第31話 拘束
すぐ近くの木の枝にとまったフクロウから声がする。
「実地訓練は中止だ。元の入口に戻れ。救援隊が向かっているが、まだ他にも危険なモンスターがいるかもしれない。油断するなよ」
赤毛の魔術見習いは自分が醜態をさらしたことが気に入らないのか不貞腐れていた。
ミリアは真っ青な顔をして震えている。
そんな状態だったが、誰も引き返すことに異論は出なかった。
リーアの所属するチームは一塊になって元来た道を戻り始める。
もちろん、その背後は俺が守っている。
入口まで残り三分の一ほどの距離で魔法学園の教師数名による救援隊と出会った。
「我々は捜索を継続する」
ほとんどがそのまま進んでいったが、教師のうちの一名が俺たちと同行することになって、チームの緊張感が明らかに緩んだ。
さすがに私語をするものはいないが、先ほどまでのピリピリした空気ではなくなっている。
入口に到達すると浮遊床を使って長い縦穴を地上へと戻った。
そこまで我慢していたが、もういいだろうと、教師に気になっていたことを質問する。
「あの。確か実地訓練は四方から中央を目指す形で同時に四チームが参加していたはずです。他のチームは大丈夫だったのですか?」
「それを確認中だ。なので、君らと話をしている暇はないんだ。後で事情聴取をするから娯楽室で待機するように」
それだけ言い置くと教師は、ミリアに付されていた人型人工義体を引き連れて地下へと戻っていった。
ミリアがぺたんと訓練施設入口の床に座り込んでしまう。
なんとか耐えてきたが、地上に戻ったことでどうやら緊張の糸が切れたらしい。
リーアがしゃがみ込んで話しかけていた。
「もう大丈夫よ。もうモンスターは居ないし」
「私……何もできなかった」
ミリアは泣きそうな顔を手で覆う。
そんなことを言ったら、俺だってあのピンクの化物相手に全く歯が立たなかったんだけどな。
蹴りが少しは効いたからまだマシとはいえ、結局リーアがトドメを刺した。
まあ、俺は時間稼ぎができただけで良しとするか。
背を向けていたのでよく分からないが、確かにミリアが何かに活躍した光景は目撃していない。
ただ、反撃食らってひっくり返った赤毛より立場は悪くないと思う。
俺の視線に気が付いた赤毛は、こんなところで嘆く女の相手はしていられないとばかりに従者を連れて立ち去った。
青毛は逡巡していたが、振り返ったリーアに消火したことを労わられると、それじゃあと挨拶して歩き出す。
この場に居てもできることは無いと思ったのだろう。
リーアは女の子の肩に手を乗せると優しく語りかけた。
「急なことだったじゃない。それに、あのモンスターには魔法を使わない方が良かったようよ。結果的に何もしなくて正解じゃないかしら。誰もあなたのことを非難したりしないわ」
「でも、私……」
か細い声でぼそぼそ言っており、俺には聞き取れない。
リーアが何かをささやいた。
それから女の子の脇の下に手を差し入れて助け起こそうとする。
俺も手を貸そうと近づくと、リーアは空いた手を俺の方に突き出して押しとどめた。
「あ。シグルは手を出さなくていいわ」
意外とはっきりとした拒絶の言葉に面食らう。
いつもはこんな態度をすることはあまりないはずだ。
あのモンスターとの戦いで何か俺はやらかしてしまったのか?
俺が戸惑った顔をすると、リーアは言葉を添える。
「それよりもキャロルに言ってお茶とお菓子を娯楽室に持ってくるように伝えて。びっくりしたから、お茶をしながら落ち着きたいわ。それからシャーリーを呼んできて」
え? 俺がいるのに?
リーアはお願いという表情を一瞬だけ閃かせた。
ちょっとモヤモヤする気持ちを抱えるが渋々と飲み下す。
よく分からないが、どうも俺を人払いしたいらしい。
周囲を見回すと訓練場での事故のためか、教師やそれ以外の職員が右往左往していた。
まあ、これなら俺が居なくても問題ないか。
「了解しました」
返事をして頭を下げると宿舎棟に向かって駆けだす。
建物に入ると廊下を通り抜け、ぐるぐると階段を駆け上った。
「シグル様。館内では走らないでください」
人型人工義体のラクアに注意されてしまう。
部屋に入ると自室で待機していたキャロルにリーアからの言葉を伝えた。
「こんなに早く戻られるとは、訓練で何かあったのですか?」
「後で話す。お茶の準備をして談話室までよろしく。俺はリーアのところにすぐ戻るから」
あっけに取られるキャロルを残し、シャーリーを連れてリーアのところへ駆け戻る。
もちろんラクアが目を光らせている範囲だけは早足にしておいた。
頼まれたことを終わらせれば、近くに行ってもリーアは文句は無いだろう。
そう思っていたが、女の子を気遣いながらゆっくりと戻ってきていたリーアは、俺を見つけると掌を下にして手を二、三回振った。
野良猫を追い払うようなしぐさにショックを受ける。
立ち尽くす俺をそのままにしてリーアはシャーリーに手伝わせて宿舎棟の中に入っていった。
本格的に何か俺はヤバいことをしたんじゃないか?
眉根を寄せて記憶をたどる。
訓練施設内での戦闘は確かに精彩を欠いていた。
切れ味の悪い剣しか持っていない中では最善をつくしたつもりだったが、リーアの期待には応えられなかったのかもしれない。
気を取り直して何が気に入らないのか聞きにいこうとしたところで、後ろから声をかけられる。
「従者シグル。君に聞きたいことがある」
教師の格好をした二人組が振り返った俺を両側から挟んだ。
「え? なんですか?」
「訓練施設でのことだ。ここでは話せない。ついて来たまえ」
そのまま、学習棟の先の管理棟に連れていかれる。
質素で頑丈さだけが取り柄と思われる机と椅子が一つあるきりの部屋に連れ込まれた。
「従者シグル。座りたまえ」
一つしかない椅子に有無を言わさず座らされる。
俺から遠い方の教師が呪文を唱えていた。
左手に青い渦の文様を浮かべながら、入って来た扉を指さし、次いで俺の周囲を一周する。
後半の節回しには聞き覚えがある。
音や声を外に漏らさないようにするための魔法だ。
魔法学園に入所した早々にリーアが使ったことがある。
ここで何が行われようが、外には聞こえなくなったというわけだ。
前半は聞き覚えが無いが、仕草からすると扉を施錠したのだと思われる。
あまりいい状況じゃない。
ただ、相手は魔法学園の教師だ。
今すぐに暴れるわけにもいかないだろう。
やれやれ。今日は相当に日が悪いらしい。
リーアに邪険にされるし、教師によく分からない事情で何か尋問されるとは。
一体何事だろうかといぶかる俺にもう一人の教師が険しい顔をしながら質問をし始めた。
***
作者の新巻でございます。
話数の関係で、明日は12:00と19:00の二回投稿します。
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