第7話 等価交換

  「茜は信じられないだろうけれど、私って凄く嫌われているのよ」


 「信じますよ」


 一連の出来事が解決し撤収しようとした俺達は、今回の騒動に関してお詫びしたいと店員さんに謝罪され、濡れた服を洗濯機と乾燥機に入れてくれるという上に、料金は無料で構わないという対応を受けてしまった。

 流石に無料は気が引けたので支払ったが、現在は乾燥が終わるまでコーヒーを飲んで待機中である。

 主犯の人から大分毛嫌いされていることに違和感を覚えた俺は、お嬢に原因を尋ねるとそう返答が返ってきた。


 「私ってほら、美少女だし、頭脳明晰だし、運動神経抜群だし、あれだけれど家柄も良いじゃない? それで性格が少し難点だったけれど、先生の評価は良いのよ」


 「……」


 「……そ、それを妬む輩が結構多くいてね、その連中に喧嘩を売られれば返り討ちにして泣かしてきたの」


 「うわぁ」


 「またドン引きされた……。それで付いた渾名は、お頭主犯が言ってた通り『黒薔薇の乙女』。思い返せば他にも『鮮血皇女』、『鉄の女』、『這い寄る混沌』なんかもあったわね……」


 しみじみと語るお嬢の二つ名は物騒なものばかり。

 お嬢は自画自賛を交えつつ、語り続ける。


 「そんな残念美少女の私ってほら、結構モテるのよ美少女だから」


 「そうなんすか」


 「あ、でも安心して! 私は茜一筋だから告白は全て断ってきたから!」


 いや、それは別にどうでもいい。

 確かにお嬢は性格が擁護しよう程がない悪人気質だが、文武両道な美少女である。それを本人の前で告げたら、更に増長するので沈黙を貫くが。

 

 お嬢曰く、お頭(お嬢命名)は突っ掛かってきたのを返り討ちにした一人ではないかと推測。

 売られた喧嘩は買い相手の精神が折れるほど完膚なきまでに反撃していたため、その報いが帰ってきたのでは、と。

 友好的な態度を取ろうとはしなかったのかと訊ねると、当時のお嬢は自分以外の他人を見下していたため、そのような対応を取ってしまったとのこと。


 「……馬鹿なんですか」


 「面目ない……」


 「和泉家もそうですが俺も……しっかりとお嬢に道徳を、人の大切さを理解させるべきでしたね」


 お嬢は「申し訳ありません……」と身を縮める。


 「今後は……そうですね。今までの態度を完璧に改善しろとは言いませんが、他人を見下すことと人格否定するほどの反撃は控えるようにしてください」


 まぁ挫折を経験したお嬢が、今後そのような態度を取るとは余り思えないが。

 それなので──と俺は続ける。


 「今回の反省として、俺の何でもするという約束は破棄で構いませんね。分かりましたら今後は自省して、空いた時間は道徳の教科書を読み直してください。それが俺の言える助言です」


 「あ、あの……恐縮なのですが、何でもする件と今回の件は別ではないのでしょうか……?」


 「そうですね……言ったのは俺ですし、それについては容認しましょう。ただ、今のお嬢がどのようなお願いをするのか楽しみですね」


 「ウッ……茜の嗜虐的な一面が……! その私を憐れむ視線が気持ちよくて……ッ! ──あ、申し訳ありません。欲望に正直でごめんなさい」


 正直者のお嬢は身を捻らせて吐息を漏らす。

 これまで何やかんや上昇し溜まっていたお嬢への好感度は、一気に減少し0へと成り果てた。

 しかし、この人は好感度目的とは言い張るが、公園での子どもとお頭に因縁を付けられていた子も含めて、積極的に人助けに出るから、その点は大分好感度が高い。お嬢への好感度が10上昇するのが感じられる。(最大値は100。今はお嬢好感度10Pポイント

 それに俺のために平静を失い怒り狂ってくれたという点も中々に高かった。(お嬢好感度20P)


