小話 翻訳機切れのカイ
――Kai――
ニコ博士の部屋から出て、カイはとぼとぼと歩いていた。
加工されて食べ物にされるのは悪い奴だけだと思っていた。なのに、良い人だろうと悪い人だろうと、みんな地獄行き。そんな残酷な運命があるだろうか。あんまりだ。
ならせめて、おれみたいに異世界転生とかしてくれるのを祈るしかない。
そんなことをグルグルと考えて歩き、不注意でトン、と肩が当たった。
「あ、すみません……」
ふたり組に謝って、また歩き出す。が、肩を掴まれた。
もっとちゃんと謝るべきだったか。しまったとカイは顔を上げた。
「…………あれ?」
思わず口に出た。
ニヤニヤと悪い顔をしている隊員の胸。その文字が読めない。さっきまで読めていたのに。
「……縺カ縺倥↓縺九∴縺」縺ヲ縺薙l縺溘↑縺、縺翫>。縺翫a縺ァ縺ィ縺」
(……無事に帰ってこれたなぁ、おい。おめでとう)
口をぽっかりと開けた。ヤバい。翻訳機が切れてる。博士切りっぱなしじゃねえか。
「いやぁ違うんすあの、あー、えー、ノーノー……」
何故か英語が飛び出す。
もうひとりがカイの顔を怪訝に覗いてきた。
「縺薙→縺ー縺後∈繧薙§繧?↑縺九▲縺溘°、繧ウ繧、繝」
(言葉が変じゃなかったか、コイツ)
「縺サ繧薙d縺上″縺後%繧上l縺溘s縺?縺ェ。縺悶∪縺√↑縺?●」
(翻訳機が壊れたんだな。ザマァないぜ)
何を話しているかさっぱりだった。
頑張って何か思い出せないか挑戦したが、部隊服の腕に書かれたナンバーが『32』というのを、うろ覚えで思い出せたくらいだった。
「縺翫%縺セ繧翫?繧医≧縺?。縺ゥ縺?@縺ヲ縺輔@縺ゅ£繧?」
(お困りのようだ。どうして差し上げる?)
「縺斐§縺溘¥縺ォ縺九∴縺励※縺ゅ£繧九?縺ッ縺ゥ縺?□? 縺セ縺。縺ョ縺斐∩縺ー縺薙↑繧峨☆縺舌■縺九¥縺?」
(ご自宅に返してあげるのはどうだ? 町のゴミ箱ならすぐ近くだ)
カイは嫌な予感がしていた。彼らが悪い顔をしてゲラゲラ笑っているので、ロクなことは話していまい。
なんか言わないとヤバい。
「繝舌?繧ォ」
勢いで知ってる単語を口走った。途端、彼らの顔に怒りがこもる。
あ。この単語の意味は『バーカ』だ。
終わった……!
「縺翫>縺セ縺ャ縺。繧√>繧後>縺輔l縺溘i縺ェ繧薙〒繧ゅd繧九s縺?繧? 縺セ縺。縺ァ縺ヲ繧阪j縺吶→縺斐▲縺薙@繧阪h」
(おい間抜け。命令されたらなんでもやるんだろ? 町でテロリストごっこしろよ)
「繧上°繧峨?縺医∩縺溘>縺?縺。縺励°縺溘↑縺?↑縺√♀縺上▲縺ヲ縺輔@縺ゅ£繧九°縺」
(分からねえみたいだぞ。仕方ないなぁ送って差し上げるかぁ)
腕を掴まれ、外へと引っ張られる。
「あ、あぁちょっと待って! あ~待ってくださぁ~い!」
どうして連行されるかも分からないまま、引きずられていく。その先は外の駐車スペースだった。
トラックに乗せられる時、施設入り口のガラス部分に、オークラーが通りかかるのが見えた。
「わあぁ~~~!
手を伸ばすのもむなしく、後部の扉を閉められる。
エンジンが掛かり、車は出発した。
後部座席は運転席と吹き抜けになっており、中からでもフロント側は見える。一応、後部扉も窓を開ければ後ろを見られるのだが、カイにそれを気付く余裕はなかった。
なんか連れてかれてんだけど……。どこ行かされんの? カジノかなにか?
「縺昴≧縺?d縺輔=、縺ゥ縺」縺九↑縺セ縺斐∩縺ョ縺斐∩縺ー縺薙≠縺」縺溘s縺?繧医↑縺」
(そういやさぁ、どっか生ゴミのゴミ箱あったんだよなぁ)
「縺ヲ繧薙&縺?°繧……縺ゅl?」
(天才かよ……あれ?)
助手席がフロントガラスを覗き込み、崖の方を指差した。『あれはなんだ』と言う暇もなく、ドンッとボンネットに何かが落ちた。
急ブレーキ。カイは前方に投げ出され、運転席のすぐ後ろに貼り付いた。
ボンネットにいたのは――。
「はあぁ~~~
――Okhra――
なにやらカイが連れていかれるのが見えたから、追い掛けてみればトラックに乗せられていた。
オークラーは走り、地形を活用して追い付いたのだった。
フロントガラスの内側には、唖然と恐怖の混じった顔が見上げていた。
「出てこい、貴様ら」
ふたりは頷き、恐る恐るといった具合に外へと出た。オークラーはボンネットから降り、ふたりの前に立つ。
彼らの腕には32。あの悪名高い32部隊だ。
しかし部下に危機が迫った時、オークラーがどうなるかは更に悪名高かった。いたずら小僧ふたりは完全に委縮している。
「それで……どういう状況だ?」
「いや……」
「あー……彼があの、外の空気を吸いたがっていたみたいで、ええ」
「あーそうそう。そんな感じで。言葉もロクに通じないし、ねえ?」
揃って下手な口実を作っていた。オークラーは半目になる。
「生憎だが翻訳機を付けている。言葉が通じんワケがない」
「い、いやでもホントに……」
「言い訳は不要。私の目には、部隊内のバカなノリで度が過ぎたように見えた。異論はあるか」
ふたりがまた、顔を合わせた。
「そう……とも言い切れないというか」
「ああコイツ! コイツの方が先に言い出して」
「あぁ? お前もノリノリだったじゃねえか」
「やかましい!」
オークラーの叱咤に、ふたりが黙る。
「罰として貴様らは歩いて帰れ。事は上に報告しておくからな」
「そんなぁ……」
トラックを奪い返し、ふたりを置いて基地へと戻っていく。
「大丈夫か」
声をかけてやると、目をキラキラと輝かせたカイがオークラーの腕に手を添えた。
「縺九▲縺薙>縺?▲縺オークラー縺輔s……」
(カッコいいっす縺翫?縺上i繝シさん……)
思わず後ろを見た。本当に言葉が通じなくなっている。どうしてだ。
ふと思い出したのは、ニコの顔。彼女がカイの翻訳機を弄っていた。
思わずハンドルから片手を外し、顔を覆いながら拭った。
「まったく、あのバカ……!」
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