第34話 勇気か臆病か
お嬢が金枝を鎮圧し驚嘆を挙げた翌日、俺とお嬢に有栖は雪姫菜の手引きにより
どうやら先日の一件の謝罪と空いた席次について議論するらしく、席には八席の月宮さんと九席の雪姫菜に十席のお嬢、そして白薔薇無関係の外部生である俺と有栖、最後に扇子を広げる謎の生徒が居た。
事件の関係者であるものこの場に居てよいものかと疑問視する俺だが、お嬢は早速十席の権限を行使し周囲に容認させたことにより問題視はされず。
というか謎の扇子少女は不明だが、この面子で俺の処遇にとやかく言う人はいないだろう。
「先ず改めて鬼灯茜くん、楪有栖さん。僕達白薔薇の人間が君達に横柄に振る舞ったこと、彼の蛮行を半ば黙認していたことを謝罪する」
そう深く月宮さんは述べると俺達に頭を下げ、ついでに雪姫菜も軽く頭を下げる。
机の下で足を組んで驕慢な態度を取るお嬢は、二人に苦情を突き付ける。
「私の大好きな茜がね、あんたらの人間のせいで食事も睡眠も取れないほど怯えて衰弱してしまっているのよ! 学校に行くのが怖い……暴力を振るわれるのではないのかと疑心暗鬼に駆られ、今では小さな物音すら……私の声にすら震える始末。この責任どう取ってくれるの? 学費無料、学食無料、施設使用無料の権限を茜に施さないと気が済まないわね」
被害者としての要求を突き付けるお嬢を跳ね除け、俺は本当気にしてないので大丈夫ですと告げる。
有栖自身も揉め事を避けたいためか俺に同調する。
というか有栖は先日のお嬢金枝半殺し事件には関与していないため、やはり事の顛末を聞くとドン引きしてしまっていた。
お嬢の悪略により先に帰宅させられた有栖だが、結果的にあの悲惨な現場を目撃せずに済んだので、それが良い方向に功を奏したようである。
被害者二人が謝罪を受け入れたためお嬢も渋々容認し、本件は一先ず解決する運びとなった。
「朱雀……金枝朱雀の処分においては十人委員会の席を剥奪となったが、やはりこの処遇に不満を抱く者がいる」
「白薔薇内におかれましては降格にすべきでは、一定期間の権限停止などと言ったような処置を求める声が聞かれます」
内部で様々な意見が続出している現状だが、結果的には金枝の席次剥奪という処罰となった。
第一席と第二席その他からのお墨付きを得ているのだが、やはり金枝同様に納得の行かぬ者もいるようである。
俺個人としても降格くらいではと読んでいたが、実際には剥奪。いや白薔薇からの追放とならなかっただけマシと見做すべきなのだろうか。
いや結局は俺は外部生の白薔薇とは無縁な凡人であるし、事の一件も解決した今、とやかく口を挟む義理はないのだが。
「それにしても随分と処分の措置が早いわね」
そうお嬢が疑問を呈すると雪姫菜が返答する。
「金枝さんの言動には品位が欠けているのではという意見がありましたからね。それに一度目ならまだしも三度目ですので」
「進級早々七席の座を剥奪だなんて哀れ極まりないわね。自業自得だけれど」
「和泉さん、言い過ぎでは……」
お嬢の嘲笑に有栖は苦言を吐く。
自業自得と一蹴することも出来るが奴の努力家な一面や再三決闘を申し込む直向きさを見ると、少し可哀想だななどと同情してしまう。
「空席となった七席だが下位の席を随時昇格。七席は月宮圭樹、八席は月白雪姫菜、九席は和泉仙子、ということになった」
お嬢が段階を超えて七席に昇格にはならなかったか……。
