第20話 青い桜が夜に咲く
「…………」
放課後、眠気を乗り越えて午後の授業を終えた俺は、靴箱に『指定先に行け(要約)』という丁寧にも案内図も同封された脅迫状を受け取った。
到着後に『待機しろ』という指示の元、律儀に待っていると背後より忍び寄る何者かが現れる。
俊敏な動きで俺を撹乱する何者かに顔に袋を被せられ、必死の抵抗も虚しく腹に一撃を加えられ、更には首を絞められた俺は気を失った。
そんなこんなでようやく覚醒した俺は、顔面を暗闇で覆われて周囲の状況を把握することが出来ず。おまけに両腕両足を縄で拘束され、身動きも取れず。
縄を引き千切り脱出もしたいが大分硬く締め付けられているようで叶わず。
これは何の目的で俺を拉致監禁しているのか不明だが、現状は大人しく主犯の要求を飲むしかないなと判断。
「目が醒めましたか?」
声の主は我が偽彼女である雪姫菜であった。
何のつもりだと要件を訊ねたいものの、口に物を詰め込まれて喋ることも出来ず。
「袋と猿轡を取ってあげなさい」
「承知しました。雪姫菜お嬢様」
雪姫菜の指示で何者かが俺の袋を外すと同時に、視界に眩しさが広がる。
「やはり猿轡はそのままで」
何故か猿轡は取り外してもらえず、雪姫菜は携帯を取り出すと俺の哀れな状況を撮影し始めた。
一体何がしたいのだろうこのお方はと、段々苛々が募っていく中、ようやく猿轡を外す指示を出す。
口元が楽になり言葉を発せられるようになった俺は、一先ず主犯の雪姫菜に挨拶をすることにした。
「お前結局何がしたいの?」
「私は怒っています」
「はぁ」
「私という恋人がありながら和泉さんと浮気されているなんて!」
要は、偽恋人でありながら謎の嫉妬をされたせいで、俺は殴られ拉致され監禁されの拘束をされていると?
「あれは場を乗り切る芝居だと分かっているだろ。いや、そもそもお前との関係は──」
言う寸前、もう一人の人物が居ることに気が付き言葉を止める。
それよりも金枝にお嬢との交際を断念してもらうために咄嗟の嘘を付いたツケが来た。
お嬢も内心はあれが真実でないと理解しているが、この機を逃すまいと怒涛の攻撃を仕掛けてきた。
駄々を捏ねれば最終的に俺が折れると判断してのだろう。彼女は「恋人って言ったよね?」「認めたよね?」「撤回する気なの?」「うぅ……認めたのに」「やだやだやだ──っ!」と暴れ出してしまった。
お嬢の痴態を見守っていると何だか罪悪感を覚えてしまったが、楪さんに洗脳を解いてもらったため事なきを得た。
半泣きのお嬢を慰め、最終的に彼女自身も諦めたのか納得してくれたのか、渋々乗り切るための嘘だと受け入れてくれたのであった。
「そもそも……お前が真っ先に場を諫めてくれれば、俺はお嬢に目を付けられることはなく、楪さんも金枝に敵意を向けられず、お嬢も見るに堪えない姿を披露することはなかったと思うんだが」
「あら、私に責任転嫁ですか?」
「昨日の楪さん守る宣言はどこへ行ったんすか」
この女が序盤に議論の場を設けていれば、決闘騒ぎは起きず、平和裡に事が済んだかもしれない。
「もういい。何でもいいから解放しろ」
「怒っちゃ駄目ですよ、血圧上がっちゃうので。乳酸菌摂ってますぅ?」
「うぜぇ……」
俺を脅迫する材料が一つ追加された現在、俺は雪姫菜様に生殺与奪の権利を握られている。
一番頼りになるお嬢は梅原兄妹に拉致──既に帰宅されているため、彼女が俺を救出するなんてことは不可能。
要は生かさず殺さずも雪姫菜様の気分次第なのである。
「紹介したい人物がいます。
鮮やかにメイド服を着こなした左目が前髪に覆われているのが特徴的な謎のメイドは、片足を後ろ側に引き片方の足の膝を軽く曲げ、両手でスカートの裾を掴んで頭を下げる。
「誇らしき我が雪姫菜お嬢様の
表情筋を一切動かさず無表情を保ったまま愛嬌のある挨拶をする此花さん。
「彼女は我が同士であり最も信頼に値する人物です。そして、我々の関係性を把握している人物です」
「こんにちは、咲夜です。雪姫菜様の右腕、黒衣の宰相とお呼びください」
「咲夜は聖職者ではありませんが、響きが良い[黒衣の宰相]やその他諸々を自称しております。このように彼女は嘘と真実を交える大変面倒臭い癖がありますので、会話の際には真実を見極める努力をしてください」
雪姫菜相応に面倒臭い人物であるのは理解したが、私怨や此花さんを紹介するだけで俺を拉致したとは思えない。
「陰の暗躍者である咲夜と傀儡の貴方が今後接する機会は増えるでしょう。そのために今日は貴方をお呼びしたというわけです」
お呼び(拉致──以下略)の定義とは。
いやこう、こんな手筈にせずとも文芸部部室に来いで済んだ話では。
「だって貴方、私に従ってくださらないじゃないですか……。ですので已むを得ずこのような形を取らせて頂きました」
思考回路狂ってる?
