第3話 運命を切り開く未来人

 「次は容赦なく通報しますよ」


 「大変申し訳ございませんでした……」


 再度入浴して着替えたお嬢は『もう破廉恥な気持ちにはなりません』と達筆な誓約書を提出し、大人しく正座して項垂れている。

 俺は彼女から距離を取り、波瀾万丈な状況の整理を行う。


 結論として彼女を十年後の未来から来た、お嬢本人であると認める方針にした。

 率直に言うと考察作業を面倒に感じたという俺の事情である。

 他の点、タイムリープ、お嬢の事故死、謎の恋人と疑問は盛り沢山だが、これらも後程追求すればよいという判断に至った。


 それよりも今後のお嬢? の処遇である。

 未来人……25歳? である仙子さんを今後どうするか。

 未来人ならば今後の世界情勢の経緯を把握している。僅かに歴史を書き換える力を持っている彼女を、日本政府……世界にでも見付かりすれば、人体実験で解剖させられてしまうかもしれない。

 仙子さんの未来力があれば投資や賭博で大儲け出来るだろうが、彼女の存在が公になってしまう可能性もある。

 とりあえず俺は──、


 「明日は休日なので競馬に行きましょう。どの馬が勝つか教えてください。俺の全財産をぶっ込みます」


 「茜の方から提案してくるの!? 貴方私が未来人である事を有効活用する気ね!?」


 「仙子さんの未来力は、脅威の的中率を誇る豪運の持ち主と思われるだけです。何も問題はありませんよ」


 「というか茜は中学生よね!? 馬券は二十歳からじゃないと買えないし、ギャンブルは破綻するから駄目、駄目なの!」


 「仕方ない、あかりさんは……駄目か。組の者か、結弦さんにそれとなく買わせる方針にしましょう。というか先週に入学式を迎えたので高校生です」


 俺の高校生という単語に仙子さんは食い付き、やがて顔色が蒼ざめる。

 彼女は俺の肩を掴むと、鼻息を荒げて迫る。


 「通報しますよ」


 「警察の厄介になるのはもういや……じゃなくて! あ、あああ茜!? いま高校生なの!? いつ、いつから!? まさか、春月はるつきに入学してないでしょうね!?」


 「先週からです。何言ってるんですか、俺の進路を決めたのは仙子さんでしょう」


 「それは当時の私が強引に……! ああもう馬鹿! ホント、昔の私って狂ってる! 茜と一緒がいいからってだけで、茜の進路を強引に変更するなんて、ホント賤しい女……!」


 ──今もその傾向がありますとは言わなかった。

 仙子さんの語りだと俺が春月高校に入学する事で、人生が転落してしまうような口振りだ。

 そう、俺達は揃って春月高校に入学することとなった。揃って……は語弊があるな。春月は小中高一貫校であるので、仙子さんはそのまま進級する形となる。そして俺は外部生として入学することとなった。

 素行不良と中学内で評判だった俺が、何故この学校に入学出来たのかは、仙子さんがタイムリープしてきた件と同等に謎ではある。


 「合格は!?」


 「何故かしました」


 「しちゃったの!? ……何で、不合格じゃなかったのよおおおぉぉぉ……!」


 「不合格を願う人なんて初めて見ましたよ」


 俺は当時の情景を思い浮かべる。合格祝いに鬼灯家と和泉家総出で祝福してくれたのは、何かを実感させられる気がした。

 相変わらずの態度であるお嬢が『私の下僕なのだから当然でしょう? 不合格だったら私の評価に傷が付く。この程度のことで──(以下省略)』と1時間説教を受けたのは懐かしい思い出だ。


