第21話 和泉仙子と深見一華の激闘

 道中、何度か呪物雪姫菜本を棄てようと思い込んだものの、俺に残る罪悪感がそれをさせることはなかった。

 自分自身の葛藤と苦闘しながら家路についていると、先日公園で偶然再会した深見を見掛ける。

 藤袴高校の同級生か、彼女の隣には知らない人物がおり、和気藹々とした雰囲気で歩く姿があった。

 彼女達の邪魔をしたら悪いと思い、影を潜めて通り過ぎようとすると──、


 「あれ? 茜くん? や、昨日振りだね」


 俺を認識した深見は友達を放置して駆け寄る。

 いや、お友達に申し訳ないと思って声を掛けなかったんだが。お前の方から俺に近寄ってどうする。とも言い出せず、俺は偶然を装い深見に接する。


 「深見か、昨日は色々悪かった」


 「ううん、いいの。頼りにされるのは嬉しいし、何より……茜くんが困っていたら助けたいから、私」


 深見は頬を掻きながら返答する。

 そんな彼女の反応に痒みが生じ返答に窮していると、後ろにいる深見の友人が俺達の様子を不審がる。そして徐々に彼女の表情が綻んでいくと、俺達の間に割って入った。


 「一華の友人の林一檎はやしいちごっていいまーす! 貴方が一華の彼氏の鬼灯茜くん?」


 「鬼灯茜ですが彼氏ではないです」


 「んんっ? 間違ったかな……?」


 深見は林さんに俺のことを何と紹介しているのか。

 俺と林さんが深見に視線を送ると、彼女は汗を垂らしながら顔を背ける。

 そんな目が泳ぐ深見を傍目に、林さんは俺の腹を軽く肘で突いて呟く。


 「あのねーこの子ね、鬼灯くんのことね──」


 「リンちゃん? ちょっと路地裏行こうか?」


 林さんは深見に首根っこを掴まれると、必死の抵抗も虚しく路地裏に連れて行かれてしまった。

 勝手に帰るのも悪いと思い彼女達が戻ってくるのを大人しく待っていると、腹を抑えた林さんと満面の笑みを浮かべた深見が戻ってくる。

 腹を突かれたようで林さんはその場に抱えて蹲る。俺は彼女の身を案じようとすると、相変わらず物騒な微笑の深見が静止する。恐怖を覚えた俺は追求するのを止め、ただ腹痛を催したのだと思い込むことにした。


 「彼女はリンちゃんこと林一檎ちゃん。実は私達と小学校が一緒なんだけれど、高学年で転校してきた茜くんは知らないだろうし、林ちゃんは中学校は別の中学だったから尚更憶えてないよね」


 「えぇまぁ」


 「貴方がお金持ち学校に通われる……鬼灯茜くん……? お噂は予々一華より存じております……。仲が良い友人がおられるとかで……! どうぞ、よろしく……!」


 痛みが引いてきたのか腹を摩りながら林さんは握手を求める。


 「そんなお金持ち学校に通われる鬼灯くんに、不肖ながらお願いがあります。男の子、紹介……してください!」


 「ちょっと、リンちゃん!?」


 何を申すかと思えば男の紹介を求める林さん。そんな林さんの要望に深見は絶句して額を抑える。


 「それ即ち、お金持ち学校の男の子と付き合って、挙げ句の果てに結婚すれば玉の輿! もう人生の勝利確定でしょ? 鬼灯くんは既に予約入っているし、彼の交友関係から捜し出すしかないでしょ」


 「予約って……! 茜くん、リンちゃんの言う事は無視していいからね」


 「一華ばっかりずるくない? 鬼灯くん独占して独占欲の塊? あ、この子独占欲強いから気を付けた方がいいよ? だって、今日もこの子──」


 「リンちゃん?」


 男性の紹介を頼まれて俺は自身の交友関係を探った。

 脳内の候補を検索して僅か1秒程。悲しいことに俺に同性の友人は見当たらなかった。

 お嬢、楪さん、雪姫菜、咲夜と全員が異性という両手に花過ぎる状態。しかし生憎、男性の身近な存在とやらが見付からない。

 唯一俺の知る男性陣である金枝と便所での不審者。金枝には睨みを効かされているし、不審者の方は名前すら知らない。

 お頭に猛烈な殺意を抱かれ、敵に塩を送ってしまうが金枝に林さんを紹介でもしてみようか。


 「学力試験二位の猛者と顔見知りなので、学外の異性とお近付きになりたいか確認してみます」


 「本当!? 助かるー! あ、これ私の連絡先、何かあったら連絡して」


 林さんの連絡先が記されたメモ帳を受け取る。


 「じゃ、邪魔者は退散しますので、後は二人で仲睦まじくよろしく! それじゃ!」


 そう言い残し颯爽と俺達の前から姿を消していった。

 取り残された俺と深見は顔を見合わせて、俺達も帰るかと歩みを再開する。

 同性の友達がいない俺と違い、大分対人関係能力の高そうな人であった。俺も見習わなければならない。

 思えば俺の周囲は、コミュ力の低そうな者ばかりである。お嬢は周囲に敵意を向けて他人に興味を抱こうとしないし、楪さんは温和で陽気な性格だが内向的な部分はあるし、雪姫菜は一見愛想が良く周囲に分け隔てなく接しているように見えるが、その内面には壁を隔てているように見える。


