第27話 楪さんは眼鏡を掛けていた

 「なぁ深見」


 「ん? どうかしたの?」


 「いや、どうしたのと聞きたいのは俺だが……何故に暴露した」


 「私って悪い子だから」


 相棒お嬢に売る裏切り者悪い子なのは理解しているが、俺が尋ねているのは動機でして……。

 共犯者とはいえども油断大敵だということを思い知らされた俺は、深見の動機を追求するのは諦めることにする。

 それよりもお嬢がアイをご存知であったという方が優先である。侑子様と篝もアイを認識していたらしいし、侑子様の娘であるお嬢も顔馴染みであったらしい。

 アイは案外有名人なのか……? 自称通りすがりの超絶美少女である。近所で変人として有名だったのかもしれない。


 「アイとは以前一度お会いしまして」


 「いや、そんなこと知らなかったのだけれど」


 「そりゃ言ってないですし思い出したのも先程でしたしね」


 俺がアイの名前を思い……出した! のは、成田空港で蛍さんにウザ絡みをされた時であり、和泉親子がアイと馴染みがあったのを知ったのも先程である。


 「茜が奈河と顔合わせしてあまつさえす、すすす……好き……だとか、一体どういうことなのよ──ッッッ!? 茜、あの女はやめなさい! そ、そうよ──奈河は既に彼氏がいるの! だから残念だけど茜の恋は実らない……。というわけで私と結婚しなさい」


 「彼氏がいるというのは本当ですか」


 「……そう! あの女、もう既に彼氏がいるの! エエト……彼氏は確か……」


 「本当のことを言え」


 「彼氏がいるというのは嘘です。ごめんなさい」


 お嬢が白状したことにより、俺が告白する前から振られるという悲惨な結末には至らず。

 お嬢の形勢が若干不利になったことで俺は更なる情報を求めるため、この機を逃さず彼女を問い詰めることにした。


 「何故お嬢がアイを知っている」


 「いやぁ……あのぉ……エ、エットォ……」

 

 「言え」


 「そ、その……み、未来での茜の婚約者だったので……」


 ──アイが世界線αでの婚約者だった?

 白状させたお嬢の口から出た言葉。彼女は未来での俺の婚約者だったという事実。

 となると入学試験で1位を獲り迫害されて俺と結婚することになった魔女さんはアイということになる。

 そして、アイと魔女さんが別人だと誤認していた俺に掛かる二股疑惑は解消されることになる。

 一安心の束の間、結局侑子様と深見の前で宣言した一人は雪姫菜であったため、二人の認識では結局疑惑は消滅していないことを気付く。後々二人には誤解ですと説明の場を設けるとしてだ。


 「……未来でのって、どういう意味?」


 「「…………!」」


 深見の発した一言により俺とお嬢は顔を見合わせる。

 功を急ぎすぎてお嬢が失態を犯したのを失念していた。

 お嬢が未来人である秘密を決して他人に知られるわけにはいかない。更に此奴は俺の好きな人をあっさり暴露した口の軽い深見である。瞬く間に世間で広まってしまう危険性がある。

 俺とお嬢は深見が訝しげな視線を送る中、急遽作戦会議を行う。


 (どどど、どうすればいいのよ!? 口軽女に私の正体が知られたら……!)


 (大変なことになりますね)


 (どうして茜は冷静なのよ!?)


 (よくよく考えてみるとお嬢の正体が世間に判明しても俺に実害がないんですよ)


 (それでも貴方、私の彼氏なの!? 窮地に陥っている彼女を助けようとは思わないの!? この薄情! 童貞! 愛してるわ!)


 一応お嬢の秘密を知る共犯者の責務として、致し方ないが彼女を助けるしかないか。


 (結局裏で囁き合いしている時点でもう詰みだと思うんですが)


 (いいの! 茜の即興に付き合うから! 兎に角、適当に誤魔化すわよ!)


 誤魔化さなくてはならない。俺の即興力を求められる場面が再び登場するとは。


 「お嬢はご覧の通り頭がおかしいので常に変な発言が出る。だから未来の……という言葉には特に意味はない。大方俺の許嫁とか適当なことを言っていたんだろう」


 「そう、茜には許嫁……その奈河は茜の未来での婚約者ということなのよ!」


 「…………」


 俺達の必死な悪足掻きに勘が鋭い深見は怪訝な表情をする。

 俺個人としても無理があると感じている。

 というか深見も俺達の事情を受け止めて、この件に関しては追及しないでほしい。他の人物はお嬢が馬鹿になってしまった現実を受け止めているのだから。


 (もう観念して共犯者を増やすしかないんじゃないすか)


 (駄目よ絶対! 私の正体を知る者は茜だけなの! 二人だけの秘密みたいで素敵じゃない!)


