第33話 和泉仙子の下剋上

 お嬢が金枝一派を半殺しにすると意気揚々宣言したものの俺の説得により心が折れ、荒事や揉め事を起こさず良い子に過ごされていた。

 そんなお嬢であるが俺との帰宅を禁じられているはずなのだが、土下座を披露したことにより一緒に帰宅するのも許可されてしまったらしい。

 毎晩寝る前に道徳の教科書を読み漁るおかげか、はたまた結弦さんと侑子様の誓約なおかげか、近頃の彼女は大人しくなられている。


 「高校の授業を復習するのも退屈ね……」


 下駄箱から靴を取り出すお嬢は小言を漏らす。

 このお方は何の因果かタイムリープしてしまったため、再び二度目の高校生活を繰り返す羽目となってしまっている。

 人の名前と顔を憶えないお嬢であるが、地頭は良いため既に高校卒業までの勉強範囲は網羅している。


 「だから授業中は妄想に没頭するか茜との人生設計を練るくらいなのよ」


 「真面目に授業を聞いてください」


 「授業は退屈だけれど体育は楽しいわね。高校生の無尽蔵な体力と性欲を実感させられるというか。あ、高校時代の私ってこんなに性欲旺盛だったのねと改めて感じさせられたわね……」


 謎の実感を味わうお嬢に触れず、俺達は華麗に帰宅しようとしたが──それを遮る集団が現れた。

 もう言わずもがな金枝一派である。

 金枝とお頭と取り巻き二人という見慣れた集団が俺達の前に立ち塞がる。


 「おい和泉の下僕。あの庶民はいないのか?」


 庶民……先日の一件からして有栖のことだろう。

 当の有栖であるが『アアア……アッ! アカ……ネサァン……、一緒にかかか、か、帰り……』と言い掛けたところをお嬢に追い払われて先に帰られてしまった。

 人の心もないお嬢に追っ払われたと事の顛末を金枝に告げると、彼は複雑そうな表情を浮かべながら「まぁいい」と改める。


 「総司も庶民もいない。今回は余計な口出しをする者がいない。改めてだ、正々堂々俺との決闘を受けろ! 和泉の下僕!」


 しつけぇ……。

 やはりと言うべきか金枝の申し出は再戦の要求である。

 そもそも俺に金枝と決闘する義理も利点がないのだ。彼は俺からお嬢を奪い返す……? 名目があるかもしれないが、俺個人としては何もない。

 仮に俺が敗北し「負けました。お嬢を譲ります」となり「和泉は俺の物」と金枝がなったとしても、お嬢は「私の所有権は未来永劫茜の物だけど」と一蹴するに違いない。

 前提として決闘の相手を見誤っているのである。本来ならば下僕の俺ではなくお嬢と決闘すべきなのである。


 「日和ってるのクソ庶民?」


 お頭が俺を煽る。

 前回有栖一人に叩きのめされたくせにこの自信過剰振り。突然の乱入者のせいで有耶無耶になったからノーカンだと思い込んでいるのだろう。

 このまま大人しく謙っていては付け上がらせるだけなのではと、平和主義者の俺らしからぬ考えが浮かぶ。

 イヤァ……ダガナァ……ウウン……と優柔不断に唸っていると、場を静観していたお嬢は自信満々な表情を浮かべながら俺の肩に手を置く。


