第23話 ポウル・マスタング

 ラクアも俺に対して積極的な攻撃をしてこない。

 怪我をさせないために、腕を捕まえて足を止めてから体ごと持ち上げてエリア外に運んでいくという戦法しか取らないようにしているのだろう。

 ラクアの動きはそれほど早くない。

 また、可動部はその性質上どうしても他に比べれば強靭さに欠ける。

 しつこくその部分に攻撃を加えれば破壊することは不可能では無さそうだった。

 ただ、俺としてはラクアを破壊したくない。

 自分の気持ちとして気が進まないというのもあるが、リーアに呆れられそうな気もしていた。

「え~。お兄ちゃん。ラクアを壊しちゃったの? 普段あれだけお世話になっているのに?」

 白い目で見られるのは避けたい気持ちがある。

 ただ勝つだけでなくリーアに顔向けできないような方法は取らないというのは困難度は上昇するが不可能ではないだろう。ただ現時点ではそんな方策は思い浮かばない。

 バックステップを繰り返しながら、距離を測った。

 牽制のための軽いパンチを左手で放つ。

 踏み込みが浅いのでラクアの体には届かない。

 ラクアが俺の手を捕まえようと腕を伸ばしてくる。

 そこからの動きは自分でも意識しないものだった。

 右足をひねって踏み込みつつ、右手で下からラクアの右腕を捕獲する。

 右足を軸に左脚を旋回させ、同時に腰を落として、右腕を振り下ろした。

 左手を後ろに回してラクアの脚を押し上げるように添える。

 俺の体の上を通り、さらに枠線を越えてラクアの体が飛んでいった。

 派手な音を立ててラクアの体が着地する。

 俺は素早く立ち上がると側に駆け寄った。

「ラクア。大丈夫かい? どこか壊れなかったか?」

 両腕をついてラクアが立ち上がる。

 頭を左右に振るように動かした。

「一部外骨格が壊れたようですが、交換できるのでご心配いただく必要はありません。この勝負、勝者シグル!」

 あっけに取られていた観客からバラバラと拍手があがる。

 熱心に手を叩いていたキャロルのところに戻った。

「いやあ。さすがですね。シグル様」

 周囲を見回して声が届く範囲に誰もいないのを確認する。

「私が見こんだだけのことはあります。ますます惚れました」

 上目遣いで熱い息を吐いた。

 俺の表情と白い目に気が付くとキャロルも真面目な顔を取り繕う。

「ところで、後学のために伺いますが、ラクアを飛ばした技、あれは何なんです? 青系統の魔法で相手を浮かして飛ばした、とかでしょうか?」

 俺は苦笑して左手の甲を見せた。

「おいおい。俺が魔法を使えないというのを忘れているぞ」

「いや、でも。そうとしか考えられません。え? 魔法を使わずに自分より重い相手を飛ばすことができるのですか?」

「まあ、俺も勝手に体が動いたのでよく分からないんだ」

 またキャロルは声をひそめる。

「ということは、私がシグル様に襲い掛かれば、ベッドに投げ出されて、そのまま本能のおもむくままに後ろから……」

 慌ててキャロルのほっぺをつまんだ。

「にゃにするんにぇ」

「時と場所を考えろ」

「分かりました。では、今夜改めて」

 諦めが悪いというか、ふてぶてしいというか。

 俺はガクッときたが、キャロルが余計なことを言わなくなったのでそれで良しとした。

「それで、他の従者たちはどんな感じだ?」

「今のところですが、ウォレンは勝ってますね。他には、似たような体格のが二名、他にそれほど体が大きくないのが、一人勝ち残ったようですね」

「そうか。体が大きくないというのは誰だ?」

「殿下の従者のポウル・マスタングです」

「長身できびきびとした印象だが、確かに身幅はそれほどでも無かったな。どうやって勝った?」

「あれを見てください」

 キャロルが指さす方を見る。

 ラクアと同型の人型人工義体が変な姿勢で仰向けになっていた。

「あれは……どういう状態なんだ?」

「ポウルさんのソウルペブルは褐整石と呼ばれるタイプです。魔力を実体化させるのに長けているようですね。身長ほどのポールウェポンを錬成して膝を破壊してました。ほとんど一方的な勝負でしたね」

「髪の毛が茶色だしな。そういうのが得意なのかもしれないが、それにしたって、リーアでもこれぐらいの剣を作るのにかなりの時間がかかっていたぞ。ゆっくり十を数えるぐらい集中していた」

 俺は肩幅ぐらいの長さを示す。

 それの五倍ほどともなれば、時間も比例して必要になるだろう。

 人型人工義体が抱え上げて枠線の外に出すのに十分な時間だ。

 まあ、リーアは魔法に関しては器用な方だが、魔具の錬成をする茶系統はあまり得意としていない。

 それにしても……。

「ポウルさんは恐らく魔術師見習いと遜色ないかそれ以上の魔法の能力を有しているということです。さすがは皇太子殿下の護衛を兼ねる従者といったところですね。従者を一人しか連れていないのは変だと思ってましたが、他に必要ないということなのでしょう」

 噂をすれば陰と言う。

 当の本人が俺たちの方にやって来ていた。

 後ろを振り返って他にポウルが目指していそうな従者の当たりをつけようとする。どうもそれらしい相手はいない。

 ん? ひょっとして俺に用があるのか?

 予想が当たり、律動的な足取りのポウルがあっという間に俺の目の前に立つ。

 首を少し傾けた姿勢で俺を見つめると儀礼的な笑みを浮かべた。

「シグル。君も予選を通過したようだね。しかも何か変わった技を使ったそうじゃないか」

「ポウル殿も勝利を収めたそうで、おめでとうございます」

「前も言ったが、僕に敬称は不要だ。お互いに従者という立場であるし、使える主同士もフランクに呼び合っている。それに倣って欲しいな」

 気軽に言ってくれるが、周囲はそういう目で見ちゃくれないんだぜ。

 ポウルは俺の心を読み取ったらしい。

「他の人々も今日からは認識を改めるんじゃないかな。人型人工義体に勝てたのは、ほんの一握りだ」

「勝ったことをいいことに思いあがっている、と評価されそうな気もしますが」

「そうか。君に負担をかけるのは本意ではない。まあ、いずれ機が熟したら遠慮せず、僕のことは呼び捨てにして欲しい。それよりもだ。君が使った技について教えて欲しいというのは僕の我儘に聞こえるだろうか?」

「明日、決勝戦で当たるかもしれないですからね」

「手の内は秘匿しておきたいか。まあ、それは当然だろうな。とりあえず、僕の方は君に見せておくよ」

 ポウルは口早に呪文を唱えた。

 左手に縦横の格子模様が浮かんだと思うと、一呼吸する間にポウルは長い棒を手にしている。

 早い。

 もし、明日決勝戦で当たれば、武器を持つ相手に俺は無手で立ち向かわなくてはならないということを痛感させられていた。

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