第8話 買い物へ

 先ほどの講義にもあったが、魔法はその詠唱時に生じる紋章の色によって五種に分類されている。

 その五種以外には、無色魔法と呼ばれるものがあった。偉大な魔術師により術式が簡略化され色がなくなったものである。

 火おこし、筋力強化、照明などで、これは呪文を唱えてもソウルペブルの上に文様が生じることはないが、やはり俺には使えない。 

 ソウルペブルはその所持者の一番得意な種類の魔法と同じ色に染まるのだが、緑潤石を持つリーアは、二番目に黄色系統の魔法を得意としていた。

 高速で唱えて発動できる緑色系統には及ばないものの、かなりの腕前である。だからこそ手加減も自在に出来た。

 俺の体に残るこのけだるさからすると恐らく本来の威力の十分の一程度に威力を抑えているのだろう。まあ、本来の出力で食らったことはないのでなんとも言えないが。

 十分の一の力でも痛みは感じるし体に痺れも残る。

 しかし、この雷撃が過ぎ去った後の余韻にはなんともいえない心地よさのようなものがあった。毒のある魚の肝やシビレ茸を食べるのに似ているのかもしれない。

 お仕置きではあるのだが、一方でご褒美でもあった。

 もちろん、リーアは兄にそんな変態っぽいところがあることを知らない。知ったら地面を這う多足の虫でも見るような目をされるだろう。

 それか、そんな肉親を持ってしまった境遇を嘆き悲しむかもしれなかった。

 だから、俺はせいぜい痛かったふりをする。

「くっ。これはキツい」

「いい。お兄ちゃん。私には嘘を言ったらダメだってこと、よ~く分かった?」

「骨身に沁みて理解しました」

「ならよろしい」

 リーアはにこりと笑うと俺を気遣う様子をみせた。


 翌朝は朝食もそこそこに町中へと出かけることにする。

 学生寮の建物の左翼は一階の突き当りに扉があり、そこを出ると、少し離れたところに魔法学院の通用門があった。

 正面の門に比べれば規模が小さくて装飾もなくそっけない造りになっている。

 ループタイのアグレットは私服のコートのポケットの中に入っていた。

 しかし、わざわざ外側に取り出さなくても門は反応する。

 外側に向かって開いた隙間から俺が先に出る。

 門の外は常時監視されているはずだし、待ち伏せされている可能性は低いが、俺はその万が一に備えるために居る。

 外を見ると正面の門に比べると数は少ないが骸骨兵が警備をしていた。

 何も異常はないことを確認して振り返り、リーアに出ても良いと頷いてみせた。

 俺に追いつきながらリーアは可愛らしくクスクスと笑う。

「お兄ちゃん。前はそんなに神経質じゃ無かったのに。門から外に出るだけなのにどれだけ警戒してるの?」

「俺たちの故郷は良くも悪くも小さな田舎町だったから余所者は目立ったよな。その点、ローゼンブルクは大きな町だ。色んな人間がいるだろうし、俺たちにはどんな人を警戒すればいいか分からないだろ? ……それにリーアは可愛いからすぐに悪い虫が寄ってきそうで心配なんだ」

