第32話 尋問と圧迫
教師の一人が身を乗り出す。
「なぜ撤退しろという指示に背いてモンスターと戦おうとした?」
「なぜって、それが従者の役目じゃないのか? 俺が仕えるリーア様に危害が及ばないようにしただけだが」
「守りを固めて下がることもできたはずだ。君が突出したために交戦を継続せざるを得なかったのではないかね?」
「いや、魔術師見習いの一人が火炎の呪文を唱えて打ち返された挙句に負傷していた。他の魔術師見習いが消火と治療を始めたいたんですよ。あの状況で下がれるわけがない。狙われないように囮になっただけだ」
「質問を変えよう。君は、あの魔導粘性体をどこかで見たり聞いたりしたことがあるんじゃないか?」
「いや、始めて見ましたよ」
質問者は疑わしそうな顔をした。
「本当に魔導粘性体を知らなかったというのだね。間違いはないか?」
「ああ。あんな変なものは故郷には出なかったし、リーア様も知らないと言うものを一介の従者にすぎない俺が知るはずはないだろう」
「だが、その割にはうまく立ち回っていたようだね。あのような不気味な外見をした初見の相手に適切な行動を取れるとは大したものだよ」
表面上の言葉の意味とは裏腹にあまり褒められている気がしない。
このような部屋に連れて来られて、圧力をかけながら質問を浴びせられているということは、俺が何かを疑われているのか?
「意味が分からないですね。いったい何が言いたいのですか?」
「君は魔導粘性体との戦い方を知っていたから適切に対処できたのではないか? そして、さらに言えばあの場所に居ることもな」
「そんなはずはないだろう」
返事をしながら愕然とする。
「……俺の自作自演だと疑っているのか?」
周囲の大人たちの無言の圧力が雄弁に語っていた。
俺は慌て気味に言い訳する。
「ちょっと待て。そんなことをして俺に何の利益がある? 俺はあいつのせいで怪我をしているし、他にも負傷した者もいた。一つ間違えば死者だって出てもおかしくない」
「そう。君たちが襲われたことは想定外だった。本当は他の訓練生が被害にあう予定だったのではないかね?」
俺は必死に頭を巡らせる。
「他の訓練生? そうだ。他の三グループは無事だったのか?」
「ああ。無事だった。君にとっては残念だろうが」
「ちょっと待ってくれ。俺が他の訓練生を襲わせる目的で、あのモンスターを放ったが手違いで俺たちに向かってきたと考えているのか? そりゃ無理がありすぎるぜ。何度も言うが一介の従者にそんなことができるはずはないだろ。想像力が豊か過ぎるってもんだ」
ひじ掛けを強く握りしめて怒りを抑えながら発した俺の抗議の声は聞き流された。
こちらから探りを入れる。
「それに誰を狙っていたというんだ?」
「とぼけなくてもいい。もちろん、オズワルド殿下に決まっているだろう」
「俺はオズワルド殿下も同じタイミングで訓練に参加していたことすら知らないんだぞ」
「それはどうかな」
尋問していた一人がわざとらしいため息をつく。
「素直に白状した方がいいぞ。痛い思いなどしたくないだろう」
「脅すつもりか?」
俺と話して居なかった方が、何やら口ずさむと、するすると椅子の下から革の細いベルトが伸びてきて俺の手首を拘束する。
同時に何かが足首にも巻きつくのを感じた。
「単なる脅しだとは思わない方がいいぞ」
先頭の男がレバーのついた黒い鉄製の器具を取り出す。
二枚の鉄の板で俺の腕を挟むようにすると、あまり見たくない笑みを浮かべた。
冷たい鉄の感触の不快さを気にしないようにしながら俺は問いかける。
「何をする気だ?」
「簡単なことだよ。オズワルド殿下を害そうとしたことを自白するのを手伝おうというだけさ。このレバーをこの向きに回すと二枚の板は間隔が狭まるんだ。最終的には肉が潰されて骨も砕ける。治癒魔法を使えば表面上は元に戻っても、機能面で不具合が残る損傷を負うことになるのだ」
