第38話 栄光と出陣と
ようやく解放され、食事を済ませて割り当てられた部屋に引き上げるころには疲労困憊してしまう。
それでも、今夜中に確かめておきたいことがあった。
自分達にも情報が欲しい、というキャロルとシャーリーに後でと断りを入れて、リーアの部屋を訪ねる。
「なあに、お兄ちゃん?」
椅子に腰かけてリーアが首を傾げた。
俺は言葉を探すが単刀直入に聞くことにする。
「俺が目を覚ましたときに……、その、リーアがここにキスをしただろ?」
「うん。したよ」
だから何? 当然のように返されて俺は言葉を失ってしまった。あれか、俺が知らないだけで、九死に一生を得た家族への祝意を伝える一般的な行為だったりするのか?
前世と混じりあった現世の記憶を探るが、そんなはずはなかった。
困惑する俺を見てリーアの顔に悪い笑みが広がる。
「あれ? お兄ちゃん、ひょっとして意味が分からなかった?」
う……。喉がからんで返事ができない。
「なかなか意識がもどらないんだもん。すごく心配してたんだよ。目を開けたら安心しちゃって……。迷惑だった?」
リーアは俺の様子を面白がっていた。俺は何も答えられない。
「そうだ。私からも聞いていい? なんでお兄ちゃん上服着てなかったの?」
「木の枝にひっかかったのかな」
「上半身だけだったからいいけど、ちょっと破廉恥だったよ」
自分で破ったなんて、もう言えそうにないな。
「あ、そうそう。話は変わるけど、私の髪の毛を指に結んだじゃない」
話題が変わってほっとする。
「ああ。ありがとな。耐久力強化やら、俊敏性向上の支援、助かったよ」
「当然のことをしただけだから。それでね、目や耳の感覚も共有できるんだ」
「それで、ペールライダーを倒したのも分かったんだな」
「そうだね。あれが元勇者だろうというのもね。そのことはまだ誰にも言ってないけど。これからお兄ちゃんが勇者と呼ばれるかもしれないのに都合が悪そうだからさ」
「まあ、勇者が背信したというのはショックは大きいだろうな」
「でも、お兄ちゃん凄いね。ペールライダーを倒しちゃうんだもの。やっぱり勇者なのかもね。私も誇らしいよ」
リーアの顔には称賛が浮かんでいた。
「そうやって褒めてくれるのは俺が勇者だからなのか?」
「えー、全然違うよ。勇者かどうかなんか関係ないから」
「そうだよな。俺は勇者っぽくないし」
「自己評価が低いのは相変わらずだねえ。勇者というのは勇気をもって困難に立ち向かう人のことを言うんでしょ。お兄ちゃんは、子供のときからずっと私の勇者だったんだから」
なんかいい感じにまとめてない?
なんだか、事態が急変し過ぎて本当に眩暈がしてくる。
魔法も使えない一介の従者から、皇太子の友人で、勇者候補へジョブチェンジ。
「なあ、リーア。もし、俺が俺じゃなかったら、どう思う?」
「なにそれ。謎かけみたいなことを言うんだね。なんか最近ちょっと雰囲気が違うかもとは思っていたよ。やっぱり成人すると雰囲気変わるっていうけど本当だね。でも、お兄ちゃんはお兄ちゃんだから」
リーアは何かを思いついたような顔をした。
「そうだ。もうそろそろ本当にお兄ちゃんと呼ぶのはやめなきゃいけないね」
「いや、別に二人のときは今までどおり、お兄ちゃんでもいいけど」
「本当にそれでいいの?」
リーアが首を傾げて可愛らしく聞いてくる。
どういう意味だ?
