第9話 バラのヘアピン
「いらっしゃいませ」
明るい声が響く。俺よりは年上の大人の雰囲気をまとった女性が出迎えた。二十代半ばぐらいと推測する。
さすが帝都の装飾品店で働いているだけあって洗練された印象を受けた。
あまり大きくない店内には他に二組ほどの客が居る。
小さな装飾品を扱うというだけあって、品物が棚に無造作に置かれているということは無かった。
玻璃をはめたショーケースがいくつか置かれており、その中に様々な品が入っている。
「気になるものがあったら、お気軽に声をおかけくださいね」
俺たちにそう言うと今まで接客していた若い男女に向き直り、店員の女性は何か説明を始める。
この間、リーアといえば玻璃に張り付かんばかりにしてショーケースを眺めていた。
後ろから覗き込むとイヤリングがいくつも並んでいる。
細工もさることながら、キラリと光を反射する宝石が美しい。
商品に添えられている手書きの値札を見たら、とてもじゃないが俺には買えそうになかった。
リーアもそれは分かっているだろう。単なる目の保養をしているに違いない。というか、そうであって欲しい。
俺は他のショーケースを見て回った。
一番隅に髪留めが収納されているケースを見つける。
こちらの値段はピンキリだった。宝石をあしらったものはイヤリング同様にやはり値段が張る。
奥のあれはなんとか手が出るが、手前に陳列してあるのは俺が買うには無理な金額だよなあ。
吟味をしているとイヤリングを見るのに満足したのかリーアがやってきた。
「私に似合いそうなのあった?」
これまた難しい質問をしてくるな。
似合うかに合わないかで言えば、たぶんどれでもリーアは大丈夫だろう。
「奥のあれなんかどうだろう?」
赤みがかった金色の大ぶりのピンを指さす。トップにバラの花模様の細かい細工がしてあった。
宝石を使っていないせいか、お値段がそれほど高くない割には、結構手間暇のかかる加工がしてあるように見える。
「すいません。そのバラの模様のピン見せてもらえますか?」
リーアは店のお姉さんを呼んだ。
気が付けば他のお客さんはもう店からいなくなっている。
リーアが毛皮の帽子を取ると緑色の髪が流れ落ちた。
さらりとしなやかで繊細な髪の毛はまるでエメラルドでできているかのような輝きを放っている。
リーアは首を左右に振って髪の毛をほどけさせた。
手にした鍵でショーケースを開けると、店員のお姉さんがピンを取り出して手渡す。
続いて差し出す手鏡を見ながら、リーアはまとめた髪の毛の上にピンを当てて様子を見ていた。
「頭にバラを刺してるみたいに見えますね」
「きれいな緑色の髪をしているから余計に映えるんじゃないかしら。なかなかの見立てだと思いますよ」
「選んだのは私じゃなくて」
リーアは俺を指さす。
「あら。恋人の魅力をよく見て分かってるのね」
「違います。俺たちは兄妹です」
俺は咳き込むようにして否定するが、リーアはすまし顔でピンの角度を変えていた。
店員の女性は謝罪する。
「ごめんなさい。いい雰囲気だったから、てっきり恋人だと思っちゃったわ。私ったら店員失格ね」
口ではこう言っているが、俺たちが兄妹にしてはあまりに似ていないから分からなかったのだろう。
髪の毛の色はソウルペブルで変わるので当てにならないが、それ以外の点でも俺とリーアはあまり共通点が無い。
すらりとして可憐なリーアに対して、俺はがっしりと武骨な体つきをしている。
リーアは試すのに満足したのか、俺の耳に口を寄せてささやいた。
「品物は気に入ったけど、結構、お値段するよ。お金足りる?」
「大丈夫だ。俺に任せておけ」
俺はどんと叩いた胸を張って見せる。
故郷にいるときに頑健な体を使って肉体労働に励んで稼いだ小金があった。
