ハンモック任務
――kai――
帰りのホバーの中で、カイたちは静かに揺られていた。
T.A.S.側の最終兵器であるカイを無力化する方法を見抜かれただけでも致命的であるというのに、それをできる装置が既に存在するのだ。
それがテロリスト前哨帯、あるいはボスのクロウディアが持っているとは限らないが、第三者の手にあったとしても問題は解決しない。結局、誰の手にあったとしたって、カイの首にナイフを突き付ける誰かが黙ってこちらへ渡してくれる訳がない。
カイへの
「あのさ」
沈黙を破ったのはリィラだった。沈黙に堪えかねて、というより、カイを気遣っての適当な話題作りというようだった。
「どした?」
「さっきマッチョと話してたらさ、最近キミョーだとか言っててさ。DRFdesertSってシリーズのボトルだけめっちゃ売れてるんだって」
「へ~……? どんなボトル?」
「頑丈なヤツ」
「なんかバズったとか?」
「それが違うんだって。アウトドア向きらしいんだけど、前にバズって売れまくった時でもあんな売れなかったって言ってた」
「じゃあ、誰かが買い占めてんのかな。でもそれ、転売とかしてもじゃない?」
「そうなんだよ。マジ意味わかんなくね?」
「わかんね~」
二人の軽い会話に、オークラーが笑みを溢した。
「それには少し、目を光らせんといかんな」
「そうなんすか?」
「以前、ファマルが同じように売れたことがあってな。ほら、食卓に並んでるアレだ」
どれだろう。カイには日用品を言われたことしか分からなかった。
「ファマル~……わ……かんないっすね~」
「ファマルが無いィ?」
運転していたロックが声をあげた。
「じゃあお前の世界じゃ、メシはどうしてんだよ」
「だ、だから彼の世界じゃそれが普通なんだって!」
「普通ったってよ、じゃあシンレーンはどうすんだ?」
シンレーン。ファマルが分からないのに新しいの出てきちゃった。どうしよう。聞けば分かるかな。
「あの、なんすかシンレーン」
「嘘だろ。それ、どうやって食べるんだ?」
「あっあっ、えっと。たすけてリィラ」
「いや、アタシもビビって……。え、ファマル無しでどーしてんの?」
「わぁ……」
ファルシをオフチョベットしてくる四面楚歌に、カイは泣きそうになってきた。しかし無自覚袋叩きは、オークラーの咳払いひとつで終わった。
「世界が違うんだから、食文化も違うのだろう。それより大事なのは、ファマルという調味料がとにかく売れた時期があったということだ」
「調味料なんすね……。それでそれで?」
「それで、しばらくしてからファマルを用いたドラッグの製造方法が明らかになった。ファマルは不可欠だからそれ以外の材料を規制したり、ファマルルートなんて裏流通ルートが見つかって教科書に乗るような大摘発が起こったり、色々あったんだが……まぁ、博士がなにかやらかして、ディーラーが軒並み潰れてな。それ以来さっぱり聞かん」
するとリィラがカイ越しにオークラーの顔を覗く。
「それ、もしかしてペイ・デイの論文にあったやつ?」
「論文は読んでいないなら、なんとも言えんが……。各地で爆発があったとは聞いた」
爆発。いったい何をやらかしたのだろう。そういえばニコは、また『イタズラ』しにどこかへ出ているという。次には何をやらかすのだろう。
「わ、分かるよ僕は。い、『依存性薬物の伝搬ネットワーク』の後半実験の結論に書かれてたよね」
「あ、読んだ? そだよね。セケンテイとかで潰したって言ってたし」
「で、でもペイ・デイの作り方が解析されて一般に広まったから問題の舞台が横にズレただけだって専門家の間では批判があって『ディーラーのお引っ越し』とも揶揄されたりするんだよね……」
「へ~。なんか分かんないけど、やっぱダメじゃんペイ・デイ。アイツさぁ……」
子どもが
「気持ちは分かる。ともあれ、そういうこともあるのだから、そのボトル……デザート・エスだったか? それが表沙汰になっていない理由で売れているのは悪用のためという可能性が高い」
