ふたつの問題

――Kai――

 前後の治った左手首を擦りながら、カイは病院のベンチに座り、どれくらいが経っただろうなんて時計を見て、自分の世界とは違う感覚で打たれた目盛りと針の速度を読んで、結局は時間感覚が分からず、また思慮に耽った。太陽が登りも沈みもしないから、今が何時相当の時間だって意味があるとは思えない。


 きっと時計は、今の自分には関係のないビジネスの世界でだけ使われる、約束のための存在なのだろう。


 …………まだ、レインの感情が、自分の中にこびりついている。警察が来てからはあっという間で、レインや孤児院のスタッフさんへなにか言葉を投げ掛ける暇などなかった。もっとも、暇があっても言葉が見つかったかなんて怪しいが。


 結局、納得させることはできなった。あのとき、何を言うべきだったのか。何を行動すべきだったのか。ジェイクはもう死んでいたようなものとはいえ、少女の最愛の人を奪ったことに違いはない。それを納得させるなど、きっと無理なのだろう。


 そうと分かっていたが、無垢な少女を絶望に突き落とし、世話になっている隊長を背中から撃ち、自分の発言によって博士を殺しかけてしまった。それだけでもう、帰る資格を失ってしまったように思っていた。


 だからといって前哨帯に狙われている今、不用意にぶらつくわけにもいかない。なのでこうして迎えを待つしかなく、ひとり時を過ごしていたのだ。


 いつも後になって、ああやればよかったんだって、分かんのになぁ。そう思った。


 またオークラーへ、相談に乗ってもらいたかった。何か辛い目に合い、彼女に相談して、前に進む。なんとなく、そんな流れができている気がした。それこそが『頼れる人ができる』ということなのだろう。


 しかし、それじゃあダメだとカイは自覚していた。オークラーのような強い人になりたいが、オークラーの強さは誰かに聞いたものではない。彼女のように自分で選び、自分の決断でできた人生を歩くのであれば、三十二部隊の件も、今回の件も、割りきって先に進むしかない。


 だが、ケジメはつけるべきだ。


 カイは立ち上がり、近くの親切な人に調べてもらって、孤児院への番号を手に入れた。迎えとの連絡に、とオークラーに借りたサリペック・ガジェットで、コールした。


 数度の発信音の後、誰かが出た。


「アイゼンの家です。すみませんが、現在は……忙しくて手が離せません。お名前を控えておきますから、また電話していただけますか」


 老女の声だ。きっと、レインと共にいた孤児院のスタッフ……いや、主なのだろう。


「……そ、その。どうも。カイです。先ほどお会いした……」


 絶句したのか、返事はなかった。


「さっきはすみません。お騒がせとかしちゃって。その、色々とあって、警察とか。たぶん聞きたいこともあったと思うんですけど……」


 流れ出てくる言葉で作られた文は、ひたすらにガタガタだった。これじゃダメだと、カイは息を吸って仕切り直した。


「おれの、いまの状態についてちゃんと全部を、今ならゆっくり説明できます。もし、事実を知っておきたいならですけど……」


「…………」


 また、余計な一手だっただろうか。カイの胸を焦燥が燻り始めるころ、やっと返事があった。


「……ジェイクについて知りたいことは、ひとつです。あなたはあのとき、ジェイクが死んだと言っていました。それは、記憶が消えてしまったとか、そういうことなのですか?」


 まだ、ジェイクがカイの中でも生きているかもしれないと、そんな希望を感じた。


 異世界転生で塗り潰された人間なんて読み飽きたネタだったのに、当人と縁がある人が元に戻ってくれるかもと願うなんて描写は知らなかった。彼女はジェイクを望んでいる。おれは、望まれていない期待外れでしかない。感じたくなかった生々しさだった。


 だが、きっちりと事実を伝えなければならない。


「……そういう状態ではないです。おれが死んでしまったころ、ジェイクさんも死んじゃってたみたいなんです。そこで、空っぽになってたジェイクさんの身体に、おれの心が入っちゃって。死んで目覚めたって思ったら、ジェイクさんになってたんです。それが、いまの状況です」