 俺は俺で春月において同性の友人はおらず、逆に周囲から嫌悪や妬みなるものを抱かれている現状。もう希望すら見えない。

 同性の友人と二人組を作れと命令されれば、俺が余物になるのは確認事項。もう俺はいらない子なのである。


 「なぁ深見。藤袴高校は楽しいか?」


 「うん楽しいよ。皆良い人で優しいし仲良いし。かえでくんとあおいちゃんも元気だよ」


 「そうか」


 入学早々春月から藤袴に転校などする気は更々なく、また俺の選択も結局は後悔などしていないが、やはり──だ。やはり、俺が藤袴に行っていた場合の世界線γとやらも気になってしまう。

 そうなれば、社会的死亡と学内追放を脅迫に偽恋人の契約を交わすことなく、学校の有力者から睨まれず、俺はもう少し上手くやれていただろうか。


 「そっちは楽しい?」


 「…………楽しいよ?」


 「楽しくないんだ……。でも安心して、ほらね、ちょっと早いかもしれないけど、皆で夏休み夏祭り行こうだとか、海行こうとか計画練っているから」


 「それは、羨ましいな」


 「え? 茜くんも一緒だよ?」


 そう言葉を告げられて思わず足を止めてしまった。

 立ち止まった俺に気が付かず、深見は先へ進みながら言葉を続ける。


 「高校は別々でも、私達は友達でしょ? またさ、中学みたいに盛り上がって楽しもうよ。私達は楽しいこと、やりたいこと最優先でしょ?」


 ──楽しいこと、やりたいこと最優先。

 馴染み深い単語。どこか懐かしい言葉だと錯覚してしまう。

 俺は……大事な事を、何か重要なものを忘れてしまっているような──。

 戦前空襲の大火を諸共せず樹齢何百年かと語られる咲き誇る桜の大樹。俺は桜の木の下で彼女と出逢い──。


 「茜くん……?」


 ──通りすがりの超絶美少女。

 最近聞き馴染みの多い単語。鬱陶しく煩わしくも感じる。

 よく思い出せ、記憶を想起しろ。

 俺の人生を変えたと言っても過言ではない恩人の名前を。

 超絶──超絶天才美少女。

 月白雪姫菜。まさか、お前が──。


 その瞬間、突然俺の背後から大型犬に強襲される。

 俺を押し倒した白い大型犬は顔面を舐め回す。

 その白い可愛らしい犬のおかげで俺の回想の全てが吹っ飛んだ。そして、あの残虐非道なる偽恋人の雪姫菜ではないと冷静さを取り戻した。

 飼い主の手から逃げ出してしまったのかリードが地面に垂れている。飼い主に文句の一つでも言ってやろうかと、不満垂れ垂れになりながら犬を撫で回していると、


 「──ゴリちゃん?」


 「ゴ、ゴリ……? な、なんて言ったの……?」


 この腹を曝け出し私をもっと撫でろと可愛らしさを爆発させる大型犬は、和泉家の家族でもあるゴリアテちゃん(お嬢命名)である。犬種はサモエド。

 腹を撫でてリードを取ると、ゴリちゃんはお利口にお座りに姿勢を保つ。大方散歩に付き合えとのことだろう。

 適度に満足させた後、和泉家に連れ戻すかと彼女の我儘に付き合おうと意気込むと、背後から散歩主が姿を現す。


 「──茜?」


 「お嬢……?」


 散歩に付き合っていたのは和泉家の組のものではなく、和泉家令嬢お嬢本人であった。

 彼女は俺と深見の顔に一瞥くれると深見に詰め寄る。


 「貴女、どちら様? 茜の何?」


 剣呑な雰囲気のお嬢は、深見に顔を近付けると見回す。

 その澱んだお嬢の威圧に息を呑み、深見は言葉を返す。


 「……貴女こそ、誰なんですか? 私は茜くんの幼馴染の、深見一華ですけど?」


 「幼馴染……? 深見一華……?」


 お嬢は首を傾げると腕を組み、自身の記憶から深見を探っているのだろう、思考に没頭する。


 「いや知らない……誰よ、怖」


 お嬢は思い当たる人物がいないのか、悪寒を発し後退りする。

 そして、本来の姿を取り戻したお嬢は、深見と対面して告げる。


 「そもそもね、茜には私以外幼馴染はいないし、小学校と中学校も友達のいない可哀想な子だったの! そんな中、茜の幼馴染を自称する貴女は何者なの? もしかして変質者?」


