第33話 急転直下

 くそ。なんて誕生日だ。

 そうだ。リーアは? もしかすると俺と同じような目にあっているかもしれない。助けに行かなければ。

 その瞬間、俺を取り巻くすべての景色が消失した。

 今までの人生がすごい勢いで目の前に蘇る。

 そのすべてにおいて中心にいるのはどんどん若返っていくリーアだった。

 そして最後は暗黒に包まれる。

 これは……。俺は死ぬのか?

 いきなり明るくなり、ぱっと視界が赤く染まった。

「スグル。死にやがれ!」

 頭の良くなさそうな顔の男が叫ぶ。

 スグル。駿。垣屋駿……。

 そうだ。俺は!

 視界が元に戻った。

 殺風景なあまり広くない部屋と二人の教師がいる。

 大きく息を吸うと体に力がみなぎった。酸素がうめえ。

 独特なリズムで呼吸をしながら両腕に力をこめると革のバンドが引きちぎれた。

 屈むと足を拘束しているバンドを調べる。こっちは引きちぎるには少々頑丈そうだ。

 足首の関節を外してひき抜く。

 ダンと床を強く踏みしめて関節を元通りにした。

 二人の教師は驚きの表情を浮かべ、慌てて呪文を唱える速度を上げる。

 遅えよ。

 近いほうに肉薄し鳩尾に拳を叩き込む。体を折ったので、組んだ両手を脳天に落とした。

 もう一人は横から迫り延髄に蹴りを入れる。二人の左手に浮かんでいた文様が消えた。

 床に教師が仲良く伸びている。

 さて、とっさに行動に移してしまったが、これからどうするか?

 この教師たちの行動にもなんだか違和感があった。まるで最初から俺が邪な存在であるかのように決めつけていた気がする。

 そして、前世の記憶が蘇ったこともなかなかに驚きの事態だった。

 まあ、なにはともあれ第一にはリーアの安否確認だな。

 腕にはまった万力を緩めて投げ捨て、引き戸に手をかけてみるが、鍵はかかったままだった。

 体は絶好調だが俺の左手にソウルペブルは見えない。魔法は相変わらず使えないようだ。そもそも解錠の呪文を知らないし。

 術者が気を失っても鍵がかかったままということは、魔法で扉内部の機構を動かしたのであり、魔法がずっとなんらかの作用を及ぼしているというわけではなさそうだ。

 ピッキングの道具でもあれば鍵を開けられる可能性はある。問題はそんな便利なものはないことだった。

 結論として鍵は開きそうにない。

 まあ、やりようはある。

 俺は外の様子を窺った。人の気配はないようだ。 

 次いで、扉の材質などを確認する。厚みは三センチほどでしっかりとした材質の木の一枚板のようだ。触れた感じからしてもベニヤの合板ということはない。

 俺は机と椅子、それに床に転がる教師を部屋の端に寄せた。

 大きく息を吸いこみ吐く。

 上着を脱ぎ捨て上半身は肌着だけの姿になった。

 精神を集中する。

 扉のあるのと反対の壁際からダッシュし一気に加速すると飛び上がって両足で力いっぱい蹴った。

 バキ、がっしゃーん。

 上から三分の一ぐらいのところに折れ目ができて扉が外れる。

 もう一度蹴るとふっとんで反対側の壁に激突した。

 よし。脱出成功だ。

 俺は上着を拾って着ながら廊下に出ると、そのまま管理棟を出る。

 どこにリーアが居るか分からないが、とりあえず娯楽室に向かうことにした。

 そこで聞けば誰かしら行き先を知っているのがいるかもしれない。

 息せき切って、学生寮の建物に入り娯楽室に駆け込む。

 リーアは?

