第36話 強敵
「ちょっと見てまいります」
ポウルは揺れる馬車の中で腰を浮かせるとオズワルドに断りを入れる。
「ポウル!」
殿下は少し慌て気味に真剣な顔で止めようとした。
手を伸ばすのを避けると笑顔で馬車の扉を開けて天井を掴みくるりと屋根の上に身を躍らせる。
オズワルドは育ちの良さに似合わない舌打ちを漏らした。
「あの野郎……」
屋根の上からポウルの声が聞こえる。
「馬車を止めろ!」
その声が御者台で響いた数瞬後には、台から落ちた人物が車窓を流れていった。
「はい。どうどう!」
馬をなだめる声が響き、少しずつ馬車が減速して止まる。
「待ち伏せです!」
鋭く響くポウルの警告にリーアがぱっと馬車から降りた。まったく、うちのお転婆ときたら……、従者より前に出たら危ないだろ。
「二人は殿下の側に」
キャロルとシャーリーに命じると俺も急ぎ馬車の外へと身を躍らせる。
馬車の進路上五十メートルほどの木々の間からフードを被った人影が飛び出した。
萎びた生気のない顔がこちらを向く。
自ら魔族の仲間入りをすることを選んだ元人間たち凡そ十人が一斉に口を動かして呪文を唱え始める。
俺たちより先に動きだしているポウルは槍を顕現させると待ち伏せの列へと突っ込んでいった。
その横を雷撃の魔法が飛んでいく。
もちろん呪文を唱えているのはリーアだ。圧倒的に早い。
初弾を放った後、ポウルが接敵するまでに合計三体に命中していた。
ポウルは縦横無尽に槍を振り回し始める。瞬く間に二人を倒して、相手の魔法を槍で弾く。
凄いな。魔法で顕現させているから魔法と反発するのか。
その性能もさることながら、動体視力もずば抜けている。
さらにリーアの雷撃が別の科人を吹っ飛ばし、残りの敵はじりじりと後退した。
その様子を見て、俺は加勢しようとしていたのを中止する。
この辺りは左は絶壁だが、右側は道のすぐそばまで森が迫っていた。
もっと近くまで姿を見せずに馬車に近づくことが可能なのに、わざわざ離れたところに姿を見せたことが引っかかる。
これは優秀な護衛であるポウルを殿下の乗る馬車から引き離すための囮では?
森の中に何かを感じてうなじの毛が総毛だつ。
「リーア、森を警戒するんだ」
そう言った瞬間に十本ほど矢が一斉に飛んできた。
俺を狙ったものをかわしつつ、リーアを狙った一本を手でつかみ、もう一本を脚で払う。
「よくもやったわね」
気丈にもリーアは素早く呪文を唱えて矢の飛んできた方向に雷撃の魔法を放った。
開いた扉からも他の射点に次々と魔法で攻撃が加えられる。
小さな複数の火球の連射に氷の礫、そして雷撃。
さらにリーアも続いて森の中へと連続で雷撃を打ち込んだ。こちら側の火力がヤバい。
オズワルド殿下とリーアは学園出身の魔術師に匹敵する実力がある。
キャロルとシャーリーも魔力量は多くなく弾数は限られるが出力自体は低くなかった。
しかし、敵はなぜ魔法ではなく矢を?
そして、俺はあるものを見てこのまま留まるべきではないと判断した。
「リーア。馬車の中へ」
俺はリーアを抱きかかえると馬車の中へ押し込む。
「ちょっとお兄ちゃん!」
俺は馬車の一点に刺さった矢を仰ぎ見た。
国営郵便馬車に使われているのと同じ護符に深々と矢が刺さっている。
これで見えない守りが破られたことになった。つまり、あいつが来てもおかしくない。
「シャーリー。馬車を走らせるんだ」
俺の指示に飛び出してきたシャーリーが御者台に駆け上がると手綱を握って一振りする。
ナターシャ・ドロイゼンに仕えているときに二頭立て馬車を走らせていた経験があると言っていたからお手のものだろう。
ポウルもちゃんと拾っていくに違いない。
そこまでに見届けると俺は森の方に意識を集中した。
薄暗い森の中から青白い光に包まれたペールライダーを乗せた逞しい馬が姿を現す。
今にも駆け出しそうになっていたので手にしていた矢を打根の要領で乗馬に投げつけた。
立派な馬ではあったが、こっちはただの馬らしい。
矢を受けて苦しみ悶え棹立ちになる。
ぱっと下馬したペールライダーが腰の剣を抜いた。
走り去る馬車の音を背にしながら、俺の背中を冷や汗が流れている。
噂に聞くペールライダーが俺に向かって殺気をほとばしらせた。
俺に勝てるのか? だが、こうなったらやるしかねえ。
覚悟を決めた左手の指が暖かくなった。
全身に力が湧いてくる。
これは……リーアが髪の毛を通じて離れたところから身体強化の魔法をかけてくれたのか?
よし。お兄ちゃん頑張っちゃうぜ。矢でも鉄砲でも持ってこい。
剣を抜いたので斬りかかってくるかと思ったペールライダーは動かない。
と思ったら剣先に稲光が浮かぶと同時に雷撃の魔法を放ってくる。
初撃は半ば予想していたので余裕でかわせたが、二撃目はかなり近くなり、その次の雷撃は回避したつもりが左手の甲に食らってしまった。
うっ。強烈な痺れは生じるが、黒く焦げることはない。
リーアにやられすぎて体が順応している? 慣れって怖いな。ただ、リーアのときと違って痺れが抜けるときの甘美さはない。
呪文の直撃を食らって平気な俺を見て、雷撃に耐性があると判断したのだろう。ペールライダーは呪文を変更した。
氷の槍や風の刃が襲ってくる。
森の中を駆け回り、木々を盾にして攻撃を避けた。
次々と攻撃魔法を放ってくるペールライダーはまるで固定砲台のようだ。これだけ多種多様な高威力の魔法を連続でぶっ放しているのに魔力が尽きる様子もない。
三大派閥の一角のオウル・ジークテンはこんな化け物に勝てると思っていたのか。
はっきりいって無謀すぎる。
今度はバレーボールほどの火球が片手に現れて俺に向かって飛んできた。
ぱっと跳躍してかわす。
威力はあるのだろうが、スピードは雷撃よりも遅い。俺の後方で爆炎があがり広範囲に火の粉をまき散らした。
ペールライダーは大きく怒りの咆哮をあげる。
剣を地面に突き立てると、今度は両手の先に火球を一つずつ作り上げ、連続で俺へと打ち込んだ。
二度爆発音が起る。
それを避けるようにして、今まで後方で足止めをされていたと思われる護衛の十数騎が馬車を追いかけていった。
これで一安心だ。
ペールライダーは両手をあげて頭上で大玉送りサイズの巨大な火球を作り上げる。表面にプロミネンスが浮き上がり見るからにヤバそうだった。
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