 「確かに茜くんは私達以外友達はいませんが、それが私に何が関係すると? 貴女こそ何ですか? 貴女こそ、自分を幼馴染だと妄信しているただの精神異常者では?」


 的確に俺の友達少ない欠点を抉るのは辞めてくれませんか。

 諍いを止める暇もなく両者共に口論に加熱を増していく。


 「貴女、茜との幼馴染歴は幾つ? 所詮5年程度のぽっと出の馬の骨でしょ? 私はね、彼の小さい頃、それこそ保育園幼稚園といった頃からの付き合いなの。格の差が違うのよ、格の差が! それこそ世界線αも含めると十年を遥かに超える幼馴染歴なのよ、私は!」


 「確かに茜くんとは小学校高学年の頃からの付き合いで、貴女とは早くに出会っていませんけれども、それでも高学年から中学校卒業までずっと一緒の仲だったんですが? 運動会や遠足、色々な行事を重ねて思い出を培っているんですが? それと世界線αとか何ですか貴女、やっぱり精神異常者では?」


 「フフフ……聞く限り貴女は茜とは高校が別なのね? あーら、高校が別で可哀想! もう同じ行事で一緒に思い出を積み上げる事は出来ないわねー。残念だったわねー」


 「高校が別でも一緒に過ごす事は可能では? それこそ夏祭りや海を行く約束してますけれど? 高校が一緒という特権でしか、私を煽る事が出来なくて残念でしたねぇ?」


 口論は過激を増し、遂に直々に拳を交わすことがお嬢より提案される。


 「表へ出なさい。その減らず口を叩きのめしてあげる」


 「これでも私は護身用に空手を習っていますので。泣き喚いて後悔しないでくださいね?」


 喧嘩の原因が俺? になるとは、流石の俺も気が引けるので、恐る恐る彼女達に場を諫めるべく声を掛ける。


 「あの、両者共落ち着いてください。平和的な議論、これ大事だと思います」


 「「茜(くん)は黙ってて(くれる?)」」


 俺には場に一瞬にして静寂をもたらした雪姫菜程の威厳はなく、俺の鶴の一言は無残にも掻き消された。

 もう二人の気が晴れるまで決闘させようと、二人の制止を諦めた俺はゴリちゃんの横に座って、事の成り行きを見学することに決める。

 そんな戦いの火蓋が切って落とされそうになった寸前、彼女達の前に乱入者が出現する。


 「戦いは──やめなさい!」


 仮にも女の子二人に──腹に一撃を喰らわせた乱入者の梅原蛍さんは、一瞬にして二人を沈黙させると、揃って脇腹に抱えて連れ戻す。

 戦意喪失した二人を投げ捨てると、彼女は俺の横に座る。


 「修羅場ですね☆」


 「う、ううん……まぁ、はい……」


 蛍さんはお嬢と深見を正座させると、監督者らしく二人に指導に入った。


 「いいですか? 決闘は決闘罪と言って立派な犯罪なんです! 駄目ですよ!」


 貴女があんまり言える立場じゃねぇだろと内心感じたが、場を濁すのも悪いと思い口を噤む。


 「こんな人通りのある場所で決闘をするのは駄目ですよ! 警察に通報されてお世話になっちゃいます! ですので、やるなら一目の付かない跡地や廃墟にしてください」


 喧嘩のやるやらないは否定しないのか。


 「ですが、お二人のあーくんに対する頑固たる意志は痛切に感じ、その熱を発散する場所も必要だろうと思っています」


 「「というと……?」」


 「どちらがあーくんを知り尽くしているかの対決、『クイズ$アカモネア』を開催したいと思います」


 語呂が悪過ぎる。


 「勝利者には優勝賞金……ではなく、一日あーくんを好き放題出来る権利を贈呈したいと思います」


 「「!」」


 俺の人権ないんですか?

 勝手に俺の許可なく自身を賭けの対象にされた第一回クイズ$アカモネアの開催が宣言された。

 どっちが勝者でも俺に利益は何もない勝負事。ただ蛍さんが楽しみたいだけという悦を感じる。

 そういえば、と俺は蛍さんに訊ねる。


 「勝負のルールとか内容全く知りませんが、仮に引き分けになった場合はどうなるんです」


 「私が勝者となり、あーくんとお出かけデートします!」


 「えぇ……」


 その言葉を聞いて二人に再度熱が籠る。

 双方同じ動作で立ち上がる。


 「こんな筋肉馬鹿に茜何でもする権を譲る気はないし、変質者の手に渡ったとしても、私の大大大好きな茜が何をされるか分からない。だから決して負けない」


 「お二人のことは知りませんが、茜くんのことは何でも知ってるつもりです。茜くん検定保持者の誇りとして、決して貴女には負けません」


 そんなマイナーな資格保持しているの貴女達だけですよ。

 そんなこんなで暇な俺達は、クイズ大会を開催することになった。

 金枝の対策、雪姫菜、侑子様と様々な問題を抱える中の開催、精神的な痛みで腹痛を催す。

 隣で俺の顔面を舐め回すゴリちゃんを悩みが無さそうで羨ましいと感じてしまった。

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