「……そう、ですか」


 呼吸に震えを感じ、カイはその悲しみから、ようやく彼女が誰なのかを理解した。


 もしかして、この人は育ての親なんじゃないか。ジェイクさんは、この孤児院の出身で、だから信用してレインを預けたんじゃないか。


「そうであれば、いいですか、カイさん。それはあなたの人生です。ニュースでヒーローになっても、世界を救っても、もう、私たちには関係ありません」


「……はい」


「ジェイクは小さい頃、あなたのように心の優しい子でした。よく『まぁいいだろ』だなんて言って、他の子と喧嘩したってすぐに仲直りしたものです。だから、あなたに借りられていることも、もしかしたら同じことを言って許してるかもしれません」


「そうだと、嬉しいっすね」


「ですが、カイさん。私も、そしてレインちゃんも、ジェイクの顔とジェイクの声が違う人に使われている、そのことを受け入れられないのです。ですからもう、私たちのことは気にせず、せめてここへ姿は表さないでください。アーミーの皆さんも同じです」


 その言葉に関わらず声はやわらかで、子どもに接するかのようだった。それはまるで、ジェイクの幽霊を吹っ切ったからこその、赤の他人へ送る優しさのようだった。


「何度も言うようですが、これからは、あなたの人生です。他の人と、そして誰よりジェイクと同じように、善く生きてください。あの子の身体を悪用することは、絶対に許しませんからね」


「……ありがとうございます。頑張ります!」


 通話が切れ、カイはへこたれるように座った。ああ、これが裏目に出ないといいけど。そう口に出かかった。


 …………おれの人生か。そういえば、墓はどうなるんだろう。ジェイクさんの名前を刻むのは当然だとして、おれの名前も刻ませてもらっていいのかな。


「カイ」


 名を呼んだのは、オークラーだった。背中に大きなブレードが刺さっていたとは思えないほど、しっかりと芯の通った立ち方をしていた。


「ど、どうしたんすか?」


「よかった。まだ迎えは来ていないようだな」


「っすね……」


 気まずい空気が流れた。だが、それも割りきらねば……。


「ニコが話したいそうでな。来てくれ」


「分かりました」


 さっそく乗り越えなければならない峠がひとつ、やって来たようだ。彼女と共にエレベーターで登り、最上階の病室へと向かう。治療のための施設だというのに高度と値段が比例しているようで、最上階はあまり人の気配がなかった。


 到着まで一言も交わさず、部屋へと入り、まずギョッとした。


 ベッドに仰向けで、退屈そうな表情で横たわるニコの両手足と、身体のいくらかと、首からコードが延びていた。一瞬だけ生命維持装置にも見えたが、そうではないと端子の吸盤が証明していた。


 脳波を測るように、身体の何かを測って異常がないか調べているのだろう。


 それから遅れて、移動したキャリー付きの机の上にあるサリペックのスクリーンに、リィラの顔を見つけた。


[あ、カイ。なにやってんだよ。またアタシ置いてったなお前~]


 不満げだが、なんだか慣れてしまっているようで、そんなに怒りは感じなかった。だが、ぜんぶ知ったらどうだろうか……。


「あぁカイ君。リィラ君にはぜんぶ話しておいたよ」


「え」


 ニコ博士ロクデナシぜんぶ知らされていたらしい。


「時間短縮さ。どうせキミのことだから、話そうかなどうしようかなってウジウジするだろう。わたしが引き起こしたミスでオークラーの背を撃つはめになったところまで、しっかりと全部おしえた」


「な、なに勝手に……!」


[勝手にってなんだよ。黙ろうとしてたわけ?]


 リィラの声にピシャリと止められ、カイは後頭部を掻いた。


「いや……ごめん。開発の邪魔したら悪いし……」


[んもぉ。出来る前に死んだら意味ね~だろ。あとアタシから隠そうとすんなバーカ。これからはちゃんと言えよ?]


