第30話 二度も打たれ、親父にも打たれた
侑子様の祝勝会を終えた翌日。
侑子様の重圧とご息女の婚姻を破棄させた俺は、何事も起きず学校生活を終え、颯爽と家に帰宅しようとしていた。
俺の悩みの種の一つであるお嬢は、結弦さんと侑子様のご指導により俺との帰宅を禁じられ、一足先に帰宅させられていた。
良い子になるまで俺との登下校を禁じられたお嬢は、血涙を溢しそうなほど苦渋に満ちた表情をしていたが、それを乗り越えた先には希望があると持ち前の前向きな精神で納得させていた。
お二人のご配慮には感謝である。
お嬢から解放され自由の身になった俺は、浮き足立ちながら下駄箱から靴を取り出そうとすると、そこには一通の手紙が添えられていた。
最近は脅迫状を受け取る頻度が高い。
内容は『指定先に来い(要約)』と一文が記されていた。
筆跡は毎度お馴染み我が偽彼女ではなく、どうやら今回の送り主は別人であるらしい。
となれば一体誰だ。学校で平穏な生活を送る真面目な模範生の俺は恨まれる覚えは──、
「…………」
あれだ、一応美少女のお嬢や雪姫菜に、美少女の楪さんに囲まれる俺は男性陣から恨みを買っているに違いない。今回は俺に嫉妬する男性陣からの呼び出しだろう。
大方お前調子乗ってんな殺すぞと俺を脅迫し、集団で乱暴狼藉を働くお心持ちなのだろう。
別世界線の俺は魔女さん……アイか。アイを擁護すべく暴れ回ったらしいが、平和主義者の俺からしてみれば心底信じ難い光景。
そう──暴力は駄目なのである。
色々と感覚が麻痺しているが、そもそも喧嘩も決闘も駄目。
何事も話し合いで解決を。
──この手は人を殴るための手ではなく、人と握手するための手なのだから。
ともあれ現場に赴いて背後からの強襲を受ける危険もある。現に前回は咲夜に翻弄され、殴られ拉致され監禁されの仕打ちを受けた。
まさかあそこまで実力行使に移るとは。しかもその強硬手段に駆り出した理由は、偽彼女のくせに謎の嫉妬である。
交際していない人間に嫉妬し、更に暴力手段を訴えるとは、本当に我が偽彼女は素晴らしい性格をしていると言える。
超絶天才美少女と自身を讃美するくせに楪さんと金枝に敗北し、試験で3位だったのは如何なものなのか。
イカンイカン……全く本件と無関係な雪姫菜への不満が大分溜まっていたようである。
3位の件は後で煽るとして、とにかく油断はしないと気を引き締めて、俺は指定された目的地へと足を運んだ。
と、目的地へ馳せ参じたわけだが、人気はなく誰もいなかった。
人を呼び出しておいて遅刻とは送り主は何様のつもりなのだろうか。
とはいえ早く到着した可能性も全然あるため俺は大人しく待機することにした。
……しかし、雪姫菜にしても春月の人間は手紙で呼び出すのが流行りなのだろうか。
待機中、暇を潰すため鞄に入れたままであった『雪姫菜語録』を読み耽る。
自画自賛する内容しか書かれていないなと呆れ果てていると、付近に近寄る足音が聞こえる。
「待たせたな」
その声の主は、お嬢に好意を抱き俺を敵視する金枝であった。
金枝一人ではなくお頭と取り巻き二人、そして見慣れぬ小柄な男子生徒が一人という、総勢五人という人数であった。
相変わらず金枝は険悪な雰囲気を醸し出し、お頭一同は俺を嘲笑するように嘲笑う。
唯一一人の男子生徒は、俺達の状況に一切我関さずといったように、興味無さげに彼も読書に耽っていた。
話し合いでは済みそうにないなと分析しつつ、雪姫菜本を鞄に打ち込み腰を上げる。
「待っていないですよ。それで要件は」
「お前に決闘を挑みに来た」
やはりそういう展開か。
昼食時は雪姫菜の鶴の一声により有耶無耶に終息したが、彼自身納得がいかなかったのか。
そして俺を成敗すべく呼び出し、観客三人と謎の人を引き連れに来たのだろう。
「庶民のお前に春月のルールを叩き込んでやる。この学園は力で全てが決まる」
「……」
「財力、知力、暴力。俺は欲しい物を全て力で手に入れてきた。そして俺は、お前から和泉を取り戻す」
