第29話 諦めたらそこで試合終了

 お嬢と深見の喧嘩を野次馬で抜け出した面々。そんな彼等に反して俺はこの機を逃さず高級寿司を黙々と堪能する。

 お嬢と深見の諍いは見慣れており、そして二人の仲介する気力もない。

 何かあれば野次馬の人達が何とかしてくれるだろうと他人任せになりながら、俺は箸を進めていた。


 「茜、学校での仙子の様子は……どうだ?」


 結弦さんより、そう質問が投げ掛けられる。

 お嬢の親として学校での様子が気掛かりなのだろう。

 しかし、ここで正直に周囲には敵ばかり作る態度を取り、俺には変態的な行動をしてきますと暴露してよいものか。

 そうなれば結弦さんは更に頭を抱え、俺同様に胃腸への負担が増大してしまうかもしれない。

 結局馬鹿正直にお嬢の有様を告げてよいものか、それとも彼女の名声が保てるように脚色すべきか、俺の中で葛藤が始まる。


 「その凄く、元気ですね」


 迷い迷った挙句に出た一言がこれである。

 侑子様のお見通しと言ったかのような退屈気な視線が突き刺さる。

 お嬢の面目を潰す形となるが誤魔化さずに正直に語った方がよいか……。


 「公衆の面前で自身の欲求を発散する変態と化し、周囲の人間からは敬意を込められているものの、他人の名前を覚えず粗雑な接し方から周囲の敵が増えるのではないかと危惧しております」


 「そうか……」


 「一応俺の他に二人ほど昼食を共にする仲の友人がおりますが、一人は妥当だとして、もう一人の子への杜撰な対応は見るに耐えません。早急に和泉家の教育方針に道徳を必須科目とし、お嬢に道徳を学ばせるべきだと具申します」


 「……仙子に友達? 茜、仙子には友達がいるのか?」


 あの二人をお嬢の友達と呼んでよいのか疑問ではあるが、雪姫菜自身がお嬢と親しいと述べていたし、楪さんの方は今後の二人が親密になることを祈って友達と見做しておくことにしよう。

 それにお嬢には金枝やお頭とも会話する間柄であるし、ついでに二人も友達であると認識しておく。


 「えぇまぁ、あんなですが案外人気者ですよ」


 お嬢曰く異性や同性から告白を受けるらしいし、後輩にはお姉様と慕われているらしい。情報源は全てお嬢で信憑性はないが、これは事実であると思い込んでおく。


 「お嬢は侑子様に似て美人に育ったしね」

 

 「えぇ、表面上は和泉家次期当主としての貫禄があります」


 そう誇らしそうに燈さんと吾妻さんは頷いた。


 「私達の娘なのだから当然よ」


 本当お二人は外見もですが中身も瓜二つですよね。

 常識のある結弦さんの遺伝子は何処へ?


 「……現状は分かった。一先ず仙子には小学生からの道徳の教育をやり直させる」


 「是非とも宜しくお願い致します」


 俺はお嬢に人の優しさが培われるように心からお願い申し上げる。

 そうして修行を積み重ねたお嬢は、邪念が取り払われ立派なお方に成長なされるのだ。

 和泉家の当主らしくなるよう、彼女には心から成長を祈る。


 「茜はどうだ。学校は楽しいか?」


 春月に入学し早一週間程が経過した。

 そんな俺はお嬢に振り回されながらも楪さんとご友人になり、雪姫菜からは偽彼女兼奴隷契約を交わした。雪姫菜を通じて咲夜と知り合った。

 男子トイレで謎の変質者に股間を凝視され、金枝とお頭からは目を付けられ、同性の友人は一切おらず逆に妬まれるという始末。

 今は平穏な日々を過ごしているが、いつ波乱に満ち溢れてしまうか分からない。

 そんな学校生活を楽しいと断言出来るのだろうか?


