第35話 リーアの顔
胸を突き刺すかに見えた槍だったが、想像通り俺の体を素通りする。
「ほれ見ろ。この男は全く動じておらんわ。気に入らぬであろうが、肝も座っておるし、礼節もわきまえている。今まで同様に放置でどうだ?」
リリージャルに語りかけられたナーラルダは憤懣やるかたないという風情を崩さない。
それでも大きく息を吐くと態度を軟化させる。
「シグル、その命しばらく預けておく」
それだけ言うとぱっと姿を消した。
結局俺を抹殺しようとした理由が分からないままなんですが。
そうは思うが口には出さない。
薄い根拠を元に賭けに勝ったのだから、それを台なしにするようなことは避けたかった。
額の汗を拳で拭う。
リリージャルは俺に近づいてきた。
「そのように畏まらずともよい。そちの想像通り、我はここに実際に居るわけではないのでな」
手で立ち上がるよう促されたのでそれに従う。
「まあ、ナーラルダを恨んでくれるな。あいつも真面目な上に負けず嫌いゆえな。お主が転生してきた際に、次の勇者用に用意していた素材を使われたと勘違いして騒いだので引っ込みがつかんのだ。今後は変な手出しはせんよう見張っておく」
「何が何やらさっぱり分かりません。なぜ俺がこの世界に?」
「それは我にも分からんな。そなたのいた世界の何らかの因果律に触れたのであろう」
え、のこのこ神殿まで来たあげく何も分からないのか? 神様に会えば色々と疑問が解消できると期待していたんだが。
ナーラルダが見逃してくれたのだって、一時的な行動っぽいんだよな。
リリージャルは俺の前を行ったり来たりしながら、生意気なそうな笑みを浮かべた。
「なんだ。期待はずれという顔をしておるのう」
慌てて首を横に振る。
「とんでもありません。取りなしていただいた恩人にそんなことは……」
「少しは思っておるはずだ。そうだのう、そなたが密かに気にしている疑問を少しは解消してやるとするか。そなたの妹が前世に居た早乙女という女子によく似ている理由だ。知りたいであろ?」
食いつきぎみに説明をお願いした。
「簡単なことだ。我がそなたの記憶を元に造形を寄せたんだからな。我はこう見えても神ゆえ、これぐらいは余裕だ」
はい? そりゃ、それぐらいの能力はあるかもしれませんがねえ。
「なぜそのようなことを?」
リリージャルはにんまりと笑う。
「それはな……面白そうだからだ」
俺が脱力するのを見てケタケタと笑った。
「我らがそなたたちの世界から魂を呼び寄せ勇者とするときは、全ての魔法が使えるようになる恩寵などを与えておる。勝手に侵入してきたとはいえ、そなたにも何か特典を与えんとなと思っただけだ。好みの容姿をした女子が近くにいると張り切り度合いが違うであろ?」
「しかし、何も妹にそのようなことをしなくても」
「なんじゃ、不満か? 他の女子の容姿の方が良かったか?」
「いえ、そうではなくてですね」
「ええい、はっきりせんか。先ほどまでと違って随分と歯がゆいの」
「妹では、こう……、愛を囁くわけにもいかないでしょう」
「なんだ、そんなことか。確かに人間というのは兄妹で
そんなこと言われましてもねえ。
「ありがたいお言葉ですが、世間体というのもありましてですね。俺のせいで妹が石を投げられるのは避けたいのですが。それに妹の気持ちというのもありますし」
「禁忌がある方が盛り上がるというものだ。女子一人振り向かせられないで、どうやって魔王を倒すというのだ?」
ほえ?