 いた。俺の懸念に反して談笑している。

「あれ? お兄ちゃん、どこへ行ってたの?」

 リーアたち女性四人がお茶を飲んでいる。普段より少し騒がしい室内でも落ち着いており、優雅なものだった。

「ちょっとな」

 俺の曖昧な返事に、リーアが長い睫毛を震わせ瞬きをする。瞳に陰が宿った。

「お兄ちゃん、何かあった? 少し雰囲気が変わった気がする」

 俺を拘束していた教師がリーアに言及していたが、あれは単なる脅しだったようだ。

 大立ち回りを覚悟していた俺は拍子抜けする。

 とりあえず目立たないように腰を下ろすと、キャロルがお茶を出してくれた。

 口をつけると少しぬるめで、のどが乾いていた俺は一息に飲み干す。

 卓上の携帯用湯沸かしからお湯を注いで二杯目をすぐに淹れてくれた。

 少し口に含むと今度は少し熱く、芳ばしい香りが心を落ち着かせてくれる。

 こいつ、実は前世は石田三成なのかもしれない。

 くだらないことを考えてキャロルを見つめるとリーアがおれの膝を軽く叩いた。

「何か話すことがあるんじゃないの?」

「リーアにも影響があるかもしれないから、伝えておくな」

 俺は声を落してささやくように先ほどの出来事を伝える。

 もちろん、俺が前世の記憶を取り戻したということは伏せておく。

 話をややこしくするだけだし、尋問の際に頭でも強打されたと思われるのが関の山だ。

 もし、話すにしてもタイミングをみてリーアにだけにしておこう。

 魔導粘性体による襲撃を引き起こしたという犯人として俺が疑われているという話を聞いて、皆一様に最初は失笑を漏らした。

 それからリーアを除く三人はだんだんと不安そうな表情になる。

「それって完全に冤罪じゃない。無理やり罪を着せようとするなんておかしいわよ」

 リーアは怒っていた。

「分かったわ。そういうことなら私にも考えがあるわよ」

 すっくとリーアは立ち上がり歩き出す。

 慌てて俺が後を追うと、キャロルとシャーリーもついてきた。

 実地訓練で同じ班だった女の子のミリアはおろおろとしている。あれ? なんで一人だけ着替えたんだ?

 リーアはその子にちょっと待っていてと言うと娯楽室から出て行った。

「リーア。どこに行くんだ?」

 俺が声をかけると同時に、同じ台詞を言いながらオズワルド皇子が合流する。

 後ろに従うポウルが俺を見て、おや、というような表情をした。

 リーアが勢いよく返事をする。

「ボーネルン学園長のところよ」

 オズワルドは愉快そうな顔をするだけなので、俺がツッコミを入れた。

「学園長のところに何をしに行くんだ?」

「決まってるじゃない。部下の教師の監督不行届きは上司の責任でしょ。お兄ちゃんをそんな目に合わせた件について、きっちりばっちり説明をしてもらおうってだけよ」

「いや、そんな些細なことで学園長を煩わせるのは……」

「些細なことじゃないでしょ!」

 リーアはどうやら本気のようだ。しかも、かなりお冠らしい。

 こうなると止めるのはなかなかに難しい。

 暴走する自動車を素手で止めるのとどちらが困難かは甲乙つけがたかった。

「まあ、そうなんだけどね」

「そうよ。お兄ちゃんをコケにされて黙ってられないわ」

「でも、面会の予約もしてないのに無理じゃないかなあ」

 ごくごく一般的な疑問をリーアは一蹴した。

「無理でも何とかするの」

 そりゃ、為せば成る、と言った偉人もいますけどね。

 為さぬは人の為さぬなりけり。

 リーアの横に並びながらオズワルド殿下が面白そうに支持を表明する。

「私も口添えしよう。多少なりにはお役に立てるはずだ」

 謙遜が過ぎるってもんですよ、殿下。

 これだと面会するまでは実現できてしまいそうだ。

 ずんずんと歩き続けるリーアにオズワルドが質問をする。

「それで、一体どういうことなのか説明してもらえると口添えしやすいんだが」

「実地訓練で変なモンスターが出たんだけど、それは殿下を害するためにお兄ちゃんが仕組んだことだって教師に難癖をつけられて拷問されたのよ。これで黙っていられるわけがないじゃない」

 もう、お兄ちゃん呼びをしないなんて話はすっかり失念していた。

「そりゃ、大変だ」

 愉快そうにオズワルドが合の手を入れるが、リーアの視線に気づくと真面目な顔をする。

「確かにそれは看過できないな。うん、学園長に面会を求める理由は十分にある」

 当然という顔で歩き続けるリーア見て、俺は他の従者と力なく顔を見合わせた。

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