 「まぁ、普通ですね……」


 我ながら心底つまらない返答だと思う。雪姫菜お嬢様から駄目だしを受けるに違いない。

 俺は雪姫菜のご指摘を鑑みて、回答を改めることにした。


 「新鮮な出来事ばかりで退屈しませんね。最近はオカルト研究部に加入させられましたし、学内の催し事も興味深い物ばかりなので」


 今週は新一年生の入学歓迎パーティーがあるらしい。

 豪華な食事が振る舞われるとのことで、食通の俺にとっては期待値が高い行事であった。同じく健啖家な楪さんにとっても待ち遠しいことだろう。


 「意外ね。茜がオカルト研究部とやらに入部するなんて」


 「半ば強制でしたけれど」


 「御船千鶴子みふねちづことか宜保愛子ぎぼあいことかかしら?」


 申し訳ないですが誰ですか。

 侑子様の一言に懐かしいですねぇやら我々の世代じゃないですよと各々盛り上がる。


 「雄蛇ヶ池おじゃがいけで思い出したけれど、春月にもそういうのがあるのよ」


 「思い出す切っ掛けが意味不明ですが、それは何ですか」


 「春月の裏山にある大きな桜の木の下で告白した結ばれた者同士は、将来夫婦円満になれるそうよ」


 そういえばお嬢もそんな事を仰っていましたね……。

 ん? どうして侑子様は春月の裏設定……ならぬ、そのような言い伝えを知っている?


 「私と結弦は春月出身。そして、私達が結ばれる切っ掛けとなった場所が件の桜の木の下だからよ」


 「お二人が卒業生な上に先輩だったなんて知らなかったんですが」


 「懐かしいわね。結弦の猛烈な後押しに気圧されて、私は告白を受け入れたのよね……」


 感慨深そうに語る侑子様に結弦さんは異議を唱えた。


 「俺の記憶と違うんだが。あの時お前は、私が将来未来永劫独り身になっても貴方は責任を取れるの? と、無理矢理押し通された記憶しかないんだが」


 お嬢曰く、告白を拒絶され玉砕した物同士は、桜の木の下に眠る骸の怨念により、自身だけではなく末代までもが独身生活を送ることになるらしい。

 その代償を人質に脅迫された結弦さんは、侑子様の告白を受け入れめでたくご結婚されたそうであるが……。


 「所詮迷信に過ぎない話だがな」


 「あら、貴方も迷信やら御呪いも好きでしょう? 茜の合格祈願のために湯島天満宮まで行ったくせに」


 春月を受験する際、俺は結弦さんを含める和泉家と燈さんからお守りを頂いた。

 それがわざわざ東京まで足を運び、俺の合格を祈願してくれていたとは……。


 「それは言わない約束だろうが……」


 「後ね、仙子。あの子は茜のために太宰府天満宮までお守りを買いに行っているのよ」


 お嬢が……お嬢が?

 あの極悪非道なお嬢(当時)が俺の為にわざわざ福岡県まで足を運んだと……?

