プロトエミッション試験

――Lila――

 飛び出しがたい雰囲気の中リィラは、角から素知らぬ顔で踏み出した。すると真っ先にカイが気付いて、こっちへと走ってくる。


「リィ~~~イラっ」


 両手を広げて抱き付いて来ようとしたのを、さっとすり抜けると、カイは前のめりに転んだ。


「でぇえっ!」


「急に抱き付いてくんな。キモい」


「ごめんごめん。ツンデレな妹だぜ……」


「人前でそれ言うの止めろよもう……」


 巻き込まれ辱しめでリィラは顔を染めていた。それを見てカイは、あどけなく笑う。


「なんか噂広がってたんだけどさ」


 とカイの方が言い出し、リィラはビクりと彼を向いた。しかし、少しだってその言葉に悪意を感じなかった。


「……なに?」


「いや、いろんな人におれの悩み、相談してくれたんだろ? ありがとな」


「…………秘密バラしたのに?」


「そりゃ、バラさなきゃ相談できねえじゃん? リィラがめっちゃ心配してくれて、やる気出たわ」


「……そ」


 素っ気なく言うが、その心にはもう、痛みを感じていなかった。ふと前を見るとオークラーが、複雑な顔で立っている。


「リィラ」


「なんだよ」


「すまない。私は、お前の信頼を無下にした。謝って済むとは思えないが、言わせてくれ」


「……あのさ」


 リィラは顔をうつ向け、横に向き、その視界からオークラーを完全に消した。


「あ、アタシが、アンタにその、相談したのがさ、最初だから」


「…………」


「……アンタは、同じことしただけだからさ。なんか……」


 ちらり、とだけ見ると、彼女は驚いた顔をしていた。


「そうか。……達観しているな、リィラは」


「たっかんってなんだよ」


「大人だということだ」


「…………そ」


 また素っ気なく言うが、今度は気恥ずかしさが勝ってきて、頬の熱を巻き込ませるようにフーッと息を吹く。


 ……やっぱ出てくるんじゃなかった。


「ってか、服どうしたの?」


 カイの格好を指差すと、彼はまるで自分の服が変わっていることにいま気付いたが如く反応を示す。


「え? これ? あ。これね。うん。まぁほら。そろそろ着替えないと」


「そうだ。ラウンジへ行こうじゃないか。何していたか教えよう」


 ニコの言葉になにかカイが慌てているように見えたが、ともあれと四人でラウンジへ。そこのテレビをつけてチャンネルを回すと、ニュースチャンネルにカイたちが写っていた。画面端には常に『視聴者提供』の文字。


 荒らされた店の前で、カイが複数人の強盗をのして・・・いるシーンが流れ、それから映像が切り替わって、


[アハハ、緊張してる。ティアアーミーソーシングだよ]


[それっす。そこのカイです]


[はい拍手! ちなみにわたし所長!]


 というやり取りまでがあり、スタジオのコメンテーターがあれこれと喋り始める映像に切り替わった。


「っということで、カイ君の着替えを買っていたら強盗と鉢合わせたのでボコボコにしていたのだよ」


「ふぅん。いや、なんで置いてったの?」


 カイを睨むと、彼はまた挙動不審になり始める。


「連れてけよヒマなんだから」


「いや、まぁ、ちょっと服買いに、ね? マジそれだけのために――」


「だあもう、コラァっ!」


 カイの尻を蹴り、彼はゆっくりとダウンした。


「さぁてと、リィラ君」


「あっ! やる!?」


 新ガジェットの開発だと、凄い勢いで食い付くが、ニコは首を横に振った。


「あと一件だけ処理するって言おうとした」


「ぁあぁあぁあぁもぉおぉおぉおっ!」


 リィラもまた床に倒れ込み、ついに手足をバタバタさせ始め、不規則なビートを刻むマシンと化した。少女……というより、ほとんど幼児だ。


「やだぁ~~~ッ。はぁ~やぁ~くぅ~しぃ~ろぉ~!」


「大人は事情が多いものさ。ところで隊長……」


 ニコがまた話し始めるが、どうでもいいとリィラはふて腐れた。ニコに背を向けるように寝返ればカイが笑顔で迎えてくるので、彼の肩を叩いて起き上がる。


 ふとニュースの続きを見たところ、どうやらあの映像からカイのことをヒーローのように扱うようになって、列車で戦っているときの姿や、初めてファイマンと戦ったときの誰かが遠くから撮っていた映像なんかがダイジェストで流れ始めていた。


