第24話 思惑
ポウルは俺が認識したのを確認すると手を振って武器を消す。
俺は戸惑いながら質問した。
「手の内を晒しちゃっていいのですか?」
「ああ。君とは死力を尽くしてぶつかり合いたいからね。それが……オズワルド殿下の望みでもある」
「どうしてオズワルド殿下の名前が出てくるのですか?」
「これから言う不躾な発言は許して欲しい。君は魔法が使えない。しかし、リーア殿の兄でもあり、信頼されている。もう少し立場の向上にも意識を向けて欲しいということかな」
「よく分かりません」
「優秀な魔術師見習いの従者で兄というのはなかなかに難しい立場だということだよ。ああ、そんな顔をしなくていい。少し踏み込んだ発言という自覚もあるんだ」
やはり、リーアのことをそれなりに意識しているということなのか。
俺は動揺を抑えようとする。
相手は皇子だ。リーアさえ異存がなければ俺がどうこう言える話ではない。
ただ、万が一、リーアにその気がないときは厄介なことになりそうだった。
俺は話題を逸らそうと別のことを尋ねる。
「ところで、ポウル殿。人型人工義体があんな風になるまで破壊する必要はあったのでしょうか?」
「その言い分だと、僕が必要のない過度な力を振るったというように考えているのかな?」
「まあ、洗濯などで世話になっているわけですし」
「なるほどな。でも、シグル。君は少し思い違いをしているようだ」
「思い違いですか?」
「もし、人型人工義体がリーア殿を狙ったらどうする? 誰かに乗っ取られる可能性だってゼロじゃないんだ」
「もちろん、そのときは全力でリーア様を守ります」
「そうか。しかし、人は急に全力が出せないものだ。相手の実力が分からないならなおさらね。だから、強さを正確に知っておく必要がある」
「それはそうかもしれないですが……」
「僕はね、人型人工義体をいざというときに破壊できるか確認した。もちろん、今回は移動を封じるために脚を破壊しただけだ。それと、一つ忠告するよ。あまり対戦相手のことを気にかけすぎると、結果的に自分の大切ななものを守り切れなくなるかもしれない」
俺はポウルの言わんとすることを考えた。相手の見た目に惑わされず誰相手でも容赦するな、ということかな。
俺からも質問しても問題ないよな?
「もし、明日俺と戦うことになったら、手加減はまったくしないのですか? 魔法を使えない相手に対しても全力を尽くすと?」
「ああ、そのつもりだ。治療してくれる魔術師も控えているしね。手加減をする理由が全く思いつかないよ」
「そうか。では俺も気を引き締めた方が良さそうですね」
「そうすることをお勧めするよ」
ポウルは表情を改めると、声を一段と落とす。
「僕はずっと一人で戦ってきた。そうしなければならない理由があるし、その方が性にあってるからね。でも、数は力だということも分かっている。当然、君も理解しているから、あの彼とトラブルになったときに決定的な行動を控えた。そうだろう?」
さりげなくジェシカの従者のウォレンを示した。
どうも色々と調べているらしい。
「僕は君に期待しているよ」
ポウルは勝手なことを言うと一礼して去っていった。
まったくなんだってんだ?
横を見るとキャロルが目を伏せる。
意見を聞いてみたいが、今はそのときではないと態度で示されれば仕方ない。
確かにポウルとの会話は周囲の注目を集めていた。
大人しく残りの試合を観戦する。
結果的に十五名が通過していた。
やはり、大柄な男が多く残っている。
宿舎に引き上げ私室に入るとキャロルがやってきた。
「昼間のポウル様の発言、気にされてますよね?」
「まあな。あれは殿下がリーアに対して思うところがあるということだろう?」
「やはり、そういう解釈ですか。でも、私の見立ては違いますね」
「どういうことだ?」
俺は見るとはなしに見ていた手のひらから視線を上げた。
「主のプライバシーに言及するというのがポウル様の人となりにそぐいません。従者というよりは身分を超えた親友だとしてもです」
「そうかもしれないな。だとしたら、あの曖昧な言葉は何だったんだろう?」
「単にシグル様を皇子殿下の身を守る盾となりえるか見定めるつもりなのではないしょうか? たぶんポウル様は純粋にシグル様を僚友候補として考えているんだと思います。明日の結果次第では、正式に申し入れてくるかもしれませんよ。殿下も優秀な人手は欲しいでしょうから」
「魔法も使えない俺をか?」
ついそんなことを言ってしまう。
「使わなくても予選は通過しましたよ」
キャロルは椅子から立ち上がるとベッドに座る俺の手を取った。
「何をするつもりだ?」
「リーア様の代わりに励まそうかと。まあ、色々と思うところはあるでしょうけど、明日もシグル様のすごいところ見せつけちゃいましょうよ」
信頼していることを示すかのようにぎゅっと俺の手を握る。
「ああ、そうだな」
「そうですよ。シグル様が思わぬ不覚を取らないように、私もこれ以上は我慢しているんですから。戦いの前は控えるというのが戦士の常識ですし」
キャロルは、何かを耐えているというような顔をする。
なにを控えるように我慢しているのやら?
先日も最後までしなければセーフなどと謎な理屈を唱え、俺を誘っていた。
まさか、リーアが居ないことをいいことに今夜も誘惑しようというんじゃないよな?
リーアが妹でなければ気の迷いは生じず一途に思い続けるだろう。
しかし、兄妹という壁は厚く高くそびえたち、俺の思いが成就するのは相当に難しかった。
キャロルが俺に示す態度には打算以外のものもしっかりと感じられる。
魔法が使えないことについても、心底どうでもいいと考えていることも分かっていた。
僅かな気の迷いに似た感情の揺れを悟られないように、気だるげな声を出す。
「ということで、明日に備えてそろそろ寝たいんだが」
キャロルはため息をつく。
「ポウル様に関する疑問が解消したら私は用なしですか。いえ、嘘です。ちょっと甘えて拗ねたことが言ってみたかっただけです。それじゃ、おやすみなさい」
二本指で投げキッスをすると部屋を出て行った。
リーアが居るところでは間違ってもしないように明日の朝忘れずに伝えておこう。
こんな姿を見られたら、キャロルも俺もどんな目で見られるか分からない。
一人になった俺はベッドに寝転がり天井を見上げる。
皇子付きになるというのは名誉でもあり、出世も約束されているも同然だ。
もちろん、リーアが俺を側に置いておきたいという限りは、俺も主を変えるつもりは毛頭ない。
けれど、リーアが隣に立つ誰かのことを優先するようになったときに、俺も身の振り方を考えなければならないのだった。
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