「やだなあ。お兄ちゃん。可愛いだなんて。そんな本当のことを言われても困っちゃう」

 そう言いながらリーアはわざとらしく照れる振りをしていた。

 そんな仕草もやっぱり可愛い。

 ああ、ちくしょう。妹じゃなければなあ。

 とは思うものの、リーアが俺と親しくしているのは兄だからというのもよく分かっていた。

 もし、俺がその辺を歩いている赤の他人なら、きっとリーアは目もくれないに違いない。

 俺はソウルペブルが無く魔法が使えないので、普通なら誰にでもできる火おこしや水の浄化もできないのだ。

 それに兄妹でもなければ、俺も気軽に本人に向かって可愛いと言える自信も無い。

 灰色の地味な私物のコートを羽織り、同じような色の毛皮の帽子をかぶっているという格好にも関わらずリーアはとても魅力的だった。

 跳ねるような律動的な動きでリーアが横を歩いている。

「春だというのにまだちょっと気温が低いね。でも雨が降らなくて良かった。雨避けの結界を張ってもいいけど、やっぱり気分が上がらないもの」

 日差しはそれほど強くなく体を温めるほどではないが、頭上には青空が広がっていた。

 魔法学園の高い壁ぞいに歩いていき、その角のところの交差点から坂道を下っていく。

 まっすぐな道はすぐに消え、複雑に折れ曲がる道ばかりになった。

「これだけ複雑だと帰り道が分からなくなりそうだな」

「大丈夫よ。お兄ちゃん。学園の尖塔を確認しながら坂道を上っていけばいいんだから。それに頭の中に地図を描きながら歩いているしね」

 俺はリーアの左手に視線をやったが、手袋の上には何も浮かんでいない。

 リーアは一部の緑系統の魔法を文様を顕現させることなく行使することができた。

 門を出た後に口をもごもごさせていたから、きっと今も地図製作の魔法を展開しながら歩いているのだろう。

 他人に魔法を使っていることを気取られない隠蔽詠唱ができることは、相当なアドバンテージだった。そういう意味でもリーアの魔術師としての素質は相当優れている。

 俺はそんな器用な真似はおろか、魔法を使うことすらできないので、通りの名前を確認しながら、目的の装飾品店を探した。

 帝都ローゼンブルクはゆるい丘陵地に立地している。当然ながら高い所には重要な建物、例えば宮殿や魔法学院があった。その近くには貴族や大商人の邸宅があり、そこより下ったところが商業地区、その下には平民の居住区が広がっている。

 俺が人型人工義体のラクアに教えてもらった装身具の店は、商業地区の中でも平民の居住区に近いところにあるらしい。

 路地をうろうろして、通行人にも聞いてようやく訪ね当てることができた。

 誘っておいてスムーズに道案内できないにも関わらず、リーアが文句を言わず機嫌がいいことにほっとする。

 実は俺は別のことにずっと気を取られていた。

 店を探す間、ずっとフードを目深に被った三人組が俺たちの後をついてきている。建物の陰に隠れて微行しているが、三人の中にやたら図体のデカいのが居た。

 隠れているつもりなのだろうが体の一部が壁からはみ出している。

 リーアはにこやかに左右の店のことや街並みについてしゃべっていて尾行者の存在に気づいていなかった。

 ローゼンブルクに来たときは馬車に乗ってさっと通り過ぎただけだったし、ゆっくりと見て歩くのは今日が初めてである。

 故郷の田舎町にはないものも多く、目を引かれるのだろう。

 こうしていると、ごく普通の女の子と変わらない。

 俺のコートの袖を引いた。

「見て見て。お兄ちゃん」

 リーアが示すものに反応しながらも、常に三人組への警戒は怠らない。

 俺たちをつけ回す意図は決して好意によるものではないだろう。

 尾行者の存在をリーアに教えるかどうか悩んだ。

 人通りもあるし、大きな交差点には警備兵がたむろしているので、そこまで深刻に心配する必要はないと判断して黙っておく。

 折角の楽しい町歩きの気分を台無しにすることはない。

 尾行者と推定されるジェシカは見事な赤毛をしていた。身体的特徴としては胸が大きいというのもあるが、この際それはどうでもいい。

 髪の毛の色から推測するに、赤系統、つまり炎を使った攻撃魔法を得意としていると思われた。この魔法は強力だが魔力の消費も激しいし、詠唱時間や必要となる魔道具も多い。

 何かを仕掛けてくるにしても対応する時間は比較的長いことが考えられた。

 それに、どんなことを意図してついてきているのかは分からないが、町中で魔法をぶっ放してくることはさすがにないだろう。

 理由なく私闘のために町中で魔法を使えば大問題になって魔法学院からの放校もありえる。

 我がまま娘でもそこまで馬鹿ではないはずだ。

 まあ、とりあえずはリーアに約束した買い物を済ませよう。本人も店に早く入りたいのかウズウズしているし。

「楽しみだなあ」

 俺は背後にも警戒しながら店の扉を開ける。カランと扉の上のベルが音を立てた。

 

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