 威圧的に言ったが、カイがやったことについては少しも気にしていないようだった。思えば顔を会わせて最初に言われたのも、置いていったことの不満だけだった。


 カイはまた、泣きそうになっていた。


「まぁまぁリィラ君。リモートでもできるからいいだろう? それより、集まったね」


 ニコが合図のように、ベッドをリクライニングして上体を少し起こした。吸盤ひとつから延びるコードが異常な束になって、ベッドから垂れ落ちているので、それが巻き込まれないかリィラが冷や冷やして見ていた。


「カイ君。まぁあれから罪悪感で自分を責めたりして成長する、下らない『感動ストーリー』でもやろうとしていたのかもしれんがね。残念ながらそんなカスみたいなもんは全部カットだ」


「……言われなくたって、そのつもりでしたよ」


 オークラーがニコの頭をはたこうと振りかぶった腕を、カイがさりげなく止めながら言う。


「アハハ。いいじゃあないか。では、これから話すことは四人だけの秘密だ。ちょっとした緊急事態でね」


「自業自得で撃ち殺されかけた話に、緊急性があるのか?」


 オークラーの容赦ない言葉に、ニコは思い切り顔をひしゃげた。


 いつの間にかオークラーがニコへ作っていた壁が無くなっていたようだが、その代わり、不満も直接届くようになったらしい。


「あーもう。キミに二つも恨まれる理由を作ったのだけが後悔だ。後悔してるんだから一旦置いといてくれないかね」


「……ん? その話じゃないのか」


「ああ。ひとつの発見を共有するため、ひとつの告白と、その他いろいろと共有しよう」


 咳払いをし、ニコはオークラーとリィラ、そしてカイの表情までをもじっくりと見回した。


「まず、私は前哨帯のリーダーであるクロウディアと、姉妹という繋がりがある。名ばかりのものだがね」


 その言葉の瞬間に、オークラーが目を見開き、リィラも遅れて声を漏らした。


[姉妹って……じゃあボスの家族ってこと!?]


「それ以外に何があるんだね?」


 オークラーは呆れと怒りと様々な感情が入り交じり、やがて、元の表情に戻ってきた。諦観の顔だ。


「で、どうして黙っていた?」


「人は呆れるほどスキャンダルが好きだ。世間ではまだ言われていない邪推を名推理と信じ込み、世間の他の大衆よりは自分の頭がいいと信じようとしている同様に低レベルな国民様に対して、同じ屋根の下で育ったという情報はあまりにも好都合だろう」


「戦略としては正しいのかもしれんが、そうだな、何かの間違いで処刑でもされた方がいい」


「全てがバレたらそうなるかもね。さて現在の状況だが――」


 そうしてニコは、現状を語り始めた。リィラはいちいち声や動きで反応を見せたが、オークラーは腕を組んだまま、ただ静かに聞いていた。カイは『なぜ一度は秘密にしたのにいま語るのだろう』と思い、『レインの一件が情報のやり取りが不足したために起こったことだからだ』と至り、人の行動基準は弾丸一発で変わるものなんだなと奇妙な納得をしていた。


 語り終えたとき、やっとオークラーが口を開いた。


「それを、ちゃんと、報告しろこのバカ。科学じゃ未来予知みたいなことをするくせ、戦争となれば行き当たりばったりだ」


「悪く思わないでくれたまえよ。家族の内輪揉めだなんてさ……ウチだって株価で動いているんだよ? みんなオートメーションでやり取りしてるから気付かないけれど、この不祥事が出ればトレーダーが手動で株を売る」


「…………時折、資本主義が嫌になる時があるな……」


 ニコがアハハと無邪気に笑った。


「それで、この話を打ち明ける理由だが……大人数を巻き込みたくないが、一人では背負いきれなくなってきてね」


 一人ではという言葉に引っ掛かり、カイはわざとらしくニコとオークラーの間に入り、得意げな顔で壁に寄りかかってみせた。


「お得意の情報操作が入ったっすね。それフェアじゃねえっすよ?」


「もう。キミのそういうところ本当に嫌いだよ。嘘を見抜けるのに気づかいを見抜けないなんて」


 その言葉の割りに、ずいぶんと嬉しそうな声色をしていた。そのカイの様子に、オークラーがニコのときよりよっぽど狼狽した。


「ど、どういうことだ?」


「すみません。先に約束しちゃったんでずっと黙ってたんすけど、前に服を買い行ったときに全部、教えてもらってたんです。その帰りに、あのスゴい道路の所で正規軍に寝返ってた三十二部隊の人に襲われちゃったんす。モリモトさんに会いに行ったのは、きっと正規軍の人が口封じのために殺し屋とか雇うかなって思って、逃げてもらうためにっす」