「それと、私は嫉妬深いんですよ。彼女の前で堂々と浮気宣言など……」
「いや我々は偽恋人じゃないすか」
「だとしても、です。偽恋人といえども恋人同士には変わりありません。どうやら貴方の認識を正しく、雪姫菜ちゃん一辺倒にするために再教育が必要なようですね」
雪姫菜はある一冊の本を取り出す。
白い色合いの本の題目は『雪姫菜語録』。なんと彼女の自著である。
「毎朝毎晩、この本を読んで我が思想を学習しなさい。一先ず初心者に優しいこの本からどうぞ」
「どうぞじゃない、そんな悍ましい呪物を俺に押し付けるな。あ、おい! 鞄に入れるな!」
最終的に俺の鞄には『雪姫菜語録』や『雪姫菜思想』、『雪姫菜選集第一巻(全五巻)』をぶち込まれた。
毎週日曜日に読み進んだ内容を読書感想文にして纏め上げ、疑問点や誤った箇所を雪姫菜先生直々が回答と添削してくれるという。
勿論、それを怠った場合は死刑である。
「まぁ今日は我が思想を理解して頂くべく、咲夜を紹介すべく、嫉妬半々でお呼びしたというわけです」
つまり雪姫菜に嫉妬されると毎度この仕打ちを受けるということ?
「後は、そうですね。……まぁ学生らしく部活動に興じてみたかった、というのもありますが」
雪姫菜はオカルト研究会の部長である。ちなみに部員は雪姫菜一人のみ。
宇宙人、未来人、異世界人、超能力者と共に青春を満喫するのが部の目的であるらしく、一生叶いそうにない願いであった。
お嬢が未来人? 異世界人に一応該当するので、お嬢を勧誘すれば後は宇宙人と超能力者だけとなる。なんということであろうか。
「──というわけで、茜さんと咲夜には我が部に所属して頂きます」
「承知しました。雪姫菜お嬢様」
まぁ部活に所属するくらいなら構わないと、俺は勧誘を受け入れる。
部活動申請書を二枚差し出され、此花さんが自身の書類を書き終えた後に俺の書類も代筆する。筆跡を完璧に俺に合わせる彼女の謎の才能に恐れ慄く。
「本日は記念すべき部員が三人となった日です。皆々、この祝福すべき日を盛大に祝いましょう」
「いぇーい。どんどん、ぱふぱふ」
雪姫菜が天井に垂れ下がった紐を引っ張るとくす玉が割れ、中から『祝! 部員三人突破記念!』と喜んでいいのか分からない内容を書き記した垂れ幕が垂れる。
此花さんは相変わらず何を考えているのか分からない無表情で、黙々とクラッカーを連発していく。
その一連の動作を終えると此花さんは、冷蔵庫からケーキを用意し、各自に飲み物を注いでいった。
「では、乾杯しましょう」
「ちょっと待て。それより俺の拘束を解いてくれ」
「面白いので懇親会が終わるまでそのままでいてください」
「もうこの部長嫌だ」
そんなこんなで俺抜きで乾杯をしやがる二人を傍観していると、流石に可哀想だと哀れんだ部長が此花さんに指示を出す。
コップを手に持った此花さんが俺に近付くと、無理矢理口をこじ開けて飲み物を注ごうとする。
「そこまでしろとは言っていない」
「雪姫菜お嬢様の命ですのでご容赦ください」
「だ、だからしなくていいと──止め」
口一杯に容赦なく飲み物を注ぎ込まれた俺は、飲み込む隙を与えられず全てを注がれる。
結局全部を押し込まれ半分が口元から溢れ、濡れた部分を此花さんが拭いていく。
「部長に溺死させられるところだった……」
「あら、貴方は頑丈ですので多少手荒な真似をしても問題ないでしょう?」
「お前が俺の何を知っているんだ」
次いで小分けにされたケーキを此花さんが差し出してくる。
変に羞恥心を覚えた俺は、流石にと拒絶する。
相変わらず有無を言わさず口元を開こうとする此花さんとの距離が縮まり、彼女の青い右目と視線が合う。
「何でしょうか」
「いや、綺麗な目をしているなと思って」
「この男、彼女の面前で我が従者を口説きましたね!? 咲夜、替わりなさい。私が鉄槌をくだします」
「鉄槌ってお前……悪かった! 雪姫菜様はもっと綺麗──」
「今更とってつけたように褒めても無駄ですよ」
雪姫菜にケーキを詰め込まれた俺は、それは恥じらいを感じさせるようなあーんとは程遠いものであった。
「偽彼女に窒息死させられるところだった……」
「性懲りも無く従者を口説こうとする愚者に与える鉄槌です。今後は自重しなさい」
良し悪しの判断基準が分からない。
こうして懇親会が進む中、互いの理解を深めようということで自己紹介を行うことになった。
「一年一組の高嶺の花、白雪姫とは月白雪姫菜、私のことです。趣味は読書と自己研磨。不得意なことは運動全般。好きな人は……鬼灯茜さんです。きゃっ……!」
「うぜぇ……」
「舐めた口きくとこの学園に居られなくしますよ」
雪姫菜の自己紹介が終わり、次いで此花さんの番となる。
「一年一組此花咲夜です。年齢は17歳です。両親から虐待を受け児相に行きかけましたが、恩人である月白家に拾われ、雪姫菜お嬢様の従者をしております。趣味……そうですね、お花を育てることと料理全般。不得意なことは両親から取り繕った表情が気味が悪いと言われ、空気も読めない人間と言われ続けましたので、人の顔色を伺う、空気を読めないでしょうか。好きな人は雪姫菜お嬢様です」
「「…………」」
重い……。
どの部分が真実か偽りか判断付かないが、複雑な家庭環境を耳にして反応に困った俺と雪姫菜は言葉を噤んだ。
いや雪姫菜、お前は此花さんの主人なのだから色々と把握しているだろうに。……ということは、この反応は概ねが事実であるということか……?
