第28話 シャーリーの誤解
その場の空気が緩む。
「さて、リーアには快く引き受けてもらえたことだし、気の置けない話にしよう。シグル。従者戦で準優勝おめでとう」
「ありがとうございます。殿下」
オズワルド皇子はニヤリと笑った。
「他人の食事を貰わねばならないほど出血してまで戦ったのに、ポウルに勝てなかったことが不本意という表情だね」
「はい。もしリーア様を狙う賊相手の戦いだったら取り返しのつかないところですから」
今度は愉快そうに声を出して笑う。
「ポウルほどの腕前の者はそういないと思うがね。それとも私の依頼でポウルがリーアを襲うとでも? 確かに将来横恋慕する可能性もないとは言えないな」
リーアが呆れた声を出した。
「オズワルド、悪い冗談はおやめ下さい」
「今ではすっかり廃れたが昔には略奪婚の伝統もあったからな。私はともかくリーアに振り向いてもらえない誰かが大胆なことをするかもしれないぞ。シグル、大切な妹を守るためにもっと精進することだ。ポウルの話ではまだ伸びしろがあると言っていたよ」
冗談とも本気とも思えないことを言われて俺はどんな顔をしたらいいか分からない。
リーアは冗談と考えて話を合わせることにしたらしく、すまし顔をして言った。
「あら、そういうことでしたら、覚悟された方がいいですわよ。私と一緒のときは、シグルの強さは最低でも三割増しぐらいで考えていただかないと」
俺が三皿目のメイン料理に手を付ける前にはポウルが戻ってくる。
シャーリーがリーアの従者になる手続きが完了したらしい。
昨日からの魔術師見習いの修行もそれはそれで精神的にきついものだったらしく、その話で盛り上がりながらリーア達は食事を終えた。
固くなっているシャーリーを連れて部屋に戻る。
さすがにリーアも疲れているらしく、体を拭くお湯を運ばせると早々に寝室に消えた。
一番廊下側の空き部屋をシャーリーに割り当てると俺も自分の部屋に入ろうとする。
血も流したし、痛い思いもしたし、腹いっぱい食べたので俺も早く寝たかった。
私物を部屋に運び入れたシャーリーがすぐに出てくると大きな鉢にお湯を入れて俺の部屋にやってくる。
「あ、俺は試合後に治療ついでに体を拭いたから、お湯は不要だぜ」
「そうですか……」
出て行くかと思っていたら、鉢を机の上に置いて、俺の側にやってきた。
「失礼します」
跪くと俺の片手を掴んで口元に運ぼうとする。
慌てて引っ込めた。
「な、なにをするんだ?」
シャーリーは叱られたかのようにびっくりしている。
「お気に召しませんでしょうか? まずは指からと……。どこか他にご指定の箇所がありますか?」
先ほどの俺の声はちょっと大きかったらしい。
キャロルが部屋の入口に顔を出した。
白い目で俺たちを見る。
「シグル様。何をされているんです? 戦いの興奮が冷めずに発散したいということであれば、まずは私に声をかけるべきではないですか? さすがに新参者に先を越されるというのは嫌なんですけど」
「は?」
「は、ではなくてですね。どこからどう見ても、今からシャーリーと色々としようとしていたところですよね」
「いやいやいやいや。違う違う」
思わぬところから怪訝そうな声があがった。
「違うのですか?」
シャーリーが訳が分からないという顔をする。
え、どういうこと?
