車上の死闘

――Claudia――

 クロウディアを乗せた四輪車がハイウェイから一般道へ下り、常に混雑したメインストリートを走る。テロリスト、前哨帯ぜんしょうたいの基地の本部とも呼べるアジトは、アヴィシティの中心、ランドマークタワーの側にあった。


 このナラク国では大工場を抱えるアヴィシティを中心に栄えている。金の集まるここの椅子取りゲームは熾烈を極め、景観や空気などお構い無しに政治機関や大工場向けの商業、工業施設を密集させていた。


 大工場という収入源を保護する目的で軍が設置され、それにあやかる形で国会が移動してきて、高収入者ばかりになったので高級店がこぞってやって来て……。そういう形で異常な急成長を遂げたために、この街ひとつでこの国の平均年収を跳ね上げてしまっている。


 そのような都会かつ、大工場のお膝元という最高レベルの警備体制が敷かれたこの場所で、テロリストが堂々と活動しているのだった。


 車は空中道路に入った。シティの象徴となるランドマークタワーを中心とした、いくつもの円や曲線をXYZ平面全てに描くという凄まじい道路であった。位置関係どころか実際に捻れているという無茶な構造のために骨組みだらけで、タワーの外見も何もあったものではない。その様子はまるで、国の象徴が檻に閉じ込められているようだった。


 ナラク国は労働者問題を解決すると意気込んで、この建設現場責任者を卒倒させる構造体を作らせた。しかもこんな具合であるためにメンテナンスは常に必要で、国はそのための人員を高所の危険な作業として、高給で大量に雇っている。そんな、荒業で問題を解決した歴史から見て、タワーよりもこちらの方がよほどランドマークだろう。ここを走るとき、クロウディアはいつもそんなことを考えていた。


 回遊するように上へ上へと登っていき、いつの間にかタワーと高層ビル以外を遥か下まで見下ろせるようになったとき、骨組みを基礎として空中道路へ直接建設されたある建物へ入る。


 前哨帯の基地には、ここ軍の駐屯所が使われていた。敗戦を機に、予算削減ため捨てられた小型の施設で、前哨帯の全員が入ることはできない程度の広さだ。もっとも集合することなどないため、何も問題はない。しかも住民を安心させ窃盗などを防ぐという口実で、この施設が捨てられたことを公表されていないため、人が出入りしても怪しまれることはない。


 車が止まり、運転手が急いで降りて後部座席へ回り込む。そして丁重に扉を開けた。


「お足もとに気を付けてください、クロウディア様」


「……ええ」


 軽装アーマーを装備した男の前を、真っ黒な女が通っていく。


 狙撃対策のため窓が無い建物へ向かい、狭いエントランスを通り、ホールへ。明かりで照らされた広い空間に、簡易な仕切りで区画を作っている。


 その中心区画であり、部屋の中心にある軍評定広場に到着した。


「……来て、ファイマン」


 クロウディアがそう呼ぶと、ひとりの短髪が振り返った。広間の奥へ行き、ふたりきりになる。


「なんだ」


「……また、カイと戦って。……できるならもう、殺してもいいわ」


「いいのか?」


「……ええ」


 ことは慎重に運ぶと言って、ニコと会う回数を増やしていた。ニコと会うためだけに、カイを生かしておかねばならなかった。


 だが、もうじきそうする必要もなくなる。


 もうじき、幸せになれる。顔には出ない笑顔をたたえて、目を伏せた。


「……もう、必要ないの」



――Lila――

 T.A.S.内、コマンドセンター。中央奥の壁に巨大なディスプレイモニターがあり、その手前ではオペレーターたちが並んで個人モニターに向かっていた。忙しなく連絡や報告が飛び交い、みな引き締まった顔をしていた。


 カイが目標としていた速度での移動を達成したのと、テロリストから『駅を襲撃する』という宣言が来たとオークラーが慌ててやってきたのは同時だった。そうしてリィラは、ニコに連れられてこの部屋にやってきた。カイは四七部隊と共に現場へ向かっている。


 様々な指示や通話の声が行き交うこの部屋を見て、リィラは『学校みてえだな』なんて思っていた。最後に学校へ行ったのはずいぶん前で、ガジェットにハマり始めた少し後のことだ。


