第37話 大混乱
次に目を覚ますと豪華なベッドの上にいることに気が付く。
揃いのお仕着せを着用した数人がやってきて俺の身支度を手伝った。
まるで赤ん坊のように俺を扱う人々に閉口しながらも質問する。
「リーア様、魔術師見習いのリーア様は?」
「外でお待ちです」
従者の制服よりは比べ物にならないほど立派な服を身につけさせられた俺は急かされて部屋の外に出た。
廊下も贅を尽くした装飾で分厚い絨毯に足が沈む。
俺の脳裏にむくむくと疑問が湧いた。ここはどこだ?
百メートルほど歩いて右にある部屋に案内される。
中には先ほどと同じ顔ぶれがそろっていた。
私服だったリーアが魔術師見習いの制服になっていることが気になる。
これまた立派な服装をしているポウルが前に一歩出た。
「それではこちらへ」
別の扉へと案内される。
一緒に進んでいるのはオズワルドとリーアだけで、他の二人は先ほどの部屋でお留守番らしい。
こちらの廊下には一定の距離ごとに歩哨が立っていた。
赤い派手な襟章は皇宮警備の衛士のもののはず。
ということは、ここは宮殿なのか。って、おい。なんの予告もなく意識がなかった怪我人をこんなところに運んでくるんじゃねえよ。
衛士は殿下が一緒のせいか全く誰何してこない。
廊下を進み入った小部屋にはカーラ・ボーネルン学園長がソファに腰掛けていた。
なぜにここに?
学園長が立ち上がる。
「さあ、陛下がお待ちかねよ」
「へ、陛下?」
裏返った俺の声には構わず、学園長が扉を押し開けた。
小部屋の中には長いテーブルが一つと椅子数脚があり、向こう側のお誕生日席には厳めしい顔の老人が座っている。
「陛下。ごきげんよう」
学園長が略礼をした。まあ、学園長はお偉いさんだからな。しかし、俺は最敬礼した方がいいんだろうな。
横目で窺うとリーアまで略礼しかしていない。
皇帝であるヘンボルグ陛下が声を出した。
「今日は非公式の場だ。堅苦しい礼は不要とする」
ポウルが前に進み出る。
「ではそうさせてもらいます。父上」
向かって右奥の席にポウルが進んでいった。
え? ポウルも皇帝の隠し子だったのか?
左側には学園長、リーア、俺の順に座る。
ポウルが口を開いた。
「見事に罠にかかりましたよ。ペールライダーを投入するとはかなり本格的な計画だったようです」
「無事で何よりだ」
「ええ。シグルが身を挺してくれたお陰ですね」
ヘンボルグ陛下が重々しくあごを引く。
「シグルよ。此度の活躍大儀であった。褒美は日を改めて与えよう。今日は一人の父として礼を言わせてもらう」
「あ、いえ、その。過分なお言葉頂きありがとうございます」
ポウルは今回の事件に関わっていそうな者の名を告げた。
「物証も揃いそうです。魔王に与して自分だけの安泰を計ったのか、それとも、帝位への欲がさせたのか。動機はまだ不明ですが、それは本人に聞いてみるしかないでしょう」
「そうか」
なんでこんな高度に政治的な話を俺が聞かされてるのか? 俺の疑問をよそに話が進んでいく。
「これは帝室に対する反逆です。明日、私の正体を明かして、その上で追討軍の総指揮官として赴任させていただきたく存じます」
誰か俺にこの状況教えてくれねえかな。
「よかろう。派遣軍の編成はマスタング侯爵に任せてある。長引けば禍根を残すだろう。一気呵成に処断せよ」
陛下は俺に向きなおる。
「勇者シグルよ。魔術師リーアと共に引き続き我が息子に手を貸してほしい」
情報が多すぎて頭が処理できず煙をあげそうだった。
返事ができないでいるとオズワルドが取りなしてくれる。
「陛下。シグルは目覚めたばかりで戸惑っているようです。簡単に事情を説明してよろしいでしょうか?」
陛下はうむと頷き、オズワルドが話を始めた。
暗殺されることを警戒してオズワルドとポウルの二人は入れ替わっていて、ポウルと名乗っていた方が本物の皇子。学園に入ったのは身の安全を図りつつ、将来有望な見習いを囲い込むためだという。
簡潔な説明ありがとう。ちっとも飲み込めねえけどな。
「実に有益だったよ。殿下も未覚醒の勇者や百年に一度という魔術師と親交を結ぶこともできたしね。他の有力貴族に囲いこまれたら大変だった」
「俺が勇者だと言うんですか? そりゃ髪の毛は黒いですが、魔法も……」
オズワルドは可笑しそうな表情をする。
「ペールライダーを倒したんだ。勇者じゃなくてなんだというのかい?」
リーアが小さな声で謝った。
「ごめんね。私がしゃべっちゃったの。髪の毛を通じて、お兄ちゃんと感覚の一部を共有してたから」
いやまあ、それはいいんですけどね。
リーアに確認したいことがあるが、余人がいる前でははばかられた。
学園長が割って入る。
「実地試験のことなら気にしなくていいわ。反乱鎮圧をもって試験に代えます。過去にも見習いが魔王との戦いに動員されたこともあるから、特別に有利な取扱いと目されることもないでしょう」
「リーアは了承しているのか?」
「ええ。早いか遅いかの違いでしかないもの」
俺はそういうことならと、皇帝陛下に向き直った。
「私が勇者かどうかはともかく、陛下と殿下のお役に立てるよう、できる限りのことは致します」
「うむ。頼んだぞ。では、余は政務に戻る」
一斉に席を立って見送るので、俺も同じように頭を下げる。
扉が閉まると同時に椅子に腰を下ろすと、はあ、と大きなため息が漏れてしまった。
「どうしたシグル?」
「どうも理解が追いつかないんですよ。殿下」
ポウル改めオズワルドは微笑を漏らす。
「前も言ったように名前で呼んで欲しいな。今日からはオズワルドとね」
「いや、それは畏れ多すぎます」
「そうか。今では君も勇者なのだがな。まあ、いいさ。これから陣中で過ごすうちに慣れてもらうから」
「いや、本当に俺は勇者じゃないですよ。リリージャル様も違うって言ってましたし」
カーラ学園長が俺の腕輪を目を凝らして見ながら言った。
「汎神殿で啓示を受けたのね。勇者ではないと言われたようだけど、リリージャル様には相当気に入られてるようよ」
「どういうことです?」
「だって、『我への供物』という刻印がされているもの」
へ? あの幼女神、なんて文言のものをプレゼントしてくれたんだ?
オズワルド皇子が話を引き取る。
「まだ混乱しているようなので、今日はこの後休むがいい。明日は僕の立太子と反乱軍に対する出師が発表される。まだ現時点では君が勇者という宣言はしないが、ペールライダーを倒したことは公にする。これから忙しくなるぞ」
そして、実務的な長い話が始まった。
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