第12話 お昼の作戦会議
ホテルのレストランの如く豪華絢爛に立派な内観の食堂。
品目は和洋中様々な料理があり、海外有名店の料理人や名家に仕えていた料理番などが料理を振る舞っているらしい。
上流階級の人間が多く集うこの学校において、お値段は張るのだろうと睨んでいたが、一般家庭の外部生にも配慮された値段価格となっていて安心を得られる。
楪さんは鯖味噌定食(ご飯大盛り)+ステーキ定食を頼み、デザートに杏仁豆腐とケーキを注文したが、なんとこれでも料金は千円未満であった。
雪姫菜は精進料理を注文したようで、膝にお盆を載せて車椅子を押す楪さんと共に戻る。
俺の昼はお嬢特製の弁当であり、食欲はあるものの箸を持つ手が重くなる。
三段重ねの重箱。お嬢の愛情が籠っているらしい弁当は、見た目通りの重量感がある。
お嬢は俺を期待した眼差しで見つめる。開けて開けてと急かさんばかりの視線に、俺は観念して禁断の蓋を開く。
「……これは」
「えぇ……和泉さんにしては」
興味津々に眺めていた楪さんと雪姫菜が口を開く。
中身は鶏肉と海老の唐揚げ、ミートボールにウィンナー、出汁焼き卵にブロッコリーやトマトといった野菜の類。
俺の覚悟と裏腹に一段目は色取りの美味しそうなおかずが揃えられていた。
恐る恐る二段目も開くと、食後のデザート用だろうか。果物やケーキといった甘味のある物が用意されている。
「はぇー……すっごい美味しそう……」
「フフフ……平伏しなさい。一つくらいならあげてもいいわよ?」
楪さんが感嘆を漏らすと、お嬢は満足気な表情で胸を張るが、対する雪姫菜は、
「あの和泉さんにしては新鮮味がないですね。口へ運ぶのを躊躇う程の悍ましい殺人兵器を期待していたのですが。蝉の抜け殻とか入れていませんか?」
「あのねぇ……私をどこぞの乱暴者ガキ大将と誤解してない? そもそもね、茜との花嫁修行のため自己研磨を重ねてきた私にとって、この程度はお茶の子さいさいよ」
闇が深いお嬢のことだから異様な弁当になると危惧していたが、それは杞憂だったようである。
疑心暗鬼になりつつある心も落ち着き、俺は三段目を持ち上げた。
一見普通のご飯であったが──お嬢を知る俺とっては、禍々しい光景となっていた。
ご飯に海苔が添えられているのだが、それが黒いハートに形作られており、お嬢の心情を具現化したかのようだった。
それを見た俺は、ある危機感を抱く。
「変な物とか入れていませんよね」
「…………入れて、ないわよ?」
ご満悦だったお嬢は、俺の問い掛けに顔を背ける。
お嬢の反応から、隠し味に物騒な何かが混入されていることが伺える。
「何を入れましたか」
「も、もうー! あ、茜ったら猜疑心がすぎるわよ? そうね、強いて言えば愛情、かしらね……」
「何を入れた。吐け」
「ひっ……! 今日は、ほ、本当に何も入れてないから! 本気と書いてマジの愛妻弁当よ! 嘘だったら私の人生を茜に賭けるから!」
必死な形相で私を食べてと懇願する者が一人。
恐怖感を覚えた俺はお嬢を宥め「分かりました。食べますので俺の腰に抱き付かないでください」と了承する。
という一連の謎のやり取りも落ち着き、俺はお待たせしましたと二人に向かう。
四人揃っていただきますと挨拶を交わし、ようやく食事にありつく。
今更であるが弁当箱が一つしかないのに気がつく。お嬢の分は何を食べるのかと思い尋ねると、どうやら俺と弁当を半分にする思惑だったらしい。
確かに一人分にしては量の多いあたり、お嬢は最初から二人で食べ分ける算段だったのだろう。
俺はご飯を自分とお嬢の分を分けようと、中心から裂け目を入れる。
するとハートに亀裂が生まれることに気が付いたお嬢は、私は炭水化物取らないようにしているからと、ご飯は茜の分と静止する。
そんな長いやり取りも本当に終わり、俺は唐揚げに手を付ける。
美味しい。
確かにお嬢の料理や家事技術には信憑性がある。
一見すると彼女は下僕に何もかも押し付ける他人任せな駄目主に見えるかもしれないが、世話焼きで面倒見の良い一面があり、自分の事は自分で解決する主義なのだ。
