第7話 雷撃又はご褒美
食堂の隅で昼食を取りながら、リーアは先ほどからご機嫌斜めだ。
俺の頬の腫れはうっかり転んでできたものではなく、殴られたものだと知ってからはツーンとしている。
まあ、リーアはこういう怒った顔でも可愛いのだよなあ。
何をしていても、どんな表情を浮かべていても絵になる人間が存在する。
リーアはその一人であることは、言をまたない。
「へえ、シグルは私に嘘をついたんだ。ふーん。そうか、そうか」
だきるだけしらばっくれるつもりだったが、面と向かって問い詰められれば俺は自白せざるを得ない。
もし後で嘘だったことがバレたらどうなるか分かっているわよね、と脅されたら他に選択肢などないだろう。
俺は嘘をついたことをリーアに対して必死に謝った。
「余計な心配をさせたくなかったんだ」
「その気持ちは嬉しいけど、結局私まで睨まれちゃったじゃない。まあ、それはいいとして、私に嘘をついた罪は重いぞ~」
おどろおどろしい雰囲気を作ってリーアは低い声を出す。
結局、妹を欺いた罪に対する罰は、後で弱めの雷撃魔法一発を受けるということで決着がついた。
納得しなかったのは俺が怪我をさせられたことだ。
「だから、あんなの大したことないって」
「翌朝になっても腫れが残っていたのに?」
「リーア様に治してもらったのでもう痛くもかゆくもない。私の体が丈夫なのは良く知っているでしょう?」
「いくら頑丈だからって……。そうよね。お兄ちゃんが怪我をしたのは私が寝ちゃったのがいけないのよね。私が居ればそんなことはさせなかったのに」
怒っていたリーアは一転してしゅんとする。みるみるうちに元気がなくなって昼頃の朝顔の花のように萎れた。
「ごめんね」
そういう声も消え入るような音量になっている。
あああ。こんなことなら怒らせたままの方がまだ良かったかもしれない。
リーアは自責の念にかられると後に引く。
俺が子供の頃に狼に噛まれたときも、私が栗拾いに行きたいと我がままを言ったからだとひどく反省して、しばらく部屋に引きこもっていた。
何か話を逸らして、気分を引き立てることを考えなければ。しかも大至急で。
うーん。どうしようか?
お、そうだ、いいことを思いだした。
「そうだ。ラクアに聞いたんだけど、アクセサリーを売っているいいお店があるそうなんだ。工房を併設して直売しているからお買い得品が多いらしいぞ。新しい髪留めが欲しいと言ってたから明日一緒に見に行かないか? 明日は補講も無いはずだよな?」
「急にそんなことを言いだして……。物で釣る気なんでしょ?」
「そんなことは無いよ。帝都に着いたら色々お店を見に行こうと約束してただろ。それを明日にしようってだけ。リーアが行かないというなら一人で行ってくるけど」
「ダメ。絶対にダメ。私も一緒に行く。そうしないとまた誰かに喧嘩売られちゃうかもしれないじゃない」
いや、毎回トラブルに巻き込まれるのは遠慮したいな。それに争いごとが起きたら、リーアにはさっさと避難して欲しいんだけど。
リーアはちょっと思案顔になったが、嬉しそうな表情になる。
「仕方ないなあ。そうだねえ、お兄ちゃんがどうしても買い物に行きたいって言うなら付き合ってあげよう」
とりあえず、リーアの気分が落ち着いたから良しとするか。
昼の料理の残りをスプーンでかきこんだ。
「ちなみに髪留めの予算はどれくらいなの?」
すっかりその気になって元気を取り戻したリーアと一度部屋に戻ることにする。
俺が嘘をついた件についてはそれはそれとしてお仕置きはきちんとするそうだ。
人目のあるところで従者に魔法を放つところを見られるわけにはいかない。
吹き抜けのホールに足を踏み入れたところで後ろから挑戦的な声がする。
「その無礼者の主はあなたなのね? 名前は?」
