第28話 和泉家祝勝会
様々な情報が錯綜する中、楪さんは俺や深見と同じ藤袴中学校出身であった。そんな俺は楪さんへ嫌がらせする連中を成敗した、楪さんは眼鏡を掛けていたなどの驚愕の事実が発覚。
世界線αで魔女狩りの対象となったアイの代わりに楪さんが登場したが、彼女の場合お嬢の貫禄により陰謀は阻止されたため、現状は魔女狩りは再発していない。
更には信用出来ない雪姫菜と共に楪さんを守ろう協定を結んでいるため、それらの防止に努める現状、彼女が悲しむような事態に陥ることは少ないであろう。
しかし、厄介なことに俺と楪さんは金枝とお頭から目を付けられたので、連中が何かしらの策を講じてくる可能性もある。
お嬢が面倒毎を持たず作らず持ち込ませずの非お嬢三原則の法整備を急ぎ、俺達は広い視野で厄介毎を注視していかねばならないというわけだ。
そんな風に唸っていると、お嬢は俺に疑いの眼差しを差し向けてきた。
「もういないでしょうね」
「何がです」
「ヒロインよ、ヒロイン!」
どうやらお嬢は俺の交友関係(女性)を疑問視しているらしい。
「奈河と実は出会っていたり、色ボケ天然女を助けていたり、もう色々とお腹いっぱいなのよ!」
「そんな事を申されても困りますが」
「もうぽっと出のヒロインやら実は過去会っていた……なんて展開はないわよね? 比良坂市の幼馴染や保育園の先生や惣菜屋のお姉さんだとか、もう貴方に私以外の異性はいらないの……」
ご立腹なお嬢は俺の背中を叩く。
俺は記憶を遡り過去の交友関係を漁る。とは言っても早急に思い返しても出る物出ず。
……うん、比良坂市に友人は本当にいなかったし、もう転校してきた幼馴染など登場しないはずだ。
「私が勝ち濃厚なのにこれ以上ヒロインが増え続けても所詮負け犬の敗北者。茜は負けヒロインを増殖させることに罪悪感は覚えないの? ──というわけで、今後茜の交友関係は私が管理します。異性の友人など許しません」
「毒親みたいな発言しないでください」
そうしてアイと楪さんの件は、追々質疑応答させてもらうとお嬢に念押しされ、彼女の疑問は何故深見が和泉家に居るのかということになった。
侑子様にお嬢との婚約を破棄するために二人で直談判しに来たと言えるわけがない。侑子様が帰国された件は緘口令が敷かれているため、深見のように軽々しく他言は出来ないのだ。
いや、侑子様ではなく結弦さんに置き換えればいいのかと勝手に納得した俺は、事の顛末を語ろうとすると、突如襖が開く。
「私、参上よ」
「お、おおおおお……お母様……?」
予期せぬ侑子様の登場にお嬢は意表を突かれ言葉を失う。
5年振りに帰国された実母との邂逅。
感動の再会に涙無しではいられないと思った束の間。
「エ゙エーッ!? ななな、
「貴女が馬鹿になったと聞いて心配して帰国したのよ」
「何よその心外な帰国理由! 聡明な私への冒涜よ!? 誰から聞いたのかは知らないけれど、私を侮辱する輩を叩きのめさないと!」
「娘が面白い風に成長して複雑だけれど、それはさて置き。深見さん、これから祝勝会を開催するのだけれど参加する?」
「あ、いえ……私は」
喚くお嬢を無視して侑子様は参加を促す。
一旦辞退する深見であったが、結局侑子様に押し切られたのと俺が居るということで参加することになった。
こうして俺達は和泉家総動員の元、宴に同席する。
「特に何もないわ。乾杯」
「「「乾杯!」」」
侑子様が簡潔な音頭を取り、俺達はコップを掲げた。
今回の参加者は、俺と深見、和泉親子、梅原兄妹、燈さん、石田さん、
もう既に出来上がっている侑子様が結弦さんに絡み付いているのを遠目に見ながら、俺は寿司を黙々と口に運ぶ。
「芋焼酎飲みたい」