「おー。あれおれ? マジ?」


「あんなとこで戦うのお前くらいじゃん。へぇ~」


「ヒーローだなんて照れるぜ……」


 とは言いながら、満更でも無さそうだった。


 ……アタシにはなんにもなしかよ。と、リィラのテレビ嫌いが加速したとき。


「……あれ?」


「どした?」


「ちょ……」


 リモコンを取って操作しようとするが、映像は戻らない。ガジェットの動作は知っているが、テレビを自分から見なさすぎて基本的なことも分からなかった。


 だが、あの映像で見えた違和感は、気のせいと片付けるにはあまりにも大きかった。


「……ちょっと、行ってくる」


「どこに?」


「整備室」


「分かった。おれにできることある?」


「いや。……いやある」


 否定を否定してリィラは、マイボトルのPpを一気に飲み干し、カイへ差し出した。満タンにしてもらい、「行ってらっしゃーい」と見送って貰いながら二階へと向かう。


 そうして途中でマッドを捕まえ、共に整備室へ。


「な、なにをメンテするのかな?」


 とマッドは早口に言った。クレイの一件で、少なくとも四十七部隊にはリィラだったら整備室へ入らせてもいいという認識が広がっていた。


「メンテっていうか、検証ってヤツ? あの時さ、あの、ファイマンが初めて襲ってきたとき、覚えてる?」


「……い、嫌でも忘れられないよ。もちろん……」


 四十七部隊の四人が犠牲に、マッドも死にかけた事件だ。愚問だったと、聞いてから気付いた。


「そのときさ、最後の一発の時に周りが真っ暗になったんだけど、覚えてる?」


「そ、そういえばそうだったかなちょうど僕が目覚めてちょっと混濁していた時かもしれないけど……。で、でもマップがリブートとかしてたのは覚えてるよグレートライフルのジャミング効果だよね」


「そう。それなんだけどさ、さっきニュースで遠くからのヤツ見たんだけど、不自然だったんだ」


「そ、そう? えっと……思い出せるかな」


「いいね。ちょっと思い出してみてよ」


 マッドは考え、考えて、不意に自分の側頭部をガンと叩いた。一見の奇行にリィラは、準備の手をとめる。


「な、なにやってんの?」


「い、痛みは重要な情報なんだ。し、進化論的に考えても生き残り戦略において記憶と痛みが結び付けば一度の危機でも二度目に生き残れる可能性が飛躍的にあがってね……」


「つまり?」


「あ、あのときに打ったところを叩いて思い出すんだよ……」


 もう一度、ガンと叩く。見ていて不安になるほど強く、むしろ心配になったが、少ししてマッドがあっと声をあげた。


「うん。うん。お、思い出したよ。た、確かにあのとき入ろうとした路地が暗くなったんだ」


「だよね。それでさ、それ……路地のとこだけじゃなかった?」


 あの時ニュースで見たのは、大通りから路地を覗くような映像だ。あの時リィラは路地の中で、周囲が消灯したことには気付いても、それがあれだけの範囲に及んだことには気付かなかった。