 ガジェットを早く理解したい一心で理系科目を独学で進め、文系科目は一切無視した。そうするうち文も理も教育の速度とギャップが大きくなっていった。まともに手紙は読めないが、異常なまでに説明書が読める。そんな具合だった。


 すると学校の生徒や先生と会話しなくなっていき、わざわざ出向いて学校に行く意味も分からなくなり、そのもどかしさからついに不登校となった。未練らしい未練もないし、誘い会う友だちもいなかった。学校の生徒は暇潰しの会話をするくらいの仲でしかなかったが、ガジェットに出会ってからはその用事もなくなった。


 リィラは学校への通い始めが遅く、大人しかいない環境で育てば、子どもの文脈にひずみが出る。学年を細分化したクラスの中で、更に細分化されていくコミュニティへ入る余地などなかった。


 最後のクラスの風景は、並んだ机に座る他人たちの、知らないことに夢中になっている遠い背中だった。


「ほらほら、ぼうっとしない!」


「え? あ、ああ。わ、分かってるよ」


 ニコに急かされ、前の方の席へ向かう。博士は椅子を引いて、座るように促してきた。


「って、アタシが座ってどうすんの?」


 座りながら聞くと、ニコは胸を張る。


「そんなの、UAVドローンの操作を任せるに決まってるだろうっ」


「UAV!? そんなの知らないんだけどっ!?」


 昔の戦争で使われていたことがあるとは聞いたことがあったが、最近の条例でガチガチに固められた戦争では禁止されているため、戦闘型UAVは過去の産物であった。


「そりゃそうだろうね。だってPG社の認可降りてないもん。試作品だけど実践投入がバレたらブチギレ案件だ! アハハハハッ!」


 このヘンタイ博士またヤバいことしてるじゃん……。


 PG社は土地なき超大国だ。怒らせたらとてつもない制裁があることぐらい、政治に疎いリィラですら分かった。


「犯罪組織と戦おうって企画で設計したけど、わたしがペイ・デイで軒並み潰しちゃったからジェイクの訓練相手になってお払い箱だったのだ。勿体ないから取っていおいて正解だったね」