花嫁修行……と物騒な発言を言い放っていた気がするが、確かに良き妻としての一縷の可能性はある。
三人の世間話を耳に入れつつ、俺は黙々と食事を進める。
内容は授業について、部活動についてなど、話題が色々と盛り上がる。
なんやかんやお嬢が会話に紛れ込めることから、俺は安堵感を抱く。
ご飯を食べ終え、おかずも大分減ってきたこともあり、若干の満腹感を得る。
「美味しかった?」
「えぇ。ご馳走様でした」
そんな俺の返答を得たお嬢は、満足気に微笑む。
俺はお茶を飲みながら、デザートを口に運ぶお嬢を眺めていると、彼女は俺の視線に気が付いて綻び、俺の口元にデザートを押し付ける。
微かな甘味が口内に広がる。
「市販じゃありませんね」
「フフフ……よく気が付いたわね。実は昨日のうちから仕込んでおいたの」
昨日のごく僅かな時間から準備しておくお嬢の技能には感服するばかりである。
完食した楪さんは物欲しそうにデザートを見つめていたため、渋々お嬢が分け与える。
「わぁっ……お、美味しいです。こ、これ、和泉……さんが作ったんですか?」
「えぇ、
「私も実は家で──」
楪さんに素直に褒められて気を良くしたお嬢は、得意気に秘伝のレシピを語り始める。
険悪な二人。いや、お嬢が一方的に嫌っているだけか。ともあれそんな二人が仲が良くなってくれるのは好ましい。
「ちょっと失礼」
花を咲かせる三人に用を足すと告げ席を立つ。
私もご一緒すると同行しようとするお嬢を楪さんと雪姫菜が静止するのを見届けて、俺はトイレへと向かった。
トイレで用を足している最中、俺以外人がおらず小便器は空いているというのに、わざわざ隣に来る人物がいた。
その人物は排尿中の俺を覗き込みながら声を掛ける。
「初めまして」
「人の股間を凝視しながら挨拶しないでくれませんか」
「これは失礼。あまりにも君が優美だったのでつい」
厄介な人物に目を付けられたと俺の警戒心は上昇し、そさくさと小便器から退散する。
洗面所で手を洗う俺の背後に佇む変質者と鏡の先で目が合う。それに気が付いた彼は、前髪を弄りながら笑みを浮かべる。
怖……。
「な、何ですか」
「いけない、時間のようだ。……そんな
彼は沢山の疑問を残しながら俺の前から姿を消す。
神出鬼没の謎の変態に名前を知られていた事実に恐怖しながらトイレから出ると、そこには壁に背を預けて佇むお嬢の姿があった。
……楪さんと雪姫菜によって拘束されていたはずでは。
「やっと二人きりになれたわね。これで邪魔者はいない」
「それで要件は」
俺は頬を紅潮させ詰め寄るお嬢の額を抑えながら呟く。
「作戦会議……状況の整理をするわよ」
そんな余裕があるのかとお嬢に訊ねると、午後は食堂から近い体育館にて部活動紹介を行うため問題ないとのこと。
それでは楪さんと雪姫菜はと続け様に問うと、お嬢は俺の問い掛けに返答せず強引に手を引く。
噴水を眺められるベンチに有無を言わさず着席させられた俺は、案の定の距離感でお嬢と密着させられる。
有名人であるお嬢とその従者の俺の組み合わせに、周囲を通る生徒から注目を浴びる。
こう見えてお嬢は美少女であるため一部の間で人気があるらしい。加えてお頭を諫める発言力を持つ雪姫菜の件もある。
それを妬むお嬢と雪姫菜の愛好家に目を付けられ闇討ちされないだろうか。美少女三人に囲まれた外部生は生意気と見做されても致し方ないだろう。
「何故手を握るんです」
俺の手を自然に握り締めるお嬢に告げる。
彼女は上目遣いで強請るように俺に視線を送る。
「だめ……?」
「駄目に決まっているでしょう。離してください」
「全く通用しない……どうして、どうしてなの……?」
結局駄々をこねるお嬢に気圧されて、このまま手繋ぎが継続される形となりながら、俺達は本来の目的である作戦会議を行うことになった。
「まぁ本当は茜と二人きりになりたかったから真面目そうな理由付けて連れ出しただけなんだけれどね。……てへっ!」
「……」
「ちょい、ちょいちょいちょい! 無言で立たないで! 私を置いていかないで──ッ!」