 頑固なお嬢は共犯者を増やす案に納得せず。

 ……元はと言えば俺も頑固になってお嬢に追求してしまったのが原因である。

 俺が蒔いた種は自分で回収するしかないか。


 「深見、何でも言うこと聞くから本件は流してくれ」


 「「!」」


 「頼む、この通り」


 俺は深見に二度目の安い土下座を披露する。

 侑子様に続いての土下座に深見は動揺する。約一名は別の方で動揺していらっしゃるらしいが。


 「え、あ、や、やめてよ茜くん……! そ、そこまでしなくていいから……!」


 「ご理解頂けるか」


 「あー……うん、ごめんね……軽々しく秘密を言っちゃったことも……。ちょっと意地悪したくなっちゃって……」


 「ねぇ茜、この女の本性よぉ〜く分かったでしょ? だって高校生のくせに小学生みたいな好きな子に意地悪するなんて幼稚な行動するのよ? だから、この尻軽口軽女は信用せず奈河を諦めて私だけを見てくれればいいの……。それと何でもする件について詳しく聞かせて頂戴」


 一波乱あったが未来の件は隠匿されることとなり、お嬢からは何でもする件について深く詮索されることになった。

 そして、話が横道に逸れたが本題へと戻る。

 お嬢に圧力を掛ければ彼女は情報を漏らす。俺はこの機に乗じて数ある疑問を解決するために不本意ではあるがお嬢を圧迫する。


 「アイはどこにいる」


 「そ、それがね、春月にはいないし行方不明なのよ……! 本当よ? 本当に私は知らないんですぅ……!」


 やはり世界線αで春月に通っていたはずのアイは今世界では行方知らずであるらしい。

 涙目で訴え掛けるお嬢から、彼女が虚言を吐いていないことは理解出来る。

 となると何処へ……?


 「奈河じゃなくてあの色ボケ天然女楪さんが1位獲ってるし……、私も何も知らないのよぉ……!」


 「その……色ボケ天然女とは誰なんです?」


 「楪有栖さんと言ってな、引っ込み思案な部分はあるが、お嬢様学校で1位を撮る秀才だ」


 「あぁ楪さん……そう言えば、あの子春月に進学してたんだっけ。中学でも頭が良いと思っていたけれど、高校でも通用するから凄いんだね、あの子」


 ん? 深見の言葉だと楪さんと顔見知りに聞こえるが。

 中学……? え、俺の中学に楪さんいたのか──?

 

 「何それ知らん。怖い」


 「眼鏡掛けてて影が薄くて大人しめな子だったけれど、委員会活動や先生の手伝いとか率先してやる良い子だったよ。私達は絡みなかったけれど」


 ──楪さん眼鏡掛けてたの?

 いや、眼鏡着用有無はどうでもいい。

 それより俺と楪さんが同中であったと言う事実である。


 「はぇ〜……あの色ボケ天然女は茜と同級生だったのね」


 「そうそう、でもちょっと……女の子から嫌われていた時期があってね」


 「まぁあの自分の事を可愛いと思っている性格じゃ嫌われて当然ね。私もあの女嫌いだし」


 「いや、和泉さんとは違って全然良い子だったんだけれど、その……クラスの男の子から微かな人気があって。性格も良くて秀才で男子からの人気もあったし、それが他の子からすると気に食わなかったんだろうね」


 そんな裏の事情知らなかった。

 そもそも楪さんが同中だった事実を把握していなかった俺である。

 奈河に楪さんと驚愕の事実が次々と判明し、俺の脳内は限界を突破しそうになっていた。


 「でもそれを茜くんがね……?」


 「茜?」


 「陰湿な嫌がらせを受けていた楪さんを茜くんが鶴の一声で無くしてね。それ以来虐めは止んで……あの時の茜くんも格好良かったなぁ……」


 「茜?」


 お嬢と深見の喧嘩を制止出来なかった俺が楪さんへの嫌がらせを止めただと──?


 「ど、どどどういうことなのよ──ッ!? あの色ボケ天然女と顔見知りな上に虐めを止めるだなんて、貴方は何を仕出かしちゃっているのよ──ッ!?」


 「いや虐めを止めるのは別に悪い事じゃ……!」


 「色ボケ天然女のフラグ立てちゃって、貴方は一体何をやらかしていたの!?」


 いや全然記憶にございませんので……。


 「奈河と出会い、色ボケ天然女の虐めを止め、貴方は何回失態を犯したら気が済むの!? ……でも虐めを止めるなんて流石茜ね……好き」


 本来世界線αで起きた魔女狩りにおいて俺はアイを救ったことにより、彼女と親密な関係に至った。

 だが、今世界では中学で楪さんを救っていた俺は、高校入学と同時に彼女と再会したのである。彼女は春月において1位を獲っておりアイと役回りが替わっている。

 救っていた場面は違うが、この関連性からすると俺は……。

 ──将来楪さんと結婚するかもしれないということ?


 「それにしても全然憶えていないだなんてどういうことなのよ。私も人のこと言える立場じゃないと思うけれど」


 「俺にとって些細な出来事だったかもしれないので……」


 アイの件も消失していた俺である。

 あまつさえ楪さんと過去接点があったことすら記憶から抹消されていた。

 やはり精神科に行った方がいいんですかね……。


 しかしまぁ、楪さんが。

 だから──彼女は、俺と逢った時、あんな表情をしていたのか。

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