Kaizo:Mod

――Lila――

『取り入ってあっちに潜入するから、隙を見て殺しておくよ』


 カイと歩く道中、ニコの言葉が甦ってきた。そんなリィラはカスタマイザー・ガジェットを旅行カバンのように持って、旅をする少女みたいな風体であった。


 姉であるクロウディアの最終目的がニコと家族になって幸せになることで、それがこの戦争の原因である。それだけでも意味不明だったというのに、その妹であるニコの最終目的が、そんなクロウディアを殺すことなのか。なんというか、妙なものだ。


 するとカイが不意につまずき、つんのめって三歩。リィラは「あぶね~」と笑った。


「足元暗いって知ってた?」


「ごめんごめん。なんか、考え事しちゃって」


 ふたりはマッチョのガジェット屋へ向かっていた。目的は、スタンバーストの修理だ。左手の寄生ボディガジェットであるスタンバーストは、本体が肩の位置にある。いちど左手を切り落としてしまったために、その体内へ伸びるコードが切断されてしまったのだ。


「なに考えてんの?」


「ニコさんがさ、どうしてお姉さんを……その、やっつけるっていうか」


「殺したいか?」


「そ、そうかな……」


 カイも同じことを考えていたようだ。だが、カイからの問いかけだったからか、今までつっかえていた答えがするりと出てきた。


「んなの、わかんねーよ。アタシたちが知らねーことがあったのかもだしさ」


「そう……だね」


 カイは妙に驚いていた。リィラにしても不思議だった。自分が直面した問いは分からないというのに、どうして他の人が直面した全く同じ問いは分かるのだろう。ガジェット関連の問題でも、いつもそうだった。


「なんか、リィラ大人だね」


「そー? ふふん。まぁほら、村ってオトナしかいねーし? アタシもガキみたいの好きじゃねーし?」


 リィラの様子に、カイは妙に間抜けな、だらしない笑顔になっていた。


 そうして、目的の店にたどり着く。中へ入る――前に、リィラがカイを指さした。


「そいえばさ」


「ん?」


「翻訳機つけたときってさ、もしかして、起きてた……?」


「うん。起きてたよ」


「マジ? え、薬きいてなかった?」


「いや、たぶん痛すぎてシンプルに薬貫通してきた」


「え~。なんか……変な体質。ってか切られてる感覚あったのによく暴れなかったね」


「それはね〜。え〜、……えらいだろ」


「えらい」


「へへへへ」


「……ぶふっ、へへへ……」


 二人でにこやかに入店した。


「おーう、来たかガキンチョ」


 マッチョが気さくに手を上げて微笑んだ。


「おっ。いいねカイ君もいるじゃねーか」


「こんちわーっす!」


 カイも気さくに手を上げ返した。そのまま近付き、なんとなくノリでハイタッチした。


「なにやってんだか……」


 リィラの目はいつも通り醒めていた。


「いやぁ心配したぞ。いやカイ君もガキンチョも戦ってて大丈夫かなって思ってたけどよ、ほら映画とかじゃあ、こういう店って一回行ったっきりでフェードアウトしちまうだろ?」


「んなわけねーだろ。ガジェットの事なんだからガジェット屋に来るよ」


「嬉しいぜ……。T.A.S.の近くにPGパープル・ガジェットの支店もあるってのに……」


「あーあそこはね~、店員が素人すぎてさぁ。ガジェットへの愛がないんだわ愛が。あれでパープルガジェット事業国のコクミンはねぇって」


「いやっ、分かるよぉ~! 実に分かる! 分かってるねぇ~」


 二人が盛り上がっている横で、カイが寂しげにソワソワして見てるので、本題に入ることにした。


「おっさん、スタンバーストのコード置いてない? あ、実線ね?」


「んなニッチなもん急に言われてもよぉ。……あるぜ?」


「いいね。ついでになんだけどさ、ガジェットの修理って、寄生型ボディのもできちゃったりしねぇ?」


「あぁ? おいおい、そりゃあ流石になぁ……。待っとけ」


 マッチョは手術室へと向かった。飾ってある許可証を持ってくるのだろう。


 確かにこの店にあるのは免許の第一種で、『この手術室はボディガジェット着脱手術以外を行わない』といった記載の許可証であり、埋め込みマージ切り離しパージしか行えないとされている。それ以外の目的でメスを入れれば違法だ。


