第2話 タイムリープしてしまった変態

 和泉仙子。爽やかな芳香を漂わせる長い黒髪と他者を臆させる紅く鋭い瞳が特徴的な大和撫子と言ってもよい美少女。

 美少女要素が注がれ異性問わず同性からも持て囃される容姿だが、如何せん性格に難有りと本性は荒くれ者そのものである。

 無愛想・神経質・傲慢とまるで将来は独裁者にでもなりそうである。


 そんな俺はお嬢に魅了された一人であり、彼女の唯一無二の奴隷だ。

 昨今彼女の振る舞いに胃腸薬の服用が増えるという謎の現象が起きるものの、俺は摩訶不思議な心地良さを感じていた。

 ──俺はドMなのだろうか?


 というのが俺の知る和泉仙子本人。

 しかし、目の前にいる和泉仙子はどうだろうか。

 お嬢は「えへへ……」と表情を綻ばせながら膝枕を御所望するわけがない。顔を真っ赤に染めながら、初々しく俺を見詰めてくるわけがな──洞察力に優れた俺は、真っ赤なお嬢の顔を見て、ようやく事の顛末に気が付く。

 瞬時に俺はお嬢の額に手を当てる。


 「なるほど、風邪で頭がイカれてるんですね……すいません、気が付かなくて」


 「は、はわわ……」


 「お嬢を偽物と疑った自分が恥ずかしいです。このままだと身体が冷えます、湯船に浸かってください」


 「はわわわわわわ!!!」


 突如鼻血を噴出させるお嬢の鼻をティッシュで抑えるものの、治るどころか出血の勢いを加速している。

 顔も赤く熱い。風邪の症状だろう。軽く風呂に浸からせて、着替えと水分の準備。後で結弦さんに今晩はお嬢が一泊すると連絡せねば。

 有無を言わさずお嬢を抱き抱え、浴槽へ直行。借りてきた猫のように大人しいお嬢だが、若干呼吸が荒くなっている。

 そして脱衣所に到着すると、お嬢は頬を染めながら要求をする。


 「そ、その……一人だと身体を洗う力が出ないから、一緒──「早く温めてきてください」あ、茜の馬鹿──っ!」


 俺は入浴後の着替えと赤面するお嬢と置き去りにし、水に濡れた廊下を黙々と拭く。

 一人で浸かれる程の体力はあるらしい。もし意識朦朧しているほどの状態ならば、復帰したお嬢に殺されてしまうが、身体を拭く、着替えを手伝うといった看病を行わなければならなかった。看病が死亡の原因になるなど、俺はそんな馬鹿げた理由で死にたくはない。

 綺麗に元の状態に戻った床を眺め、俺は携帯を手に取り結弦さんに連絡を入れる。と、俺とは違いワンコールで繋がる。


 『茜か? 仙子はどうだ? お前に迷惑を掛けて……それはいつものことか。あぁ、仙子の我儘に付き合わせて悪いな』


 「茜です。……いつものことですので構いません。それでですが、今日はお嬢を泊めようと思います」


 『毎度すまねぇな……で、仙子に何かあったのか?』


 ──結婚を前提にお付き合いしてください!

 お嬢の告白が脳裏に浮かぶ。このお嬢の告白を暗黙しようとも考えたが──、世話になっている結弦さんに報連相は大事だと事の顛末を有りのまま語る。


 『すまん……何を言っているのか分からん』


 「俺も分からないです」


 『はぁ……あいつは』


 電話の向こう側で盛大に溜息を吐く結弦さん。呆れ返っている姿が浮かぶ。

 互いに混沌とした状況を無理矢理理解させ、彼の出した結論は──。


 『結婚するのか……仙子と?』


 「結弦さんに世話になっているのは承知の上ですが、この件については辞退させて頂きます」


 『即答か……。お前の人生だ、外野がとやかく言わん。理由は……まぁ想像付く』


 「お気遣い、感謝します」


 俺は電話の向こうの結弦さんに頭を下げる。

 溺愛する娘の結婚宣言を無碍にした人間に対する寛大な対応に、俺は彼に対する尊敬の念がますます高ぶる。

 最後に娘を頼むと一言掛けられ、通話を終える。

 

 一先ず風呂上がりのお嬢のために飲み物の準備する最中、背後に無言で佇むタオルを巻いたお嬢の姿があった。

 一連のやり取り、聞かれていたか。


 「茜は……私と、恋人になってくれないの? 私が彼女じゃ駄目……?」


 「すいませんが、お嬢──」


 「いやいやいや! そんな言葉聞きたくない! どうして、私はここでも……! ねぇ私の何が駄目なの? どうしたら私を好きになってくれる? お願い、お願いだから……貴方を愛している私を愛してよ」


 普段通りの我儘を見せ付けるお嬢にらしさを感じながら、俺は彼女と向き合う。


 「どうしてお嬢は、急に俺に告白してくれたんですか。普段のお嬢の振る舞いからは想像が付かない。そりゃ、結弦さんも何かあったと心配しますよ」


 「……それは」


 「つまらないことでもくだらないことでも何でもいいので、どうして急にお嬢がそうなったのか、本当のことを俺に教えてくれませんか? 俺は知っての通り馬鹿なんで、人の裏側を察するとか苦手なんですよ」


 「…………信じてくれる?」


 お嬢は素直な人間でもある。彼女は嘘を忌み嫌い自分に正直に、自分に主体性を持っているのが取り柄である。場を乗り切ろうと無様に弁明しようとする俺とは大違いな人間性なのだ。

 そんなお嬢の正直さを俺は疑う余地もないと、彼女に耳を傾け──、


 「私ね、未来から来たの……」


 「……はい?」


 「十年後の未来から来た、お嬢こと和泉仙子なの」


 ……十年後の未来?