雪姫菜が一年生の中で二番目に偉いという方向になり、彼女の三に愛されているというジンクスは崩壊してしまった。
というか今更ながら金枝は七席だから一年の中では一番の権限を持つ人物だったんだよな。よく有栖は平手打ちを浴びせるわ、お嬢は半殺しにするわ、俺は決闘を反故にするわの対応を出来たものだと今更実感する。
それはまぁ彼の処分に賛同する者によってお咎め無しと判断されたのだろう。
となると……空席となった十席だが。
「そして十席の地位に付くのは、私こと
今まで口を挟まず優雅に固唾を飲んで見守っていた扇子の少女、九條さんは高々に高笑いしながら表明する。
十席は確定しているんだと思う束の間、月宮さんは彼女の発言を訂正する。
「……九條さんは自薦ね。そして他にも立候補している者がいる。十人委員会の会員が推薦した者を含めると計八名が候補として挙げられる形となった」
「その八名の候補の中から選抜され、結果的には十人委員会の多数決によって決まります。日時は今週の新一年生入学歓迎パーティー以降ですので来週以降となります」
へぇ、そうなんだ……と月宮さんと雪姫菜の説明に聞き入る俺と有栖であるが、そもそも部外者の俺達は関係なくない? と今更ながら気が付く。
白薔薇内部事情の話はお開きにしてからでいいのでは? と感じたが、撤収する機会を逃したので適当に耳を傾ける。
「和泉さんは推薦したいと思う方はいらっしゃいますか?」
「え、私? いるわけないじゃない。私は白薔薇の十席に誰が就こうが興味ないから帰してくれない? 放課後はね茜とのデートの約束があるのよ。無駄に時間を浪費させるわけにはいかないのよ」
そんな約束身に覚えがないのですが。
そう小言を漏らすお嬢を放置して雪姫菜は話を再開させる。
「では私から推薦人を発表させて頂きます。有栖さん、私は貴女を十席として推薦致します」
「…………? え、えええぇぇぇ!? わ、わわわ私ですか!?」
率直に雪姫菜から推された張本人は、まさか自身の名前が挙げられると想像が付かなかったのか驚嘆を漏らす。
そんな雪姫菜の提案に異論を述べたのは、扇子を勢いよく開かせた九條さんである。
「雪姫菜様、貴女の仰られていることは確か? 彼女は外部生にして白薔薇にすら所属していない一般人でしてよ? 白薔薇に所属していない内部生ならまだしも外部生とは……。貴女だけが賛同しても他から得られぬのは明瞭」
「外部生を推薦してはいけないなどという規約があるのでしょうか?」
「はて? 白薔薇の会則や規約など頭からすっぽ抜けているので存じていませんわぁーーーっ!!! おーっほっほっほっほっほ!!!」
白薔薇の中で金枝を擁護する者もいる中で完璧部外者の有栖を支持する者はいるのだろうか。それこそ金枝との揉め事に関与している有栖である。
「彼女は前代未聞の学内試験において外部生ながら我々を下し一位を征した強者です。実力能力には大きな保証があります」
「有栖さんの成績は把握している。しかし、だけれども優秀な人物といえども人気がなければ、周囲から認められなければ……多くから賛同を受けることは不可能だよ」
「貴女は彼女に一票を投じてくれないのですか?」
「現時点では反対だ。分かるだろう白薔薇の気風を」
そう狼狽する有栖を差し置いて月白さんと雪姫菜の二人は語り合う。
そんな中、固唾を飲んで場の進行を見守る俺にお嬢は耳打ちする。
(ねぇ茜、二人で抜け出さない?)