 仕方ない。できるところを探すか。遠いんだろうなぁ……。


 手術室から出てきた彼の手には、思った通り額縁がある。


『この手術室は、寄生型プロト機器に関連する着脱及び修理のみを行うものとし、治療を目的とした手術を行ってはならない』


「……ん? 変わってねっ?」


「その通り! お前らが来たあとに、なんとプロ専二種合格だぜ!」


「二種!? すっげぇじゃんおっさん!」


 カイも――よく分かってないようだが――拍手していた。彼が合格した『プロト機器専門手術者』は、難関中の難関だ。ガジェット屋を営む者の中でも一握りしか持っておらず、ガジェット手術専門の店さえもがある。メスを入れていい深さで分類され、体表でパージとマージだけができる『第一種』と、内部に伸びるコードの根っこ、形成されたニューロンスタブに干渉できる『第二種』とがある。特に、第二種の難易度は『もうそれ取るなら医師免許でよくね?』となってしまうほどであった。


 つまりパージ後に体内で取り残されるコードは、普通は病院で取ってもらうものなのだ。ガジェット屋でやってもらうメリットは、保険証要らず、待たされず、病院よりも安いことだった。


「いや~苦労したぜ。と、いうわけで、ボディの修理もこのマッチョにお任せっ」


「ってなると、ここも繁盛しちゃうな~。なんかアタシ専用って感じが好きだったのに……」


「…………フフフ」


 マッチョが不敵に笑うので、リィラもカイもぎょっとしてしまった。


「な、なんだよ気色わりーなぁ」


「まぁ、なんだ。その感想はちょっと待っておけよ」


 彼は入口横の窓に釣り下がる、開店を示すデジタルサイネージを切り替え、『手術中につき一時閉店』とした。それから店の裏口を開け、顎で中を指す。


 二人で顔を見合わせ、中へ入った。地下へと続く階段があり、それを下れば目前に地下道へ出るための非常口スライド・ドアがある。その隣に倉庫らしい扉があり、マッチョは真新しい金色のドアノブを引いて中へ入った。


 使ってないのか、中には何もない。水気があるわけでもないのに、どういうわけかタイル床だった。


「なにすんの? おっさん」


「まぁ、見てな」


 マッチョが右手の甲に左手をかざし、何かを起動した。その右手で、スライドドアのノブを握ると、タイル床が段々状に沈んだ。


「なになに!?」


「なんすかこれ!」


 声をあげた二人だが、驚愕など刹那で、目には期待が宿っていた。


「こっちだぜ。ドアには鍵を掛けておきな」


 マッチョの先導で階段を下りる。やや無理に作ってあるのか、少し螺旋がきつかった。


 地下道のさらに地下には、手術室と表の売り場を合わせた程度の空間――秘密基地があった。様々な種類、様々なガジェットのスペア部品。なんと、T.A.S.にもあったソフトの調整機まで置いている。


「す、すげ〜……」


「秘密基地じゃないっすか〜っ」


 二人が見回すのを、マッチョはひたすら満足気な表情で眺めていた。


 ふとリィラの目に作業台がひとつ。ハード修理に使う台は一階にもあるが、こっちのは様子が違う。普通なら使わない工具まで揃っていた。それを使う状況といえば……。


「……改造台じゃんっ!?」


「その通りだ! 俺は思った。ガジェットは便利だが、それは万人向けに作られてるからだ。個人向けに作り替えれば、それは『便利』なもんじゃなくて『強力』なもんに化けるってな」


 それを聞いたカイもまた、目をキラキラさせていた。


「改造できるんすかガジェットって」


「といっても、そんな劇的に変わるもんじゃあないがな。それに、法や資格が関わるガジェットってのがクセもんで、構造を弄るのが違法なだけあってどこにもノウハウがないんだ」


「え? あ、あの、違法って大丈夫なんすか?」


 カイが手を上げると、マッチョは笑った。


「なーにを心配してるんだ。いいか? そもそも、お前が装備してるアンカー・ブレードも違法なもんだぜ?」


「え、そうだったんすか!?」


「アンカー・ブレードのボディタイプってのはな、ナラクでは犯罪面や安全面の問題で売っちゃいない。体外エクスタイプだけなんだよ。そりゃあたぶん、発展途上国なんかの『気軽にどこでもメンテできないし、体外エクスタイプをいつも携帯しているのも危ないし、そもそも法律が禁止していない』とこで買ったもんだろうな」