「へぇ~。じゃあ、それ買ったのを追うっていうのは? やってたら見つかるじゃん」
「安全かどうかはすぐ分かるだろうが、購入者のプライバシーを侵害することになる。市民の安全が大事だとはいえ、組織として越えるべきではない一線だ。だからこそ、
会話の中で少し雰囲気がほぐれたからか、マッドが腕巻きのなんだかスペシャルなガジェットからスクリーンを引き出し、弄り始めた。指の動きが上から下へ、たまにタップする動きから、SNSかニュースサイトでも見ているのだろう。気まずい中で我慢していたのだろうか。
リィラがくっついてきて、興味津々に顔を覗き込んでくる。
「じゃあさ、カイんとこにあってこっちに無いものってあんの?」
「あ~。メシだったら、
「へ~。それも調味料?」
「いや、食べ物。大事なやつ」
「うまいの?」
「それだけじゃ食べないよ。でも
「なに? ヤバイのそれ」
「ヤバくないけど……えー無いんだじゃあそういうの……」
カイはショックを受けていたが、該当するものがないこの世界では誰にもその衝撃は伝わらなかった。
お互いにお互いの立場を理解したとき、マッドがの表情が再び、固いものに転じた。
「な、なにこれ……?」
「どうした」
「にゅ、ニュースです。つ、つい一メイラ前のだけどきっとタイトルで分かる」
メイラ。ニコから教えてもらった単位だが、いくらだかを忘れた。かろうじて二メイラが一時間くらいであることは思い出せた。
ということは一メイラで三十分で、三十分前のニュースってことか。と、カイは人知れず自分が分かりやすい単位を見つけていた。
みんなが一斉にスクリーンを引き出す。隣のオークラーのものを覗くと、リィラが身体の前に割り込んできて、カイの太ももに手をついてまで覗き込んだ。オークラーが差し出してくれたスクリーンを、二人に挟まれながら見る。リィラが素早くスワイプすると、T.A.S.の名が登場するニュースがあり、即座に選択される。
『T.A.S.隊員が交戦か ランドマーク道路から車飛び出す』
三十二部隊の正規軍へ寝返った裏切り者と戦ったときの騒動で、カイは内心でギョッとした。しかしカイのことは書かれていないようで、一安心だった。
「これだな」
「誰でもいいから読み上げてくれねぇか? 見ての通り手が離せねぇんだよ」
ロックが言うので、オークラーが内容を要約しつつ読んでいく。
「T.A.S.の隊員が二名、道路の頂上で死亡。またビルへ突っ込んだ一人は重症で、病院へ運び込まれた後、息を吹き返した……」
その一文に、カイは人知れずホッとしていた。明らかに死ぬ勢いだったが、まさか本当に五分五分だったのかと、カイはそっちの方に驚いた。
マッドが口を半端に開けたまま、なにか泣きそうな顔でオークラーを見た。
「た、隊長。この名前ってたしか三十二の人たちじゃ……?」
「そう……だな。カイ、心当たりはないか」
「ない、な、ないっすよ?」
真っ先に聞かれるとは思わなかったので挙動不審になってしまったが、怪しまれることはなかった。それはよかったが、嘘をつくことには思ったより罪悪感があった。
ニコが自分の姉に勝つため、戦争に終止符を打つためとは分かっているが、それでもオークラーやリィラを騙すのは、やはり心が痛い。おれ、スパイとか向いてねぇなきっと。なんてことを思う。
本当に言わなくてもいいのだろうか。確かに、ニコの計画では彼女がクロウディアに奪われ、悲劇のヒロインのフリをしてその背中を刺すというシナリオだ。それが広まったら意味が無くなってしまう。それに、信頼しているからと打ち明けた自殺は、信頼の連鎖であっという間に広まった。その連鎖の最初の一人になれば、また広まるだろう。ということは――。
言えばニコを裏切り、内戦に負ける可能性が高くなる。
言わなければニコ以外を裏切り、内戦に勝つ可能性が高くなる。