「な……ま、まて、じゃああの爆発はその口封じに?」


「そうだと思います。それに巻き込まれちゃって……」


 カイが言うと、ニコは咳ばらいをした。


「否。そのお見舞いに来たとかいう三十二部隊が、爆弾を持っていたのさ。問題は誰が指示したのか……」


「ん? 違うと思いますよ。だって、三十二部隊の人たちって――他の人には厳しいっすけど――すごい結束って言うか、絆じゃないっすか。もし誰か一人が雇われたなら、自分ひとりでこっそり行って、他の隊員を巻き込まないようにするっすよ」


「……ふむ? カイ君からしても不自然かね? これは」


「なんか変っすよね」


「勘弁してくれたまえ。誰からも見て不自然なときは、認めたくないが、事故の可能性が高いぞ」


「じ、事故ぉ……?」


 サリペックから[あのさ~]という不満げな声がして、ふたりは話題を戻ることにした。それを認めてオークラーが、拳を作ってその場で何度か揺らすように振り、それからまたニコへ向いた。


「……お前、カイの優しさに漬け込むとはどういうことだ」


「な、なんでわたしが怒られるのだ! 黙ってたのはカイ君なのに!」


「当たり前だこのバカ! 入院していなければ、私が病院送りにしてやったところだ!」


 リィラは急展開に着いてきていないようで、まだ頭に疑問符を浮かべていた。


[あの……リィラ。誰にも言わないって約束しちゃったから、本当は教えてもらったこと黙ってたんだよ」


[……いやそれは分かるよ。ビックリはしたけどさ。でも別にどうでもよくね? それ]


「え?」


 むしろカイの方が驚かされてしまった。


[姉妹だから何? そんなん秘密にしてたって言われてもさ]


「何って言われたら……まぁ……分かんないわ……」


[そりゃ、アタシに黙ってたのはムカつくけど、なんか、アタシを置いて消えるとか、そーいう話とかの方がヤダ]


「……そっか。じゃあ、黙って消えないって約束する」


[ん。じゃあ、先にアタシと約束しろよ。何でも話すって。先ならいいんだろ?]


「天才かよ。そうしようぜ!」


 画面越しに、ふたりが友だちみたいに笑いあった。


[他に隠してることある?]


「まぁいっぱい……話、終わった後に全部……ん?」


 背後で奇妙な呻き声が聞こえてきた。振り返ると、ニコがオークラーにヘッドロックされていた。赤肌の顔がまっピンクに染まっている。


「おわぁちょっと、オークラーさん!」


 止めに入る。どうにか脱走したニコが、涙目で咳き込んだ。


「わ、わたしは入院患者……だぞぅ……!」


 一方で、オークラーは反省の顔だった。


「すまん。だがお前もお前だぞカイ。こんな約束を軽んじているヤツとの約束を重んじるな」


「それはそうなんすけど……。ってか、話の続きを聞きましょうよぉ」


 カイのお願いとあってか、ニコもオークラーも大人しく聞いてくれた。


 こんなに信頼されてたことあったっけなぁ。そう思うと、たかだかこんなことが嬉しかった。


「えっと、それで、ニコさんは何度かお姉さんのクロウディアさんと会ってたんすよね」


「その通り。そのとき、例の爆弾に関連する情報を引き出した。その結論から言おう――――」


 彼女は両手を開いた。


「――――誰かが、文字通りの〝爆弾〟になっている可能性が高い」


「爆弾になっている……? どういうことだ」


「リィラ君。例の爆弾の火力の秘密はなんだね」


[Ppが燃料化するスピードが早くなる促進剤が入ってる]


「その通り。そしてそれは、人体のPpに入っていても死ぬことはない。少なくとも、すぐにはね」


[……マジ? 人間爆弾……?]


 カイは『そんなバトル漫画の能力みたいなやつ、本当にできるんだ』なんて思っていた。だけどそれとは違って、あまりにも敵側の情報が無さすぎた。いまだけは、漫画読者としての神の視点が欲しかった。