魔法学園にいる間は食住の面倒を見てくれるし、衣服も制服は支給される。それに少額とはいえ、従者には給料も支払われることになっていた。
だから手持ちの金をここで全部使っても問題はない。
妹が気に入ってくれたんだ。お兄さんとしてカッコイイところを見せちゃうぜ。
金額を気にしなくていいと伝えつつ、他の品もあることを指摘した。
「それよりも他のピンも見なくてもいいのか?」
「お兄ちゃんが選んでくれたし、私も気に入ったからこれがいい」
「試すだけでもしてみたら?」
「ううん。これ以上に私に似合うのは無いと思う。それじゃあ、このピンください」
お姉さんはピンを受け取るとカウンターの端を回ってその中に入って行く。
俺が代金を払うとそれを頑丈な箱にしまった。
それからピンの先端を切れ込みを入れた革に刺し、きれいな端切れで包んでくれる。
その作業を見ながらリーアが改めてピンに施された細工を褒めた。
「本当に繊細で素敵ですよね」
「あら、うちのがその言葉を聞いたら喜ぶわ」
「それじゃあ、旦那さんがこれを作ったんですか?」
「そうね。この店に置いてあるものはほとんどがそうかな。他の人の作品で頼まれて置いているのもちょっとだけあるけどね」
「凄いです。旦那さんって、腕のいい細工師さんなんですね」
「細かい作業は得意なのよ。気に入ったのなら、折角だから他の装飾品も一緒にどう? さっき見ていたイヤリングなんかどうかしら?」
すかさず店員さんは売り込みをかけてくる。
やめて。俺の財布の中身はもう小銭しか無いんだから。
リーアは俺の顔をちらりと見た。
「イヤリングも素敵なんだけど、あちらは宝石が付いているものが多いからか、ちょっとお値段がね……」
「そうねえ。宝石はちょっと今品薄で値上がりしてるから、以前に比べて高くなってるわね」
リーアがその話題に乗る。
「どうして値上がりしているのですか?」
「ここのところずっと魔物に押され気味でしょ。宝石の材料になる良質なデーモン・コアの採取ができなくなっちゃってるの」
「そういうことですか。そこまで危機的な状況とは知りませんでした」
「デーモン・コアってモンスターにとってのソウルペブルみたいなものだから、決められた手順で採取しないとすぐに粉々に砕けてしまうのよ。もうモンスターを撃退できてもギリギリの戦いでそんな手間暇をかける余裕はないみたいね」
「なるほど。でも、そんな大事なことを私なんかに話しちゃって大丈夫なんですか? 重要機密なんじゃ?」
お姉さんは笑い声をあげる。
「商売をしている人は多かれ少なかれ感じているわよ。流通が滞ったり、特定の商品が手に入らなくなったりしてね。だから秘密というほどでもないわ。でも、そうね。一応、ここで聞いたってことは秘密にしてね」
お姉さんは唇に指をあててウィンクした。
リーアは大事そうにピンを肩掛け鞄にしまう。髪の毛を手でまとめると毛皮の帽子をすっぽりと被った。
「今後ともごひいきに」
その声を背に店を出るとリーアはぺこりと頭を下げて俺にお礼を言う。
「お兄ちゃん。素敵なヘアピンを買ってくれてどうもありがとう。大切にするね」
「リーアが喜んでくれて何よりだよ」
「とっても素敵だわ。これなら他の子と見比べられても恥ずかしくないと思う。そうだ。せっかくだから、少し町を見て行かない? まだお昼には時間もあるし」
「そうだな。一年あるから慌ててローゼンブルクの観光をすることもないと思うけど、本格的に授業が始まったらリーアは忙しくなるだろうしな」
「私、願いの泉に行ってみたい。そこで願い事をすると叶うんですって。商業区画の真ん中の広場にあるって聞いたわ」
リーアは俺と腕を組んで元気に歩き出した。
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