彼女から話を聞いたことによって絶望的な二択を突き付けられるハメになったと、カイはひとり愕然としていた。
オークラーが話の続きを読み上げる。
「無人の車が飛び出して、地上で相当な被害を出したらしい。車が十一台廃車だそうだ」
息がかかるほど近い二人の間で、必死に反応を抑える。危うく口が滑ってしまいそうだ。
「ヤバイっすね……」
「死人が無かったのが救いだな。恐らくはファイマンだろうが、なぜあんなところで……?」
「あ、わ、悪いニュースばかりじゃないみたいですよ最新のヤツ……」
オークラーが腕を上げる気配を見せる前にリィラが手早く操作し、そのニュースを見つけた。
『立てこもり犯を制圧 お手柄のカイはヒーローか』
そのタイトルをタップすると、本文の前に動画があったので、リィラがタップする。その速度にオークラーはやや追い付いていない反応だった。
『立てこもり犯がいたのはナナナローンの本社ビルで……』
『カイとT.A.S.隊員が突入し……』
『取り逃した犯人をカイが捕らえ隊員へ引き渡し……』
まるで隊員がオマケのような言い回しだ。実際には、オークラーたちの連携によって仕留めたというのに。
「お、おれだけじゃないんすけど……」
「そうだが、テレビ局は興味がないようだな」
すると画面変わってアップのカイが映し出された。
『世間ではヒーローとして名を馳せ始めたようですが、ご自身ではどのように受け止めているのでしょうか!?』
『いや、えっと――』
あのインタビューのシーンだが、不自然なカットがあり、カイがもう行こうとしている瞬間に変わった。
『――向こうで仲間が傷付いてるんで、じゃっ!』
自分たちが危険な場所に入ったことを咎められた瞬間をカットしたのだろう。
「なんか、やっぱおれ、ヒーローって感じじゃないっすね……」
「だが、世間はそう見ようとしているのかもな。博士とは言い合ったが、T.A.S.からヒーローが出れば、私たちもやり易くなるかもしれん」
マッドと、ロックと、なぜかリィラまで頷いていた。自分が任務に出ている間に何かあったのだろうか。
とはいえヒーローとは、自分には似合わない言葉だ。映画のスーパーヒーローとは違って、何となく生きて、息苦しくて自殺して、やって来た地獄でも何となく流されて、いつの間にか戦うことになった前哨帯とは一度しか対決らしい対決もなく、敵であるはずのファイマンを救いたいとは思うが自分では何も行動していない。
……待てよ。おれ、異世界転生してから自分で選んだことって…………。
腕巻きガジェットのペーパースクリーンの根本にある、長細い画面に赤文字で通知が光った。
隊長はほぼ反射的にデバイスを操作し、マップを開いた。オークラーの位置を示す中心の点と、マップに現れた赤い点の位置は近い。
「任務か。私たちのすぐ近くだ」
「ん? じゃあ、ハンモックですか」
運転中のロックが聞くと、オークラーはマシンガンのストックと銃身との境目にあるへこみを押した。ストックにオークラー側への面がポコンと出て、小さなスクリーンに現在容量が八十二パーセントであることが示された。
「――そうだな。向かってくれ」
そのまま彼女は手慣れた手つきで、マップをカーナビへ同期させた。
「なんすか、ハンモックって?」
「地に足つかず、浮いたまま次の任務へ出ることだ。物資が足りるなら、帰還を省いて急行する……いや、待てよ」
言っている最中に、彼女は何かを理解した顔で、大きくため息をひとつついた。そうしてスクリーンを弄って連絡を飛ばし、ニコを呼び出す。すると発信音が二回鳴りきる前に、映話が始まった。無防備にも、我が物顔で普通に道を歩いているようだ。
「おやおや。隊長からとは珍しい」
三人が覗く中でカイだけが、彼女が映りの良い角度で自分を撮ろうとしていると気付き、なにか、色々な視点で描かれる漫画の読者のような、あるいは神の視点のような気分になった。