 「それで、その……手を繋いで欲しいなぁ、なんて」


 「構いませんよ」


 「え、いいの!? 一蹴されるものだと思っていたから、これは想定外ね……」


 今晩は同衾させろと過酷な試練を要求してくるものだと身構えていたが、お嬢はお嬢らしからぬ可愛らしいお願いをしてくる。


 「手を繋ぐくらいで俺の心は揺れないので」


 「んんー? 強がって、何その典型的なツンデレ発言は? 童貞の茜には刺激が強いくせに!」


 俺はお嬢に手を差し伸べる。


 「するんでしょう。さぁどうぞ」


 お嬢は差し出した手に右手を震わせながら近付けるが「ぐっ……私の右手よ静まりたまえ……!」と、何故か左手で抑えつける。

 彼女曰く、ここで手繋ぎ権を行使したくはなく、帰路につく中で過去を偲び、良い雰囲気にさせた状態で繋ぎたいらしい。


 「別に回数を設ける程、お嬢のような鬼じゃありませんよ」


 「遂にデレたの?」


 「デレません」


 お嬢は「では失礼して……」と息を荒げながら、俺の掌をさわさわと摩り始める。

 お嬢は感嘆を漏らしながら手を撫でると、やがて俺の指に自身の指を絡ませる。

 握力測定でもしているのかというほど強く握り締め、そして直ぐに緩ませ、やがて安定した力で手を握る。

 体温と柔らかな感触を味わう、そんな彼女の表情は、余り見ないような安堵した顔をしていた。


 ──唐突に過去の思い出が想起される。 


 あれは、そう。


 幼少期のお嬢は下僕の俺の手を引っ張り、彼女はいつもの公園に駆り出した。

 かくれんぼをしようと提案するお嬢を快く受け入れた俺は鬼を担当し、身を隠すお嬢を探し始めた。


 1時間程捜索を続けるが、お嬢は隠密の才能が優れているようで中々見つからず。

 体力を消耗した俺はベンチで体を休めていると、急に背後から俺の背中を殴り付ける乱暴者がいた。

 その犯行者は勿論お嬢。隠れる場所は公園ではなく、鬼灯家で身を潜めていた、とのこと。


 隠れる場所はこの公園だけじゃないのか、と至極真っ当な疑問を抱いた当時の俺であったが、いつまで経っても自分を見付けてくれないとお嬢が泣き始めたことから、そのような世迷言を言える資格はなかった。


 結局機嫌を悪くしたお嬢に手を引かれながら、夕暮れの中で二人仲良く帰路に着いたのだった。

 

 「ああもういや……幸せ過ぎて死んじゃう。茜以外何もいらない……あ、鼻血が」


 「この程度で鼻血出さないでください。ほらティッシュ」


 「ありがと……優しい、ホント好き。……でも、このまま貰いっぱなしなのも茜に悪いわね」


 ──嫌な悪寒。

 ティッシュを鼻に詰めたお嬢は、急に俺の両手を握り締め強く宣言する。


 「私の人生全部あげるから、茜の人生全部ください!」


 「そんな対価いらないので、そろそろ手を離してくれませんか」


 「そこは全部あげるって、快諾してくれるところでしょ……」


 お嬢は心苦しそうに手を解くと、自身の右手を頬に当てる。


 「ハァァ……茜の温もりが。これは疑似的に茜に頬を撫でられると言っても過言ではないわね。早速だけれど頬に触れて『仙子の頬は食べちゃいたいくらい柔らかいな。そうだ、肉欲の意で食べよう!』と囁いてくれない?」


 「お嬢の頬は柔らかいですね」


 「ご、ごめんなさい……! 冗談だから引っ張らないで……あ、でも私に触ってくれてる。気持ちいい……」


 もうどうしろと言うのか。

 俺は発情気味のお嬢の頬を軽く抓る。


 「痛ッ! これはもう茜に傷モノにされたわね。これはもう責任取って結婚……してもらうしかないわね」


 「先の発言を覆すようで申し訳ないのですが、回数制限を設けますね」


 「ごめんなさい調子に乗りました。私から楽しみを奪わないで」


 お嬢は机に額を付け、誠心誠意の謝罪を示す。そんな中、居心地の悪そうに店員さんが俺に声を掛ける。


 「あのお客様、宜しいでしょうか。洗濯と乾燥が終わりましたので服を」


 「助かります。服をお借りさせて頂いて、ありがとうございました」


 「……いえ、あのような客を招いた事態に私に責任がありますので。本日はお客様を不愉快にさせて申し訳ありませんでした」


 先程まで豹変していた姿とは打って変わって、慇懃な姿勢で頭を下げる店員さん。

 彼女は料金は無料でいいと我を通すが、俺達にほぼ原因があるので料金は支払う。


 「また来ます」


 「そうですか──今後ともご贔屓に、よろしくお願いします」


 着替えを終えた俺はそう店員さんに告げ店を去る。

 色々あったが中々良い店だったと感慨に耽ると、目に光を無くしたお嬢が俺を問い詰める。


 「やっぱり、ああいう娘が──タイプなの? 私も『黙れ俗物!』とか言って、高圧的に豹変した方がいいのかしら……」


 「それって普段のお嬢と余り変わらないと思いますが」


 お嬢は有無を言わさず俺に手に指を絡ませ、やがて彼女の冷えた体温が手に広がる。


 「茜には私だけを見てほしい。私だけの温もりを感じてほしい」


 「重い……」


 「──ッ、ちょ! 私の純粋一途な愛を重いで一蹴しないでくれる!?」


 そうお嬢に文句を言われながら、俺達は帰路に着く。

 彼女の握り締める力はやはり強く、鎖で縛り付けられるかのようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る