 何が原因で爆弾になるのかが分からない。もしかしたらこの先、通行人がたまたま爆弾になっていて、その爆発に巻き込まれるかも分からないのだ。


「助触媒を十分に行き渡らせたあとは、何かしらで燃料化しなければならない。その発火装置が、まぁなんともわたしへの嫌がらせのようなものでね」


「嫌がらせ、か。どういうものだ?」


「わたし、もしくはクロウディアの笑顔を認知することで発火する」


「なんだそれは」


 オークラーは困惑し、リィラも「意味わかんね~」と口を尖らせていた。


 ただカイだけが、真っ青になっていた。


「……それ、いつ分かったんすか?」


「キミがデートに行っている間だ」


「じゃあ、その装置ができたのって多分……。ニコさんが暴露でニュースになる前……っすよね?」


「そう。まさにそこなのだ。わたしたちが事故的・・・に手にいれたアドバンテージのひとつさ」


 彼女は腕を組む。


「わたしがニュースで『国連の不正がくれた笑顔』を振り撒いているいま、ふとテレビを着けて爆発する事故がいつだって起こりうる。人間爆弾になっているスパイはかーなーりやりにくいだろうねぇ。弾丸を仕込もうにも、あちこちで撃鉄がバチバチ鳴ってるんだから」


「たしかに……。あ、だからモリモトさんのが事故って……」


「最も妥当なところで、そうだろうね。そもそもモリモトを殺す意図などなく、誰かを爆破で始末しようと人間爆弾にしたはいいものの、例の病室で誤って爆破……と。あーあ。意図的なものであれば、行動そのものが戦略的な情報になったのに」


 彼女の残念がるポイントが妙で、カイとオークラーとリィラ、つまり全員が眉を潜めた。


「っていうことはっすよ? T.A.S.中でテレビを着けておけば」


「魔除けになるわけさ」


「でも、それじゃあ、例えば爆弾にされたって気付かないパターンとかどうっすか?」


「ほう?」


 カイは左手を擦った。


「この手を戻してもらうときに、あのヒヤッてする薬を塗ってもらったんすけど、切断とかされても痛くなかったんすよ。『すごいっすね~』なんて聞いたら、お医者さんが『本当は気絶するはずなんだけどね』って。しょうがないから、目をそらしながらやってもらったんすけど……」


 すると、ニコの目がきらめく。人間カイでも兵器χでもなく、解明しがいのある物体xを見るときの、嫌な視線だ。


「それなんで、なんか拐って、眠らせて、爆弾にしちゃえば……なんて」


「可能だろうが、やらないだろうね」


「どうしてですか?」


「例のニュースがどこでもやっている今、そんな手間をかけるくらいならばボトル爆弾を放り投げた方が手っ取り早いからだ」


「たしかに……」


 考えてもみれば、人間爆弾なんて変化球を使う以前の火力だ。


「では、その爆弾をカタパルトで飛ばすというのはどうだ。あるいは――そんなものを作る生産能力があればだが――ミサイルの弾頭にするか。一発でT.A.S.は壊滅するぞ」


「それもない。クロウディアの目的であり、弱点はわたしだ。わたしに危険が及ぶ、もしくはわたしを怒らせるようなことはしない」


「ずいぶんな自信だが……信じていいのか?」


 オークラーはニコではなく、カイに聞いた。頷くとオークラーは「そうか。なら信じてやる」と頷きを返した。


 ニコはベッドで枕を抱きながらあぐらをかいて、膝に頬杖をついた。


「あれが今後どう使われるかは不明だ。使う気さえなかったのかもしれん。重要なのは、爆破による街の破壊、わたしの笑顔を火種にする着火装置の紹介と、モリモト襲撃事件の一連の流れ。これこそが、クロウディアのチェック・メイト宣言であると捉えるのが妥当だ」


「チェック・メイト、か。それにしては、負けを認めた口ではないな」


「まさに。状況としては敗北だがね、我々にも爆弾級の兵器があるんだよ」


 ニコの言葉に、今度はカイが目を輝かせた。


「もうできたんすか? 秘密兵器!」


[できてねーよバーカ]


 答えたのは画面の向こうのリィラだった。見ると画面には、薄紫色の設計図ブルー・プリントが映っていた。


[まだ図面だけ。ほらヘンタイ博士。書いたから見といて]