いまここで、ニコとオークラーがすれ違いの両想いであることも、ニコが自分の姉と戦っていることも、知っているのは自分だけなのだ。
「任務の内容は」
「何のことかね」
「どうせあなたが送り付けたのでしょう。詳細を」
「何のことか分からないが、偶然にも手元に資料があるから読もうね。相手は前哨帯だ。アジトが発見され、またも立て籠っているらしい」
カイをはじめ、みんなが顔を合わせる。前哨帯。最終兵器への最終兵器を持ったテロリストだ。
「あ、あの、ニコさん。いっすか」
「なにかね?」
「実は、こう、前哨帯が近くのガジェットを止められるガジェットを持ってるかもしれなくて……」
「何を根拠にそう思った?」
「一回目に戦ったとき、
そう言うと彼女は考え込み、それから首を振った。
「心配はない。使ってくることはない」
「どうしてそう言えるんすか」
「列車でのファイマンとの対決の時、使ってこなかっただろう。決着の、絶好の機会だったというのにだよ。それに、それを使えば絶対に勝てる装置を一番最初に使ったっきり二度と使わないなんてことがあるかね? 第三勢力を想定せねばな」
思わず彼女の姉のことを言いそうになり、カイは口をつぐんだ。黙ることが嘘の顔をして睨んできて、嫌だった。
「では万が一に備え、カイ抜きでやります。他に意図が無ければ、の話ですが」
そう言うと、ニコはむっすりとして、それから両肩をすくめた。
「分かった分かった。白状しよう。前哨帯が立て籠っているのは事実だが、起きてから既に警察が動いて包囲している。そこをカイ君にさらってほしい」
「え、でもそれ、横取りってやつっすよね?」
カイが言うと、ニコは不敵に笑った。
「スーパーヒーローはいつだって、警察の横取りで名を売っている。だがそんなことはどうだっていい。いいかね、国をT.A.S.へ傾けるには、前哨帯と敵対し、その最終兵器たるファイマンをヴィランとして仕立て上げ、前哨帯がT.A.S.という闇の組織と戦うレジスタンスであるなんてシナリオの可能性を完膚なきまでにへし折るのだ。φ計画を見捨てさせるためにね」
「へし折っちゃったら、ファイマンが国に切り捨てられるんじゃ……」
それを言った途端、車内の雰囲気が変わった。リィラは少しも気付かないが、ただ怖くてみんなの顔が見られないでいる。カイだけが、自分の意思と仲間の意思の間に挟まれていた。
「その通り。そこを、カイ君。キミが拾い上げるんだ。ヒーローのスピーチでヴィランを改心なんて、いかにもプロレタリア好みのシナリオじゃあないか」
「趣味わる……。でも、そういう作戦っていうのは分かりました。――オークラーさん」
「分かっている。全員聞け。突入はカイへ任せ、我々は警察と連携しバックアップと鼠狩りだ。全ての経路をカバーするよう散開して待機する」
いよいよ本当に隊員がオマケのようで、カイは申し訳なげに「よろしくっす……」と小さく呟いた。それをロックがこちらをチラと見ながら笑う。
「気にすんなよ。俺としちゃ、任務が楽になっていい感じだぜ?」
するとオークラーが座ったまま前傾姿勢で指を組んで咳払いをしたので、大男が「やべっ」と口を滑らせつつ、「いやぁやる気出させようと思ってですね?」と誤魔化した。
各自マシンガンのストックボトルを外して、ボトル口をタッチレスチャージャーから
「博士。カイから吸入してるので――――」
「分かってる。帳簿の
「ねーアタシは?」
リィラが聞く。するとオークラーが、ひとつ頷いた。
「車内の装置を利用して、敵勢力の確認を任せる」
「えー。じゃあまた後ろでなんかなの?」
「勘違いするな。本来の突入作戦はここに隊員を一人置いておくものだ。だが、それを任せられる人材が一人いてくれるおかげで、戦闘に参加できる隊員が増える」
「ん。……しょーがねーなーっ」
言葉のわりに、やけに明るい声色だ。
「よし、到着次第、マッドに習え――」
ちょうどそのとき、ホバーが止まる。
