第13話 不幸の手紙

 傷を負い道端で倒れ込む上級生。因縁を付けてきた相手を返り討ちにした俺は、彼等の財布の中から幾らかお札を抜き取り懐に収める。

 返せと強請る一人に足を掴まれた俺は、相手の頭を蹴り飛ばし気絶させる。

 競馬で倍増させるかと、そんな事を脳に過らせながら立ち去ろうとすると──、


 『──いやいやいや! 窃盗はアウトでしょ!』


 姦しい声色で俺の行為を咎める女子が現れた。

 見たことのない制服。この辺りの学生ではないだろう。

 面倒事が再び湧いたと溜息を漏らし、俺は彼女の声を無視して歩み始めた。


 『ちょいちょい! シカトか、シカトすんな! 窃盗はアウトって言ったでしょ!?』


 回り込んで前に立ち塞がる彼女に踵を返し、再度別の道を目指す。それでも尚も彼女は付き纏い、俺の腕を掴んで押し留めようとした。


 『何……?』


 『いやいやいや、何じゃないでしょ! 喧嘩の時点でもアレだけど……窃盗、犯罪行為、OK!? ──おい、可哀想な者を見る目やめろ。私が正義なんだぞ』


 執拗な彼女に嫌気が差した俺は、拝借したお札を彼等の元へ戻す。

 『ヨシ!』と一人満足気に腕を組む彼女を置き去りにし、俺は帰路に就こうとするが、何故か彼女は俺の隣を歩く。

 同じ歩幅で歩く彼女に一瞥くれると視線が交わる。速攻目線を逸らすと奴は口元を緩ませる。


 『んー? 何? 今私のことチラチラ見てたなー? ハッ……もしかして、一目惚れ……ってコト?』


 『きも……』


 『殺すぞ貴様。……私を侮辱した罪は大きい。代償に私に付き合え。二度は言わせん、私のデートに付き合え』


 俺の胸元を絞めながら鬼気迫る彼女に対し、何故か拒絶を示すことが出来ず、俺は渋々彼女に付き合わされることになった。


 『それで、あんた誰』


 『え? あ、えーと……私は……そう! 通りすがりの超絶美少女とでも呼んでくれたまえ!』


 結局何者なのか意味不明のまま、彼女の我儘に従う形となった。

 いや、最終的には彼女の名前を──。


 ──


 ────

 

 「……ん、終わったか」


 昨夜は悪夢に魘されて睡眠をまともに取れなかった俺は、部活動紹介を睡眠に費やした。

 懐かしい夢を見た。

 あの出来事は中学校1年の頃の出来事。

 そう言えば、あいつの名前は何だったか……。


 お頭との諍いやお嬢の錯乱に巻き込まれることはなく、部活動紹介は無事平穏に事が進んだらしい。

 お嬢を一目すると、周囲の生徒が行儀良く椅子に座る中、堂々と足を組み険しい顔付きをしていた。

 お嬢の立ち振る舞いは、春月にとって相応しくない仕草であろうが、その泰然とした態度には俺個人には誇らしさを感じさせる。


 「茜さんは興味のある部活はございましたか?」


 お嬢の凛々しさに感服していると、いつの間にか俺の元に寄る雪姫菜はそう訊ねた。


 「いえ特には」


 「ではオカルト研究会なんて如何でしょう」


 雪姫菜曰く、宇宙人、未来人、異世界人、超能力者を探し出し、一緒に青春を満喫するのが夢なのだという。

 部長である雪姫菜は胡散臭い同好会を勧誘してきたが、俺は申し出をご遠慮させて頂く。


 「茜は私との時間を優先したいから、そんな似非文芸部に参加する時間はないの。安心して茜、私も入部する気はないから……。二人の時間……沢山作れるわね!」


 いつの間にか俺の背後に忍び寄っていたお嬢は、俺の肩に手を置きながら告げる。

 

 「俺は放課後アルバイトに励む予定なんですが」

 

 本音を言えば部活動に憧れを抱かないわけではない。しかし、学校終了後は勤労に勤しみたいと考えている。

 春月入学前はお嬢の面倒を見ていたことで、結弦さんからお小遣いを頂いていたのだが、高校に入学してそれを継続するのは心苦しい。

 貴族学校の生徒でアルバイトに励む生徒などいるようには思えないが、俺と同じような外部生のために施されている制度がある。

 担任教師から許可を得ればアルバイトが可能。それに目を付けた俺は、放課後は担任に許可証を得ようと考えているのだ。

 燈さんと結弦さんには実は反対されているが、燈さんや和泉家に甘え続けるのはよくないだろう。

 

 「そんな妄言、茜のことが大大大好きな私が許すと思う?」


 「思いませんが、これは必要なことなんです。これは……そう、お嬢との交際費を稼ぐため……お嬢のためでもあるんですよ」


 「……私にために身を削って……!? ──って、騙されないわよ! どうせ茜のことだから私との時間を減らせる……とか、そんな甘い思惑を描いていたんでしょ!?」

 