元々お嬢は俺のものではなく誰のものでもないのだが。
当事者の気持ちを無視して人の所有権で揉めるとか何なのか。
人を物扱いするのは駄目だと楪さんも言っていただろうに。
残念ながら楪さんは権利を放棄してしまったが、お嬢の交際権限を有していたのは一位である彼女なんだよなぁ。
「白薔薇の地位も邪魔者を蹴落とすことも俺は全て自身の力で叩きのめすことで手に入れてきた! そうして今、和泉を手に入れるために邪魔なお前を潰す! さぁ、俺との決闘を受けろ庶民!」
金枝はお嬢と交際するために学力試験において2位を撮る努力家な一面が見える。財力も知力もお嬢に釣り合う相応しい男だと俺自身常々感じる。
そして邪魔者の俺を排除すべく、こうして決闘を申し込んだとは……。その熱意にはある意味好意を抱く。
そんな彼に前々から質問したいことがあったので、俺はこの機会に訊ねることにした。
「金枝さんは、お嬢の何が好きなんですか」
お嬢大好き第一人者として、どの部分が好きなのか参考にしたいと問う。
やはりお嬢の外見か、それとも魅力か。いや、俺の知らないお嬢の部分が好きだとすれば、それは新たな発見となる──。
「特にないな」
お嬢の好きな箇所、ないの……?
では貴方一体何のためにお嬢と交際するために俺に決闘を申し込んだのか。
「あの傲慢女を俺の女にすることで屈服させる。ただそれだけだ」
「顔が好みとか性格は……抜きにして、まぁ何かないんすか」
「顔? あぁ顔は好みだな、性格は壊滅的な傲慢女だが。だがそれこそ俺に相応しい、屈服させ甲斐がある。お前を潰した際には……そうだな、和泉を飼い犬にでもするか」
「一応確認しますが俺はお嬢の和泉仙子の下僕ですが」
「だからどうした? 下僕のお前如きに何だ?」
……どうやら、俺の人を見る目は大分悪かったらしい。
まぁ勝手に判断していた俺の自業自得と言えるのだが。
それらの全てを撤回しよう。
「和泉仙子のお嬢の下僕として、お前の台詞は不愉快だと言っているんですが」
「……お前? お前、誰に向かって軽々しく口を開いている!? 俺は白薔薇所属で、十人委員会七席、御三家の金枝家の御曹司、金枝朱雀だ! 口を慎め庶民! 庶民如きお前とは天と地の差がある!」
お嬢に熱烈な好意を寄せる人物であれば、その価値もあったのかもしれないが、今となっては全てが掻き消えた。
そう……再三言うが俺は平和主義者。過激派なお嬢や雪姫菜とは異なる穏健派なのである。
興が冷めた俺は鞄を背負い撤収しようとするが、金枝とお頭一同が遮る。
「和泉の下僕は決闘も受けられない臆病者なのか?」
「そんな煽り通用しませんよ」
「決闘を受諾しないならいい。なら──立場も見極められない愚か者には躾をする必要がある」
「殴りですか、蹴りですか、それとも爪剥ぎですか。ご自由にどうぞ」
「爪は剥がないが。まぁいい……お前の希望通り少々痛い目に遭ってもらう……!」
準備万端、俺は金枝の暴力を受け入れようとする。
転移前のお嬢やその他の経験から耐性のある俺は、この程度の暴力は造作もない。
今は俺で発散してもらって構わないが、本格的にお嬢に実力行使を図ろうとすれば、その時は対応を改めないといけないなと思案する。
わざわざ試験の順位や決闘などで条件付けするあたり、お嬢のように錯乱して強行に及ぶことはないだろう。
ただ和泉家に本件が、傷跡が発覚すれば金枝は後悔する羽目になるかもしれないので、顔面は厳禁だと伝えておくか。
「顔は勘弁。殴るなら腹を──」
「いい加減にしてください──っ!」
そんな俺と金枝の悶着に乱入してきたのは楪さんであった。
「あぁ? お前は──ぶべっ!」
そんな楪さんは金枝の頬に平手打ちを浴びせた。
とてもいい音が周囲に鳴り響く。
突如の乱入に俺や金枝、お頭一同は唖然とし、謎の男子生徒も流石に本を読むことを中断していた。
「お前、俺を誰だと──あべっ!」