「ついたぜ。前きな」
「はーい」
彼女が前に行く。そしてロックとマッドが入れ替わり、早速彼は、助手席のエアバッグが飛び出すフレームに組み込まれたスクリーンを指差した。
「しゅ、取得したタッチレスチャージャーの強度合計を離散化しないままでいいから全員分のタッチレスチャージャーの強度を差し引いた差分の生データを全員の
明らかにレベルが高い話に、オークラーが思わず眉を潜め、二人の方を見た。
「おっけー」
そしてリィラの軽い返事に目を見張った。その流れに、カイは咳払いのフリをしながら吹き出した。
「何回やればいい?」
「せ、制圧完了の報告が入るまでできるだけたくさん……。ご、
「ん。よゆー」
それですぐにマッドが戻ってきた。十五秒くらいの出来事だった。
「お、終わりました」
「あれで理解できるとはな……。ゴホン。ロック、マッド、建物に対する配置は各自のマップへ送信した。『挨拶』を終えたら持ち場へ向かえ」
ごく僅かな時間で次々と指示が飛ぶ。カイも今か今かとそわそわするのを抑え、指示を待った。
「カイは容疑者の制圧が主になるが、いいか、くれぐれも無理をして全員を痛め付けようと思うな。抵抗してくる敵だけ武装解除し、逃げる者を放置。周囲に敵勢力が無くなれば少しでも即座に帰還これが基本だ。勝てない相手だと思わせて散り散りに逃がせば、あとは私たちが解決する」
「おっけっす」
「よし、行くぞっ!」
オークラーがドアのレバーを下し、真上に開く扉から隊長、隊員と、カイの順で表通りへ飛び出していく。ビジネスビルが並ぶ三車線の大型ストリートで、いつもならきっと大勢の車や人が往来しているのだろうと想像させる小綺麗な場所だった。
ちょうど近くに警察車両のバンも止まっており、顔をしかめた老年が迎えた。
「ウチを
「連絡が行ったと思います。申し訳ありませんが、奪うのは半分のみ。きっちりと、連携しましょう」
「上からの指示には従う。だが、誰一人自分の意志で手伝っちゃいないぞ」
「構いません。仕事というのはそういうものでしょう。私情も欲もあるべきではない」
「ほう、裏切り者に詳しいだけあるな」
彼がそう言うと、オークラーが眉を潜め、それに老年が笑う。
「見回りのおまわりさんと侮ったようだな。ウチは捜査機関だぞ。貴様らの、三十二部隊が前哨帯と秘密裏に接触していたことぐらい調べが付いている」
全員が
どこまで、知ってるんだ。ひょっとしたらモリモトが――あの三十二の隊員が、全て話したのか。
その疑問を、代わりにオークラーが聞いてくれる。
「例の、三十二部隊のモリモトですか」
「そうだが、以前から怪しい動きは見ていた。今回の事情聴取でハッキリしたがな。接触がハッキリしている三人のうち、二人が死に、一人は悪ふざけのように重傷を負わされた。大方は、用済みになってファイマンあたりにやられたんだろう。いい気味だ」
なにか、話に食い違いがある。ということは、彼はきっと――カイたちを恐れたのか――嘘をついてくれたのだろう。
「……そうですか。情報の提供に感謝します」
「虫下ししたけりゃ、プライドを捨ててウチに中まで捜査させるこったな。こういうのは、一匹や二匹だけじゃないぞ」
「そのご忠言は裁判所になさってください。土足で立ち入るための
すると老年が、片方の口角で法令線を深くして見せた。
「見上げたもんだな。小娘の癖に堂々としやがって。その根性、現場でも見せてみろ。行くぞ」
そうして件の建物へ向かう――ために全員がそちらへ向いた時、警察が耳に手をやり、足を止めた。
「どしたんすか?」
「全員止まれッ! 前方に注意しろ!」
なにかの通信が入ったようだ。先んじてカイはバッファとクーラーとプロトリィを起動し、目前に注目した。すると、小さなラジコンか何かが、道の真ん中を通ってやってくるところだった。カイの目測にて百メートル向こうだ。
バッファを切って、オークラーの肩を叩く。