 感が鋭いお嬢に瞬時に見抜かれた俺は言葉を詰まらせた。

 転移前のお嬢にしても今の彼女でも、俺の意見は一蹴されるのが目に見えていたので、だからお嬢には何も相談しなかった。

 燈さんにしても結弦さんにしても、誰も俺に賛同してくれる者はいない。そんな風に気落ちする俺に、お嬢は優しく頭を撫でる。


 「いい茜? 私や燈さんやお父様にしても、茜は学園生活を満喫して欲しいと考えているのよ。二人にとっては勤労よりもそれが優先事項と思っているの」


 「お嬢……」


 「子どもは大人に甘えるものよ。だから二人に疾しい気持ちは抱かず、ありがたく受け取るのが子どもの勤め」


 「お嬢……」


 「だから私との時間を最優先にしなさい」


 「お嬢……?」


 最終的に予想通りの結末となり、俺は再度雪姫菜から勧誘と受けるが丁重にお断りをした。加えて何故か楪さんからも家庭科部に入部を促されたが、お嬢が拒絶したために辞退となった。


 そして午後の授業も終了し帰り支度を整える俺にお嬢は、今日は何もせずに真っ先に帰れと促す。

 お嬢のご忠告から、悲惨な末路を辿ることになる出来事が起きるのだと想像付く。

 本来それに介入するはずだった俺は、家に帰るという選択を行うことにより、それを阻止することが出来るのだ。

 何が起きるのかくらい伝えてくれてもよかったのではとも思えるが、タイムリープで気が動転しているお嬢にそんな余裕はなかったのだと思い込むことにした。


 「あ、鬼灯さん。家庭科部に見学しに行くんですけれど、一緒に行きませんか?」


 朗らかな笑顔で楪さんは俺に誘う。

 普段の俺ならば一緒に同行しても構わなかったのだが、お嬢の言い付けに従うため、再度お断りを申し出る。


 「そうですか……うん。また明日誘いますね!」


 貴女明日も誘うつもりなんですかと、そんな疑問が過っていると、楪さんは「また明日!」と俺に手を振って教室から出て行った。

 教室を見回すと当にお嬢は行方知れずで、雪姫菜の姿もいつの間にかあらず。


 多忙な御三方に対し暇人の俺は鞄を背負い、正面玄関へ向かう。

 下駄箱から靴を取り出す最中、一通の封筒が入れてあるのに気が付く。

 その封筒を開封せずに見なかったことにしようと、心の奥底に沈ませておこうと判断した俺だったが、表紙に赤い文字で『絶対に開封し、中身を確認すること』と記されていた。


 ……新手の嫌がらせか?

 裏を返すと『でなければ貴方に不幸が舞い降りる』と嫌がらせ確定の文言が添えられていた。

 この手紙の送り主は良い性格をしているなと感じながら、俺は恐る恐る手紙を確認した。


 『鬼灯茜様


  突然のご無礼をお許し下さい。

  茜様のことをお慕い申し上げている者です。

  この慕情を貴方に伝えるべく、今私は文芸部の部室にて貴方をお待ちしております』


 文芸部の部室で待つと記されていたが、申し訳ないが俺には部室の場所が分からない。

 そんな俺の心配を打ち消すかの如く、今の現在地から部室への経路を記した地図も同封されていた。

 気遣いの出来る送り主だなと思いつつ、文章は続いているので続きを読む。


 『帰宅し私を置き去りにするのは、絶対に断じて許しません。私は貴方が来るのを未来永劫待ち望んでおります。また、来なければ貴方に不幸が舞い降ります。誰かにこの件を伝えた場合でも不幸が訪れます。兎に角不幸になります。

  重ねて最後に申し上げますが、文芸部部室にて貴方をお待ちしております。


   超絶天才美少女より』


 脅迫文か?


 お嬢の忠告に背く形となるが手紙に従わないということも、一種の悲惨な末路を辿ることに繋がるのでは。

 再三不幸の訪れを告げる文言や宛名の自信満々振りから、送り主は素晴らしい性格をしていることが分かる。

 十中八九俺への愛とやらは偽りで、何らかの目的を持って俺に接触を目論んでいることが意味取れる。


 となると、お嬢の関係者か?

 お頭は……小細工を好まず単純な手法に駆り出す性格をしていそうだから論外。楪さんは……まぁ違うだろう。となれば──。

 

 ──彼女には気を付けなさい。


 お嬢の忠告が脳に過る。

 ……雪姫菜か。

 彼女が一体何の目的で俺に接触を……。

 理由は全くもって想像付かないが、不幸の手紙の差出人と決着を付ける必要がある。

 

 一先ずお嬢に連絡を──いや、伝えた場合でも不幸になる。この件は内密に始末する必要がある。

 お嬢はお嬢の方で多忙だ。恐らくそちらの出来事を片付けているに違いない。


 全く、面倒事を巻き込まないでほしい。

 しかし人の恋心に漬け込むのは如何なものか。面倒な言い回しをせずに部室に来いで済まなかったのか。

 俺は溜息を漏らしつつ、差出人の元へと向かった。

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