 「仙子さんの言い分だと、俺達が不幸になるような感じですね」


 「そうよ……! あいつらのせいで私は……!」


 仙子さんは指を噛み付いて怨嗟を漏らす。俺は彼女を諭し、口から指を離させる。

 彼女の指に絆創膏を貼りながら語る。


 「たとえ俺がどうなろうが、俺はこの選択を後悔していませんよ。お嬢が同じ学校に入学しろと言うのならば従い、腹を切れと言うのならば切腹します」


 「それじゃあ茜の意志は……ないようなものじゃ──あ、それなら私と結婚しなさい」


 「それはちょっと……」


 「何でそこだけは承諾してくれないのよ!? ──ん、待って……もしかしたら」


 仙子さんは何か閃いたと言わんばかりに暫し沈黙し、ブツブツと独り言を呟く。彼女の中で現状を整理しているのだろう。

 たとえ俺達の未来が奈落の底であっても、俺達には仙子さんの未来人という力がある──。

 そして俺達は数ある世界線の中から、より良い未来を掴み出すことが出来るだろう。

 仙子さんの整理が追い付くまで押し黙って見守っていると、やがて彼女は勝ち誇った表情を浮かべながら胸を張る。


 「世界を再構成するわ」


 「……どういうことです?」


 「史実通りの悲惨な末路を辿る必要はないの。それを回避すればいいだけ……この私の未来を司る力を行使すれば──運命は開かれる」


 「仙子さんの未来人という特権があれば……」


 「そうよ、私は愛でたく茜のお嫁さんになれる」


 ……ん? 話の根底が逸れたような。


 「茜の数有るフラグを捻り潰すことで、私はお嫁さんという栄光を手にすることが出来る……ッ! やれやれ、タイムリープ直後で気が動転していたのは仕方ないけれども、私らしくなかったわね……」


 「俺達が不幸になるというのが話の議題だったのでは」


 「時期尚早、急いては事を仕損じる。ゆっくりと私を好きにさせて、今後介入してくる彼奴らを薙ぎ払ってやればいいのよ」


 これまでの焦燥から一転して、余裕綽々と彼女は大きく高笑いをしていた。

 仙子さんの機嫌が回復したところで──そろそろ本題へ移ろう。


 「早速ですが仙子さん、俺は何をすれば……」


 「お嬢よ。そんな他人行儀な名前で呼ぶのは辞めて頂戴。和泉さん呼びよりは圧倒的にマシだけれど、寂しいからいや」


 「そうですか……お嬢、それで俺は──」


 「んーどうしようかなぁ」


 するとお嬢は、俺が最も危惧していた事に勘付いていた。

 まずい、このままではお嬢の未来力で儲けるためには……、


 「私の言う事、聞いてくれるなら、道標をしてあげでもいいわよ?」


 俺がお嬢の未来力を行使するには、俺がお嬢の要求に何か応じなければならなくなってしまう──。


 「その……程度レベルに応じた事ならば、可能ですが。ですが、結婚までいかれるとなると──」


 「私が提示する要求は、とりあえず茜の膝枕で私の頭を撫でながら、甘く囁いて頂戴。それに応じてくれたなら、相応の情報、助言をしてあげてもいいわよ?」


 膝枕程度なら可能だ。というか普通にやっていたしな。


 「それで、俺は何を──」


 「何もしないで」


 何もしないとはどの程度のことを指すのだろうか。

 俺が隣の席の人に声を掛けるとか、学食に行っては駄目だとか、分からない授業に対する質問をするなど、この対価、割に合ってねぇ……。

 言葉足らずであったのはお嬢も自覚があったのか、彼女は付け足しをしてくれる。


 「目立たないで何があっても大人しくしていればいいの。それだけよ、簡単でしょう?」


 「はぁ、まぁそうですね」


 「何よその不満そうな表情は。いいから取引成立で私に膝枕をしなさい。台詞はこれ『結婚してくれ、仙子!』よ」


 「言質取ったとか、録音されて後に脅迫されるのが目に見えるので別のにしてくれませんか」


 お嬢は渋々納得し、俺の了承を得ずに膝に飛び込む。

 契約上であるので仕方なく彼女の頭を撫でる。台詞は……そうだな、適当でいいか。


 「お嬢はいい子ですね」


 「うッ……!」


 「俺のために頑張ってくれて(結婚が動機なのはNG)、その何というか。辛かったでしょう」


 「…………」


 未来で彼女に何があったのかは知らないが、俺と恋人に、結婚出来なかったという理由だけで、こんな荒むわけがない。

 お嬢が深刻であるのは理解している。一人タイムリープをし不安になるはずだ。

 お嬢の下僕である以上、やはり彼女を支えるのは俺に果たされた役割なのである。

 それ以上に──、


 「そんなにまで想ってくれて、ありがとう」


 「茜……茜ぇ……、ごめんなさい……本当にごめんなさい……!」


 お嬢は感情表現が豊富だ。素直な人間だ。

 涙腺が弱いのは変わっていないのか。


 「……結婚、してくれる?」


 「それは無理です」


 「そこは……喜んでって、応える流れでしょうが……!」


 「流れには流されず。それに俺は、お嬢のことを恋愛対象としては好きじゃないので」


 この失言で膝枕延長を余儀なくされた。

 口は災いの元とはこのことだと、身に染みて感じさせられる。

 

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