そんな重苦しい雰囲気の中、次はお前の順番だと雪姫菜に急かされる。
「一年一組鬼灯茜。藤袴中学出身。お嬢の下僕と雪姫菜の偽彼女。好きな人は雪姫菜です。以上」
「まぁ全部知っていますけれどね。それにしても……個性のない、面白みが無い自己紹介ですね。もっとこう、自分を知って欲しい……興味を抱かせるような発言をしてくれますか? それだと社会でやっていけませんよ」
雪姫菜お嬢様に駄目だしを受けた俺は、渋々再度自己紹介を改めることになった。
「趣味は草毟りと家の掃除、家事全般は得意です。得意なことはお嬢のお世話。お嬢の癪に障ることのないよう彼女の顔色を伺いながら生きてきたので、他人の空気を読むことも得意かもしれない。好きな食べ物は魚全般。嫌いな食べ物は甘いもの全般。愛する人は雪姫菜。以上」
「多少はマシになりましたね。まぁ全知全能の私は茜さんの全てを網羅しているので、何も新鮮味も感じませんが」
「お前は俺のストーカーか何かか?」
こうして雪姫菜から文句を言われつつ自己紹介も終わり、お互いの人間性を知ることが出来た中、恐る恐る此花さんは雪姫菜に手を上げる。
「雪姫菜お嬢様。鬼灯茜様に名前呼びをして頂いても宜しいでしょうか」
「それくらい別に構いませんが……珍しいですね、貴方が」
雪姫菜は従者の申し付けに訝しんだようだが、名前呼びは構わないと了承する。
「雪姫菜も言っている通り構わない。だが、俺のことは一々鬼灯茜様と呼ぶな」
「というと」
「そこの極悪お嬢様と違って様付けで呼ばれる身分じゃないんだ。普通に、下の名前でいい」
「茜様……茜さん……茜くん、茜くんがしっくりきますね。茜くんでいいですか」
「あぁ」
「何だか貴方、咲夜に優しくありません?」
俺と咲夜の一連のやり取りに首を刺した雪姫菜お嬢様は、俺の彼女への対応も訝しむ。
「咲夜に惚れました?」
「極悪人の雪姫菜と真面目なメイドの咲夜のどちらが好ましいかと問われれば、そりゃ当然咲夜になるだろう。惚れられたいのなら自身の態度を今一度改めて、俺に人一倍優しくすることだ。分かったら出直してこい」
「んなっ……! 貴方には今直ぐ雪姫菜ちゃんの魅力を知ってもらう教育が必要なようですね。いいでしょう、貴方には私以外いりませんと無様に泣き喚き縋り付くまでに洗脳してあげましょう」
「思考改造で偽りの愛を向けられてお前は幸せなのか? 本物の愛を知らず偽りの愛を向けられるお前は可哀想だな。いいか? 俺の信念は揺らがないと言ったはずだ」
このように不毛なやり取りを雪姫菜と繰り広げていると、それを見守っていた咲夜が小声で呟く。
「……雪姫菜お嬢様が茜くんを候補にしていたのは、これも理由だったんですね」
「──咲夜。口を慎みなさい」
「失礼しました。雪姫菜お嬢様」
……候補、候補とは一体。
そんな疑問を僅かに残し、ようやく拘束を解放され、懇親会はお開きとなった。
四肢拘束され身動きの取れない状況であったが、この懇親会は卒業時の4人での祝い事を思い出した。
こうして騒がしく楽しむのも偶には悪くないと感じさせる出来事であった。
そうして、三冊の本を無理矢理詰め込まれ、重くなった鞄を持ちながら俺は文芸部部室を後にしたのだった。
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