なんか、話の展開が急な上に、話題がコロコロ変わるぞ。
「魔王を倒すですか?」
「そうだ。イレギュラーな存在だが、異世界よりやってきたのは変わりない。次の勇者召喚までは二十年ほど期間が空く。それまではそなたがなんとかせい。そういうことでナーラルダも納得させるつもりなのだ」
「えーと、リリージャル様が直接介入された方が話が早いのでは?」
「たわけ。そんなことをしてみろ。向こうに肩入れする上位存在も介入してくるぞ。せっかく作った面白い箱庭が壊れてしまうではないか」
「つまり、人間と魔族が代理戦争しているのを見て楽しむという感じですか」
「身もふたもない言い方をしおって。まあ、当たらずと言えども遠からずだ。一応、勇者の配置など間接的に手を入れるイベントはあるが、直接は手を出さんことになっている。基本的には見て楽しむだけじゃ。例外はあるがな」
「いま、こうやって話をお聞きしているのはいいのでしょうか?」
「啓示を与えるのは向こうもやっておる。具体的にどこへ行けだの、何かを倒せだの、言わぬ限りは問題ない。それに言ったところで実行できなければそれまでだ」
「なるほど。今日こうして伺った内容は他人に話してもいいのでしょうか?」
「いい質問だ。好きにすればいい。まあ、我がそなたなら転生者であることは伏せるがな。勇者でもないのに勝手に期待されて失望されるのには懲りておると思うが」
「仰る通りです」
「そんなことよりも、そなたの妹の話に戻そう。リーアと言ったか、その娘の気持ちが問題というなら、我が人格をいじって……」
言葉を切る。
「お兄ちゃんだーいすき。私、お兄ちゃんのお嫁さんになる。こんなふうにしてやろうか?」
リリージャルは変な声色を作った。
「後生ですからやめて頂けますか?」
「つまらんのう。折角、褒美の前渡しをしてやろうというに。そうだ。見事魔王を倒したあかつきには、我が自らそなたの相手をしてやってもよいぞ」
明らかに問題しかない体に目をやる。
非実在青少年であってもアウトなやつじゃねーか。
下から見上げながらリリージャルは手を口に当て煽るように笑った。
「なに気にすることはないぞ。このような
何がセーフだよ。
リリージャルは調子に乗って俺の間近まで来ると、服の首回りを思い切り前に引っ張った。
ミリ秒で視線をそらす。
「ほう。目を逸らすということは、意識しておるということだな。可憐な妹に、クールグラマー、ボーイッシュに幼女まで、守備範囲が広くて結構なことだ」
「違う。断じて違うぞ」
「ふむ。過去には何が望みかと聞かれて、即座に我を求める勇者もおったがの」
二代前の勇者の名を挙げる。
あ。リーアの借りた禁書に死後色々と告発されたと書いてあった奴だ。
リリージャルは俺の顔を見て目を細める。
「心配するな。魔王を倒したらという約束でな。未達成ゆえ与えておらぬ。さて、そなたといつまでも話してもおられぬな。そこの我の像の下の引き出しを探るがよい」
指さす先には話し手と似ても似つかぬ姿があった。
言われるままに探ってみると、細い腕輪がある。リリージャルの命じるとおりに左手にはめるとあつらえたようにピタリと肌に密着した。
満足げにリリージャルは頷く。
「我と言葉を交わした証となろう。では、しばしの別れだ。シグル」
手を挙げるので頭を垂れ、上げたときにはもう幼女の姿はなかった。
蝶番の軋む音に振り返ると、内殿の扉がゆっくりと開くところが見える。
内殿の外に出ると案内人が俺を休憩所に連れ戻した。
神殿の職員は俺の腕輪を見ると一様に微妙な表情をする。敬いつつも近寄らないようにという感じだ。
結構時間がかかったので、とりあえず、学園に帰ることにして馬車に乗り込んだ。
汎神殿から離れたところで外が騒がしい。
「どこへ行くんだ?」
「へい。こちらの方が距離が近いんで」
「おい、待て」
ぴしりぴしりと鞭が振るわれる。
いきなり加速して馬車がガタガタと揺れた。
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