 そしてリィラが注目したのは、その範囲だった。


「そ、そうだったね。と、というか路地から少し横の方まで暗くなったのだけど大通りまでは影響はなかった……。ううん。い、いま思い出してみると……」


たまっぽかった……でしょ? 真ん中が路地の中の」


 映像では他の路地も映りこんでいたが、そこまでもが消灯の範囲に含まれていた。その範囲は三平方の定理的に斜辺の長さが一定になるような、地上を中心にした半円であった。


 言うと、彼は滅茶苦茶に頷いた。やはり見ていて不安になるほどの勢いだった。


「だ、だね! で、でもそれがグレートライフルの影響だとすると綺麗な球になり過ぎるし半径が大きすぎないかな……あ」


 リィラがニヤリと笑って「そ」と返した。


「ただのノイズの癖に、強すぎんだよ。もしかしたらあれはただの『副産物エミッション』じゃなくて、マジの『機能ジャミング』かもしんない」


「そ、そっかその検証なんだねっ! で、でもあの規模の弾を作り出せるガジェットの生成機によるフィールドやノイズを同レベルで出すわけにはいかないから小さい規模でやって少なくともサイズに対する比例関係を出してからサイズに合わせて計算しないとだ」


「分かってる~」


 リィラの言葉に、マッドが照れてくねっと膝を曲げ、顎の前あたりで手を小刻みに振った。


「い、いやぁ。そ、そこに気付くリィラちゃんが流石だよぉ」


「へへーん。まーね」


「じゃ、じゃあホワイトボード取ってくる!」


「うーい」


 言いながら、今の返事が驚くほどカイに似ていたと自覚し、なんとも言えない気分になった。


 それから、マシンガンに使われるフィールド生成器の予備を取り、袋から出す。その先端のグラス面を見ると、凝固化、慣性化、反発化の三機能がまとまったトライポイントの名の通り三つの円の断面が見てとれた。


 あとは影響を検知するためにバグらせるガジェットか、いっそ計器があればいいんだけどなぁ。そんなことを考えるなり、建物の明かりを消すには明かりそのものへ影響を及ぼすのではなく、その手前かつ地上付近、つまりファイマンに近い位置のブレーカーが停止すればいいはずだ。あれには流路におけるバッファとしての役割もある。


 足音が戻ってきて、リィラは考えながらも迎える。


「よしじゃあ――げぇっ!?」


 大佐が立っていた。老人はただでさえ谷と呼べるほど深いシワを断崖絶壁にし、リィラを見下していた。


「貴様……こんなところで何をしている」


「い、いや、検証だけど?」


「ここは兵士が、道具を使うということを学ぶ場所だ。ガキの自由研究のためにあるのではない。出ろ」


「必要なことなんだって。ファイマンのグレートライフルはデカい弾を撃つだけじゃな……」


 急に手を伸ばしてきて、服の首の後ろを鷲掴みにするなり、引きずらんがばかりに引かれた。


「ちょ……止めろバカ!」


「全く。昔の部下を思い出すな。あの腐れ生意気ならともかく、貴様はただのガキにすぎん」


「はぁっ!? テメェケンカ売ってんのか!」


 大佐はただ、ため息で返す。


「どういう親ならこんなガキに育つのだ?」


「聞いて驚けよクソジジイ。アタシの親父は、不死身のマーカスだ!」


 まるで時でも止まったか如く、ぴったりとその歩みが止まった。それから、首の後ろから震える感覚が伝わってきて、リィラはしめた・・・と上を向いた。


 しかし期待していた恐怖の顔はなかった。


「くく……わーっはっは! こりゃあいい!」


「な、なんだよ。ウソじゃねえよ!」


「分かっている。貴様の親がアイツなら納得だ。しかし、道理でなぁ。あの腐れ生意気の娘ときたか。そうかそうか。……ふっはっはっは……!」


 そう聞いて、むしろリィラの方が青くなった。


 ってことは、コイツはジジイの上司だったって……こと?


「……そうか。おい、そのナイフを見せてみろ」


「み、見てどうすんだよ?」


 そう言いながらも、躊躇いがちにナイフを抜いて差し出すと、慣れきった手付きで持ち、その刃を眺めた。


「この一本にどんな伝説があるか、知っているか?」


「知らねぇけど」


「正規軍の戦争部隊に入れば皆が持たされるありふれた一本だが、不死身の軍曹のトレードマークであり、誰のプロトも吸っていない、清らかな刃だ。ナイフなど、持ち主の死を見届けるか、折れるかで戦場に消えていくのが常であるが、入隊から退役まで持ったというこの一本は、現存するどれよりも長寿・・に違いないのだ」


