第29話 実戦訓練

 シャーリーはすぐに俺たちの生活に溶け込む。

 以前の境遇に比べると相当楽だとのことで、表情も柔らかくなった。

 特に大きな事件はなく順調に学園生活が過ぎていく。

 女性三人に囲まれて賑やかになり、俺の肩身が狭くなったということは事件のうちには入らない。

 また、キャロルもしつこくすると嫌われると思ったのか、それ以降は大人しくしており迫ってくることはあまりなかった。まあ、全くないわけではないのだが。

 ちょっとだけ戸惑いを覚えたのは、ジェシカの態度である。

 相変わらず、リーアの一番の側近であることを自認して近くにいることが多いが、俺に対しても敬意を表するようになっていた。

 贔屓にしているお菓子屋にリーアを誘うときも随行した俺に対して熱心にお茶やお菓子を勧めたり、話しかけてきたりする。

 キャロルはリーアとの繋がりを強化する打算だけではないと見立てていた。

「ちょっと怪しいですね」

「どういうことだ?」

「まあ、今は怪しいとだけ」

 ただ、ジェシカは特に何かをするわけではないので、俺をきちんと扱うこと自体にはリーアも文句を言わない。

 他の従者連中もあからさまに俺を蔑むことは少なくなっていた。

 ポウルが俺に対して目に見えて親しくするようになったというのも大きいかもしれない。


 平穏な学園生活を過ごしてもう少しで半年になろうという時期にリーアが言った。

「お兄ちゃん、もうすぐ誕生日だよね。何か欲しいものとかある?」

 望みはあるが決して口にできる内容ではなかった。

 リーアが欲しい。

 とっさに脳裏に浮かんだ望みの醜悪さに、自分で考えたことながら気持ちが悪くなる。

 マジでもう俺ダメかも。

 自己嫌悪に陥りながらも真面目な表情を作った。

「いや、実戦訓練を控えているだろ。余計なことを気にかけなくていい」

「だめだよ。ただの誕生日じゃないんだから。お兄ちゃん、十八歳になるんだよ。大人の仲間入りする大事な日じゃない」

 リーアは俺の手を取って望みを言うように強く促す。

 ここはびしっと兄らしくキメないとな。

「まずは実戦訓練で結果を残すのが優先だよ。リーアがきちんと実力を発揮するところが見られれば俺も鼻が高い。それが最高のプレゼントだ」

「もう。そういうんじゃなくて、自分の欲しいものを聞いているんだけどな」

 そういうものの、リーアも一旦は意識を切り替えることに同意する。

 実戦訓練の結果が学園での成績に大きく影響するのはよく知られていた。

 そして、迎えた訓練当日、俺たちは学園の地下にある訓練場へやってきている。

 その訓練場は広大な敷地を円蓋で覆う構造をしていた。

 円蓋のそこここにある明かり取りの窓からは木漏れ日のように日の光が降っている。そのせいで地下にいるということを全く感じさせなかった。

 足を踏み入れてみるとまるで本物の森に踏み込んだような錯覚にとらわれる。

 魔術師見習い四人が一組になって訓練場の中央にある台から、指定の文様の刻まれた石を取ってきたら課題終了だ。

 もちろん散歩をして帰ってくればいいわけではない。訓練場にはモンスターが放たれていた。

 帝都ローゼンブルクの東側に南北にそびえるガルダレイ山脈に仕掛けた転送トラップの行き先がこの訓練場となっている。

 転送トラップは幅も小さく出力も小さいものなので、比較的小型の質量の軽いモンスターしか転移させることはできないと聞いていた。

 それでも人と大差ない体格で武器も持っているし、見知らぬ場所に急に連れてこられて気が立っている。

 油断していれば大怪我をすることもありえるし、過去には死者が出たこともあったらしい。

 学園に入学を許されるほどなので、ほとんどの魔術師見習いは十分な戦闘力を有している。

 攻撃魔法を使えば、小型のモンスターを倒すことはそれほど難しくない。

