第25話 本戦

 予選を勝ち抜いた十五名が大講堂の中央に並ぶ。

 一人ずつ前に進み出ると人型人工義体が持つ木箱の中に手を突っ込んで、糸を引っ張り出した。

 糸の先端には色がつけてある。

 俺が引いたものは赤の二本線が引いてあった。

 片隅に設置してある大きなパネルの下の枠に名前が書きこまれていく。

 こうして、決勝戦の対戦相手が決まった。

 十五人なので一人不戦勝が出る。

 残念ながら俺ではなかった。

 ポウル・マスタングになったのは、果たして偶然だろうか?

 まあ、そこを詮索してもしかたない。

 それに、俺がポウルに当たるのは、勝ちあがった決勝戦になる。

 俺の相手は、大柄な男で、学園の三代派閥の一角を占めるオウル・ジークテンの従者の一人だった。

 この男は親分の威光を笠に着て、いつも自信満々に辺りを睥睨している。

 聞こえよがしに魔力が低い従者を馬鹿にした挙げ句、俺の方を見てゼロよりはマシかと大笑いをしていたやつだ。

 階段状になっている観客席の中を見回した。

 キャロルの視線と交錯する。

 オウルに含むところがあるキャロルとしては、ぜひとも勝って欲しいところだろう。多少はオウルの体面に泥を塗ることができるはずだ。

 あまり生産的とはいえないが、その気持ちは理解できる。

 残りのメンバーを見渡した。

 女性が二名混じっている。

 一人は、ナターシャ・ドロイゼンの従者で、もう一人はティーゲ・ショーテルの取り巻きをしている魔術師見習いの従者だった。

 ナターシャの従者は男っぽさを感じさせる容貌だが体はそれほど大きくない。

 もう一人は、ほとんど男性と見まごう巨体をしていた。

 今日は従者の制服姿では無く、六つに割れた逞しい腹筋を晒している。

 どういう体格だろうと、いずれも昨日予選を抜けてきた強者ばかりで侮ることはできないだろう。

 俺は第一回戦の第五試合だったので、それまでの間は、他のメンバーの戦いぶりを観戦した。

 まあ、他にすることがないからという程度でそれほど真剣に見てはいない。

 このブロックにはポウルが居た。

 まず決勝戦にはポウルが勝ちあがってくると見て間違いがない。

 あっさりと勝利をもぎ取ったポウルの試合以外はデカブツ同士の対戦が多いが、そのパターンの試合は大味なものとなった。

 最初に自らを強化する呪文を唱えると、殴る蹴るの応酬が続く。

 どうも耐久力をあげてあるようで、お互いにふらふらになりながら、いつまでも手足を出していた。

 顔が腫れて目がほとんど塞がったような状態でも攻撃の応酬が続く。

 そんな状態なので空振りも多かった。

 ついに片方が伸びて横たわり勝者が決定する。

 別の試合では男性のような大きな体格の女性が勝ち残った。

 こちらは時間的にはそれほどかかっていないが、単調なところについては大差が無い。

 俺の出番になったので進み出た。

 相手は自信満々で、俺のことを見下ろすと鼻で笑う。

「相手が悪かったな。魔法も使えず、体格差もある。大怪我する前に降参した方がいいぜ」

 俺に対する挑発は聞き流した。

「試合開始!」

 その掛け声と同時に俺は一気に間合いを詰める。

 相手はまだ口を動かしている最中だった。

 左手の甲には黄色い火花が浮かんでいる。

 どうも俊敏性を高める魔法を使うつもりだったようだ。

 俺はダンと踏み込むと片脚を高く上げて口元に蹴りを放った。

 上半身を逸らしたところで脚を下ろして鳩尾めがけて肘を鋭く振り上げる。

「ぐ……」

 見事に肘がめり込んで、相手の動きが止まった。

 相手はそれでも両腕を下ろして俺を捕まえようとする。

 右側に避けると腰を落して体を半回転させ、相手の膝裏を蹴り抜いた。

 がくりと片膝をつき頭が下がったところに飛び上がり、組んだ両手を相手の頭に振り下ろす。

 それで相手は床に沈んだ。

 少し下がって距離を取る。

 審判を務めていた教師が俺の勝利を宣言した。

 ざわざわという声がゆっくりと広がっていく。

 昨日と同様にエリア外に押し出すという予想だったのだろう。

 よく分からない動作だが、少なくとも人型人工義体をそれで破っていた。

 それが予想に反して積極的に攻勢に出た上に、ほとんど時間もかからずに相手を失神させている。

 しかも、かなりの腕前を有すると目されていたオウルの従者が一方的に負けたことが衝撃だったらしい。

 町中で絡まれたときのことを目撃していたキャロルやウォレンは別にして、俺のこのような動きは想像の外だったようだ。

 もっとも、俺自身もこの一連の攻撃の組み合わせは意識して行ったものではない。

 戦いの場面になると自然と体が動いていた。

 自分の席に戻ると残りの試合を観る。

 今後俺と当たることになるのでそれなりに真剣に観察した。

 次の試合の一人はジェシカの従卒で俺を殴ったこともあるウォレンで、その相手も似たような体つきである。

 キャロルと同様に俺の動きを以前見て知っているウォレンと違い、その対戦相手は初めて俺の戦いぶりを見て動揺が激しいように見えた。

 案の定、精彩を欠いた動きでウォレンにイニシアチブを取られたまま試合が推移し、腰が引けたところをウォレンに抱え上げられて、枠線の外へと運ばれる。

 負けを認めたくないのか、ウォレンを殴ろうとしてその腕を払われていた。

 残りの二試合の様子も熱心に観察する。

 第一試合が終了して、第二試合が始った。

 俺の対戦相手はウォレンである。

「お手柔らかに頼みますよ」

 そんな調子のいいことを言った。

 今ではリーアとジェシカが親しくしているのだから、過去のことは水に流して欲しいということらしい。

 試合が始まると明らかにウォレンの腰が引けていた。

 顔に向かって素早く小さなパンチを放つとびくっと腕を上げて顔を守ろうとする。

 視界が塞がれたところで、ウォレンの後ろに回った。

 俺を見失ったウォレンの腰を力いっぱい蹴っ飛ばす。

 とっとっと、と数歩前に出てよろめいた。

 俺は距離を詰めるとこちらに振り向こうとしているウォレンの顎を伸ばした拳で殴る。

 さらにきりきり舞いをしてようやく姿勢をウォレンが立て直した場所は、場外だった。

 俺の勝利が宣言される。

 自分の席に戻ろうとする俺にくっついてきたウォレンは、顎を手で撫でながら声を出した。

「これで、昔のことはチャラってことにしてもらえますよね?」

「お前、真面目に戦っていないだろ」

「そりゃそうですよ。さっきの相手みたいにぼっこぼこにされて気を失うなんて真似はしたくないですからね。シグルさんに当たった段階で綺麗に負けることしか考えていませんでした。それでも、結構痛いんですよ」

 俺の顔色を窺うように見てくる。

 なかなかの役者だった。

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