第27話 増員
その日の夕刻、修行から戻ってきたリーアは俺の姿を見ると大いに驚きかつ慌てる。
額の赤みを問いただし、その他の負傷箇所を聞くのも面倒とばかりに、服を脱ぐように厳命された。
「なんなら失神させて脱がしてもいいんだからね」
少し離れたところに居るキャロルは笑いをこらえている。
仕方なく、上着を脱いで肌着と下着姿になった。
脚の出血は止めてあったが、その傷跡や腕に残る痣を見るとリーアは形のいい眉をひそめる。
「ねえ。誰がこんな雑な処置をしたの?」
俺が学園の教師の名を答えると思案顔になった。
一応、俺は事情を説明する。
「怪我人も多かったからな。流れ弾の雷撃を食らった従者もいたりして、魔力が枯渇したらしい」
「そう。手抜きをしたわけじゃないなら仕方ないか。それじゃあ、私が痕が残らないように治療してあげるね」
「修行で疲れているんじゃないのか?」
「大変だったけど、魔力を放出したわけじゃないし」
緊急時ではないということでリーアはゆっくりと噛みしめるように呪文を詠唱した。
左手には若葉がいくつも芽吹いては消えるような文様が浮かぶ。
その様子は綺麗で、いつまで見ていても飽きることはない。
リーアが満足そうな吐息を漏らした。
腕や脚の痛みも消えている。
キャロルが差し出してくる手鏡で確認すると額の赤みもまったく残っていない。
どうよ、と自慢げな顔をするリーアを褒めた。
「お陰でどこも痛くないよ。ありがとう。いつも言っていることだけど、本当にリーアの魔法は凄いな。怪我したことすら忘れそうだ」
「もう……、そんなことを言って。痛い思いをするのはお兄ちゃんなのだから二度と怪我しないように工夫した方がいいんじゃない?」
「そうは言ってもなあ」
「そうだ。忘れてた。お兄ちゃん。準優勝おめでとう」
「ああ。ありがとう」
「あんまり嬉しくなさそうだね」
「そんなことは無いけどな。ただ、ポウル殿との差を見せつけられちゃったのが悔しいという思いはある」
「そうかあ。予選を含めて経過はどんな感じだったの?」
「それを俺に自分で語らせるのか? 勘弁してくれよ」
どうしても聞きたいというので、妥協案で観戦していたキャロルに説明してもらう。
ふんふんと聞いていたリーアが感想を漏らした。
「あのオウルのクソ生意気な従者がお兄ちゃんにボッコボコにされたのはいい気味ね」
「リーア。可愛い女の子がそんな汚い言葉を使うもんじゃない。オズワルド殿下に聞かれたら呆れられるぞ」
「なんで、ここで殿下の名前が出てくるのよ。でも、そうね。お兄ちゃんが気にするなら使わないようにするわ。それで、ウォレンに自分の立場を教えたのはいいとして、ナターシャ様のところの従者、お兄ちゃんに雷撃当てたの?」
「日頃からリーアのものを受けてたから全然効かなかったよ」
リーアは俺を疑うような表情をする。
「ふーん。私のは愛の鞭なんだけど。そんな女のと一緒にされたら不本意だわ」
「だから、全然違ったって」
「そお? まあ、お兄ちゃんが勝つお役に立てたのなら良しとしてあげる。そして、最後はポウルさんだったのね」
「魔法無しでならいい勝負ができると思うんだが、まあ、そんなことを言っても負け惜しみにしかならないな。俺はもっと強くなってリーアを誰からでも守れるようになるよ」
「そっか。魔法で武器を錬成しながら戦われるのはやりにくいね」
「武器の扱いも巧かったよ。魔法と武技、両方に長けているなんて恵まれてるよなあ」
「お兄ちゃん、気を落さないでね。向こうはさ、お金や指導者をふんだんに使える立場なんだから。そうだなあ、お兄ちゃんがどんな時でも武器を使えるように私も錬成魔法に関してももうちょっと真面目に取り組もうかな」
俺は慌てて押しとどめる。
「そんなことをすると器用貧乏になるから、やめておけって。得意分野を伸ばすべきだよ」
「そうかなあ。あ、いけない。話をしていて時間が過ぎるのが分からなかったわ。夕飯を食べに行こうよ。私もお腹が空いたし、お兄ちゃんは失った血を補充するためにもしっかり食べなくちゃ」
一階に降りるとジェシカが待ち構えていた。
「シグルさん、凄いじゃない。うちのウォレンも軽く捻っちゃって」
リーアが鼻を高くする。
「当り前じゃない。シグルは凄いんだから」
食堂で夕食を食べ始めた。
リーアがメイン料理の肉を煮込んだものの皿を俺に横流しする。
「怪我した分、しっかり食べなきゃ」
その様子を見ていたキャロルも自分の皿を俺に回した。
「さすがに三皿は多すぎるんじゃ……」
「いいから、いいから」
ありがたく頂戴していると、今まで顔を見せなかったオズワルド殿下がやってくる。
ポウルの後ろに憂い顔の女性を連れていた。
「リーア。一つ提案があるんだけど聞いてくれないか? いや、食事をしながらでいい。それでいきなりだが、もう一人従者を増やさないか?」
オズワルドが振り返り準決勝で俺と対戦した女性を示す。
ナターシャ・ドロイゼンの従者だったはすだが……?
そんな俺の疑問に答えるようにオズワルドは説明した。
「こちらのシャーリーは主に暇を出されたそうだ。ちょうど、そこにうちのポウルが通りがかってね。事情を聞いて私が仲介に乗り出したというわけさ。リーアはもう一人従者を持てる。差し支えなければ、シャーリーをどうだろうか? 費用は私が持つ」
視界の端の方でナターシャのグループの様子を窺うと、やはりこちらの様子を密かに観察している気配がある。
「どうして私に?」
「私の手元に置ければいいのだけれどね。色々と手続きが面倒なんだよ。それに、あえて直截に言うけど、シャーリーがこうなった原因は、シグルにあるんだ」
「それは、シグルに負けたからということでしょうか?」
「微妙に言えば違うんだが、ちょっとこの場では言いにくいな。まあ、そうだね。シグルに負けたからということでも間違いではないな」
「そうですか。そう言うことであればお引き受けいたします」
皇子殿下の提案ともなれば実質的にほぼ命令と言っていい。
まあ、オズワルドは強要するつもりはなかったようで、リーアが承諾するとホッとした表情を見せた。
「手続き面に関しては、リーアの手を煩わせることはないよ。私がいってこよう」
なぜ自らと思っていたら当然ポウルが止めに入る。
「殿下。私が手続きをしてきます」
「ポウル、今日は疲れているだろう」
「いえ。そんなことはありません。では、早速行ってきます。殿下」
「食事中に本当にすまない」
「いえ。お気になさらず。すぐに戻ります」
ポウルは俺に強い視線を送ってから立ち上がる。
不在の間、殿下を頼むということなのだろう。
軽く頷いて了承の意を示した。
ポウルが足早に食堂を出て行く。
オズワルドがシャーリーを振り返った。
「では、シャーリー。リーアにご挨拶を」
シャーリーは唇を引き結んでいたが、意を決したように頭を下げる。
「リーア様。よろしくお願いいたします」
「よろしくね。もしかするとシグルに含むところがあるかもしれないけど、水に流してくれるとありがたいわ」
「仰せのままに」
シャーリーの返事を聞きながら、俺は一体どういう風の吹き回しなのか気になって仕方がなかった。
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