第39話 奥義

 恐怖を感じると共に俺は少し呆れる。

 ひょっとしてペールライダーってアホなのか?

 どれだけ強力でも当たらなければどうってことはないんだよ。

 ゴゴゴと凄い迫力で迫ってくる火球を全力で横っ飛びして避けると、灼熱の燃え盛る炎がかすめていく。前世における最期のトラウマが俺の動きを封じようとした。

「しゃああっ!」

 気合の声をあげて呪縛を解く。

 ペールライダーは小さな火の玉を自動小銃のように放ってきた。

 記憶を取り戻してからというもの動きのキレが良くなっていたうえに、リーアの支援魔法により身体機能が強化されている。

 走りながら体を捻って全弾を回避した。

 そのままペールライダーへとジグザグに進路を変えながら接近する。

 間近に迫られて、地面から引き抜き俺の首を刎ねようとした剣は遅い。それをかいくぐって重心を低くしたまま半身で当身を食らわせた。

 ペールライダーは3メートルほど吹っ飛ぶ。

 俺の体はいつも通りの動きのままだったが、リーアの支援で質量が増えていた。感覚的には100キロは超えているだろう。

 ガチムチのラグビー選手が食らわせた当て身技の下段当て。

 腰の捻りも乗せているので相当な威力が出ていたのだろう。

 宙を飛んだペールライダーは木に激突して地面に落下した。

 ひっくり返ったペールライダーは叫び声をあげて立ち上がる。

 剣は手にしていなかった。どこかに飛ばしてしまったらしい。

 仮面の下からしゃがれ声が漏れる。

 ポッポッと体の前面にゴルフボール大の無数の火の玉が浮かんだ。

 はっ!

 叫び声と共に四方八方に火の玉が飛び散る。

 上へ、と思うと同時に俺の体が軽くなった。リーアと一緒に戦っている感じを噛みしめながら、大地を踏みしめてジャンプする。

 体を回転させ太い枝を蹴った。

 しなる力も加えて距離を詰め、空中で姿勢を変えてペールライダーの首につま先を突き入れる。

 相手を蹴って宙返りをし着地すると、体を横にして回転し足を刈った。

 体を支えていた腕に力を込めて起き上がり、見事に転倒した相手の顔を殴ろうとすると相手は腕を上げて防御しようとする。狙い通りだ。

 手首をつかんで肘に圧力をかけひっくり返して、うつ伏せにした。

 そのまま腕を頭の方に動かして、肩と肘を壊し、兜をつかんで、何度も地面に叩きつける。

 これだけゆすってやれば、外側は兜に守られても脳味噌シェイクの出来あがり。魔物とはいえ生物である以上、暫くは意識も戻らないだろう。

 周囲ではペールライダーがばらまいた火による炎と黒煙があがっている。

 衝撃でずれた仮面を外した。

 意識を失い緩んだ顔と黒髪が兜の隙間から覗く。

 続いて左手のガントレットと手袋を外した。

 リーアのものより大きく黒いソウルペブルが炎を受けて鈍い光を放つ。

 やはりな。

 こいつは過去の勇者のなれの果てなのか。

 あれだけ多種多様な魔法を使いこなし魔力切れを起こさないというのは異常だった。しかし、元勇者というなら納得がいく。

 そうだとするなら時間がない。

 勇者には時間と共にゆっくりと傷が癒えていく加護もあると聞いていた。

 ペールライダーを引きずっていき、ちょうど腰掛けるのにいい高さの岩の上に左手を乗せる。

 独特のリズムで呼吸をした。全身から汗が噴き出る。

 上着と肌着を力任せに引きちぎった。これで皮膚からの酸素吸入、二酸化炭素排出及び熱交換の効率が上がるはずだ。

 垣屋流の奥義はリミッターの解除。通常二、三割しか使っていない筋力を限界まで引き出すことができる。その代償として酸素の消費が凄いし、筋肉も高熱を発した。

 全身に力が満ち溢れる。

 左足を踏み込んで腰を捻り右の拳をペールライダーのソウルぺブルに振り下ろした。

 最強の硬度を誇るダイヤモンドも特定の角度からのたがねの一撃で粉々になる。

 最初は俺の拳が痛くなっただけのように感じるが、ソウルペブルに細かなヒビが入った。

 拳の痛みをこらえてもう一発ぶちかます。

 ピシ、ピシ、とヒビが拡大してソウルペブルが砕け散った。

 周囲には火が回り、呼吸するのも苦しくなってくる。

 俺はこの場から街道の方へと駆け出した。

 上から降ってきた燃えさしを左の手で払う。

 リーアの巻いてくれた髪の毛に引火し、チリチリと焼け落ちた。

 今まで受けていた支援が消えてガクリと体がよろめく。

 街道まで出たものの馬車が進んでいった方向も反対側も倒木が燃えさかっていた。

 三方が塞がっているとすると残りは一方向しかない。

 俺は火に追われるように駆け出すと崖から空中に躍り出る。

 放物線を描いて落下し木々に当たってピンボールの玉のように弾かれた俺は三度目の激突で意識を失った。


 意識が戻ったときに、いつの間に雨が降りだしたのかという疑問が浮かぶ。

 目を開けると泣きはらしたリーアの瞳が見えた。

「お兄ちゃん……」

 少し鼻にかかった声で呼びかけられる。

「本当に心配したんだからね」

 リーアの冷たい手が俺の髪の毛を撫でた。実に心地いい。

 一瞬だけためらうとリーアは身を屈めて俺の額の生え際に唇を合わせた。

 ほんの軽いキス。

 すぐに身を起こすとハンカチで涙を拭いて、リーアは少し大きめの声を出す。

「シグルが意識を取り戻したわ」

 扉が開く音がして、多くの人が枕元にやってくる。

 汎神殿に一緒に出掛けたメンバーの顔が揃った。

 皆が口々に俺を気遣う言葉をかける。

「俺はどうやってここに……?」

 最後まで残って見届けていた護衛の一人が虫の息だった俺を皆のところまで運んでくれたということを知った。

「ここはどこです?」

 畏れ多いことにオズワルド殿下が答えてくださる。

「ローゼンブルク郊外の宿屋だ。心配しなくても周囲は十重二十重に囲んである。さすがにペールライダーでもそう簡単には突破はできんさ。そうだ。礼がまだだったな。よくやったシグル」

「シグル。一人で殿しんがりを務めるとは大したものだ」

 ポウルも我が事のように嬉しそうだ。

「でもさ、お兄ちゃん一人で立ち向かうなんて危険すぎるわ」

「リーアも髪の毛を通して支援してくれていただろ。途中で燃やしてしまってすまん」

「それはいいんだけど、急にお兄ちゃんのことが感じられなくなるんだもん。びっくりしたわ」

 オズワルドが返事をしようとする俺を制する。

「骨折に打撲多数で意識が戻ったばかりなんだ。少しは休んだ方がいい」

 リーアが優しい子守歌のような旋律を紡ぐと俺は再び深い眠りに落ちた。

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