 「私に任せなさい」


 お嬢はドヤ顔をしながら俺にサムズアップを披露する。

 あんた何する気なんですかと制止しようとする俺を振り切り、お嬢はズカズカと金枝の前に対面する。

 この人は半殺しを諦めたわけではないんだなと悟った俺は、ご乱心し掛けるお嬢を抑える。


 「茜は私の下僕。私は茜の主人。下僕の問題は主人個人が解決すべきじゃない? いいわ、私が相手になってやる。お前ら表へ出ろ」


 「お嬢落ち着いてください。停学になります」


 「停学上等よ。決闘だなんて抜かす甘ちゃんの糞餓鬼共に、お遊びはいい加減にしろってことを見せてあげる」


 「和泉が相手か……舐められたな……! いいだろう、相手になってやる。泣き言を吐かしても後悔するなよ。そうだな場所は……」


 場所を移そうと提案する金枝に対してお嬢は俺からの締め付けから抜け出すと、瞬時に金枝に対峙する。

 何だ和泉と油断していた金枝に向けて先手必勝、お嬢は彼の股間を蹴り上げた。

 不意打ちを突かれた金枝は見事に金的を突かれ、なす術なく痛みに蹲る。


 「ゔッ……! い゙、和泉……お゙前……!」


 怨嗟の視線を送る金枝に目もくれずお嬢は蹴りを放ち押し倒させる。

 容赦ないお嬢の狼藉に流石のお頭一派もドン引きであり手を出せずにいた。

 お嬢は激しく息を荒める金枝の胸倉を掴み上げ告げる。


 「正々堂々決闘なんてすると思った? 甘いのよ餓鬼が。箱庭育ちの坊やは浅はかで呆れるわね。まぁ不意打ちなくとも私が勝っただろうけれど」


 有栖の平手打ちと違い、お嬢は顔面に拳を一発打ち付ける。それで終わりということはなく続け様にもう一発。

 三発目というところで今更俺はお嬢を静止させる。


 「もういいでしょう。これ以上は停学どころか退学になりますよ」


 「停学も退学も私は万々歳よ?」


 俺の手を取り立ち上がるお嬢は、やれやれと手を掲げる。

 そして、未だ痛みに地に伏せる金枝を無視して次に狙いを定めたのはお頭と取り巻き二人であった。


 「大分私のことを舐め腐っていたようだけれど、その覚悟は出来てる? 小便は済ませた? 懺悔する時間は大丈夫?」


 そんなお嬢の威圧に恐れをなし取り巻き二人は逃げ出す。

 残されたお頭一人は二人を呼び止めるも放置され尻込みする。


 「ひっ……! クソスペ傲慢女……!」


 恐怖に身を震わせるお頭に一歩一歩距離を縮めるお嬢は、ふと足を止めて俺に言葉を投げる。


 「茜、周囲を見てみなさい」


 お嬢に言われた通り周囲を見回すと、荒事を慌しく静観している生徒達の姿が。


 「こんな状況下に置いても誰一人私を止めようとせず傍観者を気取る連中。ましてや糾弾し罵詈雑言を浴びせる糞みたいな人間しかいないのよ、ここ春月には」


 お頭の言い掛かり……いや、あれはお嬢にも原因が、いやそれはいい。とにかくお嬢とお頭の問答に口を挟む者はいなかった。金枝の決闘を制止しようとする者も有栖と蓮以外いなかった。ましてや状況によっては不利な者を罵る者すら現れた始末だ。