むしろ、俺がそういう顔をしたいんだけど。
最初に冷静さを取り戻したのはキャロルだった。
「何か誤解があるようですね。立ち話もなんですから。シャーリーはここに座って」
シャーリーに椅子を勧めると、自分はベッドに座って、その横を叩き、俺がそこに座るように促す。
もぞりとお尻を動かして、俺ににじり寄るとキャロルはシャーリーに質問した。
「ねえ、どういうつもりでさっきのようなことをしようとしたの?」
「ナターシャ様から従者の仕事を解雇されて途方にくれているときに、ポウル様がおしゃったんです。ここで同じ仕事があると。オズワルド殿下も間に入られ、ナターシャ様にも奉公構えを解いて頂けたので、こうしてお仕えするようになりました。ですので、今宵から職務を果たそうとしたわけですが……」
確かナターシャって自分の従者と……。それはとりあえず置いておいて気になることがあるな。
「ちょっと待て。そもそも何で解雇されたんだ。上位四人に入ったんだから戦績としてはそれほど悪くないだろう?」
「はい。しかし、ナターシャ様は他所の男に抱きかかえられたようなふしだらな者は置いておけないとお怒りで」
「つまり、俺の試合中の行為が原因なのか?」
シャーリーは肯定する。
そうか。これがオズワルドが言葉を濁した俺が原因というのの真相か。
つまり愛人を汚されたようなものだからもう不要ということなのだろう。
俺は少し狼狽した。
「だって、あれは怪我をさせないように配慮しただけで、そういう意図は全然なかったんだぞ」
「でも、オズワルド殿下も言っていらした略奪婚の作法にかなった動きでしたので、試合の様子を人づてに聞いてナターシャ様がそう思われたのも無理はありません」
「俺は話を聞くまで略奪婚自体知らなかったんだぞ」
「シグル様がご存じないことは、誰にも分からなかったですし……」
キャロルが俺の顔を横目で見る。
なんだよ、その表情。お前だって、俺のことを勘違いしていたじゃないか。
さてと。俺は知らずに衆人の前面でとんでもないことをしたわけだ。そして、その後始末を皇子がしてて格好をつけてくれた。
まてよ。何はともあれリーアに、早めに説明しないと大変なことになるぞ。
俺は意識をシャーリーに戻した。
「それで、シャーリーさんはそれでいいのか?」
「他に選択肢がありませんから。私はドロイゼン家の領地の出身です。あのままですと、他家に仕えようとしても無理ですし、簡単に他の場所に移ることもできません。今さら不要と言われても困るのですが……」
「いや、雇うのを決めたのは俺じゃないだろ」
「でも、リーア様はこういったことにまだご興味がないと伺ったので」
俺の脳裏にポウルの含み笑いが浮かぶ。
あの野郎。
積極的に騙すつもりは無かったのかもしれないが、誤解が生じているのを分かっていて止めなかったな。
シャーリーはキャロルを盗み見た。
「シグル様には既にお相手がいるとは想像できましたが、一人では飽き足らぬほどお盛んかと……」
「え? そういう認識なの?」
「少なくとも多くの従者の方はそう思っていると思います」
俺はキャロルを睨みつける。
「やめてください。私はなにもそんな噂を流していませんから。周囲が勝手に想像しているだけです。本当ですって。信じてくださいよ」
「嘘をつくな」
頭を抱える俺と言葉ほどは真剣みのないキャロルをシャーリーは不思議そうに見ていた。
とりあえず、当面は変な気遣いは不要だと言い渡す。
シャーリーは小首を傾げながらも大人しく部屋を出ていった。
残ったキャロルがさらに体を寄せてくる。
「死闘の後の血の昂ぶりを沈めないと眠りにくいのではないですか?」
「あのなあ」
「私も昼間のシグル様の戦いを観戦して興奮しているんですけども。オウルの従者を完膚なきまでにやっつけましたし、感謝の気持ちを込めまして……」
「あのなあ。前にも言っただろ」
「ですから、私は別にシグル様を縛るつもりは全くなく、都合のよい愛人ということで全然問題ありません。なんなら道具扱いでも結構です」
俺は息を荒くするキャロルの肩を掴んでを部屋の外に追い出した。
ベッドに横たわると疲れがどっと出る。
眠りにくいなんてことは微塵もなく、あっという間に夢の中へと入っていった。
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