「へ~……」


「そもそもカネが無限に使えちまうって時点で法律が追い付きようもない状態なんだぜ? 犯罪を恐れてどうすんだ」


「違いますよ。マッチョさん、せっかく免許とか取ったのに、バレたらきっと……」


 すると彼はキョトンとして、また、笑った。


「おいカイ君よぉ。聞けよ。お前が俺の立場だって思ってくれ」


「うす」


「念願の店を開いて、まぁ商売してるわけだが、そこに自分が詳しい武器で戦ってるヒーローが来るわけだよ。で、いずれは困ることが起こるってのが分かるのさ。あいつの戦い方じゃあ、あの武器は不向きだって」


「なるほど……」


 そう言われも見れば、スタン・バーストとフラッシュ・バンは非殺傷兵器として世話になっているが、アンカー・ブレードは基本的に移動用だ。オークラーの背に撃ったときのことが――本人がまだ生きているにも関わらず――忘れられない体験になってしまった。


「そ、こ、で。いいか? こんな二択が目の前に見えちまうのさ。ひとつ、いつも通りに営業を続ける。そして、もうひとつ」


 彼は胸を張った。


「ここに、ヒーロー専用の秘密基地を造るか、だ」


「そんなの……」


 カイもまた、口角を上げた。


「作るに決まってますよねぇ?」


「分かってるぅ。ま、ぶっちゃけガジェットオタクなら誰だって普通にやってるぜ? 弄ったもんだの弄る台だのを店に置くような奴は、流石にいないがな」


 二人が盛り上がる横で、リィラが改造作業台を改めていた。改造ならリィラも嗜んでいる。とはいえ、改造専用の作業台は初めて見たのだった。想像ばかり膨らんでもっとゴチャゴチャしたものだと思っていたのに、その実は普通の作業台を少し改造したばかり。裏を返せば、違法かいぞうの領域は、合法しゅうりの一歩先に広がっているということだ。


「おっさん。ちょっと使わせて」


「お、いいぜ。何をすんだ?」


 リィラはアタッシュケースを台に起き、ガチャリと開く。顕になった内部のUIに、今度はマッチョが声をあげた。


「そいつは……カスタマイザーか!? ど、どうやって手に入れた?」


 リィラが「見てみ?」と見せた型番は『For―L0001』だ。


「見たことねぇな……メーカーは?」


「ウチのヘンタイ博士が――ニコって人が作ったやつ。アタシのためにね〜」


「マジか。すげぇ……」


「ちょっとバグあってさ。ちゃちゃっと直すから、カイに教えてあげなよ色んなアレをさ」


「お、おう。終わったら俺にも見せてくれよな?」


「あたりめーじゃん?」


 C.モジュール・カートリッジをカチカチと引き抜いていき、作業の邪魔にならないよう台の隣にある空きテーブルへと並べておいた。次にはアタッシュケースのコンソールのネジにドライバーを刺す。まずはカートリッジ周りのネジを回して浮かせ、次には四隅のネジをも浮かす。内側のネジを外してから四隅のも取ってしまい、ネジたちを作業台に用意されていたカップへ入れ、C.モジュール近くに置く。ドライバーを一本だけで作業できるよう、ネジ山のネジ穴リセスの形状・大きさを統一しているようだった。


 それからコンソールパネルを外した。露になった紫色の基盤の右側、モニターの下に、さっきは無かった有線接続用のジャックが現れた。デバイスにデータをアップ・ダウンロードしたりするコネクタならば別にあるが、これはより高度な設定を行うためのメンテナンス用コネクタだった。他のカスタマイザーの例に従い、ちゃんとここに作ってあったようだ。


 暗黙の統一は誤謬であってさえもエンジニアの不要な認知を取り除き、インシデントの除去に繋がる。エルプリスがそう言ったそうだが、それに従うなんてニコらしくもない。


 開いたカスタマイザーを持って、ソフト調整機の台に置く。プラグを引っ張ってカスタマイザーのジャックに挿し、調整機のモニターから設定をいじり始める。


 今回、問題になっているのは反発化現象だ。〝フォール・シュート〟は場の変化がPpに影響をもたらす現象に特有で、急に場が消えることで強度に大きな変化率が生まれ、それに引っ張られて大きくPp特性が変化してしまう副作用である。珍しいが、その逆の〝ライズ・シュート〟も存在する。