「だ、だからって絶対ヤバいヤツじゃんか! 国が!」


「いいよどうせ滅ぶしこの国。で、だね――」


 さらりと言った言葉に、隣のオペレーターがものすごい顔をした。なんだか気の毒に思えてしまう。


「――前線に出ることを想定した装甲機だけど、いま装甲を外すように頼んでる」


「そりゃそっか。どうせ一発貰ったら落ちるからだろ」


「そういうこと。重さは仕様の半分。ブースター出力は、操作性を人の認知の最適にする程度だった。つまり」


「想像の二倍の加速力ってことね」


「そういうこと。カイ君の後を追うついで、動作確認を済ませておくといい。最高速度は相当のものになるから、余裕で間に合う」


「分かった。で、兵装は?」


「オートマチックショットガンでクリームを三百発。一応、十発だけ徹甲弾用の容量も確保した」


「クリーム……散弾? えっと、ショットガンガジェットの……一番ちっちゃい粒じゃなかったっけ、実効距離クソ短いよね。ほぼ肉弾戦?」


「完全に対人向けにしてるから、開き直って白兵戦仕様にしている。徹甲弾も装甲というよりアーマーをぶち抜くためさ」


「ふーん。ってか、車体軽くしたら徹甲弾撃てなくね?」


「んぁあ? そうだねぇ?」


 軽い身体で強烈な銃を撃てば後ろへ吹っ飛ばされるという至極全うな指摘に、ニコはものすごい間抜けな声を出した。


「ま、ま。発射口は中心だし、反動でひっくり返ることはないだろう。いざってときにだけ撃つといいかも」


「そ、そんなんで大丈夫かよ……」


 呆れたところで、ちょうど作業が終わったとアナウンスか入った。


「よし。このゴーグルで見ながら操作して」


「ん」


 リィラが壁の制御盤から生えたゴーグルへ顔を着けると、モニターが目の位置にキュッとずれ、少女の目の幅に合わさった。


「えっ。これHorizonーTecの……」


「はいはいそういうのは戦闘後ね」


 背中をポンポンと叩かれた。いつもなら身体を捻ってでも反抗するリィラだが、奥行きさえも分かる映像に舞い上がって気づいていない。


「ご存じだと思うが、近年の制御装置はゲームコントローラー風にしてある。その規格なのだがゲームはやったことあるかね?」


「…………あ、あんま……」


「分かった。ではボタンの説明からだが、Lスティック……左のスティックが機体の移動で右のスティックが視点を移動……」


 言われながら一通りの運転をし、わずかの間にかなり動かせるようになっていた。基地から少し出たところでクリームを数発撃って距離感を確認する。


 思った通り、本当に銃器かと疑うほど有効距離が短い。しかし動く速度が想像よりかなり早いことで、なるほどこれと戦闘はしたくないなと納得した。


「装甲は外しっぱなしでもいいかもね」


「ほほう。早い速度に適応できるならば……」


「それこそバッファじゃない?」


「うぅん。確かに操縦はできるようになるだろうが、会話できなくなるのは厄介だ。しかし面白そうだな。ちゃんと練ってみよう」


 ニコはおもむろに無線装置を取り上げ、呼び掛ける。


「こちらニコ。例のUAV試作機を六機全て出動させた。進行どうなっている」


[こちらオークラー。現在、アヴィ駅まで半分といったところです]


「了解。ウォールの起動もするから移動急げ」


「え、ウォールまで?」


 思わず聞き返してしまった。ウォールは条約で禁止されている全面戦争が勃発された場合に備え、あらゆる砲撃に耐えられるよう設計されたものだ。攻められやすく狙われやすいこのナラクの『最終防壁』だった。


 そしてこのT.A.S.は、ウォール区画の外にある。


「そうだ。正規軍やファイマンがなりふり構わず攻撃してくるのを、閉じ込めて防げる。なんと、皆さんご存じ正規軍の特権たるウォールのコントロールはわたしにもできるのだぁ!」


「えぇっ!? そんなエラかったの?」


「いいや。ちょっとパスワードをパクってきただけだとも。さぁて面子の手前、金食い虫をハッキングされましたとも言えないお爺さんたちがなんて言い訳するか見ものだねぇ! アハハハっ!」



――Kai――

 マッドの運転するホバーは窓の景色を凄まじい速度で流していく。カイ以外のメンバーは、オークラーとロックとクレイだった。更に五台ものホバーが後ろを追従していく。


 少しして人より少し大きいくらいの、いかついドローンが並走するのが見える。あれがリィラの操縦しているというやつだろう。いくつもプロペラがあり、前世で見たドローンとよく似ていた。きっとこれも、トンボのように急旋回できたりするのだろう。


「もうすぐ到着だ。忘れるな。どのプランになるかは状況による」


「了解」


「了解っす」


 緊張する。バッファに使い慣れ、無茶な動きもできるようになってきたとはいえ、決して完璧とは言えない。


 ニコが超えろと言った速度は、バッファを使ってさえ早い。それはマッスルで身体を強化していないと、地面や壁に叩きつけられグシャグシャになってしまうほどだという。まだその速度には慣れきっていない。


 ……勝てるのか、おれ。


 ホバーが止まり、マッドが何かを操作すると、ブゥウンという音が車内に反響し、隊員たちの持つマシンガンの銃身の隙間から光が漏れた。銃器ガジェットを探知するためのセンサーだった。数までは分からないが、エクスガジェットのタッチレスチャージャーを検知可能で、よほど古風か貧乏でもないと火薬銃を使わないため、敵戦力がどの程度の集団であるかぐらいは分かる。


「――て、敵らしい反応は駅のみ! しゅ、周囲のは警察の分だから降りて大丈夫だよぉ」


「よし行け!」


 全員でホバーを降りる。到着したのは、リィラとこの街へ来たときに降りた駅だった。どうやら警察が出動していたようで、テープで境界を作って駅前の野次馬などを引き下がらせていた。ホバーはテープすぐ側の空いたスペースに止まったようだ。


 駅方角からの狙撃に備えてホバーを盾にしつつ、隊員は各自、駅周辺の建物、特に屋上を満遍なくクリアリングした。目視での安全確認が済んだところで、警察ひとりがやってきた。オークラーがその前に立つ。