必死の形相のお嬢に慄き、俺は渋々と元の位置へ戻る。
「正直にそう言ってくだされば俺は従いますよ」
「……? ん……? 二人きりになって(猫撫で声)と正直にお願いすれば、茜は普通に了承してくれたの……?」
「それくらい別に構いません」
「──結婚は?」
「それはちょっと……」
「なんでそこは了承してくれないの!? 茜の意地悪! ケチ! 照れ隠し!」
お嬢は俺の肩を叩き、頬を引っ張り、太腿を摩り、最後には俺の胸板に顔を押し付けて深呼吸を行った。
人目を憚らず繰り広げられる怒涛の行為に、流石に勘弁してほしいと思った俺はお嬢を押し返す。
お嬢は満足そうな表情を浮かべて舌舐めずりを行い、ご馳走様と言い放った。
「お嬢の奇行はさておき。お嬢も変な方向で有名人なのですから弁えてくれませんか」
お嬢のこれらの奇行を適度に発散させることで、それ以上の禁止事項に至らずに済んでいるわけだが、それでは黒薔薇の乙女の沽券に関わる、そして俺の心身の疲弊が加速する。
和泉家と鬼灯家の敷地内ならまだしも、学内で付き合わされるのは耐え難い。
「今までは要求しませんでしたが今後お嬢がこのような振る舞いをする度に対価が発生します。我ながら賢い名案、自分自身に惚れ惚れしてしまいそうですね」
「そんな愚案は願い下げ! いい? それを採用するとどうなるのか、よーく考えてみなさい? 茜は責任を取ることになるわよ?」
「それは嫌ですね」
「でしょう? ……ちょっと、嫌って何よ! ……ともあれ茜はね、私の愛の行為を受け止めてくれればいいの……。逆に茜がしたくなったら、私は万全の準備が整っているから安心して!」
そんな機会など有り得ない。
結局、情勢は何も変わらないと思ったのも束の間。
「……まぁ、私も少々自制しなければならないというのは自覚しているわ。だから、学園内では接吻や愛撫は控えるようにします」
あんた、学内でそんなことする気でいたんですか。
しかしだが、
「お嬢がやって来てしまったあの日、お嬢は目立つなと俺に言い付けたわけですが、ご覧の通り注目の的となっている現状については如何なものかと」
「あー……」
お嬢は部が悪そうに俺から目を逸らす。
「朝早々お頭と馬鹿げた論争を勃発させ、こうして無駄な距離感でベンチに座る今、俺達の関係性が顕著になってしまっています。こうなってしまうとお嬢の危惧していたことを反故にしているのではないかと」
「えーと……」
「最悪の未来はどのような経緯を経て発生するのかは不明ですが、現状においては俺とお嬢が距離を離すことがよいと具申します」
「それは! 断固! 拒否! 断固拒否よ!」
お嬢は腕でバッテンを作り拒否感を表した。
「何故ですかお嬢。最善の未来を掴むにはこの選択が一番では」
「あのね茜……私ね、気が付いちゃったのよ」
お嬢は神妙な面持ちで言葉を続けた。
「茜と恋人同士と勘違いされることが凄い気持ちが良いことに!」
「は、はぁ……」
「朝の問答で周囲の有象無象共は、私達を『あっ、あの二人……付き合ってるんだ』と認識したに違いないわ。現にあのお頭も茜を私の彼氏だと誤認していたし」
「は、はぁ……」
「確かに現在私達は恋人同士ではない。けれども、周囲が誤認し続ければ何れそれは事実となる。……いい、茜? 嘘も百回言えば真実になるのよ……」
……そんな理由で俺の名案は一蹴されてしまったのか。
お嬢がこの提案を飲んでくれれば、俺はお嬢と距離を置くことができ、胃腸の痛みを和らげることが叶ったのだが。
「それに目立ってはいても何もしなければよいの。わざわざ出来事に介入しなければいい。巻き込まれれば転進すればいいだけ。自分自身の知的さに惚れ惚れしちゃう……まるで私は作戦の神様ね」
自画自賛が絶えないお嬢を傍目に腕時計に目を遣る。
すると午後の部活動紹介の時間が近づいて来た。
俺は妄想に耽るお嬢を引き連れて体育館へと足を運んだ。
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