 このカスタマイザー・ガジェットの場合、残留Ppに対する反発化が問題となっている。射出口などが閉じて密封状態となった後に起こった場合は、内圧によって故障することもありえるのだ。フォールを起こさないために、反発化の出番が終了された場合に、意図的に過渡状態を残してゆっくりと強度を落としていく。簡易的だが、線形補間Lerpで半減、半減とさせていくのがいいだろう。


 そうして統合開発環境を開き、コードエディタでカスタマイザー内部のソフトを開くなり、愕然とした。


 このシステムをファイルひとつ、かつ千行以下のコードのみで記述していた。


 そんなバカなと思い見てみれば、もはやどこで何が起こっているのかが分からないレベルで干渉し合い、理論値のためにスパゲティ風呂に浸かっている一品だった。


 思えば、サリペックがボトルからの信号をキャッチ、別のサリペックと合わせてデータを比較、計算して位置を割り出し、再分配するコードもまた、四十行ぽっちで書かれていた。このガジェットも然りのはずだ。


 ――――いやエルプリスの言葉聞いてたんじゃなかったのかよ――――。


 リィラは連絡用にと預かっていたオークラーのサリペックを起動し、ニコに繋いだ。


[おやどうしたのかね?]


 繋がるなりマッチョが慌てて割り込んできた。


「ちょちょちょっと待て! ここで通話するやつがあるかっ!」


「いーんだよ。ほらコイツがニコ博士。なつーか、捕まってないハンザイシャって感じだから、隠さなくてもいーよ」


「捕まってない犯罪者ぁ?」


 マッチョが奇妙な声をあげたが、映像の向こうで口をすぼめて抗議の目でカメラへ向く顔を見るなり、急に声の高さが低くなった。


「どうも。いやいや、あなたがそんなに酷い人とは思えませんね」


[そうだろう? ほらリィラ君、分かる人は分かるんだよ]


「その通りです。ところで俺の名前はマッチョ……ぜひ会ってお話というか……」


[あー。言いづらいが、その席はちょっとねぇ]


 ニコが言うと、マッチョはあちゃーとでも言わん顔をした。リィラはやっと気づいて、マッチョを目で蔑んだ。


「まぁ、ぶっちゃけちょっと分かってましたぜ。可愛い人って、もういるもんなんだよなぁ」


[嬉しいこと言うねぇ。まぁ大方は違法なことをやろうってことだろうが、カイ君の利になるなら見逃したげるよ。で、どんな用かねリィラ君?]


 待ってましたとリィラが牙を剥く。 


「カスタマイザーのフォール直そうって思ったのに、コードやべぇことになってんだけど? モジュール化するガジェットでモジュール化してないってどういうことだよコラ」


[お、洒落てるねぇ]


「うっさ!」


[まぁ、コードがバッチリだって物理現象で見落としがあるとは予想外だったからねぇ。ソフトは自分ひとりしか見ない前提だから、オブジェクト指向原則S.O.L.I.D.は無視したよ]


擬似物質ソリッドぉ? 見落としてんのは励起凝固じゃなくて反発化だろぉ? ったく」


[あー、んー、うんそうだね]


 ニコは何とも微妙な顔でうなずいた。


「で、反発化のやつどこ?」


[えっとね、列挙体あるだろう?]


「あるね。ってか最低限しか書かねえのに列挙体使ってんの?」


[便利だもん。で、それの科学用語辞典順番目のヤツ]


「分かりにく! 何番目だよ」


[え〜……七番目。いや八番目だ]


 実際に見てみると、八番目にはナラク語の八番目の字が割り当てられていた。もしSEになるとしても、一緒に仕事したくねぇなと思った。


「ん。それだけ」


[はいはい。あぁそういえば、例の設計図通りに計画は進めるよ。材料も発注したから、用が済んだら戻ってきたまえ]


「はいはい」


 通話を切ってコーディングを始める。といっても、やることは簡単だ。ひとつは場の収束を線形補間でクッションしてあげること。そしてもうひとつは、わずかな間だけ発射口を開け、ガス抜きをしてあげることだ。


