第36話 独裁者和泉仙子

 御三方の凍て付く視線が突き刺さる。

 事の発端の咲夜は俺の肩に手を置くと「頑張ってください」と慰めの言葉を掛ける。

 走馬灯が過ぎる。捻くれ者の俺の手を引く篝の姿。窃盗行為を咎めたアイの姿。

 他人事の咲夜は俺の弁護をしてくれるわけもなく、俺は学園生活及び人生の終了の到来、死刑を覚悟した。

 

 「まさか茜にこんな趣味があったとは……」


 「誤解です。違うんですよお嬢」


 名誉毀損な勘違いをなされるお嬢に弁解する。

 先程の光景は咲夜の嫌がらせによるもので、俺にそういった性癖や趣味は持ち合わせていないと。

 自分は極一般的な性的嗜好を持ち合わせていると懸命に説明し、終盤は何を言っているのだろう俺はと我に帰る部分もあったが、なんやかんや御三方は納得して下さった。

 

 「まぁ奥手な童貞の茜にそんな気概がないのは重々承知しているし、どうせこのエロメイド咲夜に押し切られたのでしょうけれど……」


 「は、はい」


 「羨ましい羨ましい羨ましい〜! 私も茜に首輪を付けられて『ご主人様の言うことも聞けない駄犬め。そんな駄犬にはお仕置きが必要だよなぁ!』とかいうプレイしたい〜!」


 「「「…………」」」


 突如の宣言と駄々を捏ねられ俺達は困惑するばかり。

 見るに耐えないお嬢の姿を拝んだ雪姫菜は俺に呆れつつ告げる。


 「茜さんの主人が発情期になられましたが、どうなさいますか?」


 「最近は大人しくしてくれていたと思ったんだが」


 和泉家の教育方針により破廉恥な行為は控えよと言い付けられていたお嬢であるが、堰き止められていた欲求が決壊なされてしまった。

 定期的に発散させねば取り返しのつかない事態に陥るため、俺は致し方なく彼女の我儘を受け入れるのが最善なのだが──。


 「和泉さん……あまり茜さんを困らせては……」


 「部外者は黙ってなさいッッッ!!!」


 「ひゃいいいぃぃぃ……!」


 見兼ねた有栖がお嬢を咎めるが、お嬢の一喝により一瞬で竦み上がる。

 

 「有栖を虐めないで下さい。後で良い子良い子しますから」


 「…………」


 「お嬢全肯定甘やかしコースで如何ですか」


 「…………絶対よ?」


 こうして一波乱あったが穏便に済み、本来の要件へと移るのだが──、


 「苦労なされていますね」


 「そう思うなら俺にもっと優しくしてくれ」


 同情するなら優しくしろと雪姫菜に言葉を投げ、そして件の俺が呼ばれた要件とやらが判明することになる。

 御三方が来訪された理由だが、二次会を開催するべく部室に集合したとのこと。そんな中、関係者でもある俺が男子禁制ということで一次会に参加出来ないのは可哀想だという雪姫菜の憐みから、二次会に参加させるため俺を部室に拉致しろと咲夜に命令したらしい。