そう隣に座るお嬢が名残惜しそうに呟く。
そういえば言動で忘れかけるが、この人は精神は15歳ではなく成人を超えているのである。
「別にいいんじゃないすか」
「そう? じゃ、お言葉に甘えて……」
「あんた未成年でしょうが」
お嬢に焼酎を注ごうとする俺は深見に咎められ、お嬢は渋々オレンジジュースを口に含んだ。
「ちなみに茜くんのは?」
「水割りの芋焼酎だが」
「水割りの芋焼酎だが、じゃないでしょうが! 当然のように飲酒しようとするな! ほら、茜くんはこっち!」
飲み物をお茶に交換させられた俺は、やむを得ず受け入れる。
和泉家に入り浸る俺は彼等に飲酒を勧められてきたため、染み付いた癖が抜け切れていなかった。
思えば俺とお嬢は未成年なのだから飲酒は厳禁なのである。
唯一俺の飲酒を咎める者は結弦さんと吾妻さんくらいだが、二人は下戸であるため酒を含むと俺を制止する気力はない。
「茜ェ! ちょっと来い!」
俺を呼び掛ける者は、既に出来上がっており顔が真っ赤な
彼女の意図を読み取った俺はライターを持参して彼女の元へ寄る。
副島さんが咥えた煙草に火を付けると、俺もそのまま彼女から頂いた1本の煙草を受け取る。
「ほら、私がつけてやる」
「あ、どうも」
「おい──ッ! んだから、茜くんは未成年でしょうが!」
そんな俺達の一連のやり取りを正義の化身が見逃すはずもなく、深見は俺と副島さんの間に割り込んだ。
「ンだぁ、こいつ?」
「俺の友人です。俺が招きました」
「そうか。ほれ、火」
「うぃっす」
「私を無視して喫煙を推奨するな!」
大分ご乱心気味の深見は俺から煙草を奪うと、俺を引き摺って席へと連れ戻した。
そうして正座の体勢でお叱りを受けることになる。
「茜くん、未成年、分かる?」
「は、はい……」
「飲むな、吸うな、分かった?」
「ご、ごめんなさい……」
飲酒と喫煙を厳禁となった俺は、大人しく寿司を口に運ぶ。
そんな俺と深見の問答を眺めていたお嬢は小言を呟く。
「はぁ……茜は茜なのだから好きにさせてあげればいいじゃない。束縛する女は嫌われるわよ……? 私みたいに大らかでないと……」
「束縛の化身の貴女に一番言われたくない台詞ですよ、それ。ところで和泉さん、今貴女何飲んでます?」
「水割りの芋焼酎ですが?」
「目を離した隙にこれか!」
どうやらお嬢は意図的に飲酒しようとしたわけではなく、水と間違えて酒を飲んでしまったらしい。
そんな彼女は顔が赤くなり俺にもたれかかってくる。
「茜ぇ……酔っちゃったみたい」
「本当に酔ったらしいですね。大丈夫ですか」
「寝室まで運んで……?」
「私が運びますよ。って、重っ……! 少し痩せたら良いんじゃないですか?」
俺の代わりに買って出た深見がお嬢を引き摺ろうとするが、彼女は石のように重くその場から離れなかった。
「貴女には頼んでないんですがぁ? 騒々しい小姑はお席に座っていたら如何?」
「寝室に茜くんを連れ込んだ貴女が何を仕出かすか、私には大体想像が付くんですよ!」
「何貴女、私が何をするか言ってご覧なさいよ。私はただ、膝枕子守唄をしてもらうだけだったんですけど? そんなに慌てて如何なさいましたか?」
「……ッ!」
「私が如何わしいことをするとでも? こんな勢揃いしている時に抜け出して性交するわけないじゃない。はぁ……これだから性欲お盛んな思春期の雌には苦労するのよね……」
俺は再発した諍いに呆れ果てながら肉に手をつけ始める。
すると場を見物し
「あの二人仲良いんだね」
「ちなみに茜はどっちが本命だ?」
「どっちも違います」
青春は良いねぇと満足気に頷く石田さんに、嘉藤さんはある話題を投げる。
「そういえば姉御の帰国祝いとは別に祝勝会も兼ねているらしい」