「あんたらがT.A.S.だな。犯人は前哨帯とかって名乗って、駅のホームに立て籠っている。人質は十数人」


「その名に聞き覚えは?」


「あんたらのホバー事故の犯人だろ。あんたらの方が詳しいんじゃないのか」


「ほう」


 オークラーの疑いの目に、警官は顔をしかめた。


「あぁもう。犯人探しは内部だけでいい。外野まで口出してくんな。うんざりだクソッタレ」


 その口振りから、警察全体が疑心暗鬼状態になっているようだと分かった。裏を返せば、全員が国に飼われた裏切り者ではないということでもあった。そうカイは安心する。特定組織が裏切り者でないということの裏を返せば、あらゆる機関に鼠が潜んでいるとも言えるのだが。


「すまないな。それで、犯人の人数は分かっているか?」


「二人だ。だが……片方がバカでかい大砲みたいのを担いでいる。忠告しておいてやるが、行ってもあのバケモノに殺されちまうだけだぞ」


「情報には感謝する。人質が出てきた場合に備えて保護の準備を頼む。――総員散開! 警戒態勢で進め!」


 オークラーがハンドサインと共に叫ぶ。すると一機のドローンが警官へ詰め寄って威嚇してからこっちへ来る。あの噛みつくような姿勢。あれがリィラだなと、カイは瞬時に察した。


 クレイがカイの背を叩く。


「行くぞカイ君。隊長の後ろについて」


「うっす!」


 散開し、物陰に隠れつつ、駅前の階段を登っていく。カイだけはオークラーの真後ろについて進んだ。柱の影の位置から上りきり、柱の裏へ隠れ、オークラーは中を覗く。柱の反対側からカイも覗いた。


 ビジネス街の駅だからか中は広々としていて、その広い空間のちょうど真ん中に改札がある。


 そして一番奥。止まった列車のすぐ手前。一目見ただけで、あの巨大な影がグレートライフルだと分かった。それをまるでバットか何かのように肩に担ぐファイマンと、その仲間らしい男と、座らされた人質たちがいる。


 ここからでは距離がありすぎる。あの規格外の銃があっては、近づく前に撃たれてしまう。素人のカイですら、それが分かった。


「我々はァあああ! 前ッ! 哨ッ! 帯ッ! であるゥうううッ!」


 絶叫が駅構内中を反響した。どうやら、ファイマンの仲間が叫んだようだ。


「ファイマン様がァあああ! 撃たないと仰っているゥうううう! 出てこォおおおい!」


 振り返ってオークラーを確認するが、微動だにせず考えているようだ。当然だ。グレートライフルはこの太い柱ですら、易々と貫通できる。下手に声を出して居場所を教える訳にもいかない。