 人数分飲み物が用意されることになり、本件の主役であるお嬢が乾杯の挨拶をすることになり、


 「あの男が七席追放されてザマァなのと今後の私と茜の円満な夫婦生活を祝って乾杯!」


 「「「乾杯……?」」」


 そうしてお嬢、有栖、雪姫菜、ついでに咲夜を加えた計五名による勝利の宴が開幕した。

 お茶を啜りながら俺はお嬢に心配気味に語る。


 「これで解決したと素直に喜んでいいものなんですかね」


 「奴の私への執着は尋常じゃないのよね……。興味皆無の男に惚れられても鬱陶しいだけなのだけれど」


 三度も襲撃してきた金枝一派である。四度目がないとは限らない。

 十人委員会の議論で七席の座から追放された彼であるが、奴の性格からして「はいそうですか」と納得するとは思えないのだ。

 そもそもの話、何故に金枝はお嬢に狙いを定めたのだろう。

 お嬢は学内試験の五位と十人委員会の十席と金枝よりは下位である。また同様に我らが雪姫菜も学内試験三位と九席とまたしても下位に位置する。

 お嬢を掌握した後に雪姫菜を……という意図があったのか、単に雪姫菜の滲み出る性格の悪さを感じ取り、奴に手を出すのは止しておこう……と敬遠したのか。

 いやしかし、性格の悪さはお嬢同様であるし……この推測には矛盾が生じる。となれば、やはり前者だろう。


 「何にしても再び挑んで来たら、生まれてきたことを後悔するくらい返り討ちにしてやるわ!」


 「凄く頼もしいですね」


 「まぁそれ以前に痴漢冤罪やら適当に悪評を垂れ流せば、学校に居づらくなって勝手に消えていくでしょ!」


 流石に可哀想だと金枝に同情した俺は、秘密裏に彼に接触して「お嬢は狂人なので関わらない方がいい」と忠告した方がいいだろうか。


 「四度目が来ないと断言出来ないわけだし先手を打っておくべきかしら」


 「止しましょう」


 このお方は四度目の襲撃に対しても対応出来る能力を持ち合わせているため、余計な策を講じるのは無用だろう。


 「生徒共には和泉仙子という人間の恐ろしさを植え付け、私に反抗する反乱分子は根絶させる。恐怖を植え付けるのは最も効率の良い手段なのよ」


 「言っていることが悪人なんですよ。そういうのは雪姫菜で間に合って……」


 「──私が何ですか?」


 「ヒェッ……な、何でもないです」


 威圧的な視線に戦慄した俺は、情けなく萎縮して蹲る。

 とまぁ強気な発言をしたお嬢であるが、あくまで手段の一つであるというだけで実際に講じる気は余りないらしい。

 何故に俺の周囲の女性陣は常軌を逸した者ばかりなのだろう。まさか類は友を呼ぶという言葉通り、俺自身もそうだからなのだろうか?

 無表情メイドは揶揄い上手の咲夜さんであったわけだし、俺にとっての癒しは有栖だけ。


 「今回の一件で和泉さんの株価が暴騰しているようです」


 和菓子を上品に口へ運ぶ雪姫菜は、ふとそんなことを言い出す。

 金枝半殺し騒動は内部生外部生問わず生徒全般に、また俺達一年生の間だけではなく上級生の中でも、また中等部の方でも一件が伝わっているらしい。

 春月の乱暴者である金枝と荒くれ者のお嬢、この両者の対立は瞬く間に広がってしまった。

 九席のお嬢が七席の金枝を圧倒したのは番狂せだったようで、半ば独裁に等しい金枝を打ち倒し成り上がったお嬢の評価は鰻登り。

 優勢であった金枝派は逆転劇により後退気味。また劣勢であったお嬢派は急進する運びとなった。


 「私の躍進に恐れ慄いているようね」


 「和泉さんの大躍進を快く思わないのは、やはり今回支持を失った金枝さん達でしょうか」


 「やはり私を敵視する者を粛清しておくべきかしら」


 いやぁ〜乱世乱世。

 昨今の春月一年における勢力図は以下の通りとなっている。

 自由と保守を思想とする月宮党。内部生もとい白薔薇を第一とする金枝党。自身のカリスマ性を主体に春月に変革をもたらす月白党。暴力と恐怖により統制させる和泉党。そして、その他諸々。

 悲劇的なことに俺は和泉党(党員二名のみ)の党員なのだが本音を言えば月宮党に移籍したい……が、それを我が党首は許すはずもない。移籍願望でも持てばお嬢に粛清されるか和泉党自体が消滅してしまう恐れがある。

 巷では外部生の発言力を高めるべきだと主張する政党も活動しているようだが……。


 「あらあら、あまり過激な行為をしてしまうと折角増えた信者が激減してしまいますよ」


 「邪魔者は討たねばならないのよ討たれる前に! 敵は滅ぼさなきゃ! ……ま、私と茜のイチャラブ生活を邪魔しなければ、静かに過ごせる権利くらいは保障してあげてもいいわ」


 お嬢に離党届を提出しておくべきだろうか?

 まぁ、お嬢が突拍子もない狼藉を働かないようにお嬢を監視し、またお嬢の面倒毎に巻き込まれないように対応する──この方針を保っておこう。


 そういえば金枝の一件を和泉家に報告してないんだよなぁ……。

 和泉家の誓約を破る形となり道徳教育も無駄になってしまったのだが、対話よりも実力行使をモットーとする和泉家なら寛大なご配慮を頂けるだろうか。

 和泉家より言い付けられた約束事を破ると、恐らくお嬢は座敷牢に収監されて陽の目を拝むことは出来なくなるのだが、まぁ俺には何の弊害もないし別にいいか。

 お嬢不行届で俺にも罰則があるかもしれないが、それは甘んじて受け入れるしかあるまい。


 「そういえばお嬢──」


 「ん、どうしたの?」


 「俺のために怒ってくれてありがとうございました」


 俺を道連れに停学または退学の処分を貰い、二人の親密さを上昇させようという悪巧みのあったお嬢ではあるが、激怒したお嬢は俺のために邪智暴虐な金枝を排除せんと決意してくれたわけである。