「…………っす~……」


 リィラは邪念に息を飲む。


 これはギザギザと三角波を刻んでゆくことで常に場が変化し続けるような仕組みで反発化している。たとえば十七秒十ミリメイラの間に十上がり、折り返して十ミリで十下がる。これを繰り返すならば、最大値は十である。しかし一ミリの間に一上がり、一ミリで一下がる設定であれば、最大値は一にしかならず、フォールの最大値が十分の一に軽減される。


 であれば、周波数を上げれば上げるほど一つ一つの山の頂点が低くなるはずだ。ソフト制御によって、ハード側の挙動を削減できる。ハードが動かなくなれば動かなくなるほど、寿命は延びる……。


「…………いや。うん」


 リィラは邪念を振り切った。


 体外エクスガジェットの大半に採用されているタッチレスチャージャーは、大量に流す瞬間と完全に止める瞬間を切り替え、その比率でPp流量を調整するパルス幅による制御でPpを供給しているが、それがまるで蛇口を調整するように流量を調整しているように見せかけられているのは高周波数で制御しているからだった。


 反発化の制御をその周波数に近づけるということは、高速で脈動するPpの流量変化がノイズでは無くなっていくことを意味している。それが新たな問題になる可能性は高い。


 最高を妥協して、確実を取る。それは常識のようでいて、言うは易しというものだ。ヘンタイ博士の癖にいいこと言うじゃん。なんて思っていた。


 すべて設定を保存、ビルドし、エラーがないのを見て有線を外した。それから試運転で反発化を起動しては突然切るを繰り返す。


 あの妙なことになっていた起動音が、静かになった。運転の音が終わったあとに、カシャというシャッター音が心地よく響く。


「んふふ。やりぃ」


 簡単なものだったが、他人のバグを直し、ガジェットを完璧に近付けた。修理では味わえない、なんともいえない達成感があった。


「お、できたか?」


 マッチョはカイを手術台に乗せ、修理の準備完了のようだった。



――Kai――

 手術の準備はバッチリで、もうちょっと滞って欲しかったカイだった。


「よぉし。じゃあ始めるぞ。力、抜いとけよ」


 台の左側でマッチョが、手慣れたように道具をチェックし始めた。


「しかし、ずいぶんいいガジェットばっかりだなおい。お宝を隠してたじゃねえかよ、ガキンチョ」


 台の右で、リィラが少し気まずげに、そしてそれを誤魔化すよう皮肉っぽく両肩をすくめた。


「まーね。でも、こんなのが来たら隠したくならね?」


「まぁ……分かるぜ」


 リィラはリィラでまた何かを始めようとしてるようで、バッファガジェットを調整するのに使ったアンテナ付き装置をこっちへ運んできた。


 左右で同時に何かが起ころうとしている。カイは既に、どっちがマシだろうと諦めの境地にいた。


「おいおい、見なくていいのか? ガキンチョ」


「そこまでの手術はできねーよ。一種までで精一杯だっての」


「わからねーぞ? まぁ、現場を見て全部を知った気になるよりゃあマシか。じゃ、スタンバーストのマークを、指先で三回叩きな。まちがっても手の平かざすなよ?」


 言われた通り、刺青のようになっていた十二角形のマークを人差し指の先で三回叩く、するとスタンバーストを示すマークが消え、真っ黒になった。今まではスタンバイモードだったようで、こうすることでキチンとパワーを落とせるようだ。