「……総員。プランは――」


「出て来ないならァああああ!」


 また絶叫。覗くと、いつの間にか人質のひとりが立たされていて、男がその人へ銃を向けていた。


「アーミーのせいでぇ、人が死ぬゥううううッ!」


「ま、待てッ!」


 慌てて飛び出す。同時に銃声がして、人質が倒れた。


 ――嘘だろ。あんなにあっさり殺しちまうのかよ。


「お前だァああああ! 他のやつもそのまま来ォおおおい! 来ないならァああああ!」


「わ、分かった! 分かったからもう撃たないでくれ!」


 両手を上げて、ゆっくり近づく。背後から来たオークラーに、背中を小突かれる。


「カイ! 飛び出してどうする!」


「す、すんません。でも、見殺しになんかできませんよ」


「出るならせめて、我々が先に出る。お前はあの人質よりも守られるべき存在だ。順序を間違えるな」


「……すいません」


 やはり、T.A.S.の勝利のための合理的判断と、自分の正義には決定的な違いがある。カイはそれを言語化できずに、ただもやもやとしていた。


 ゆっくりと近付いていき、四人で改札の前に立つ。男の持つ銃は、どうやら手製の粗悪なハンドガンのようだ。


 そしてファイマンは、グレートライフルを地面にズンと下ろし、乗客のスーツケースを重ねた上に腰をかけた。脚を組み、頬杖までついて、カイをじっと見ていた。


「よぉし! そこのχだけを通せ! 人質と交換だ! ほら来い!」


 銃を仰ぐようにして、来いとゼスチャーもした。


 いや、これじゃあダメだろ。おれを捕まえてから、人質を全員殺すかもしれない。


「ま、待て……じゃなくて、待ってください。人質の人たちと同時じゃなきゃ――」


 男の足元に座っていた人質の頭を弾丸が突き抜けた。壊れたように倒れ、根っこが折れた角が転がっていく。


「――てめぇッ!」


「よせ!」


 また飛び出そうとしたのを、ロックに止められた。だがカイはそれを振り払おうと暴れる。カイは、完全にキレてしまっていた。


「要求ではない命令だ! 命令に従えないなら罰がありィ! お前たちへの罰は人質の死だァああああ!」


「そいつらは――関係ねえだろ! なんでそんな平気で人殺せんだよっ!」


「我々はァあああ! 前・哨・帯・であるゥうううう! 我らが革命のォおお! 最前線にありィいいいい! 全ては人々のためにィいいいいい!」


「うるせえ! なにが革命だ! どこが人々のためだ! ふざけんなッ!」


 男はまた、人質の一人へ銃を向けた。今度は引き金を引かない。


「選べ! 死か服従か! この無力な民を殺すのは常に我々ではなァい!」


「この……」


 歯を食い縛り、数呼吸。しかし熱はまるで冷めることがない。するとオークラーが顔を掴んで来て、カイと無理やり視線を合わせた。


「カイ。聞け。お前だけは冷静でいろ。負ければ結局全員が死ぬ」


「……分かってます。分かってるっすけど」


「これは映画じゃない。全員を完璧には守れん。お前は、最大の驚異を排除することだけに専念しろ。その代わり――」


 オークラーは、マシンガンのグリップを握る手に力を込める。


「――バックアップなら任せろ。さあこれを。無いよりはマシだろう」


 オークラーからマシンガンを受け取った。スリングに首を通し、他の隊員がするように身体の前で斜めがけにする。


「おいお前ェえええ! それは――」


 ファイマンの腕が絶叫を止める。男は素直に従った。きっと、マシンガンがあったところで勝てると確信しているんだ。


「やはり慢心しているな。……行ってこい、カイ」


「……分かりました。みんなをよろしくお願いします」


 カイは男を睨みながら、マッスルを起動する。改札を飛び越えて着地した。


「ほら。みんなを解放しろ」


 絶叫男はファイマンを見る。巨大な銃を担ぐ彼は立ち上がり、止まっている電車へ歩いていく。すると男は一人の女の子の腕を取って立ち上がらせ、「着いてこォおおおい!」とファイマンに続いた。


 カイも後を追い、人質とすれ違うときに逃げるよう促してやると、みんな素直に従ってくれた。あとはあの子だけだ。でもどう隙を突く? あの男に手を出せばファイマンがぶっぱなしてもろとも、か。ここは従うしかない。


 ファイマンは飛び上がって列車の屋根に乗った。カイも続いて屋根に飛び乗る。列車の表面を形成する薄い疑似物質は、中が透けるほどの薄い見た目に反して不気味なくらいに固い。まるで、巨大な岩の上に立ったかのようだった。


 狙いは仲間との分断だな。カイはいつでも撃てるよう、さりげなくマシンガンに右腕をかざす。腕の中にちょっとした違和感が生まれた。きっとこれでハッキングできたのだろう。


 弾が無限に撃てるというのに、なんだか頼りないグリップだった。


「よォおおおし! 出ろ!」


 下であの男が、運転手を引きずり出していた。少女はとっくに解放されていて、改札へ向かって走っていっていた。


「……あ、あの、すみません、カーブではブレーキ……」


 せめてもの忠告をしようとした駅員の顔も吹っ飛ばされる。


 ――あの野郎。煮えくり返りそうな腹を、どうにか沈めた。


 落ち着けよカイ。死にゲーでもそうだったろ。冷静になんなきゃ偶然でさえ勝てなくなる。よく見て、必要な動きをしろ。今のおれにはそのためのガジェットがある。


 ファイマンに勝ったらご褒美に、あいつの顔面ぶん殴ってやらぁ。


 列車が急速に動き出す。部隊が少女を保護して撤退していくのが見えた。きっとホバーで追ってきてくれるのだろう。オークラーへ頷きを送り、バッファを起動した。


 列車の屋根の上。ファイマンと睨み合い続ける。相手はまだ、グレートライフルの銃口を下げたままだった。戦いは、もう少し後に始めるつもりなのだろうか。


 リィラが言うには、テロリストはカイを捕まえようなどと言っていたのだという。ならば無限のPpが欲しくて行動しているはずで、これがそのための誘拐なのだろうし、あの絶叫男もそう思って行動しているはず。だが一方で、ファイマンからの殺気は相変わらずだ。前の戦いでもそうだったが、こいつは本気で殺りに来ている。