真意を探ろうとするが、俺の眼力ではリーアの心を見通すことはかなわない。
「それじゃあ、シグルも頭が一杯だろうし、明日から忙しくなるから、もう寝た方がいいんじゃないかな」
「そうだな。熱が出そうだ。お休み、リーア」
挨拶をして部屋を出た。
俺に与えられた部屋に戻ろうとすると広間でキャロルとシャーリーに捕まる。
「シグル様。差し支えない範囲で教えてください。明日からリーア様と一緒に反乱軍の鎮圧に従事するというのは本当ですか?」
「ああ。本当だ」
「それでシグル様は勇者という話も聞きましたけど」
俺は左手を示す。
「魔法も使えないし、黒いソウルペブルもない。俺は勇者ではないさ」
「でも、ペールライダーは倒されたのですよね?」
「まあ、そうだが……」
キャロルは喜色を浮かべた。
「何を喜んでいるんだ?」
「従軍するということは勝って凱旋したらリーア様は一足早く卒業です。従者の仕事もお役御免になりますから、今度はシグル様にお仕えしようかと」
「そういうことでしたら、私も一緒にお願いします」
シャーリーも頭を下げる。
俺は疑問を呈した。
「少し気が早くないか?」
「ぜんぜんそんなことはありません。シグル様がやはり勇者ということになったら、色々と押しかけてきますよ。過去例に倣えば少なくとも五、六人は愛人が必要でしょうし、その枠に立候補します」
「いや、俺は勇者じゃないから。それじゃ、疲れたんで俺は寝る」
鼻息も荒く迫ってくる二人をかわして自分の部屋に向かった。
立派なベッドに身を投げ出す。
俺が勇者ねえ。
幼女神リリージャルの言うことが正しいなら、俺はこの世界の神が召喚した勇者ではない。まあ、黒色のソウルペブルもないし、他の加護もないから発言は本当だろう。
俺は身体が頑健なことだけが取り柄の地球人だ。
父から一子相伝で継承した格闘技が使えるというのはアドバンテージではある。
それにこの世界の住人は基本的に魔法が使えるために、肉弾戦においても魔法を使うことが前提のようだ。
だから、単純な殴る蹴るの動作はあるが、投げ、関節技、当て身などの技が存在しない。
人間や人型のモンスターに対しては俺はかなり有利に戦えるだろう。
勇者であるとの呼称は固辞しつつも、実績を積み上げていけば、リーアの側にいても遜色ないぐらいの評価は得られるかもしれない。
私の勇者か。
リーアも嬉しいことを言ってくれる。
妹であるという障害はあるが、今までのように出来損ないの愚兄という引け目は感じなくて済みそうだ。
垣屋流の技は一子相伝なので、俺も実子を持つか、養子を取らなければならない。
伝承者である俺が異世界に来てしまったとはいえ、俺の代で伝統を途切れさせるのも心苦しかった。
できうるならば、俺の実子に技を伝えたいし、子を為す相手はリーアがいい。
前世で惹かれていた早乙女さんの面影があるということだけでなく、現世における十数年の歳月が作り上げた慕情は消し難かった。
とりあえずは、当分の間リーアの側に居られる名分と立場を手に入れたことを喜ぼう。
折角の第二の人生なのに、人類の期待を背負って魔王と戦うなんていうのは御免こうむりたいのが本音だ。
できれば、どこか田舎でのんびりと生きていきたい。
しかし、責任感の強いリーアはそんなことを了としないだろう。
責任を果たし、実績を積み上げていけば、どこかで俺を一人の男として認めてくれるかもしれない。
そんな細い期待の糸が切れなかったことを感謝しつつ眠りについた。
翌日、お仕着せを着せられて、オズワルドの立太子宣言の場に立ち会う。
正式な式典は凱旋してからということで、簡素なものだった。
オズワルドとポウルが今まで入れ替わっていたことは周囲から驚かれたが、俺が想像していたほどではない。
魔の手を逃れて生き延びたことの方が重要なのだろう。
どちらかというと俺がペールライダーを倒したということの方が驚愕を巻き起こしていた。
皆の熱い視線で注目を浴びて恥ずかしいったらありゃしない。ただ、その中にリーアの誇らしげな顔が混じっていたのには気持ちが高揚する。
続いて、今回の事件の黒幕の名が発表され、直ちに懲罰の軍が使わされることが公表された。
アンリ・シャーテン公爵の名は衝撃とともに納得の声で迎えられる。
野心家であり、有力な貴族とも縁戚関係を結んでいるらしい。
元々、魔族に対する強硬派の急先鋒だった。
それが、どうして手を結んでオズワルド暗殺などということを企んだのかは分からない。
しかし、ことが露見した以上は時間を空けず、他の貴族に動揺が広がる前にシャーテン公爵を打倒する必要があった。
本物のポウルの父であるマスタング侯爵が整えた精鋭三千に合流する。
魔術師見習いのうちからの志願者も数人が居た。
例の三大派閥の領袖も顔を揃えている。三人とも係累に反乱軍に与した者がいるらしく、ほぼ強制的に参加ということらしい。まあ、旗幟を明らかにしないということは即ち叛意ありとみなされるということかな。
ここで点数を稼がないと連座で罪に問われるとはお気の毒に。
純粋な志願者の中にはジェシカの顔も見え、俺たちに手を振ってみせる。
オズワルド殿下に従って侯爵の側近に引き合わされた。
場違いに背が低いものが居る。
「ペールライダーを倒したシグルというのはそなたか。私はリリー、以後よろしくな」
い?
幼女姿のリリージャルは片目をつぶってニシシと笑った。
表情を取り繕うに苦労する。
リーアが忙しく視線を動かしたところで、進発を告げる鼓が打ちならされた。
「それじゃ、行こうか。シグル」
俺に向かって手を差し出してくる。
その手を握りしめながら、俺は新たな一歩を踏み出したことを感じていた。
***
コンテスト用に当初構想した時点まで進んだのでここで一旦ここで更新を停止とさせていただきます。
ドラゴンノベルスコンテストに応募していますので、読者選考期間中に☆をぽちっとしていただけると作者が喜びます。
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こちらもよしなによろしくお願いいたします。
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無断転生 新巻へもん @shakesama
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