「よーし塗るぜ~。手っ取り早く終わらせてやるから安心しろよ~」


 マッチョは言いながら、麻酔薬をカイの左腕に塗布した。それも、かなり根っこの方――肩までだ。つまりそこまでメスをいれるということである。


「さてさて……やりますかねぇ」


「あ、おっさん」


「なんだ?」


「そいつ、痛み止めは効くんだけどさ、気絶しねーんだよ」


 マッチョが「んなバカな」と言いながらカイを見て、目が合った。すると彼は目を見開いた。


「効いてねぇじゃねえか!」


「言ってんじゃん!」


「どうすんだこれ? このままメス入れるんじゃ痛ぇだろ」


「痛くねえって言ってんだろ!」


 するとカイが、右手を弱々しく上げた。


「あの……痛みは大丈夫っす。左手もう動かないし、翻訳機の時もこんなだったんで……」


「そういやそうか。じゃあやるが、そうだな、じゃああっち向いとけ、あっち」


 マッチョに指さされた方を見れば、リィラがカスタマイザーを熱心に弄ってた。


「なにしてんの?」


「えっとね、これ、調整器をこれで作ろうとしてんの」


「そんなことできんの?」


「ん〜……理論上はね? 出先でも使いてえじゃん?」


 それに対してマッチョが渋い声をあげる。


「おいおい。せっかく買ったのに……」


「できなかったらお世話になりまーす」


 リィラが言いながら、調整器とカスタマイザーのコンソールを何度も見比べ、タンタンとディスプレイへ小気味いい指のを鳴らす。少女の作業が、おとなの近くみたいで、心地よかった。


「むじ〜……スロット全部埋めても足りるか分かんねぇ」


「めっちゃコードとかヤバそう」


「コードは簡単だよ。ほぼコピペでいーもん」


「そうなの?」


「このガジェットの本質は、同じソフトを作れることじゃない。〝ハードを再現〟することだよ。だから、機械的な動作があるガジェットまでは再現できないんだけどね」


 少女は熱心に語るが、少し間があって、ふとこっちを見た。


 どんな表情を見たのか、リィラは意味のないドヤ顔をして、「ふふーん」とカイの右腕に顎を乗せてみた。


 可愛いが過ぎる。左側でだいぶグロいことになっているだろうけど、それどころじゃない。これラノベのタイトルにならないかな。『手術中だが妹が可愛すぎてそれどころじゃない件について』とか。


 くだらないことを考えてる間に、マッチョが「よし」と一息ついた。コードの交換が終わったのだろう。


「終わったから見ていいぜ」


「え?」


 ビックリして見てみると、本当に左腕が戻っていた。傷跡もない。というか見てなかったので、手術されたのか怪しいくらいだった。


「すげぇなカイ君よぉ。器具離した瞬間にサッと戻っちまった。プロト濃度が相当高い証拠だぜ。どれどれ」


 ついでのように彼はマイボトルを出してカイの首からPpを貰い、グビッと飲んだ。


「ッカ〜! お駄賃貰っとくぜ」


「いや早いっすね。親知らず縺翫d縺励i縺んときより早い……って言えねえ……」


「外国語か? そーいや気になってたんだが、出身はどこだ?」


 するとリィラが息をのむ。


「まぁ……そこ実は曖昧で」


 カイがそれに被さって誤魔化した。


「そうか。記憶があやふやってわけだな。麻酔も効かねえし、なんつうか不思議なヤツだよ」


「っすね〜……」


「なんつうか、心が別にあるって感じだな」


 カイも息をのんだ。すごい鋭さだ。


「そ、それはなんでっすか?」


「ほら、こう、コントローラーで動かすみたいに動かすんなら、身体がどうなったって動かしてる奴は何も感じないわけだろ? いや、マジでそうだって言ってるんじゃねえさ。例え話だよ例え話。だって本当にそうなら記憶とかがおかしいことになるだろ?」


「そう……っすね〜」


 いちど本格的におかしくなっていたともしれず、カイはほっと胸を撫で下ろす想いだった。


「あぁあぁあのさ」


 リィラが震え声で割って入る。


「ついでにアンカーブレード調整してみたいんだけど」


「え? あぁ、じゃあ、お願いします」


 ぎこちない二人の様子に、マッチョが苦笑いした。


「言えねえこと、ね」


「いや? え? なんすか?」


「よくわかんねーこと言うなよな。……なー」


「気にすんなお前ら。ヒーロー業ってそんな感じだろ? 大事な秘密を抱えて戦う……。映画見たことねえのかよ?」


 どうやら大丈夫だ。リィラと顔を合わせ、確信した。


「だからさ、ほら、言えるようになったら真っ先に教えてくれよ? いいだろ俺らのよしみでさぁ? 他の友だちに自慢しに行かせてくれよぉ」


「もちっすよ。言えるようになったら……っすけど」


「いいねえ」


 彼は満足げだ。カイ的にも『ゲーム中盤で出る、最初の拠点からは遠くていちいち戻るのに面倒な頃合いに出て来てくれる第二拠点』のような秘密基地に満足していた。実際、こことT.A.S.とでガジェットの修理や調整ができる拠点がふたつあるのはありがたい。