「……へ~」


 凄い話なのだろうが、あまり興味はなかった。


 しかし大佐は、そんな態度さえも『そっくりだな』と、懐かしい日々への想いが止まらなかった。


「……マーカスは、クソ生意気なガキだった。だが、常に結果を出し続けていた」


 大佐はナイフを握り、リィラへ向ける。


「お前はどうだ、クソガキ。ガジェットに詳しい詳しいとのたまうだけか。否か」


「アタシに、分からねえガジェットなんかねえよ」


 ハッキリと言い返す。


 すると刃をひっくり返して大佐は、リィラへと持ち手を差し出した。


「あの男のむすめ、だな。ならば、チャンスをくれてやる。結果を出せ」


「命令されなくたってやろうとしてたよ」


 ナイフを受け取り、仕舞う。そうして行こうとする老兵を見上げ、リィラはまた生意気にニヤけてみせた。


「あのジジイも来てるよ。会いに行ったら?」


「ほぉ! そうかマーカスのヤツ、来ていたか。久しぶりにあの酒を出さんとな。では、幸運を祈る。噂通りの実力を期待しているぞ」


 そうして大佐は、いつになく上機嫌に廊下を戻っていった。その背を見送りながら少しぼうっとして、カラカラという音で現実に引き戻される。


「お、お待たせ……な、なにか大佐の声が聞こえたんだけど大丈夫だった?」


「へーき。とっととやろ」


 リィラは無意識に、上機嫌な歩みで整備室へと戻って、道具の準備を進める。


「……あのジジイさ、大佐の方」


「うん」


「戦争の方だったの? 殺し合いの方」


「そ、そうだね試合部隊じゃなくて戦争の方だったらしいよT.A.S.に入隊した理由は聞いてないんだけどさ。で、でも大佐って呼ばれているのは正規軍にいた頃の階級だったからっていうのは知ってる」


「ふーん」


 そんな会話が終わったとき、準備が整った。


「ど、どんな感じの実験にするのかな?」


「なんかの影響が球の形で広がんのかを調べる。……でさ、ひょっとしてチェンバーとか防護シートとかあったりしね?」


「あ、あるよぉ」


「あるのぉ?」


 思わず間抜けな声で返事をしてしまった。Pp回路へ無用なエミッション効果を与えないための防護シートならば、特殊部隊であるT.A.S.がジャミング対策で持っていても不思議じゃないが、一方のチェンバーは珍しい。ふつうPpケーブルでPpが流れているかチェックするために端子間へ挿入して、ちょうど点滴のチェンバーのように透明なカプセルの外側から流量などをチェックできるものであり、各家庭のブレーカー兼バッファモジュールにヒューズのような顔でひとつ入っているのが普通である。検証に使うために沢山持つことは、そうしたケーブルによる結線が必要となる大型の体外エクスガジェットの開発や修理現場でもないとない。とはいえ、ここは仮にも整備室だ。そうした準備もあったのだろう。


 マッドからいくつかのチェンバーを受けとるなりリィラは、フィールド生成器を机へ配置し、観測装置としてチェンバーを、ちょうどよいスタンドにぶら下げる形で三ヶ所へ配置した。一つは同じ机の装置のすぐ近く、もう一つはそれと同じ角度かつちょうど二倍の距離に置き、最後は一つ目と同じ距離かつ二分のπラジアン――度数法にて九十度――の位置に一つ置く。それらのチェンバーとフィールド生成器を、それぞれケーブルでリィラのボトルと、置いてあったもう一つのボトルに繋ぎ、ケーブルへ防護シートを被せる。


「そ、その配置って……」


「ん? あの遠いふたつは距離減衰で、この角度が違うのは指向性チェック。フィールド生成器からの場って実行距離短ぇからこれだけ離せばよくて、もしグレートライフルにエミッション対策とかしてなかったらこんな感じの構成でいいはず」