 俺の脳内に壮大な宇宙と唖然とする猫が浮かぶ。

 しかし、そう来たか。なるほど、どういうことだ? 十年後の未来と俺への告白はどう関連する? それよりもそのような超常現象が実際に──。


 「愚の骨頂よ。十年前の私はご存知の通り自尊心が高く、貴方に対して無謀な確信をしていた。この奴隷、絶対に私のこと好きね……と」


 「……は、はぁ」


 「傲慢不遜ね。この生まれ持った天性の美貌を持つ私に、いつ愛を捧げてくれるのだろう……いいのよ溺れるのも仕方のないこと。そう、受け身の姿勢で時間を無駄にしてきた」


 「……ははぁ」


 「敗北者ね。気が付いた時には遅かった──。既に、貴方はどこぞの馬の骨と恋人関係になっていた」


 お嬢から突拍子もない発言が聞こえた気がするが、一先ず彼女の話を聞き入れよう。


 「そして──私はトラックに轢かれて死んだわ」


 「何その急展開は」


 お嬢は語る。

 自分が嫌いだ、死ねばいい、とんだ道化だ。

 隣に居られない人生など価値はない。

 もし再び次の人生があるのならば──見栄を張らずに振舞おう。

 来世に縋る自分が惨め極まりないと、苦笑してしまう。


 我儘なのは承知の上だが再び人生があるのなら、また傍に居られますように。

 今度は二度と失敗しないと誓える。自分自身の失敗という教訓がある。

 だから今度こそ──愛していると自分の気持ちを伝えられますように。


 「それが事の顛末よ。──それを踏まえて、茜は私の愛の大宣言をどうするの? はいかイエスで答えて」


 「いや先程も述べた通り尚更無……」


 「ど、どどどどうしてなの!? 美人で秀才な良妻賢母の幼馴染が、貴方のことを大好きと言っているのよ!? 今ならお買い得、無料で売れ残り中なのに!」


 「愛が重い……」


 「えっ」


 「重い」


 この一連の流れを伺ってお嬢は重く、やはり面倒臭いということが再認識させられた。

 愛する者のために再度人生をやり直すという謎の力を行使するほどの執念深さ。俺はお嬢に対し別の恐怖を感じる。

 そして、俺は更なる恐怖を味わうこととなる。


 「お願いします! 私を茜のお嫁さんにしてください! 茜の要求するプレイ、何でも受け入れるわ! ……逆に私がしたいくらい……中高の時もそれなりだったけれど、万年処女の今は、桁外れに増大しているのよ」


 お嬢は自身の矜持を投げ捨て、土下座で愛を告げた。

 半裸で土下座するお嬢の姿など、俺は見たくなかった。


 「もう私は自分自身の愛に従うと決めた! クソったれな矜持など捨てて、自分の本性を曝け出すと誓った! 二度と後悔しないために恥をも捨てると、二度目の私に誓った!」


 「な、何してるんですかお嬢」


 お嬢は身に纏ったタオルを放り投げ、有りのままの姿を披露──瞬間、俺は自身の瞳に目潰しをし、事なきを得たのだった。


 「さぁ、初夜を、同衾しましょう!」


 そう言って、お嬢は俺に襲い掛かる。

 非常にまずい事態だ。このままでは俺は本当にこんなお嬢と婚約してしまう羽目となる。それだけは避けたい。

 が、自傷という自身の不始末のせいで、形勢はお嬢が圧倒的有利。何故か普段よりも力が凄まじい。


 「暴れないで頂戴。大丈夫、すぐに茜も欲しくなるから」


 理性を失った獣同然のお嬢。それに自身の矜持を捨て去り失う物が何もないことと加わり、圧倒的強者となっていた。


 「同意を得てない相手に無理矢理……」


 興奮気味のお嬢を鎮静させる……朧げな視界で辿る中、俺は風呂上がり後の彼女のために用意した紅茶が目に映る。


 「性行為を迫るのは……」


 必死に、兎に角抗って、紅茶をようやく手に取る。それが冷めていることを確認し──。


 「犯罪だということを自覚しろ──馬鹿お嬢!」


 「──ぶぺっ!」


 お嬢の顔面にぬるい紅茶をぶちまけた。


 ──年齢不詳の和泉仙子が男子高校生に性行為を迫る未遂事件が発生した。

 犯人の和泉容疑者は概ね容疑を認めており「性欲と愛が抑え切れず猥褻行為に働いてしまった」と供述している。

 自分の罪を自責しており反省の色が窺えることから、被害者の高校生と示談するに至った。


 嫌な事件だった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る