第5話 美しい黒薔薇に棘が刺さる

 「ところでお嬢、この後はどうするんです」


 「フフフ……よくぞ聞いてくれたわね。私の完璧なデートプランに平伏すがいいわ」


 やけに分厚い旅のしおりを自信満々に手渡され、俺は適当にページを捲る。その内容の濃さと、これを短時間で仕上げた彼女の優秀さ、そして熱意に感服してしまう。

 ……確かに詰まった内容ではあるが、この予定表……。


 「公園の後は映画鑑賞で手を繋ぐ。昼食を済まして、水族館でイルカショーを見学し、動物園で小動物と触れ合い、遊園地のお化け屋敷でか弱い女の子を演じて庇護欲を掻き立てる。夜景鑑賞にて気分を昂らせ、ディナーで精力を付けさせた後、酔った振りをして高級ホテルに一泊。愛でたく二人は初めてを迎える……」


 「ホント、冴え過ぎて自分自身の才能が怖いわね……」


 「うわぁ……」


 「そんな人を蔑むような視線で見ないでくれる……? んっ……! 興奮するから」


 休日の昼間から発情する残念な大人に成長してしまったお嬢に呪物を押し付ける。

 先程までの立派に成長したお嬢はどこへ行ってしまったのだろう。純粋に感心した俺の気持ちを返して欲しい。未来の俺はこんな凄惨な彼女を見て何も思わなかったのだろうか。


 「こんな過密なスケジュールをこなせるわけがありませんし、俺達は学生なのでそんな資金力はありませんよ。ですので──」


 「うっ……ご尤もな」


 「──次の目的地は、競馬場です」


 「貴方本当に高校生?」


 お互いに議論を重ね合い、相互に妥協をした結果、一先ず今日はお洒落な喫茶店で解散しようということになった。

 明日は学校があるのと、タイムリープ直後で体調や精神的にも疲弊が見られるからとお嬢を気遣ったところ、彼女は『茜って本当に私のこと心配しすぎ!』と納得してくれた。


 電車に乗り二駅先の場所にあるその喫茶店は、アンティークな雰囲気が売りな隠れた老店舗であるらしい。

 肩が触れ合う距離、というか俺の腕を掴むお嬢と共にその場所へ向かうべく足を進めていると、俺達は揃って足を止めた。


 「まぁ見てしまったものは仕方がないですね。行ってきます」


 「駄目よ茜。貴方は私が何を命じたか憶えてる? 何もするな、と言ったのよ」


 「しかしですが、お嬢……」


 路地裏で3人の女子が1人の女子に因縁を付けている光景がそこにはあった。


 「あんたさー、私達にぶつかっといて謝罪の一言もないわけ?」


 「え、あ、あの、私は……その謝った……」


 浴びせられる罵声に知らぬ存ぜぬで見放す人々。そんな光景をお嬢は、冷め切った憐れむ視線で眺めていた。

 俺はその表情を見て、鼓動が乱れる。


 「別にまぁ、そうすればいいかもだけれど。私達の相思相愛の熱愛に水を差したのは、万死に値するわね」


 「今までのどこにその要素があったんですか」


 「兎にも角にも、茜があの子を助けて余計なフラグが立つのは決して避けなければならない事象であるし、貴方は普段通り私の傍に永遠にいてくれればいいわ」


 「永遠とはいいませんが、俺はお嬢に従うのみです」


 「流石私の彼氏。百点満点の回答感謝よ。行くわよ、茜」


 「……ん、はい。承知です、お嬢」


 要はまぁ、お嬢のストレス発散に付き合うだけだ。

 俺は堂々と足を進める彼女の背中を追う。


 「聞こえねー、声小さくて聞こえないんですわー。何それ、馬鹿にしてんの?」


 「ごめんなさい……」


 「うわ、泣いちゃった、舞姫まき酷過ぎー」


 「これ私達が悪者みたいじゃん。何なのこいつ、ムカつく──」


 「暴力行為は見過ごせないわね」


 お嬢は手を出そうとした不良少女を紙一重で静止させる。

 彼女達はお嬢の威圧感に気圧され、一瞬狼狽える。

 お嬢の周辺温度が氷点下になるような蔑んだ視線は、助けようとした女の子にも影響があったようで、彼女は腰を抜かして怯えていた。その反応は想定外だったのか、お嬢は若干傷付く。