 あいつがおれを倒そうとするのはφ計画がχ計画よりも優れていると証明するためで、自分の兵器としての価値を証明するためだ。でも勝つだけだったら、捕まえるだけでもいいはずだ。それでも殺そうとするのには、別の理由があるのか。


 それとも――。


 カイはバッファを切った。どうしても、言わねばならないと思った。


「ファイマン。全部が終わったら、テロリストをみんな殺す気なんだろ。裏切って」


「……」


「でもさ。そのあとお前も殺されるんじゃないか。だって、テロリストのリーダーになって、顔を出しちゃってるんだよ。国はもうφ計画の子どもとかの育て方とか、分かるだろうし、お前を切りすてようとするんじゃないか」


「…………」


「……ファイマン。もう、そんな国のために戦うのは止めないか? おれも、受け入れてもらえるように……」


 頑張って説得するから。そこまで言えなかった。どうしても、あのとき目の前で殺された隊員の顔がちらついてしまう。ファイマンは、ただ黙ってカイを見つめていた。その顔は意外そうにも呆れたようにも見えたが、彼はただ黙っている。


 急に空が明るくなった。視界を外しすぎない程度に周囲を見ると、Ppの輝きを持つドームが作られていた。これは……テロリスト側の何かだろうか。あるいはT.A.S.側?


 その僅かな思考時間の間にも沈黙が破られることはなかった。応じる気はない、か。


「……そうだよな」


 またバッファを入れる。それと同時に、ファイマンが口を開いた。声までスローになっているので聞き取れなかったが、まさか受けてくれるのか。


 そう希望を持った瞬間。銃口がカイへ向いた。


 ――まずい。


 真横へ飛んで列車の直線から脱出する。


 カイの居た位置を通り抜け、列車の後方へ飛んでいく輝きがあったが、バッファのお陰で十分に目視できる速度だ。ファイマンはまだ反動を身体で受けているが、その目はカイをしっかりと捕らえ続けていた。


 五分の一の世界で、お互いを観察し合っていた。


 今戻れば弾丸の餌食。戻らないと落ちて死ぬ。だったら戻る隙を作る。


 宙に浮いたままアンカーブレードを起動して列車の側面へ放った。あの頑丈な薄膜へもブレードは深々と突き刺さった。マシンガンを両手で構え、しっかりと狙って撃つ。レーザーサイトのお陰で確実に当てられた。


 グレートライフルを盾にするのを見てからロープを巻いて列車の壁に張り付いた。そのまま撃ちまくって相手の動きを封じ、すぐさま窓を撃ってガラスを割り素早く中へ入り込む。背後でさっきまで張り付いていた壁が輝きと轟音に侵食されて消えた。


 アンカーブレードを再起動して床に撃ち込み、そのまま反対側の窓を撃ち破って上へ飛び出した。ロープの長さを一定で止めて窓の上部に引っかけ、振り子のようにグルンッと急転換した勢いで屋根に着地。同時に弾丸の雨を浴びせ始める。


 数発は当たったが、すぐに防がれ始める。今のも回復されてしまうだろう。ダメージが蓄積しない相手をどう倒せばいい?


 横から何かが前へ飛び出して行く。ドローンだ。ファイマンとのすれ違い様に、ショットガンで強固な盾へ超大量の粒子を叩きつけ、よろめかせた。


 よっしゃ。一気に火力ドンで勝つ!


 ドローンが背後から撃てるよう、とにかくぶっぱなし続ける。防戦一方のファイマンの上で、一機、二機とくるくる回りいくつものドローンが輪を作っていく。


 六機揃った瞬間。弾丸の嵐。降り注ぐのは目の前が真っ白になるほどの光の粒。よし、これは倒し――。


 ――盾が上へ飛んだ。


「へ……?」


 グレートライフルがドローンたちと同じ高さになり、嵐以上の輝きが明後日の方角へ飛んでいった。


 い、一機ぐらいは。カイはそう思ったが、それどころじゃなかった。


 ファイマンは反動で宙に浮いたまま高速回転し、巨大な銃身をドローンへ叩き付け、片っ端から叩き落としていた。


 ……そ、そんなんありぃ…………?