「ラジコンが道の真ん中から来るっすよ」
「ラジコン? リィラが反応しなかったのなら武装はないはずだ。……犯人が携帯を寄越したか」
しかし、老年はそれどころじゃない様子だった。
「携帯ならもう受け取った! 爆弾か何かだ、相手が動くんじゃ遮蔽が間に合わんぞ!」
「ですから、武装は――」
「――オークラーさんマシンガンください!」
ただならぬ様子を見てカイは叫びつつ、またバッファを入れ、マッスルも起動した。
爆弾であるならば、爆風をスタンバーストで打ち消せばいい。撃って、守る。これなら――。
いや、待てよ。
ふと思い出した、高校の勉強で、波の重ね合わせの原理をやったことを。爆風もスタンバーストも衝撃〝波〟ならば、打ち消しあって消えることはない。お互いに通りすぎるだけだ。すると、爆風をもろに受ける。
なんだ。役に立つことあるじゃん勉強って。
カイが動く。全員を守るのであれば、シールドじゃ足りない。デカイ盾がいる。
全員の認知を置いてきぼりにする勢いで左方へ、警察のバンへ飛び付き、窓に手を突っ込んで肘にフレームを引っ掻ける。
そうして、左足がアスファルトへ沈むほどに力を込め、カイを軸に車両を前方へ回転させ、右足でステップを蹴り挙げて横転させた。横倒しの車両、巨大な盾の完成だ。
スリングベルトの固定具を外してマシンガンを投げかけたオークラーから受け取り、車両の上に肘を掛けて上半身だけを出し、そこから狙う。しかしプロトリィのせいでレーザーサイトが見えない。
だが、こっちには引き伸ばされた時間がある。
勘で一発。明後日の方に飛び、目測五十メートル先に見えるラジコンのはるか向こうに当たる。
下を狙って一発。今度はラジコンの少し前かつ右へずれた位置。
やや左に照準を移し、また一発。ラジコンの行く先に当たった。
まさか、
ラジコンがさっき着弾した位置へ差し掛かるとき、引き金を引いた。
遠くとも、飛びはね、部品が飛び散る様子ひとつで当たったかどうかなど一目瞭然だった。
そのとき、スローモーションの世界だとは思えないほどに急激に、ラジコンを中心に強烈な赤が、大きく大きく膨れ上がった。
――ヤバい。
咄嗟に後ろへ飛び降る。髪と角に強烈な圧を掠めながら着地した。間に合った。いや、まだか。横向きの車が、巨人の骨折みたいな音を立てながらスライドし、こちらへ倒れて来る。
今こそだ。
構えてスタンバーストを撃つ。隣で全く同時に、オークラーもスタンバーストをバンへ撃ち込んだ。数百キロのバンが軽々回って戻っていき、元の地にタイヤ着けた状態に戻った。
窓が全て割れ、衝撃波で頭が潰れ、プレス機で潰しかけたと言われても誰もが信じるひどい有り様だった。
バッファもプロトリィも全て切り、カイは笑顔でマシンガンを返す。
「助かりました」
「いい判断だった。お前が彼を信じてくれたお陰で、こっちこそ助かったよ」
「バッファなしでおれと同じくらいってヤバくないっすか反応」
「そっちには自信があるんでな。しかしあの小型で、この威力とは……」
衝撃波か、破片でも飛んだのか、ビルのガラスが砕けていた。高いところだと四階まで割れている。片道三車線、両側六車線の真ん中で爆発して届くとなると……。
あの百メートル先で撃っても死んでたかもしんねぇのか。なんだその威力。とカイは今さら肝を冷やした。
老年が何かに耐えるように、顔を手で擦りながらため息をつき、カイを見る。
「……見事な手際だ。流石に、ちやほやされるだけはあるか。取れるなかでは最善だったかもしれんな。だがひとつ言わせろ」
「へへっ。なんすか?」
「人が乗っていた」
「…………え?」
潰れたバンを見る。
ガチャリとドアが開いた。
中から人が這い出てくる。
「うわ、うわぁ! 大丈夫っすか! 救急車!」
半ば半狂乱で、瀕死に駆け寄った。
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