第31話 春月の友人

 金枝騒動が終結した後、俺達はお嬢とお頭の激闘が勃発した喫茶店[Geranium]に赴いていた。

 元々颯爽と帰宅しようとしていた俺であったが、謎の変質者の熱心な誘いに楪さんが乗ってしまったため、彼女を一人にするわけにはいかず渋々ご同行する。

 俺の対面に楪さんは座り、彼は俺の隣に腰を下ろす。


 「また逢えたね。嬉しいよ」


 「狭っ……」


 広い座席を窮屈に詰め寄るように座る彼は、俺の瞳を見つめながら微笑む。

 さて、とりあえず何か注文しようかと提案する彼はコーヒーを注文すると、楪さんはオレンジジュースとカレー(甘口)、そしてハンバーグ定食(大盛り)を頼み出す。

 俺は遠慮すると告げたが、成長期だろう? という彼の謎の理論により、お茶とカレー(激辛+特盛+味噌汁付き)を注文させられてしまった。

 なんと奢ってくれるらしいので俺はありがたく頂戴する。


 「今日は彼女さんいないんですね」


 「彼女じゃないです」


 注文を受け取ったメイド服の店員さんが、唐突にそんな話題を打ち込む。


 「鬼灯さん……彼女いたんですか!?」


 「茜くん……僕を差し置いて彼女がいたのかい……!?」


 もう大混乱だよ。

 違いますと改めて訂正すると、本当に分かっているのか分からない表情で微笑みながら厨房へと戻っていく。

 注文と混乱が一段落付くと変質者は話を切り出す。


 「彼の三国志の桃園の誓いはご存知かな?」


 「蜀の劉備、関羽、張飛の三人が義兄弟の誓いを結んだという話ですね?」


 「そう。僕達はそれなのさ」


 「はぇー……鬼灯さんは義理の兄弟がいたんですね!」


 「いやいやいや、初対面でしょう俺達は。純粋な楪さんに嘘を吹き込まないでください」


 お嬢彼女疑惑を払拭した後に謎の人物、俺と義兄弟説が浮上するが即座に打ち消す。

 いい加減、自己紹介をして頂けないとあんたへの呼称が一生謎の変質者になってしまうのだが。


 「さて、僕は早乙女蓮さおとめれん。君達と同じ一年生にして内部生にして白薔薇さ」


 「白薔薇……」


 「おっと、警戒しないでくれよ茜くん。大方、白雪姫雪姫菜から把握しているんだろうけれど、僕は君の想像する連中とは事情が異なるのさ」


 警戒心を露わにした俺に対し項垂れるように早乙女は呟く。

 雪姫菜大先生による白薔薇教育履修済みの俺に対し、学内事情に疎い楪さんは話に付いていけないようである。

 そのため俺は白薔薇について楪さんに解説すると、元々地頭の良い彼女は話を直ぐに理解した。


 「えぇーっ!? じゃあ、あの金枝さんに目を付けれた私達は退学されちゃうんですか……!? あわわ……!」


 そう、厄介なことにあの金枝は白薔薇を優越する十人委員会の七席。我ら一年生の中でも席次は一番高い。

 そんな学内の有力者へ平手打ちを二回も浴びせた楪さんである。ただでは済まされないだろう。

 そういえば我らがお嬢も何故か十人委員会の十席の座に就いている。俺もただじゃ済まされていないのだが。


 「それはないよ。何故なら有栖さんは、筆記試験において一位を叩き出した実力者にして前代未聞の人物だからだ」


 「前代未聞……?」


 「これまでの春月において外部生が一位の成績を得たことはない。大体は内部生だったからね」


 やはり楪さんは癖があるが大物なのか。

 ん? 楪さんは一位という成果を残しており学内残留が可能であるが、凡人の俺は……入学早々退学というコト……?


 「皆様今日までお世話になりました」


 「いやいやいや、流石に退学はないよ! それは保証する」


 思えば別世界の乱闘騒ぎを起こした俺は退学には至らず一週間の停学という処分で済んだのである。

 流石に退学はないかと早乙女の言葉を聞いて安堵する。


 「しかし、今回の外部生は興味深いね。不思議な謎の少女アリス黒薔薇の姫の騎士ブラックローズプリンセスナイトとは」


 「長……いや何すか、その不名誉な格好良い渾名は」


 「そりゃ茜くんが黒薔薇の姫和泉仙子の忠実な騎士ナイトだからさ」


 最近は忠誠心が下落気味だが、どうやら俺は周囲の人物から咲夜の立ち位置と同様、お嬢の従者だと見做されているらしい。

 まぁ一応はお嬢が面倒を発生させないようにするお目付け役、彼女の護衛という立ち位置は変わらないのであるが。

 あのお方はご覧の通り腕っぷしが良いため護衛の役割は皆無であるが、最近は何かと面倒事を招くためそこだけ注意しておく必要がある。


 「これまでのお姫様の普段の様子は把握しているだろう?」


 「あぁ、まぁ、はい……」


 お嬢は文武両道にして端正な顔立ちから周囲に恐れ慄かれた人気者であったが、その傲慢不遜な性格から孤立していた。

 そんな張本人は、それを栄光ある孤立であると評す。

 ともあれ、そんなお嬢が未来からタイムリープされたため、今までの傲慢不遜な性格は無……無くなってはおらず、性格は温和になり……なっておらず、あまりタイムリープ前と差異がないな。

 しかし、唯一変貌されていたのが俺のことを大嫌いだと思っていたが、実は大好きであったということ。そんなお嬢は本音を隠さず本性を晒し、自分に正直に素直な人物と成り果てた。