 独楽こまのような回転を片手と両足で受け止めてしっかりと着地し、回転を止めた勢いでライフルを背に担ぐ。


 もはや原型が分からないほどにボロボロの顔面が、逆再生のように治っていく。


 ――やっべ。


 カイは慌ててマシンガンを撃ち直すが、再び強固な盾がはだかる。


 ドローンはあと二機。かろうじて――。


 ファイマンがドローンへ一発ぶっぱなし、命中させた。


 ……あと一機。嘘だろ。勝てる流れだったじゃん。こんな一瞬でひっくり返されるのかよ。


 ファイマンは撃ってすぐ防御した。怪我の治癒スピードからトドメが間に合うとも思えない。相手は一撃必殺であり、こちらが手を見せてしまった以上、こっちにできる動きも限られる。


 銃口が最後の一機に向く。


 その瞬間、ドローンが光るPpの杭を適当な方角へ放ち、反動で避けた。


 ……そうか。


 まだ、動きは増やせる。


 マシンガンを撃ち続けながら距離を詰めた。熱されて赤くなった巨大な銃口がカイへ向くと同時に真横へ飛ぶ。同時に空中で振り返り、スタンバーストを後方へ向かって起動した。


 グンッ、と加速してファイマンの斜め前方へ飛び出す。鉄塊の動きは間に合っていない。


 ――いける。


 アンカーブレードをファイマンの胴へ直接撃ち込んだ。刺さると同時にロープを巻いて一気に距離を詰める。


 強烈な体重差でカイだけが一気に加速する。


「ぅおらぁあッ!」


 超加速で生じた運動エネルギーを拳に込めて全て消費する。


 衝突するは頭。


 その負荷が全て、ファイマンの首に掛かった。どこまでも鈍く湿った、骨が粉々に砕ける感覚が腕から伝わってくる。


 落下するカイと、崩れ落ちたファイマンが、同時に倒れ込んだ。


 ……やった。


 ファイマンはぐったりと、動かなくなった。信じられずに改めて見ると、顔周りがあまりにもグロテスクで、吐き気を催して顔を逸らした。


 ……まじか。勝った。勝てたのか。


 バッファを切って立ち上がる。


 …………生きられた。


 達成感や喜びより先に、そう思った。そもそも勝てるとは思ってなかった。殺られるかもと思っていた。


 だが生き残った。首の骨を折って。殺して――。


 ――――。


「――ごめんな」


 走る列車の上。前だけを見据え、カイは呟いた。


 おれは勝った。だけど。


「お前だって被害者だったんだ。こんな方法より、もっといい方法があればさ。一緒に逃げちゃうとか」


 だけど、すっげえ悔しい。


「信じてくれないと思うけど、おれ……殺し合いとかしたくなかったよ」


 拳を握りしめた。


「……次に生まれたら、ぜってえ友だちになろうぜ。おれ、待ってるからさ」


 ……むしゃくしゃする。


 このモヤモヤをあの絶叫野郎で発散させてやる。おれだってたまには、そういう悪いことするさ。


 硬い右こぶしで左手の平を叩いたとき、背後で銃声がした。さっきまで音が引き伸ばされていたので聞き分けられはしないが、たぶんドローンのショットガンだ。


 まさか死体を撃ったのか。いやそんなバカな。そう思って振り返った瞬間。


 目の前に、鉄の塊が迫ってきていた。


「え……」


 超重量級の一撃に、カイは人形みたいに列車の外側へ弾き出された。


 かろうじて繋ぎ止めた意識で列車の壁にアンカーを撃ち込み、即座に壁へ戻った。


 等速の世界に反応しきれず、殴られた方の肩から壁に叩き付けられる。


「が……。ぅぐ……」


 また視界が白黒した。それでも気合いで意識を保つ。


 なんでだ。


 確かに、殺したはずなのに。


 上を見る。


 全ての傷を治した綺麗な顔が、カイを見下ろしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る