 「金と家柄だけが取り柄の連中など記憶する価値すらないのよ」


 そう冷たく吐き捨てるお嬢の手を思わず離してしまう。

 周囲の喧騒は耳に届かずお嬢の足音のみが響き渡るように錯覚する。

 地に伏せ縮こまるお頭の前に立ち塞がるのは、消耗しつつも僅かに回復した金枝であった。


 「これは俺と……お前達だけの決闘だ……! 舞姫には手を出すな……!」


 「へぇ、茜に集団暴行しようとした主犯とは思えない台詞を吐くのね? でも残念、お頭には茜に熱々のコーヒーをぶっ掛けたお返しをしなくちゃいけないのよ」


 「いや、それは……違ッ……!」


 「和泉、俺を見ろ……和泉!」


 三者入り乱れる中、俺は再びお嬢を抑える。

 握り締められた手を一目し次に俺の瞳に視線を送ると、お嬢は溜息を吐いて二人を侮蔑したように見据える。


 「私達の勝ち。今後一切私と茜に手を出さないこと。分かった?」


 そう吐き捨ててお嬢は俺の手を引いた。

 お嬢は見せ物じゃねぇぞと周囲の傍観者を一瞥すると、彼等は恐れ慄いて道を開く。

 これで一件落着するかと気を休めていると、金枝一派ではない者が俺達の足を止める。


 「これは……まぁ、どういうことか説明して頂けますか? 和泉さん?」


 その声の主は雪姫菜であり、彼女の傍には見慣れぬ美青年が控えている。

 一応美少女の雪姫菜と美青年の登場に別の意味で周囲が慌ただしくなる。

 どうやら騒ぎを聞きつけて駆け付けたのだろう。


 「こういうことだけど?」


 「……言葉足らず過ぎます。まぁ大体想像は付きますが。月宮様、金枝様をお願い出来ますか?」


 「うん、分かった。……朱雀、立てるかい?」


 月宮と呼び掛けられたこのイケメン。……どこかで聞き覚えが。

 そうだ、この月宮さんとやらも十人委員会の八席じゃないか。

 となると、あれか? この場には七席の金枝と八席の月宮さんと九席の雪姫菜と十席のお嬢がいるということは──学内の有力者が勢揃いしているということになる。

 そして、お嬢の下僕である俺は場違いそのものであり、居心地の悪さから退散しようとしたが、お嬢が俺の手を解放してくれることはなかった。

 手負の金枝に肩を貸した月宮さんは俺を見詰める。


 「君が……和泉さんの恋人の鬼灯くんだね?」


 「恋人ではないですが鬼灯です」


 「このような形で顔合わせになって申し訳ない。僕は月宮圭樹つきみやけいじゅ。和泉さんと鬼灯くんに迷惑を掛けたことを謝罪する」


 金枝に代わり月宮さんは俺達に頭を下げる。強引に金枝も頭を下に向けられ、言葉は発さないが謝罪させられる形となった。


 「白薔薇の人間として醜態を晒したこと、外部生である君達に不遜な物言いをしたこと、恥ずべき申し訳ないことだと反省している。どうか許して欲しい」


 「……停学や退学などの処分は」


 「それらは断じてないと誓う」


 お嬢の道連れで停学に巻き込まれると覚悟していた俺であったが、八席からの言質を取ったことにより安堵する。

 こちらにも責任はあるのだから謝罪は必要ないと告げると、お嬢が俺の言葉を訂正して遮る。


 「はぁ? 謝罪は言葉だけですか? 私達はコイツに散々迷惑を掛けられた挙句、私の愛する茜に至っては集団暴行を受けたんですけれど? それを謝罪の一言だけ? 甘く見過ぎじゃないの?」


 「無論、それ相応の対応はするさ。とりあえず今言えるのは、金枝朱雀を白薔薇十人委員会より解任。それが定まっている」


 以前雪姫菜は失態により席次が変動するとも言っていた。下落ではなく十席の座から解任させられるとは、処分が少し重くはないだろうか?

 当然それに異を唱えるのは納得がいかない金枝である。


 「待て……! 何だそれは……! どういうことか説明しろ!」


 「言葉通りです金枝さん。これは現一席である橘様と二席である御門様、他の方々より賛同を得ております」


 未だ状況を飲み込めない金枝を雪姫菜が説き伏せる。

 そんな中、お嬢は他人事のように呟く。


 「もう踏ん反り帰れなくてざまあって感じね。私達に何の徳も無くて面白味に欠けるけれど」


 「何を言っているんですか、お嬢にも関係があることですよ」


 「はぇ? 関係……?」


 「七席の座が退いたことにより席次が変動するかもしれません。十席であるお嬢が九席に昇格するか、はたまた七席に下剋上するかもしれませんよ」


 「……………………?」


 今まで凛々しい表情を保っていたお嬢の顔が崩れ、驚いたように目を見開いて思考を停止させていた。

 あれっ……お嬢は十人委員会十席の自覚がない……?

 弱点である耳元で囁かれ身を震わせるお嬢を無視して告げ口をする。


 「お嬢は白薔薇所属の十人委員会十席なんですよ」


 「な、な、な……何ですってぇ──っ!?」

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