「だ、だよね。て、手が早いね普通はもっと考えてからやっと動くのに……」


「……ふふん。エミッション試験って知ってる~?」


 机に肘をつき、首に角度を付けて上目遣いで、尻を右左と振って挑発の顔をした。マッドはその愛らしさにドギマギしながら「いや~……」と頬を掻いた。


「ジャミングってさ、別に明かりのガジェットそのものを停止させなくていいんだよ。重要なのは、フィールド保護が弱いチェンバーのとこで切れたら、その先は全部落ちる。だから、エミッション試験じゃ断線の確認チェンバー・チェックすんの」


「え、弾倉との接続確認チェンバー・チェック? あ、だ、断線の方か……」


「断線の方じゃなきゃなんだよ」


「ま、マシンガンの銃身とストックマガジンとの接続確認で側面のライトを出すんだよ」


 マッドは言いながら近場のマシンガンを取り、左側面の前部にある切れ込みの前側を親指で押すと、戦車の蓋みたくポコンとせって、点灯していないライトがマッド側に向いて出た。リィラは「へぇ~、それもチェンバー・チェンバーなんだ」と覗く。


 離れたふたつのチェンバーの距離をそれぞれ測り、準備を整えた。


「じゃ、はじめよ。持って」


「う、うん」


 マッドへボトルを持たせ、リィラはフィールド生成器の横に立ってそのスイッチが切れていることを確認した。


「ひっくり返して」


 合図と共にボトルが下を向く。ケーブルへPpが流れ、ほどなくしてチェンバーに紫の輝きが満ちる。


 そうして、リィラはフィールド生成器のスイッチを入れた。するとそれぞれのチェンバーに変化が起こった。最も近いもののチェンバーは中身がドロリとした液状になり、チェンバー内のPp量が三倍ほどになって、位置がググっと下へ降りた。遠いものはそれよりサラリとした液状で、チェンバー内のPp量は二分の三倍程度で、これもまた手前のチェンバーの約八分の一程度降りた。そして、二分のπラジアン横のものは変化せずむしろ流量が増えた。


「あれ? あ」


「あ、あそこだけ増えてない?」


「そりゃそーじゃん。だって一か所防がれたんだから、その分こっちにくるよ。ってことは、計算できねえじゃんこれだと」


 とはいえ、フィールドが風船が膨らむように広がる点からおおむね距離の二乗に反比例することは予想できたし、その直感に合った結果にも見える。手前のチェンバーは励起凝固と慣性化の影響でドロリと重い液体となり、その重さで反発化は見た目にはされなかったが、恐らく斥力自体は働いている。一方で奥のチェンバーは、それぞれが二倍ある距離の逆二乗分だけ、即ち四分の一倍だけ影響を受けたということだ。凝固による粘性の違いでチェンバー内のプロト量に二倍の差が生まれたので、チェンバーが降りた距離に八倍の差が生まれた。


 一応は、実験の予想通りにはなっていた。


「そ、そうだね確かに。で、でもそれって横のだけはなんの影響も受けなかったってことだと思うけどそれだと……」


「……え、あ、ホントじゃん」


 ファイマンが起こした供給の断絶は球状であった。しかし今回は、ハッキリと指向性を持ったフィールドとなっている。エミッションによるのであれば、この実験結果とは合わない。


「ってことは、やっぱ前提なのかな。だってさ、あんだけの威力出すって、マシンガンのポイントみたいなのをいくら積んだってできる気しないし」


「で、でもポイント以外が積まれていたって副次的にあんな範囲のエミッションが出ると思えないから……」


「やっぱジャミング……かな」


「だ、だね」


 リィラが生成器のスイッチを切る。その瞬間、遠いチェンバー内のドロリとしたPpがボコンと沸騰したように沸き、一瞬だけ供給が止まった。


「あ……」


「ど、どうしたの?」


「……も、もっかい」


 リィラはまたスイッチを入れ、過渡を越え、定常に至るなりまたスイッチを切る。しかし再現はできなかった。またスイッチを入れ、また切り……。すると、何度目かでまた奥のチェンバーだけが沸いた。それだけでなく、影響を受けていない二分のπのチェンバーの流量が更に増えた。