得々と語る相手に俺は毒づいた。
「はっ。魔法ねえ。ここは魔法学院なんだろ。どうせ尋問するなら魔法を使ってもっとスマートにやれないのか?」
男は肩をすくめる。
「真実のみを話させるようにする魔法もあるのだがね。必要な品の準備が大変だし、詠唱に時間もかかる。それよりは、この方が手っ取り早い。尋問に魔法を使わずに失望させたかな? ああ、もちろん、君の発言を記録する魔法を使うための道具は用意してある」
後ろに控えていた教師が手のひらサイズの巻貝に浮彫を施したものを取り出した。
「これで状況は理解できただろう? どうだね。我々もあまり手荒なことはしたくない。さっさとしゃべってくれればお互いに時間を無駄にしないで済むと思うんだが」
「やってもいないことを言えるかよ」
「それは残念だ」
ちっとも残念そうでなさそうな態度で、俺の腕に添えられたレバーに手をかける。
ゆっくりと半周ほどレバーを回した。
ぎりぎりと二枚の鉄板の間隔が狭まって間に挟んである俺の腕が圧迫される。
一所懸命に体をよじったが革のベルトはびくともせず、俺の腕に鈍い痛みが走った。
これぐらいならまだ耐えれれなくはないが、この調子でレバーを回し続けられると確かに腕が酷いことになりそうだ。
歯を食いしばる俺を見て、レバーに手をかけた教師が笑みを浮かべる。
「意地を張ってもろくなことにはならないよ。どうせ最後は自白することになるんだ。だったら、最初からしゃべった方が賢いと思わないかね?」
「バカを言え。皇子の命を狙いましたなんてことを言ったら死刑確定だろうが。腕がどうなろうとしゃべらないぜ」
「その点はきちんとフォローしよう。君も脅されたことにすればいい。それにオズワルド殿下は無事だ。その両方を考慮すれば死刑にはならんよ」
「それを判断するのはあんたじゃないだろう? それにリーア様にも迷惑がかかる」
そうだ。リーアはどこで何をしているのだろうか?
俺の様子を観察していた男が唇を曲げた。
「そうだな。君が単独で行ったと白状するのならそれまでだが、しゃべらないとなれば、君の仕える見習いにも尋問せざるを得なくなるだろう。そうなる前に吐け」
「脅しても無駄だ。俺はともかくリーア様は将来を嘱望されているし、オズワルド殿下の信頼も厚い。そう簡単に自白を強要できるなどと考えているとは笑えるぜ」
俺の発言は痛いところをついたらしい。
二人の教師は顔を見合わせ、無言のやり取りらしきものをする。
俺の尋問をしていた教師が深いため息をついた。
「やはり、お告げのとおりだ。この男に贖罪の機会を与えようとしたが無駄だな。やはり、存在を抹消した方がよさそうだ」
急に何か覚悟が決まったか、目が据わったようになる。
あれ? 何か雰囲気が変わったぞ。
「神に違背する者の血で部屋を汚すわけにはいかないな」
「それに魂ごと痕跡を消すには儀式も必要だ。となると、私の出番だな」
赤いソウルペブルを持つ教師、今までは尋問をしていなかった方が俺の前に進み出た。
「私一人では難しいかもしれない。私が主唱者を務めるので同調して増幅させてくれ」
血で染めたような赤黒い糸を俺の首に巻き、余った部分を左胸に垂らす。
おいおいおい。昏倒の魔法を使おうってのか。
魔法の対象の心臓を硬直させてしまうヤバい魔法のことは、リーアが何かの折に顔をしかめて話をしていた。
教師の一人が禍々しい印象の呪文を唱え始める。
それに合わせて、もう一人の教師も口ずさみ始めた。
低い声の二重奏は俺の体を押し包む。
心臓がドクンと普段にない鼓動をうち、俺は急に気分が悪くなってきた。
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