞ。


 測定が終わり、ピピピと機材がアラームを鳴らした。ニコが試料を取り出そうと蓋を開けたとき、リィラが世間話の声色で話し始めた。


「ホライズンってさ。変わってるよね。なんかさ」


「確かにねぇ。市場が違うとはいえ、PG社と堂々と渡り合っているのだから」


「いや、アラームとか下手に付けると、鳴らなかったときに気付けないことあるからさ。よっぽどそこが壊れない自信あんだろね~。PGなんか諦めてキッチンタイマーなんかつけちゃってるじゃん?」


「あー……そうだね」


 リィラの視点も変わっているな。なんてまた変わり者ニコは思っていた。


 マシンの設定から、いま読み込ませたデータを保存、そして次の測定の基礎となるデータとして設定した。そして、試料をシャーレで発散させた。


 そして問題の試料を、ニコがつまみとる。


「さぁ。問題児の登場だ」


「こぼすなよ〜」


「アハハ。言われずともだよ」


 機械にセットし、蓋を閉じる。そして、測定を開始した。


「これで、何かが分かるといいのだが……」


「どういう意味?」


「素晴らしいことに、まったく未知の技術を使っているのだろうからね。そもそも〝既知の解析技術が通用しない〟可能性もあるのだよ。新しい概念を覗き込むための、新しい望遠鏡を作らねばならないこともあろうさ」


「ウソでしょ。そんなんされたらもう……お手上げじゃん」


「か、どうかはまだ分からんねぇ。まぁ、お手上げ状態だろうがなんだろうが、わたしは解明するだけだからね」


 ピピピ。アラームの音が鳴る。


 ニコが画面を操作し、まずデータを保存。そして次の測定を開始しつつ、最初のデータを表示した。


「まず、発光スペクトラムだ。光るものなのだから当然、その光に関するデータも取っている」


 さっき取得した基礎データを百パーセントとして、試料から出る光のデータをパーセンテージで表示していた。全体的に、百パーセントを下回っていた。


「単純に言って、光強度が低いね。つまり、何かが混ざっているのは間違いない。それもけっこう大きいサイズだ」


「ってことは、なんか、砂粒くらいのサイズはあるってこと?」


「ふーむ。砂粒までいくと大きすぎるかもしれんな……。さて次は吸光スペクトラム」


 画面を操作し、グラフを表示した。横軸が通した光の波長であり、縦軸が試料に吸収された光の量:吸光度である。グラフは平均的に高く、全体的に吸光されているようだが、画面の中心に小さな山がひとつできている。


「ほほーう。なるほどねぇ」


「この山がどうしたの?」


「この位置にピークが現れるのは、励起凝固したPpの特徴さ」


「あーね。グレネードのクラスターのための励起凝固か……」


「理解が早い。この粒は、その種を持っているのだろう」


「あ、でさ、粒の大きさってどれくらいなの?」


「ふむ」


 ニコはグラフの横軸を、一気に圧縮した。すると、今まで平らだったグラフが、ある波長の位置を中心にした、ひとつの巨大な山となった。その山肌は全体的にデコボコしている。


 さっきの位置は、山のかなり左側のようだ。


「かなり広い範囲まで測定できて助かった。こうやって山の形になるのは、統計的に言えば正規分布というものでね、ばらつきがあるが大きさが一定である証拠だよ」


「この波長だと……どれくらい?」


「砂とは言わんが……。どうやら、ちょっとした粉程度には大きいぞ」


「うぇえっ。そんな大きいのが流れてんの?」


「……ふむ。驚くのも無理はないな。このレベルだと塞栓しかねんし……」


 アラーム。二度目の測定が終わったようだ。


 素早くデータを表示する。するとまた、乱雑なデータが示されたが……。


「……なんか、デコボコしてるとこ違くね?」


「測定するたびにデータが変わる、か……」


 ニコは「なぁんだ」と笑った。リィラがそれを不気味に見ている。


「いや、つまりね、この混ざり物にはある程度の大きさがあって、その姿勢・・が測定するたびに変わるから、吸光される波長にもズレが出るのだ。しかしつぶの大きさ自体は一定……ほらご覧」


 ニコが一度目のデータと二度目のデータを交互に表示した。


「山の位置は同じだ。大きさが同じで、形が違う。球状でなければ……わたしの嫌な予感が命中したということさ」


「イヤな予感なのになんで嬉しそうなんだよ」


 ニコは、すこし皮肉っぽく笑って肩をすくめた。


「まだ、人智の中にあるということだからね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る