 ただ、自分の身に刃などが迫りつつある極限状況でいつも通りに呪文を唱えることができるかという問題があった。

 あまり攻撃魔法は得意でいない者もいる。

 また、リーアほど習熟していなければ発動までの時間も当然必要だった。

 魔法を使用する時間を稼ぐのが俺のような従者の役目である。文字通り盾となって仕える魔術師見習いの身を守らねばならない。

 ただ、従者がモンスターを倒したのでは意味がないので、携行を許されているのは小ぶりの丸い盾と刃を潰した小剣だけという心もとなさだった。

 魔術師見習いの中には従者の居ないものもいる。その場合には人型人工義体が貸し与えられた。

 案内用の型式のものが俺たちと同じような装備を持っているだけだが、痛みを感じず恐れを知らない分、ある意味では生身の人間の従者よりも役に立つのかもしれない。実際、大抵の従者よりも強いことは実証済みだった。

 リーアが組んだのは男性二人と女性一人だ。

 赤毛の男性の一人はオウルの取り巻きの一人で男爵家の長男、もう一人は商家の三男で青い髪、女性は以前食堂で席が無くて困っていたときにリーアに話しかけてきた子ミリアだった。

 男性二人は自前の従者を連れており、焦げ茶の髪のミリアは人型人工義体が付き添っている。

 赤毛がリーダーを買って出た。

「それじゃ、俺らが前を行く。女性陣は後ろからサポートしてくれ」

 従者を右前に立たせて男性二人が進み始める。

 俺がそれに続くとリーアが左後方についた。

 小声でミリアを励ましている。

「心配しなくても大丈夫だよ。いざとなったらシグルが守ってくれるから」

 ちらっと見るとミリアは血の気が薄かった。

 がくがくとしながらリーアに頷いている。

 左手の甲に光る褐整石も小刻みに震えていたが、俺を見ると顔を伏せた。

 即席で様々な品を作り出すことに長けているようだが、あまり戦力にはなりそうにない。

 魔力を利用して剣などを作り出して攻撃したり、盾で身を守ったりすることもできるが、基本的に本人の戦闘力のかさ上げである。

 幼児が魔物に特効のある剣を持っていても倒すことが難しいように、魔術師自身があまり運動能力が高くないと宝の持ち腐れであった。

 そういう意味ではポウルは本人の身体能力との組み合わせが理想に近い。

 もちろん、ミリアのように本人が非力でも、魔法で作り出したものを従者や他の魔術師に使わせることはできるのでサポート役としては期待できる。

 木々が生い茂る中を男性二人は元気よく先に進んでいった。

 おっかなびっくりのミリアは遅れがちで前の二人との距離が開きつつある。

 リーアが前に声をかけた。

「ちょっと少し歩く速度を落として」

 赤毛は振り返るとちょっと胸を張る。

「ははっ。いくらソウルぺブルが大きくても女性だね。やっぱり魔物が怖いんだな。まあ、石は俺たちがとって来てやるからさ。後からゆっくり来いよ」

 そこへ従者の一人が警告を発した。

「何か来ます」

 赤毛は詠唱を始め、左手のソウルペブルからゆらりと赤い炎が立ち上がったように見える。

 背の高い草むらをかき分けて出てきたのは、ピンク色でぶよぶよとした子供のような姿のものだった。

 俺はそんな姿かたちのものを見たことも聞いたこともない。しかも宙に浮いていた。

 後ろからはリーアの驚きの声が聞こえる。

「なにあれ? あんなモンスター知らないわ」

 バサバサと音がして俺たちの頭の上にフクロウが飛んできた。

 フクロウから人語が紡がれる。

「訓練中止だ。引き上げろ。そいつはお前達じゃ……」

 赤毛の詠唱が完了し、突き出した左手の先の空間から炎がほとばしった。

 するすると細い火の線が伸びて行く。

 モンスターに到達すると、火はその表面で弾けた。

 

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