 リィラがいつの間にか調整を終えたらしく、コンソールから顔を離してこちらへ向いた。


「どう……?」


「ん〜? どれどれ」


 右手の甲に手をかざすと、Pp色に輝く擬似物質ソリッドが生成された。ただしいつもの鋭いブレードとはうって変わって、瓢箪状とも取れるぼんやりした形だった。


「えっと……?」


「これで……このまま殴れる」


「……うぅん……」


 じゃあ拳でいいじゃないか。そんな気がした。


「……いったん休憩にしようぜ。近くにお店あるんっすっけ?」


「あるぜ。軽食といくか」


 三人で秘密基地を出て、階段を上がる。リィラはまだ設定に納得いかないのか、カスタマイザーを弄りながら歩いていた。


「こらこら。危ないぞ」


「ん〜……もうちょっとぉ……」


 そのうちどこかにぶつかるよ、と言おうとしたカイがマッチョの背にぶち当たった。


「あだぁ! すんません……」


 大きな背中越しに、店の中が見えた。


 明らかに強盗の格好をした二人組がいた。


「おいおい、ウチの店でてめぇら、何やってんだ」


「う、うるせえコラ!」


 一人が銃を抜いて構える。もう一人は身を縮こませ、こっちを指さす。


「お、おい待て……」


「んだよお前も構えろ銃っ!」


「あいつ、カイじゃねぇか……?」


 二人と目があった。ヤバそうだ。リィラを見ると、強盗にまだ気づいてないのか、カスタマイザーのカートリッジをカチャカチャとスロットへ差し込んでいた。


 カイはバッファを起動、スローにしてから、シールドを起動して前面に出しつつマッスルとアンカーブレードを起動した。


 盾でマッチョを守りつつ前へ出るが、二人が離れた位置に立つので、どうするか迷っていた。いま撃つとすればアンカーブレードだが、人に向けては――。


 ……あ。アンカーブレードって今もんやりしてんじゃん……。


 ――カイは遠い方へ向け、右手で指を差した。すると小さな鈍器が真っ直ぐに飛び、相手の額に直撃。彼は後ろ向きに倒れ始める。


 もう一人へシールドを向けつつブレードを戻す……その瞬間に腕を振ってブレードを避け、短くなったロープで増大した角速度により高速回転する鈍器をそのまま、ロープを伸ばしつつ相手へと振りつける。強盗が持っていたショットガンの側面に命中、銃身がひしゃげた。


「おぁ……!」


 また引き戻し、その勢いで一回転させた鈍器を頭上で一周、そのままロープを伸ばしつつ相手の両の太ももへ巻きつけさせ、右こぶしを握ってロープを引きながら引っ張りあげた。


 面白いほどに回転しながら宙を舞い、床に激突し、回転の勢いで奥の壁にも叩きつけられた。


 ……お~……。


 カイはバッファを切りつつ、リィラへ向かった。彼女はカスタマイザーを変に持って抱いていた。


「これさ、すげぇいーじゃん」


「マジで? ……だろ~?」


「うえーい」


 カイが拳を出すと、リィラも拳を出してぶつけた。


「おいお前ら!」


 マッチョが叫ぶ、一瞬の隙に、強盗が逃げ出すところだった。


「やべ……!」


 カイ、マッチョと二人が同時に追い、リィラが最後に着いてくる。


 店を飛び出すと、強盗は曲がった先の車に向かっていた。


「待て――!」


 カイが叫ぶが先か、Pp色に輝く謎の飛翔体が背後から飛んでいくのが先かは分からなかった。


 ただ一つ確かなのは、マッチョ、カイ、強盗ふたりの横をすり抜けて飛んでいったそれが、逃亡用の車を爆発で吹っ飛ばしたことだった。


「わぁ……」


「え、えぇ……?」


 強盗はふたりとも困惑・混乱・困窮し、しまいには両手を上げながら両ひざをついた。


 カイが振り向けばマッチョと目が合い、一緒に真後ろを見れば、ロケットランチャーのようにアタッシュケースを肩に構えたリィラが、一番驚いた顔をしていた。


「あ~……ほら一発で解決ぅ~……だよな?」

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PURPLE・GADGET 能村竜之介 @Nomura-ryunosuke

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