第26話 アイちゃん大勝利
結婚騒動が茶番劇だったこと、そして俺が二股をしている事実が判明し、俺達──というか俺は大恥をかくことになった。
更に二人に振られるまで誰とも恋をする気はありませんと宣言した今、俺は墓穴を掘ってしまったことに気が付く。
──お嬢に俺が恋をしているかもしれない件が公になれば、俺は彼女に刺殺されるかもしれないということ。
結婚騒動が解決した現在、俺の中の最優先事項は如何にお嬢に隠匿させられるかということだけだった。
「侑子様、本件は何卒、他言無用にして頂けると……。遅くなりましたが侑子様に受け取って頂きたい物がございます」
仮に侑子様がお嬢に密告してしまえば、俺は二人に思いを告げる前にお陀仏となってしまう。
思い立ったが吉日、俺は和菓子屋で購入した
そして、恥と矜持を投げ捨てて土下座の姿勢のまま侑子様の返答を待つ。
「……恋愛は誠実じゃない茜の誠意は伝わったわ。この件は秘密にしてあげる。というか元々洩らす気はないし」
一難去ってまた一難だったが、侑子様のお慈悲により俺の生命は保たれた。
というかまずい。俺の秘密を知る者が徐々に増えつつある。雪姫菜と咲夜。そして深見に蛍さんと侑子様である。
雪姫菜といえば奴とは偽恋人の契約を結ぶ間柄である。
二股疑惑の上に恋人の件が公になれば、俺は正真正銘の屑野郎と化してしまう。
深見はやむを得ない事情により交際していることを理解して頂けているが芳しいとは言えない。
「で、その二人とは誰なの?」
「はい?」
「茜の母親として娘の婚約を破棄された親として、貴方が誰を好きなのか知る権利くらいはあると思うの」
これは、口外しない代わりに教えろと取引を持ち掛けられているのだ。
俺が口を噤んだ場合、侑子様は口を滑らしてしまうかもしれない。腹を括って打ち明ける他ないようである。
一人目のアイは中学時代に一目惚れした人物ですと説明すればいいとして、二人目の魔女さんは別世界で俺と婚約した人物ですと説明出来るわけがない。
そうなれば俺は侑子様と深見から精神科の受診を勧められ、更に白い目で見られてしまうことになる。
これは俺の即興力が試されることになるわけだが、兎に角上手いように話を誤魔化すしかない。
「一人は……そうですね、外見は美少女ですが……まぁ性格が非常に悪くてですね、人使いが荒いというか」
「仙子じゃないの?」
「面食い……」
「外野は大人しくしてください。自意識過剰でウザさの権化といったような彼女ですが、まぁ綺麗なんですよ、やっぱり」
自身の障害を物ともせず再び立ち上がろうとする雪姫菜の意地には魅力的だと感じさせられた。
しかし人を拉致監禁、不平等条約を押し付けなければ好印象なのだが。
「二人目は中学の時に出逢った自称通りすがりの超絶美少女さんです」
「よく分からないんだけれど」
侑子様の言葉はご尤もである。
アイとは中学以来疎遠であるし、彼女が一体何者であるのかすらも分からない。
「名前は?」
「ナカワアイと名乗っていましたね」
「ナカワ、アイ……?」
俺が彼女の名前を告げたと同時に侑子様は口を噤み怪訝な顔付きをする。
──何ですか、その反応は。
彼女に心当たりでもあるんですかと訊ねようとする寸前、侑子様は話を切り出す。
「知ってるわよ、その子」
「…………!」
アイに近付ける糸口が侑子様より開示され、俺は思わず言葉を詰まらせる。
まさか侑子様がアイをご存知であったとは。というか何故に侑子様が彼女を知っている? 実は別人と勘違いしているのでは? そんなふうに疑心暗鬼になるも俺は全てを委ねて言葉を待つ。
「篝。……篝が彼女の名前を口にしていたわね」
篝が──侑子様が彼女と述べる通り、実は男性説と俺が同性愛者疑惑も解消される。いや、そんな瑣末な話はいい。
「どうして篝が」
「比良坂総合病院。篝の病室に彼女は来ていたはずよ」
……何故にアイは篝と? 訳が分からない……アイが篝と会う動機や諸々全て。