「あ、あのチェンバーなんか変だったね」


「もう下ろしていいよ。……そーゆーことか。へぇ~……」


 リィラが納得した声ばかりを出して、何が分かったかをいわないでいるので、マッドはボトルを置きつつそっとその顔を覗いて自分の存在をアピールした。


 するとリィラは、頬を少しだけ染めて、にんまりと笑った。


ニコアイツのシステムのバグ見つけちゃったぁ~♪」


 端的に言って愉悦だった。ついさっきエレベーターが止まった原因を突き止めたのだ。


「ど、どういうことかな」


「慣性式エレベーターを使ってたんだけど、地下へはさ。乗ってたらさっき止まったんだ。でも制御盤から、え~……あ、釣り合い重りウェイトにさ、Ppが行ってるのにどうして止まったのか分かんなかったんだよ。それに、付加装置のランプがエラーだったのも考えてみたらおかしかった。要するにさ、バグってるって判断できてたのにPpを送ってるってことじゃん」


「と、閉じ込められてたんだ……」


「それはよくて。で、まぁ勘違いしてたんだよアタシ。Ppが制御盤からウェイトへ降りてたんじゃなくて、ウェイトから制御盤に上ってたんだ」


「で、でも、どうして急にそんなことが起こったの?」


「そもそもさ、フィールドでPpで変えるって言っても、色々あんの。重くするとか硬くするとか反発するようにするとか。でさ、例えば励起凝固で疑似物質ソリッド作るときは単純にフィールドがあったらいいんだけど、反発化はフィールドが変化・・するときに効果があんの。ってことはさ、反発化するときはずっと変化し続けるようにフィールドの強さを三角波にしなきゃいけないんだよ」


「……な、なるほどね?」


「で、大事なのは切るタイミングでさ、動作中は一定の上がり下がりだけど、切ると一気に下がる。ギザギザの下の方なら関係ないだろーけどさ、上だったら、一気に落ちる。だから反発化が強烈にかかってあんな感じになったんだわ」


「…………」


 返事はなくなっていた。なんだろうと彼を見上げると、彼は切なそうな顔をしていた。


「……なに?」


「え? な、なんでもないよ……」


「……そ」


 どうせ理解できなかったのだろう。それは分かった。村にいるときも、大人があんな顔をするのを何度も見た。そこまで分かってリィラは、それが劣等感であると少しも気付くことはできなかった。


「よぉお前ら」


 軽い挨拶。見ると入口にロックが立っている。


「あれ、どしたの?」


「こっちのセリフだぜ。なんかやってるから見に来たんだ」


「あのときさ、ファイマンに襲われたとき、周り真っ暗になったの覚えてる?」


「だな。それが?」


「それがグレートライフルの機能なのかどうか検証してたの」


「あぁ。あぁ?」


 一度は納得した声を出したが、またすぐにロックの頭上へ疑問符が沸いた。


「なに?」


「そうだとしたら、タイミングがおかしくなかったか?」


「え」


「だってよ、あのジャミングだかのおかげでファイマンが撃てなかったんだろ?」


 リィラは、ゆっくりとマッドを見る。マッドもまた、唖然とした顔でリィラを見た。


 恐ろしいほど根本的なことであった。深く潜るほどに、浅瀬の景色を忘れるものなのだろう。


「えぇ~なにそれ先に言えよぉ~」


「おいおい、無茶言うなよ」


 リィラはまた床に転がりそうになったが、耐えてマッドからボトルを返してもらう。


「あーあ。休憩~。売店行ってくる」


 そうしてひとり、整備室を出た。売店へ向かって歩いている中で、リラックスしたからか、ふと気付いた。


 暗くなったのは、エミッションのせいではない。また、グレートライフルの機能的なジャミングでもない。とすれば……。


 じゃあ、なんで暗くなったんだ。


「……わかんねー」


 そう口にした。それは放棄ではなく、不明なものに対する一種の合図のようなものだった。かつて複雑なガジェットのブループリントにもその言葉を投げ、結局はガジェット廃棄場で見つけてきてはバラバラにし、実際の回路で理解してきた。今回のパターンであれば――――。


「――現地調査フィールドワーク、だな」

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