第26話 決勝戦
第3回戦では明るい金色の髪の女性と対峙する。華奢な体は明らかに俺が全力でぶん殴ったら大事になりそうだった。
うーん、困ったな。
もし、大怪我でもさせたら、リーアはあまりいい顔をしないだろう。
この女性からは侮蔑の表情を浮かべたり、嫌がらせを受けたことがあるわけじゃない。
第1回戦のようなでかくて尊大な相手を叩きのめすのとは訳が違った。
ふと女性の向こう側に陣取り観戦しているポウルと目が合う。
興味深そうな表情を浮かべていた。
昨日の発言が蘇る。
相手の見かけ次第で全力を出さないことを避けないと痛い目を見るぞ、とその目が言っていた。
まあ、俺は俺らしくやるしかない。
改めて女性の姿を観察する。
ベリーショートの髪型と凛々しい顔立ちが男性っぽさをかもしだしているが、背丈も高くなく体重は軽そうだった。
そして肝心な左手のソウルペブルの大きさを見る。
ヒヨコ豆ほどの直径は一般人としては平均を上回るが、派手な魔法を何発も打てるほどではなかった。
女性は第一回戦で雷撃の呪文を放って相手を倒している。
結構いい体格の男をノックアウトしていたので魔力はかなり消耗しているだろう。
そんなことを考えていると、試合開始が宣言される。
女性は左手の中指と薬指の二本を曲げて真っ直ぐ俺を指しながら後ろに下がった。
雷撃だ。慌ててダッシュして距離を詰めようとする。
時間の進みが遅くなったように感じられた。
女性の口角が上がり左手から閃光が走る。
俺は体を捻って素早く左前に飛んだ。
俺の右胸のそばを黄色い光芒が過ぎ去っていく。
女性の顔に驚愕の表情が浮かんだ。最初から魔法の初撃をよけて反撃する作戦だったというのは読めなかったらしい。
俺はタンと左足で床を蹴り進行方向を変更すると最後の数歩を詰めて身を屈めると女性の下半身にタックルをする。
そのまま担ぎ上げた。
試合場の枠線まで進む。
その間、諦めたのか女性は暴れないでいてくれることに安心していたら、いきなり腰に衝撃と痛みが走った。
普段からリーアにお仕置きされていていなければ膝からくずおれたかもしれない。
また、女性の残りの魔力もフル出力で打つほどは、残っていなかったのだろう。
甘いような痺れを残しつつも俺はラインの際まで進むと腰をかがめて、女性をそっと場外に降ろした。
俺の勝利が宣言されると女性は唇を噛みしめる。
「全力ではなかったとはいえ、私の雷撃を受けて歩けるなんて……」
俺は手を差し出し、女性の手首をつかんで引き起こした。
自席に戻るとキャロルがやってきて俺を気遣う。
「腰に一撃受けていたけど大丈夫なの? 外れた雷撃の魔法が当たった子が大怪我をするほど威力があったみたいだけど」
「ちょっとビリっときたけどな」
「なに嬉しそうな顔をしているのよ?」
俺はリーアによる調教が進み過ぎているのかもしれない。
出力を下げた雷撃の呪文を受けるのが少し気持ちいいと言ったらキャロルの熱が少しは冷めるだろうか?
いや、熱心に雷撃の呪文の練習を始めそうだな。
俺は顔を擦った。
「いや。一応決勝までは進んだな、と思って。次は正直厳しいが」
難なく勝ち残ったポウルは、これまでの三試合をほとんど時間をかけずに勝利を収めている。
試合開始とほぼ同時に手にした長柄武器を使って一方的に蹂躙していた。
先端の湾曲した部分を使って足を引っかけて転倒させ、次の瞬間にはぴたりと眉間に長柄武器が擬せられている。
武器の扱いにも慣れているという特性と、物を錬成する茶系統の魔法に優れている点が見事に噛み合っていた。
「あのソウルペブルじゃ魔力切れは起こさないだろうな」
「無理でしょうね。魔術師見習いとして入学が許されるぐらいの魔力は十分にあるでしょうから」
「なんか、キッツいよな。向こうは武器ありで、こっちは手ぶらだぜ」
「リーア様が観戦していると思って頑張ってください」
キャロルはそんなことを言って俺を送り出す。
俺と向き合ったポウルは笑みを浮かべていた。
「僕の忠告にも関わらず、ずいぶんと甘いことをしているんだね」
「俺には俺のスタイルがあるんですよ」
「僕には君の全力を見せてくれるだろうね」
「ご期待に沿えるか分かりませんが」
試合開始と同時にポウルは今までと同様に手に長い武器を創り出す。
呪文を唱え左手に格子模様が浮かんで武器を掴むまでに二呼吸もかからなかった。
だから、今回については魔法を使うのを妨害する気は俺には最初からない。
ポールウェポンをブンと振って足元を狙ってくるタイミングで前に出た。
攻撃している最中に懐に飛び込んでしまえば、長さがかえって徒になる。
そんな俺の計算はあっさりと崩された。
途中で腕の動きを変えると柄の先端が俺の目の間を狙って突き出される。
僅かに首を振りながら横に回って柄を掴んだ。
よし。武器を引き戻そうとするだろうから、その動きを利用して肘を……。
手の中に掴んでいたはずの柄が忽然と消え失せる。
ポウルの口が動いていたのは、そういうことか!
左手に文様が再び浮かぶと同時に、ポウルの両手にはダガーが出現していた。
ガードする俺の両腕に鋭い痛みが走る。
さっと血がほとばしった。
急所を蹴り上げようとする俺の脚は膝でブロックされる。
脚を踏みかえながら膝蹴りを繰り出すとダガーが刺さった。
痛みにカッとなりながら、ポウルの両肩を掴むと頭突きを食らわせる。
鼻を狙ったが顔を背けられて頬骨にぶつかった。
その衝撃で俺の手が肩から外れると、ポウルはバックステップで距離を取る。
両手からダガーが消えていた。
ポウルは三度めの呪文を唱えている。
俺はそちらに足を踏み出すが先ほど受けた傷で歩くたびに痛みが走った。
ポウルの呪文詠唱が完了する。
腰だめになったポウルの手に握られる棒がスルスルと胸元に伸びてくるのを腕で払った。
今度はつかむ余裕もない。
すっと棒がポウルの手元に手繰り寄せられる。
腕を交差させ横殴りに俺の顔を狙ってビュンと棒が振られた。
膝を使って沈んでかわす。
かわせたが痛みで一瞬気が散った。
次の瞬間には膝を払われて床に転がる。
頭をぶつけないように体を丸める姿勢を取ったものの、額にぴたりと棒の先端を突きつけられると降参するしかなかった。
棒を消しポウルは手を伸ばしてくる。
それを掴んで起き上がった。
一礼すると試合場を後にする。
救護のために控えている教師のところへと向かいながら、完敗したことに対する悔しさを噛みしめていた。
武器持ちに対して徒手だったということは言い訳にならない。
リーアを狙う者を相手する戦いではなかったことがせめてのもの慰めだった。
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