 それに十席自身であるお嬢が金枝と決着を付けてくれたことにより、外部生の一般庶民の俺は当事者にも関わらず処分なしという高待遇に至れた。

 仮に俺が金枝を半殺しにしていた場合は、このような終幕には辿り着けずにいたであろう。


 「私……初めて報われた……」


 俺の言葉に歓喜してしまったお嬢は顔を俯かせ涙を溢す。

 そもそも論として、我らがお嬢が金枝の『一位になったら付き合って』という宣言をはっきりと拒絶していたら、お嬢が二位を取っていれば俺や有栖が金枝騒動に巻き込まれずに済んでいた気がするが……まぁ今は仮定の話は止そう。

 いや、雪姫菜より情報を告げられていたのに未然に防げなかった俺の責任でもある。また、お嬢が面倒毎を持たず作らず持ち込ませずの非お嬢三原則を法整備出来ていなかったこともあげられる。

 一度目の悲劇こと魔女糾弾事件はお嬢の貫禄により阻止出来たわけであるが、これまた今後起こり得る悲劇を事前に対処していかねばならないだろう。


 「……ご褒美に何かくれる?」


 「結婚以外で何か御所望があるのなら」


 「そうねぇ……」


 こういう場合結婚しろと懇願するのが定石なお嬢であるが、数多の試練を乗り越え成長したおかげか要求することはなく、こんな機会はそう訪れないと沈思黙考なされる。

 何か凄まじい要求をされるのではと戦々恐々する俺であるが、成長されているはずのお嬢ならば飛び込んだ要求はしないだろうと勝手に決め付ける。


 「じゃ、茜の童貞をくれる?」


 「いや無理に決まってるじゃないですか」


 溜息を吐きつつ拒絶。

 度が過ぎた要求に雪姫菜はお嬢様らしからぬ振る舞いで爆笑し、有栖は赤面して縮こまってしまい、咲夜は特に変わらない様子で場を伺っていた。


 「和泉さん……流石にその……お付き合いしていない男女同士がそれは……」


 「私と茜の関係に部外者が口を挟まないでくれるッッッ!!!???」


 「ひゃいいいぃぃぃ……!」


 苦言を呈した有栖を一喝し沈黙させるお嬢。


 「お付き合いしてないは語弊があるわね。私達は正式に恋人同士……」


 「それどこの世界線の話なんです」


 俺とお嬢が交際している世界線のお嬢に精神を乗っ取られてしまったのだろうか。

 純情な紳士の俺はお嬢の要求を即座に却下。

 童貞以外即座に思い付かないということと折角の機会なのだから熟考したいということで、今回のご褒美についてはお持ち帰りという形で幕を閉じた。


 そんな一波乱あったが話題は別に移り、いよいよ明日開催される新一年生入学パーティーに盛り上がる。

 豪華絢爛な食事が唯一の楽しみである俺にとっては待ちかねた出来事であり、お嬢の面倒と金枝騒動を解決させたご褒美でもある。

 各々和気藹々とする中、お嬢のみは真剣な表情を浮かべており、普段からおかしいのだが何やら様子がおかしい。

 そんなお嬢は俺に距離を近付くと耳元で囁く。


 「まずいわね……」


 「何がです」


 「──第二の悲劇が私達を待ち構えているわ」


 第一の魔女糾弾事件を解決させた俺達に待ち構えていたのは第二の悲劇──それが新入生歓迎会であるらしい。


 「歓迎会の単語を聞いて今思い出したばかりだけれど、まぁ私の貫禄で何とかなるでしょ」


 お嬢の未来改変能力により第一の悲劇を無事回避させた俺達であるが、またしても第二の悲劇が到来した。

 第一は前持って対策していたおかげで回避したが、次に……というか明日の第二悲劇はテスト勉強を一夜漬けするようなもの。

 何とかなるというお嬢の台詞に不安しか感じられないが、お嬢は自信満々にやる気が漲っているご様子であった。

 そうか……明日、俺が一番に楽しみにしていた出来事が第二悲劇であったのか。

 本当もう、勘弁してほしい。

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未来で俺のお嫁さんになれなかった負けヒロインがタイムリープしてきたんだが よみのみよ @Heydrich34

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