「知りませんし関係ありません!」
そうして二度目の平手打ちを反対側の頬に浴びせた。
楪さん……二回も平手打ちしたよ。
「お前……この俺に二回も!」
「大丈夫ですか……鬼灯さん!?」
「えっ……あぁ、はい」
楪さんは傷一つない俺の身を案じる。
状況を未だ飲み込めていない俺に構わず、楪さんは金枝に対峙した。
「決闘も……暴力も、駄目だと……私言いましたっ!」
「お前……この俺に……! 身の程を弁えさせてやる……!」
俺は楪さんへ拳を翳そうとした金枝の腕を捻り上げ動きを封じさせる。
抑え付けられた金枝は俺を睨み付け汗を垂らすと、自身の身動きが取れないためか大人しくなる。
「彼女に手を挙げるのは許さん」
金枝を跳ね除けると彼は姿勢を崩して尻餅を着く。
そんな金枝にお頭一同は彼に駆け寄る。
「決闘の立ち合いをしろと言うから付き合ったんだけれど……集団暴行を見学しろとは言われてないよ」
事を傍観していた謎の男子生徒は言葉を発する。
男子生徒であるのに可愛らしい声色をしている。声変わりがまだなのだろうか。
「君の言動は目に余る。御三家の人間が一人の人間を嬲り殺しにして、その様を取り巻きに見物させる。僕はそうした行動には賛同しかねる」
「黙っていろ、
「大体僕は君と違って暇じゃない。帰っていい?」
「俺は、この庶民共に躾を──」
「君の品が下がろうが上がろうが僕には何一つ興味ないけれど、一位を獲れなかった上にその一位の人物に頬を打たれた。また君は、お父上に殴られたいの?」
総司さんの一言に金枝は身体が強張り口が噤む。
御三家や御家の事情とやらは読み取れないが、何やら金枝の中で父の存在は大きいのだろう。
「ッ! 行くぞ、舞姫!」
「……えっ、あ、はい!」
自身が不利だと理解してか、金枝はお頭一同を引き連れて撤収していく。
「余り調子に乗らないことね、クソ庶民!」
お頭は捨て台詞を吐いて金枝の背を追う。
金枝一派が撤収したことにより、自身の役目もなくなったためか総司さんは俺達に何も告げず去る。
「あの人達……大嫌いです」
大分ご立腹な楪さんは、金枝一派を見送るとぼそりと呟く。
「……それより、楪さんはどうしてここに?」
「実はですね……」
楪さん曰く、家庭科部の部室が分からず迷子になっていたところ、俺が学校の裏に行くと金枝一派が後を追うようにしていたのを見たと、報告してくれた人がいたらしい。
不穏な予感がした楪さんは彼の静止の声も聞かず、道中迷子になりながら彼が指差した方角を頼りに辿り着いたという。
そうして今に至る──。
いや、それよりも──貴女まだ家庭科部入部してなかったんすか。
俺なり雪姫菜なりに部室の居場所を問えば案内するというのに。
「今日は無理かもしれませんが、明日家庭科部行きましょうか」
「あ、いえ……もう大丈夫なんです」
「大丈夫?」
「あ、えーと……思っていた部と違かったというか、想像するより本格的で……所詮趣味の私では居場所がないなぁと思いまして……」
……ん? でも、場所が分からなかったから辿り着けなかったはずでは。その言い方だと家庭科部を見学しているように聞こえるが。
と、思っていると──実際には苦労の末に部室の入り口まで到着したはいいものの、部活動の本格さに圧倒され一瞬にして踵を返してしまったらしい。
「ともあれ援軍には助かりました」
「え、あ、いえ……私は何もしてないので」
何もしてないって謙遜が過ぎる。貴女は俺を救出すべく二回も金枝を打ちましたよね?
楪さんに圧巻させられていると、再び何者かが俺達の元に駆け寄る。
「大丈夫かい、茜くん……!」
そんな俺の身を案じる彼は心当たりのない人物──と思いきや、排尿していた俺を覗き込んだ謎の変質者であった。
「あっ、この人です。鬼灯さんの居場所を教えてくれたのは」
「やぁ僕だよ」
誰だよ。
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