(有栖が関係しちゃったのでいかんせん帰るわけにはいきませんよ)
(いつの間にか天然女を下の名前で呼んでるし……あの子に甘すぎない? その甘さを少しだ〜け私に寄越してくれてもいいのよ? てか、こいつら本人の意思を無視して勝手に論争しているけれど、あの気弱な天然女に立候補出来るわけないじゃない)
場を見兼ねたお嬢は二人の会話に割り入る。
「盛り上がっているところ悪いのだけれど、そこの女が立候補しますって意思表示してないのでしょ? そんな最中に無駄な議論重ねてどうするのよ。で、縮こまっている貴女はどうするのよ」
「わ、私ですか……?」
「優しい私からの忠告だけれど、あの性悪女は貴女を良いように傀儡にしようとしか企んでいないわよ。ま、辞退するのが懸命ね」
珍しいお嬢の正論に俺も全肯定する。
その俺の心中を察したのか雪姫菜は冷たい笑みを俺に送る。
後で俺も懲罰を受けるなと覚悟しつつ、俺もお嬢同様に言葉を投げた。
「有栖はどうしたい」
「あ、茜さん……」
「有栖が立候補するなら俺は支持する。しないならしないで支持する。どの選択も否定するつもりはないということを憶えておいてほしい」
「やっぱり茜、天然女に優しくない?」
そうお嬢から茶化が入ると暫し沈黙が訪れる。
突然推薦されて気持ちの整理の追い付いていない状態で結論を出せるとは思えない。
決断する猶予を……となればそれで構わないだろうし、まぁ結局は彼女の本心次第だ。
「私は……」
有栖は重い口を開く。
「やっぱり、私には重荷かな……と。す、推薦してくれることは嬉しいのですが、やっぱり私には似合わないかな、なんて……ごめんなさい」
そうはっきりと辞退を告げられ、雪姫菜は引き留めることも後押しすることもなく、ただ彼女の選択を受け入れる。
「私こそ無理を言ってしまい申し訳ありません」
「あ、いや、その、ゆ、雪姫菜が謝ることでは……」
「僕からも。勝手に話を広げてしまって申し訳ない」
「月宮さんも謝らなくとも……」
二人からの謝罪を遠慮がちに受け入れる有栖。
そして自分を卑下しながら言葉を再開する。
「私、人見知りで友達も少ないですし、お二方のような魅力も、和泉さんのような強固な意思も、茜さんのような平静さもありませんから……」
机の下で自身なさげに拳を握り締める有栖。
そんな卑屈さを払拭させるかの如く俺は彼女に告げる。
「有栖には金枝に臆せず立ち向かった勇気がある。あの時金枝に囲まれていた俺を救うべく動いてくれた。中々出来ることではないと思う」
それにお嬢の嫌味に耐える忍耐力もある。
傍観者のままではなく当事者として、首を挟むことは容易く出来るわけじゃない。良くないことは良くないと彼女には言える勇気がある。立派じゃないか。
それに学内試験で一位という好成績な人物。かくいう俺は下から数えた方がいいだろう馬鹿さである。
「はぁ〜……茜にここまで褒められるとは光栄なことよ? 私なんて茜に褒められたこと…………あったかしら……」
「あったじゃないですか思い出して下さいよ」
「例えば?」
「…………」
「はい、茜のせいで私は拗ねました。優しく甘やかし褒め称えてくれないと機嫌治りません」
ご機嫌斜めになられてしまったお嬢を「お嬢最高」などと煽てると彼女は機嫌を取り戻す。
お嬢を適当に宥めていると、微笑を浮かべた九條さんは縦ロールの髪を靡かせて有栖と向き合う。
「あらあら、貴女のような一見平凡に見える人物が一位とはびっくり仰天おったまげですわ! しかし残念ながら私こと九條琴子のような神々しい威厳にかけているというのは事実……。そこを磨けば私に若干近付けましてよ? おーっほっほっほっほっほ!!!」
「は、はい」
「そして、鬼灯茜……と言いましたか? 雪姫菜様に楪有栖と黒薔薇の姫を侍らせる獣物な女の敵であると」
「は、侍らせているわけでは」
「私は貴方が嫌いですわ。というか男が嫌いですわ。ですので今後一切話し掛けないで下さいまし? しっし」
「す、すいません」
其方から話し掛けてきたくせに俺は九條さんから追い払われ応接間から退散させられそうになる。
普段こういう場面では俺を庇ってくれるはずのお嬢は庇ってくれず、結局俺は応接間の外に追い出される。
暫くすると月宮さんが俺の隣に佇んでおり、顔を合わせると困ったように微笑した。
男子禁制女子だけの懇親会を開催するらしく彼も追放されたようである。
「君には申し訳ないと思うが朱雀の剥奪には僕も反対の立場なんだ」
月宮さんは本音を溢す。
「だが白薔薇の人間である以上そういうわけにはいかない。規律を乱した者には真っ当な処分を与えるべきとは頭では理解しているが……」
「…………」
「あんな彼だけれど長い付き合いの幼馴染……友達だからね。だからこそ早めに止めるべきだった。……本当に君と和泉さん、そして有栖さんにはすまないと思っている」
そうして月宮さんは深々と再度頭を下げた。
そんな悲壮感漂う彼に俺は言葉を掛ける。
「月宮さんは優しいんですね」
「…………」
俺の言葉に月宮さんは言葉を口を噤む。そして独り言のように誰に語り掛けるわけでもなく呟く。
「臆病者なだけさ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます