第22話 従者戦
エリーシャ魔法学院での授業が始まって一か月が過ぎる。今日までは大きな事件は起きていなかった。すくなくともリーアの周囲は平穏な時が流れている。
キャロルが危惧していたところでは、そろそろ何か騒ぎが起きてもおかしくはない頃らしい。
しかし、今年の入学生に関しては特殊な事情がある。
皇子オズワルド・クーケバルトの存在は学園生活に安寧と秩序をもたらしていた。
圧倒的な権力者の前では他の三派のリーダーも迂闊なことはできないらしい。
キャロルが言うには、ここ十数年で皇位継承者が次々と亡くなったことで、帝室と貴族との力関係に変化が生じ、以前に比べれば相対的に帝室の力は落ちているそうだ。
それでも面と向かって皇子に異を唱えられるわけではない。
女性関係の不行跡が案じられたティーゲも今のところは大人しくしているようだ。まあ、ティーゲの従者が少しやつれたように見え、途中で一人交代しているのだが、余人が口を挟めることでは無かった。
オズワルドは礼儀正しく尊大なところが無い。従者のポウルに対する態度も他の貴族の子弟のものとは大違いである。
俺なんかには優等生過ぎて面白みがないと感じられた。
ただ、上に立つ者として正しいとキャロルに評されれば、ああそうですね、と返すほかない。
「あ、でも、恐れながら私には殿下よりもシグル様の方がずっと上です。ご心配なさらず」
俺の反応を見ながらキャロルは訳の分からないアピールをする。
それはさておき、リーアのオズワルドへの評価も高かった。
「さすがはオズワルド殿下だわ」
その感慨深げな発言は少々俺の心をざわめかせる。
オズワルドは週に二度はリーアと食事を共にしていた。
もちろん他の有力貴族の子弟と同席する日もあるが、頻度から考えればリーアを重要視していることは誰の目に明らかだ。
面と向かってリーアを口説くようなことはないが、楽し気に談笑している姿を見るのは面白くない。
さらに俺を閉口させるのは、俺の気持ちを知りもしないオズワルドとその従者のポウル・マスタングの二人ともが俺に対しても実に礼儀正しいのだ。
どうも俺がリーアの兄ということは最初から把握していたっぽいので、その点が影響しているのだとしても、その態度に瑕瑾を探すのは難しい。
ただ、今日と明日はオズワルドのことを気にしてはいられなかった。
魔術師見習いはこの二日間ぶっ続けで、精神集中のための修行を行うことになっている。
疑似的に個室のような空間を作り出して修行をするため、俺たち従者の出番がなかった。
その時間を利用して、従者同士が模擬戦をするというのが、恒例行事になっている。暇を持て余した従者が騒ぎを起こさないように学園の管理下で競わせようという意味もあるらしい。
そんな催しがあるとキャロルから以前聞かされていたが、それがいよいよ開催されるのだった。
二百名を超える従者が全員で戦うということになったら、二日ではとても終わらない。
もちろん、複数の従者が仕えている場合は荒事はしない者もいるので全員参加というわけでは無かったが、それでもかなりの人数になった。
それを解消するため、予選は人型人工義体と従者が戦う方式になっている。
三階のリーアの部屋を担当するラクアとその同型機を相手に従者が挑む戦いが、大講堂のそこここで行われた。
二十歩四方のエリア内で戦い、相手の背を五つ数える間床につけたままにするか、エリア外に出すか、参ったと言わせるかすれば勝ちというルールである。
武器は持ち込めないが、魔法の使用は禁止されていなかった。
俺には不利なようだが、そうでもない。
人型人工義体の陶器のような滑らかな肌は対魔法防御効果も付与されている。
一般人程度の魔力では攻撃魔法は通らない。
なので、自分の素早さや、力強さ、耐久力を底上げする魔法が主に使われていた。
俺はそういう魔法が一切使えないが、使う必要がないほどに鍛えてある。
だから、魔法を使えないことによる不利さはなかった。
人型人工義体との戦いが始まるとあちこちで驚愕の声が上がる。
普段は身の周りの世話をしている小間使いと思っていた相手が、手練れの戦士であることが判明したのだった。
なめてかかった従卒が次々と敗北する。
後で知ったが、人型人工義体は人の約二倍の比重をもつ素材で構成されていた。
重さはパワーである。
自分の体重より軽い相手を抱きかかえるのはそれほど難しくない。
男性が女性を横抱きにしているシーンを見たことがある人も多いだろう。
あいにくと俺自身に女性を持ち上げる経験はないが、故郷の悪ガキ仲間が新妻を抱え上げるのを見たことはあった。いわゆるお姫様だっこというやつだ。
一方で自分の二倍の重さがある相手を持ち上げるのはかなり難しい。
お祭りなどで大きな石を抱え上げる催しが行われるのは、それが達成困難だからこそ見せ物になる。
ほとんどの従者は人型人工義体にぶつかると持ち上げられて丁寧にエリア外に運び出されていた。
今まで居丈高に命令していた相手が、その気になればいつでも自分を簡単に排除できるということを知って渋い顔をする。
歴代の学園長が、従者同士のトーナメントという一見騒がしい行事を認めているのは、人型人工義体の実力を思い知らせるという目的もあるのかもしれない。
俺の順番が回ってくる。
相手はラクアだった。
「シグル様。よろしくお願いします」
丁寧にあいさつをしてくるラクアに俺も礼を返す。
「あいつ、人型人工義体相手に頭を下げてるぜ」
これ見よがしな声が聞こえたが聞き流した。
今までの戦いを見ていれば、十分に敬意を払う必要のある相手だということは分かっている。
さて、どうやって戦うべきか。
痛覚や急所というものがない相手に、パンチやキックという打撃を与える技は効きが悪そうだ。
それに、以前興味本位からお願いしてラクアに触らせてもらったことがあるが、滑らかな表面は十分な硬度も持っていた。
不用意な打突はこちらの拳などを痛めるかもしれない。
相手との距離を慎重に測りながら対峙した。
ラクアは滑らかな足取りで距離を詰めてくる。
俺は枠線からはみ出さないように斜め後方に円を描くように下がった。
観戦者からヤジがあがる。
「おいおい、逃げてばっかりだと勝てないぜ。さっさと降参した方がいいんじゃねえか。魔法も使えないんだし」
それを受けてラクアが声をかけてきた。
「シグル様。私のことなら心配無用です。遠慮なく攻撃してください。簡単に負ける気はありませんけど」
日頃、色々と世話になっているので気が引けていることを見透かされている。
「すまん」
様子見のパンチをラクアの顔面に放つが、腕をつかまれそうになって、急いで引っ込めた。
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