 「彼女は本当にあの黒薔薇の姫なのかい? ……まぁ彼女がどうあろうが僕には左程興味ないし人間一つや二つ隠し事はあるからね」


 お嬢の豹変具合を和泉家は目を瞑ったが、やはり雪姫菜のように信じ難いと、本人であるのかと捉える者は多いであろう。

 転移前のお嬢を知らない楪さんはいまいちピンときてないようだが、やはりお嬢を知る内部生からすれば、そうきても当然ではある。

 あまり突っ込まない皆々様のご配慮には感謝である。

 

 「ともあれ、君達二人が何かしらの処分を受けることはないと、君達二人の親友である早乙女蓮が保証しよう」


 「し、親友……」


 親友という言葉に楪さんの目が輝く。

 雪姫菜同様に胡散臭い早乙女を信用するのは彼女の悪い癖である。まぁ純粋な良い子ではあるのだが。


 「これこそ桃園の誓いですね鬼灯さん!」


 「えっ、うーん……」

 

 何にせよ男子生徒の友達皆無な俺にとって親友という響きは心地良く、また変に納得してしまいそうな自分がいた。


 「そんな親友の間柄の僕達に敬語や遠慮は無用だよ、茜くん。そうだろう有栖ちゃん?」


 「えっ……あっ、あー、私はこれが性分なので……」


 「鬼灯さんと他人行儀はよして茜くんと、また茜くんもいい加減に名前で呼んだらどうだい?」


 何その無茶振り。

 当の楪さんご本人は、髪を弄りながら俺に視線を送ったり、別の場所を見詰めたりと挙動不審である。

 まぁ思い返せば記憶はないが俺と楪さんは同中出身の仲間のようなもの。ここは早乙女の言葉を受け入れるとしよう。


 「有栖」


 「あっ、は、ははは、はいぃ──!?」


 「大丈夫なのか、これは」


 「まだ耐性が出来ていないだけだろうね。慣らしていくしかないよ」


 名前呼びしただけで何故か一瞬で撃沈してしまった有栖。

 そんな顔を真っ赤に紅潮させる大荒れな有栖に対し、更なる無茶振りを早乙女は放った。


 「有栖ちゃん、これから君も茜くんを下の名前で呼ぼうか」


 「うえぇっ!? あっ、あっ、あっ、そ、そそそその、私にそれは難し過ぎると言いますか、馴れ馴れしいのでは……!」


 「大丈夫、遠慮は無用だよ。多少乱暴に扱っても茜くんは頑丈だから問題ないしね」


 お前は俺の何を知っているんだ。

 大分呼吸が荒い有栖を早乙女は落ち着かせながら、その瞬間を待つ。

 そうして深呼吸して心を整理して整えた彼女は、


 「あっ、あああ、茜く……あああ、あっ、茜さ……ん?」


 「おめでとう。よくできたね、流石だよ。僕達の今日という日は栄光ある日として歴史に刻まれるだろう」


 「我々は名前呼びし合っただけなんですが」


 そうして俺達は名前呼びをし合うと規則を設け、早乙女を蓮と、楪さんを有栖と呼ぶことになった。謎の変質者呼びが解消されて何よりである。

 そうしてメイド服の店員さんが料理を届け、俺達は食事にあり付く。

 今回は蓮の奢りであり流石に申し訳ないから自分の分は支払うと告げたが、今回は僕の奢りだよと拒絶されたため、俺はありがたく頂戴する形となった。


 食事を堪能しながら店内を見回していると張り紙が目に付く。

 どうやら従業員の募集、アルバイトを募集中であるらしい。

 現状お小遣い制の俺は放課後は勤労に勤しもうと考えていたのだが、お嬢が断じて許さんと一蹴したため叶わぬ夢となった。

 そもそも放課後は鬼畜部長に無理矢理入部させられたオカルト研究部の活動がある。どっちにしろ不可能だろう。

 そういえば……雪姫菜は俺と偽恋人の契約として報酬金が発生する……あぁそうだ、雪姫菜文書第6項により賃銭の支払いと対価は禁じられているのだった。

 すなわち俺は無償で雪姫菜に付き合わなければならないというわけで、実質雪姫菜相手の勤労は無報酬なのである。

 

 そうして食事を平らげた俺達は連絡先の交換をし、今日は解散という流れになった。

 綺麗に完食した有栖は満足気に自身の支払いをしようとしたが、蓮に静止され彼女も奢られる形となる。


 「またのご利用をお待ちしております」


 そうして店員さんに頭を下げられながら、俺達はご馳走様と告げて店を出る。

 そうして解散となった俺達はそれぞれ別方向であるため、各々別の道に帰路に就く。


 街灯に照らされた歩道を一人寂しく歩きながら、ふと携帯を眺めメッセージアプリを開くと、変なグループに勧誘されているようだった。

 俺は拒否しようと──指は止まり、なんてことはなく、その謎のグループの加入を承諾した。

 面子は俺と有栖と蓮の三人。二人が和気藹々と語るのを見届けながら、適当にスタンプを残す。


 そこに新着のメッセージ。

 先程新設されたグループではなく、俺が以前から所属している[藤袴中学校仲良し軍団]なるよく分からない名前のグループからであった。


 楠楓:『茜友達出来た?』


 楠楓:『一華が心配してるから近況報告はしっかりしときなよ』


 あおい:『茜の奥さんが心配してるよ?』


 あおい:(可愛くない猫が泣くスタンプ)


 あおい:(可愛くない猫が泣くスタンプ)


 あおい:(可愛くない猫が泣くスタンプ)


 一華:『葵、うるさい』


 あおい:『申し訳ありません』

 

 俺はその一連のやり取りを眺め文字を打つ。

 そして、一言送信した。


 鬼灯茜:『案外、春月は悪くない』

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