丁度俺が比良坂市から現在住む藤袴市に引っ越す前、篝は病気を患い病院に入院していた。
時系列にすると小学5年生に篝が入院し、それに伴い藤袴市に引っ越し。そして篝は1年も経たない内に亡くなった。
これを踏まえるとアイは俺が出会う中学1年生より前に篝と顔合わせしていたということになる。
「一体どういう──」
俺が更なる疑問を解消しようした矢先、ある者の来訪によって阻まれることになる。
襖の外から聞こえる蛍さんの声により俺の問い掛けは掻き消されることになった。
「侑子様、お嬢が帰宅されました」
「あらそう。申し訳ないけれど、この話はまた今度ね」
「…………」
「茜くん凄い形相だけど大丈夫……?」
お嬢は何一つ悪くない。数年振りに帰国された実母と再会するのだから祝うべきなのだが──。
だが、大変申し訳ないがお嬢が憎くて仕方がなかった。
お嬢から執拗な絡みを受けた場合、失礼な言葉を吐き出してしまうかもしれない。
逆恨みはよそう。また別の機会を設ければいいだけじゃないか。
そうして一旦侑子様と別れ別室に案内された俺達は、祝勝会の時間まで暇を持て余すことになった。
精神を落ち着かせるためにお茶を啜っていると、やはりと言うべきか帰宅されたお嬢が飛び込んできた。
「遂に私の婿になる覚悟が出来たようね」
「開幕早々何の話ですか」
「お父様に私と結婚させろと直談判しに来たんじゃないの?」
「違います。逆です」
お嬢は相変わらず鬱陶しい様子を保ったまま俺の横に座ると、「照れなくてもいいのよ?」と頬を突く。
そんなお嬢に何の反応も示さず無視を続けていると、彼女は深見の存在に気付く。
「あら、茜の良い香りに混じって負け犬を拭いてあげたような濡れた雑巾の匂いがすると思ったら……。ええと……誰だったかしら? あぁ、自称茜の幼馴染の敗北者さんじゃない」
「喩えが難解過ぎるんですけど。それと自称じゃなくて正真正銘茜くんの幼馴染ですが。そういう貴女は婚約破棄された哀れな和泉さんじゃないですか」
また始まったよ……。
相性の悪い二人は衝突し煽り合いを繰り広げる。
本来は場を仲介すべきなのだろうが、そうした気力もないため俺は傍観に徹することに決める。
どうか矛先が俺に向かいませんように……と、神に祈りつつお茶を啜る。
「無様ですね。婚約を妄信し続ける貴女に同情を感じますよ。当の茜くんは別の人物に夢中だというのに」
「深見?」
「茜くんは和泉さんのような激重さんではなく、通りすがりの超絶美少女さんが好きらしいですよ」
「おい深見」
人生が詰んだ。
絶対に俺の秘密を知られてはいけない人物に全て暴露してしまった深見。侑子様との一連のやり取り貴女も同席していたはずだが。
もしかして俺の二股疑惑を根に持っていらっしゃる? それとも全裸で顔射という冤罪の方ですか?
「何故言ってしまった(諦観)」
「あのね、私ってそんなに良い子じゃないんだよ?」
深見は侑子様のようなタチの悪い笑みを浮かべる。
案の定、驚愕の事実を突き付けられたお嬢は、豹変して俺の胸倉に掴み掛かる。
「ど、どどどどどどういうこと!? 浮気なの!? 私以外のお、おおお女を好きになななるって、どどどどどういうことなの!?」
「ろ、呂律が……! 一先ず落ち着いて下さい……! 深見助けて……!」
「知りません」
場を炎上させた張本人は俺を見捨てそっぽ向く。
半狂乱のお嬢は顔面を至近距離まで狭めて詰め寄る。
「好きな人って──本当?」
「…………」
ここで沈黙を貫いても効果はないだろう。
深見の虚言ですと切り抜こうとしても、勘が鋭いお嬢に通用するとは思えない。
観念した俺は大きく息を吸った後に告げる。
「ナカワアイって知っていますか」
「──奈河」
お嬢はその名前に胸倉を掴む力を緩めた。
そして全身の力を失ったかのように俺にもたれかかり、俺に紅い視線を送りながら囁く。
「どうして貴方が、奈河のことを知っているの?」
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