 そして不良少女達は平静を取り戻したのか、傷心するお嬢を見て何か勘づいたようである。


 「和泉仙子! あんた、こんな所で何を……!」


 初対面であるはずのお嬢を敵視する彼女。おそらくお嬢の顔見知りなのでは。同年代っぽさを感じることから、お嬢と同じ学校の生徒だろう。

 となると……ん、春月にはこんな野蛮な生徒がいるということか? 確かにこんな生徒に目を付けられては面倒になるから何もするなと言うのも分かる。


 「何です、知り合いですか」


 「思い出すから待って。ええと……」


 昔の記憶を辿るお嬢。昔の交友関係を必死に遡るお嬢に、自分は眼中にされてないと勘違いされたのか、


 「あんたのその、いかにも他人に興味ありませんとでも言う他人を見下す態度、ホントムカつくのよ! 大人ぶってんじゃねーっつーの!」


 「うっ……!」


 お嬢の心に棘が刺さる。


 「何なの『黒薔薇の乙女』とか持て囃されちゃって。調子に乗ってんじゃないわよ、傲慢見下し女!」


 「お嬢……貴方学校で何してるんですか」


 「ち、違うのよ茜! これは当時の私が……!」


 「あんたみたいな顔だけは良くても性格はクソの中身最悪女は──」


 「待て、それ以上お嬢の心を抉るのは──!」


 「一生結婚出来ない独身クソ女になってればいいのよ!」


 「わァ…………ぁ……」


 お嬢泣いちゃった……。

 致命傷が入り、お嬢は敗北者となった。

 何でこんなにも人の心を的確に抉られるんだろう。

 啜り泣く黒薔薇の乙女を見て、不良少女達は満足したのか、上機嫌で立ち去っていく。


 「お嬢……その、変えることは出来ますから、そんなに落ち込まないでください」


 「ウゥ……そう思うなら私をお嫁さんにしてよぉ……」


 「ですから、何度も言いますがお嬢は恋愛対象として見てない──」


 お嬢の精神は崩壊し、突如俺に抱き付くと、胸元で激しく泣き始める。

 そんな大の大人が大泣きする光景に若干引きつつも、俺は彼女を撫でて落ち着かせる。


 「ええと……その、助けてくれて、ありがとう……ございました」


 存在感の薄れていた絡まれていた女の子は、気まずそうに口を開いた。

 礼を言われているお嬢は精神が崩壊して反応が出来ないので、代わりに俺が応対することに。


 「いえ、彼女は何もしてないので」


 では失礼──と、骸と化したお嬢を連れて撤収しようとするが、


 「何もしてないことなんて、あ、ありません! カッコよかったです! すごかったです!」


 静かな声の彼女は大きく声を荒げ、お嬢に再度感謝を申し上げた。


 「あ、ご、ご、ごめんなさい……急に大声出して。でも、その貴女は何もしてないかも、思っているかも、ですけれど……私にとっては、その……凄く、嬉しかったです」


 一向に俺の胸に顔を押し付けるお嬢が僅かに反応する。

 お嬢の機嫌を直すため、彼女の承認欲求を満たすため、このまま褒めちぎって欲しい。そう願っていると、彼女は務めを果たしてくれた。


 「救世主ヒーローって、貴女みたいな人を言うんだなって……あ、ごめんなさい! め、迷惑ですよね! 本当、ごめんなさい……」


 「──迷惑だなんて、そんなことないわ」


 「えっ……」


 お嬢は颯爽と髪を靡かせる。路地裏からいい感じに光が差し、お嬢の後光が燦然と輝いていた。

 まるで救世主の君臨かのような、謎の光景に俺も思わず目を奪われる。


 「それで、どうして貴女は私みたいなのを助けて、くれたんですか……?」


 お嬢はその台詞を待っていたと言わんばかりに、どこかで聞いたことのある名言を言い放つ。


 「──誰かを助けるのに理由がいる?」


 その情景は、物語の主人公に目を奪われるヒロインのよう。

 女の子は目を輝かせて、お嬢に見惚れていた。


 過程は意味不明だが結果的には女の子を助けられたので良いのではないだろうか。

 満足し精神が回復したお嬢は颯爽と立ち去り、最高潮のお嬢の後ろに従う俺。そんな俺達に対して彼女は再度感謝を述べる。


 「あ、あのぉ! ありがとうございました! この恩は、忘れません! か、必ず! 恩返しに行きますぅ!」

 

 お嬢は背後を振り返らず、歩みを止めず、路地裏を抜け出す。

 そして、「やれやれ……」と一呼吸置くと俺の腕を掴んで、改めて目的地へ向かい出す。

 道中お嬢は呟く。


 「どう? 結婚したいと思ってくれた?」


 「そっすね」


 「その適当な返事は何よ!? 付き合ってくれ仙子! か、結婚してくれ仙子! となるべきでしょう!?」


 「ただまぁ──」


 「──まぁ? 何々? この後は何を言ってくれるの? やっぱり私のこと評価してくれた? もう茜ってばホント照れ屋! そういうところ可愛いから大好きよ!」


 もう完全にお嬢の相手をするのに疲れた俺は、特別何かを言わず、上機嫌の彼女を隣に歩き続ける。

 しかしまぁ、黒薔薇の乙女という渾名は好きかもしれない。

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