「んぅ!? もう書いたのかね!? カイ君持ってきたまえ!」


 珍しくニコが慌てている。サリペック・ガジェットを持って彼女へ向けると、食いつくように見た。


「うわ……おぉ……うぅん……パッと見カンペキだ! くそう!」


「なんで悔しがってるんすか」


「わーん! 頭の中で半分くらい書いてたのにガキに越えられた! ガジェット限定だけど! ガジェット限定だけどっ!」


 わざわざ二回言った。リィラはただひたすらに得意気で、こっそりカイは妹のドヤ顔に癒された。


「ってか、秘密兵器ってじゃあなんすか?」


「ん? キミだよ、おバカさん」


 ニコは真っ直ぐに、カイを指差した。


「クロウディアは、やはり人の心が微塵も分からんのだ。故に、兵器以前に人間であるファイマンより、自分が確実に操れる兵器である爆弾をわざわざ開発したのだ。即ち、ファイマンを使って勝利するつもりなど毛頭無かったのだよ」


「じゃあ、最初っから切り捨てるつもりで……」


「だろうね。だから、カイ君。キミにしてほしいことがある。こちらから仕掛けるターンさ」


「何か作戦があるんすか?」


 彼女は、ニッコリと笑って見せた。


「なぜオークラーとリィラ君に秘密を打ち明けたかだよ。単純な話じゃあないか。ファイマンを仲間にするための最高の手段はね、その作戦を黙っていたことで間違いなく二人を怒らせるからだ!」


「いや、じゃあいいっす……」


「そんなことを言うな! 作戦とはこうだ。ファイマンを――――抱いてきてくれたまえっ!」


「どぇ……!?」


 今度こそオークラーが頭をはたいた。


「あだぁっ!?」


「真面目に話せんのか色バカ!」


「真面目に話しているだろう! じゃあ肉体関係まで結ばんでいいから、とにかく味方にするのだ。彼女にとってのお荷物を引き取って、こちらの戦力を増強する」


「それがどうして恋して仲間にしろになる! 殺し合っている敵同士だぞ!」


「その敵と一回デートしてんだカイ君はぁ!」


 ニコの言葉を最後に、部屋はしんと静まり返ってしまった。


 まずいと思った。だが、いつかはこうなるとも予感していた。


「……カイ。今の話は、本当か」


「……はい」


 彼女は微動だにせず、ニコの方を向いたまま、カイを見ることもなかった。


「私の部下を殺した相手だと、分かっていたはずだ」


「ミィっていう、別の人として来たんです。ファイマンだと知らされたのは、デートが終わってからでした」


「…………好きになってから正体を知った、か。それで、許せない所がある相手…………」


 目に見えていると錯覚さえした殺気が、ゆっくりと落ち着いていく。


「あの、それを言わなかったのは、オークラーさんから隠したかったわけじゃ無くて……」


「言い訳はいい。私はその恥を知っている。言えなかった気持ちが……嫌というほど分かる」


 彼女はニコを睨みながら言った。一方でオークラーをもてあそんだ張本人は、やや赤黒あおくなりながら冷や汗に濡れていた。


 その助け船か、不意に扉が開いた。医者で、入ってくるなりニコに付けられた計器のデータを確認し、頷く。


「器質的な異常はありませんね。運がいい」


「筋骨複合も捻転もなし? なぁんだ、わたしの可愛さが無敵過ぎて病気のクオリア感じられないじゃないか」


「よければ、先ほどのカイさんのように手首をひっくり返してくっ付けられますが」


「結構だよ。どうも」


 医者はてきぱきと身体中の付いた計器を回収し、カラカラと機器を乗せたラックのキャスターを鳴らしながら退室した。ニコは撃たれていたと思えないほど軽く起き上がり、手足をさすりながらベッドから降りた。それからベッドのカーテンを一部だけ引き出し、その裏で着替え始める。


「よぅし、カイ君の目的がハッキリしたところで、帰るとしよう。ちなみにこのことは秘密だ。むろん、隊員にもね」


「待て。お前の隠し事なんかに巻き込まれるつもりはないぞ。第一、ファイマンだけを攻略したところで……」


「ああ、分かるよ。ファイマンだけを攻略しても、例の爆弾を作ったブレインであるクロウディアは生き残る。クロウディアだけを攻略しても、ファイマンのブレインが正規軍に戻るだけ……。どちらも個別に――しかも厄介な展開にしないためには――同時に攻略せねばならない。なので、ファイマンの方をキミたちに任せる。クロウディアはこっちでやっとくよ」


「こっちでやっとく? なにをするつもりだ」


 ニコは、なんでもないことのように呟いた。


「取り入ってあっちに潜入するから、隙を見て殺しておくよ」


 カイには、ニコの恐怖が見えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る