 今のお嬢なら本気で飛び立ちそうで違和感は湧かないが、転移前の彼女は俺を酷く扱ってきたためギャップを感じてしまう。


 「余程貴方と学園生活を過ごしたかったんでしょうね。お賽銭に札束を打ち込もうとしていたらしいじゃない」


 札束をお賽銭箱に投げ込もうとしたお嬢を、同行した梅原兄妹が嗜めたらしい。

 そして、転移前のお嬢は燈さんにお守りを押し付け、自分の代わりに渡してもらうようお願いしたとのこと。


 「素直になれないお嬢可愛かったわね。今は素直が度を過ぎているけれど」


 「他言無用だったが一応礼くらいは言ってきたらどうだ? お嬢も喜ぶぞ」


 そう燈さんと吾妻さんに促され、俺は失礼しますと一言述べて席を離れる。退屈だったのかゴリちゃんも立ち上がり、俺に同行することになった。

 中庭に移動するとお嬢と深見の罵声が飛び交っていた。


 「貴女如き青髪が茜の幼馴染を自称するなんて一億年早いんですぅ〜。一生報われぬ恋を妄信し続ける暇があったら、さっさと身を退いてもらって、どうぞ」


 「いい加減私の名前覚えてくれます? あ、覚えられるほど脳の容量足りてないんでしたっけ。茜くんとの思い出を削除して容量増やして、どうぞ」


 まだやってるよ……。

 煽り合い拳を振り合う暴力的な両者に恐れ慄いた俺は、介入すれば巻き込まれかねんと傍観に徹する。

 激闘を繰り広げる双方に熱烈な歓声を送る人達に混じり、俺は決着が着くのを待つ。


 「茜くんは奈河さんが好きなんですよね? 残念でしたね和泉さん、もう既に大敗北してるじゃないですか」


 「貴女も私の同類……って、私は振られてませんが!」


 「何度も告白しているくせに一向にオッケーしてくれる気配ないじゃないですか。もう何度告白しても無理なものは無理なんですよ。いい加減現実に向き合ってみて、どうぞ」


 「私はあああァァァ──ッッッ! 負けていないッ! 諦めたらそこで試合終了なのよおおおォォォ──ッ!」


 情緒が……。

 こんなの見ていると罪悪感が湧く。

 止めよう、傍観者気取りは止そう。

 俺は、お嬢の深見への顔面に向けて振り翳された拳を受け止める。


 「両者引き分けで、どうぞ」


 「茜ッ!? 離して頂戴! この糞女の顔面に一発かましてやらないと──」


 俺はお嬢の拳を包み込みながら諭す。


 「止めてくれますね」


 「ウン」


 お嬢を戦意喪失させたことにより、次は深見と向き合う。


 「気は済んだか」


 「清々したよ。あ、茜くんも一発殴っていい?」


 な、何故に俺も……?

 その後、冗談だよと深見に一言言われるも、目の色が冗談であると思えなかった。

 これにてお嬢と深見の決闘は両者引き分けという形で幕を閉じ、観衆は良い物が見れたと満足そうに散っていった。

 俺は汗を拭う両者にタオルを手渡し、お嬢に声を掛ける。


 「俺の合格祈願のために太宰府まで行ってくれたらしいですね」


 「…………?」


 お嬢は俺の発言に考え込むような仕草を起こし、しばらく思慮に耽る。

 まぁ記憶力の乏しいお嬢は憶えていないか──。


 「あぁ……そういえばそんなこともあったわね。随分と懐かしい……」


 当事者からすれば何年か前の記憶かもしれないが、実際はつい最近の出来事なのである。


 「もし茜が不合格だったら菅原道真を祟る勢いで祈っていたわね」


 「祭神を祟るとかどの立場が言ってんすか」


 「先の私は悲惨な末路から逃れるために茜の不合格を願ったけれど、今となっては貴方が居てくれて私は嬉しい」


 そう珍しく朗らかな笑みを浮かべるお嬢に、俺個人も合格を果たせて良かったと改めて感じた。


 「俺も嬉しかったですよ」


 「嬉しかった、とは……?」

 

 「遠い昔のツンツン真っ盛りのお嬢が俺のためにそこまでしてくれたとは。ありがとうございます」

 

 「結婚しましょう」


 この流れとはいえ俺が承諾するわけないでしょうが。

 そうしてお嬢は俺の肩を抱き寄せながら深見を煽り付ける。


 「あらまぁ可哀想……! そこの転がっている変なのは藤袴高校に進学したせいで茜と青春を満喫出来ないだなんて……! 私だったら耐えられないわね……!」


 「高校が違えども一緒に過ごせるって以前お伝えしましたよね? 夏祭りや海は行きますけれど? 残念ながら和泉さんの席はございませんのでお留守番していてくださいね」


 もう勘弁してくれませんかね。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る