「へぇ祝勝会? 何の?」
「お前が遂に出来た彼女との交際だそうだ。侑子様は帰国祝いなんかしないでいいと言ったが、石田に彼女が出来たと報告すると喜んでな。なら話は別だと、それで急遽祝勝会も兼ねることになった」
「「…………」」
石田さんの彼女は実物じゃないんですよとは一言も申せなかった。
祝勝会の主役が自身だと気付き、石田さんの顔色は一気に真っ青となる。
「だから、手料理だけじゃなく老舗の高級寿司の出前を取ったらしい」
「へ、へぇ……そ、そうなんだ……」
血の気が引いた石田さんは俺に救いを求めるような声色で囁く。
「や、やばいよ、あーくん……! どうしよう!? 実は正宗ちゃんなんですぅって言ったら俺全員に殺されちゃうよ……!」
「困りましたね」
「他人事みたいなこと言わないでよ……! どうしよう……小指一本で許してくれるかな……!」
流石に勘違いで小指を失うのも可哀想だと同情した俺は、
「その時は擁護しますよ」
「ありがとう……! 恩に着る……!」
石田さんの弁護人を務めることになった俺は、どうすれば彼を許して頂けるだろうかと思案する。
勘違いするお前達が悪い石田さんに非はないと訴えれば袋叩きにあうだろうし、二次元でも彼女は彼女ですよと言い訳すれば白い目を向けられる。
そう、どうすればいいものかと唸っていると、蛍さんを筆頭とした女性陣の元へ連行される。
「蛍お姉ちゃんがあーくんに酌をしてあげる」
「深見に怒鳴られるので遠慮しておきます」
「ンなら、晶姉貴が注いでやる」
「ですから遠慮すると」
「となれば
「小谷さんも便乗しないでください」
未成年に飲酒を勧めるガラの悪い女性陣がそこにはいた。
私の酒が飲めねぇのかと首に腕を回してくる蛍さん。
酒臭い上に面倒臭い絡みをする三人組に囲まれる。
「普通美人に囲まれりゃあ緊張するのが当然なはずだろうがぁ、茜は顔色一つ変えやしねぇな」
「違うよ
「成程。本性は飢えた獣だと」
大の大人に言い掛かりを付けられて萎縮した俺は、助けを求めようと石田さんと嘉藤さんに視線を送る。
俺の意図を読んだ石田さんは、祝勝会の恩を持って立ち上がると三人衆の前に対峙した。
「お前達、あーくんを揶揄うのも……」
「失せろ石田」
「はい……生きていてごめんなさい」
副島さんの一喝に一瞬で怯み上がった石田さんは、自分の席へ撤退していく。
女性陣に頭が上がらない石田さんは嘉藤さんに肩を叩かれて泣き崩れる。
というか、こういう場面こそ我らがお嬢が先陣を駆り出すはずなのだが。
「大体客人の分際で図々しいのよ! 郷に入れば郷に従え、和泉に入れば和泉に従えを知らないの?」
「お宅の独特なルールなんて知りません。持て成す側として基本的な礼儀くらい弁えたらどうです?」
「貴女なんか茜とお母様が許可すれば追い出してやるんだから! 負けヒロインは負けヒロインらしく弁えなさいよ!」
「貴女が負けヒロインでは? 大好きな茜くんを奈河さんとやらに奪われた負け犬じゃないですか。それに関して今どぉんなお気持ちですかぁ〜?」
「表へ出なさい、青髪自称幼馴染敗北者要素盛り沢山女」
「受けて立ちますよ、激重束縛負けヒロインさん」
そうしてお互いを罵り合いながら、お嬢と深見は中庭へと繰り出していく。
見物ということで和泉家の5人組も付き添いに行き、この場に残ったのは俺と和泉父母、吾妻さんに燈さん。そして、何も分からず横になっていたゴリちゃんだけであった。
事を傍観していた結弦さんはボソリと呟く。
「あれはウチの娘なのか?」
「大分馬鹿になったけれど一応そうよ」
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