ジェシカが後ろに二人を従えて、胸の下で腕を組んで立っていた。
リーアは一瞬だけ視線を向けるとまたジェシカに背を向ける。はあ、そりゃ他人に名を尋ねるときは自分から名乗るのが礼儀ではあるけどさ。
俺は万が一に備えてリーアの背後を固めた。
「私はジェシカよ。これでいいでしょ? あなたも名乗りなさい」
リーアは振り返ると社交用の笑みを浮かべる。
「魔術師見習いのリーアです。私に何か御用ですか?」
「リーアさん。あなたご存じかしら? 入学を許された二百名のうち一割近くが途中で脱落するそうよ。今日も一番前の席で授業を受けて熱心さをアピールしていたようだけど、最後は才能で決まるの。あなたはいずれ卒業できずに故郷に帰ることになるでしょうけど、それまでの間よろしくお願いしますわ」
「そうですか。それは有益な情報をありがとうございます。きちんと卒業できるように不肖ながら頑張らなければいけないですね。午後の講義まで少し休みたいので、失礼しますわ」
嫌味を投げつけてきたのにリーアはそれを柔らかく受け止めていた。我が妹ながら如才なさには舌を巻く思いだ。
俺も少しは見習うべきなんだろうな。
リーアは軽く頭を下げると踵を返して浮遊床に向かう。俺が後を追おうとすると鋭い声がかかった。
「ちょっと待ちなさい。居住者以外は上階へは立ち入り禁止よ。それに、そもそも浮遊床は反応しないわ」
ジェシカは勝ち誇った笑みを浮かべている。規則違反を見つけて喜んでいるようだった。
「そうなんですの? 入寮するときには言われなかったですけど、色々と規則があるんですのね。ご親切にどうも。でも、私の部屋も上にありますので」
リーアは俺の腕を捕まえて引っ張るとさっさと三階まで行く浮遊床に乗る。
ループタイの
どうしても振り返ってみる誘惑に勝てずに背中越しに見ると、ジェシカはポカンとした顔をしてこちらを見上げている。
三階に到着すると自室へと歩みを進めるリーアの左手には、今日もお気に入りの手袋がはめられていた。まだ寒さに慣れず指先が冷えるのが嫌でしているのだが、そのせいでソウルペブルを見ることができない。
きっとジェシカはリーアが小さいことを隠すために手袋をしているのだと思い込んだのだろう。
部屋に入った途端に振り返ったリーアが半眼で俺を見る。
「お兄ちゃん。ひょっとして、あんな女に馬鹿にされて殴られたの? もうちょっとしっかりしてよね」
「ああ、すまん」
「どれだけ実家がお金持ちなのか知らないし、無駄に体の発育は良いようだけど、気位ばかり高くて、どうしようも無い感じ。さすがにあの程度には私絶対に負けないから」
確かにジェシカは従者の女性ほどではないにしても、リーアよりも要所要所がでかかった。
でも、俺はもうちょっと慎ましやかな方が好きだけどな。そんなことは絶対に言えないけど。
俺は口に出しては、リーアを宥めることにする。
「まあ、まあ。確かに一人だとリーア様の敵ではないかもしれないけど、あのレベルでも相手が群れたら面倒じゃないかな」
「ふーんだ。まとめて返り討ちにしてやるわ」
鼻息も荒くリーアは吐き出し、そして、おもむろに笑顔になった。
ちょっと怖い。
「そうだ、忘れるところだった。お兄ちゃん。可愛い妹に嘘をついた罰を受ける覚悟はいい?」
リーアは左手の手袋を外し、激しい旋律で口ずさむ。ソウルペブルの上に黄色いジグザグの火花が組み合わさった文様が浮かび上がった。いくつもの同心円がバラバラの方向に回転している。
頃合いは良しとリーアが俺の手を握り、鋭い衝撃が走った。
おほー。
威力を抑えてあってもこいつは痺れるぜ。
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